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2010年03月10日

しゃちょ友日記(31)バイラオーラ・小林弘子の巻

 
 『私はgitanoと結婚した!』
         小林弘子(バイラオーラ)


 Suegraの名前はAntonia。
 結婚式でもエプロンをはずさなかった人だ。
 彼女を思い出す度に。。。笑みがこぼれる。
 なぜって、ホントに面白くて、愛らしい人だったから。
 私の息子のAntonioに
 「飛行機に乗ったら、危ないから窓を開けたらダメだよ!」とか、
 familiaのみんなに「テレビの音量を小さくすると電気代も少なくて済むよ」等々、笑い話が絶えない人だった。

 私とはかなり年齢が離れていて、祖母みたいだった。
 そして、gitanaでもスペイン人でもない私を、とても可愛がってくれた。
 でも、最後まで私の日本名を覚えてくれなかった。
 一度、familiaのみんなが、
 「Abuela(おばあちゃん)~!」
 「彼女の本当の名前はLolitaじゃなくて、Hirokoだよ」と、一日かけて教え込もうとしたのだが。。。結局、覚えられず。
 「LolitaはLolitaだよ!」と言うAntoniaのひと言に一同、大爆笑。


小林弘子.JPG
 [撮影:大森有起]

 また、こんな事もあった。
 26年前、はじめて彼女に会った時、確か80歳近くのはずだった。
 それから数年経った。
 いつ、誰が聞いても83歳で、一向に年齢が変わらないのだ。
 なんでも、彼女がbautizo(洗礼)を受けた教会が火事で、書類が焼けてしまい、本当の年齢は誰にも分からないらしい?!

 結婚してすぐの頃、彼女が言った。
 「私はLolitaが好きだよ。なぜって、私の息子を大事にするから」
 もし、日本人のお姑さんにこんな風に言われたら、カチンと来たと思うけど。。。
 スペイン人のあっけらかんとした無邪気なもの言いに、また、いくつになっても子を思う母の姿に呆れるやら、ジーンとくるやら。
 あれから20数年、息子思いのAntoniaは、どんな思いで離婚の知らせを天国で受け取ったことだろう。
  
 私とAntoniaの息子には、フラメンコしか共通点がなかった。
 文化、習慣、人種、年齢etc.あらゆる差異を超え、周囲の大反対のなか、結婚に踏み切った私。
 ずいぶん向こう見ずな人間だと思うことだろう。(今の私なら、呆れるほどにそう思う!)
 でも、本当は石橋を二度たたいて渡るタイプなのだ。(笑)
 「フラメンコをしていなければ、異国の地で、こんな苦労はしなくても済んだのに!」と、どれほど後悔の涙を流したことか。
 (流した涙の分だけ、フラメンコの表現が深くなっていることと思う!?)
 あれから、22年、子供たちも21歳と19歳。
 日本に戻り、10年が経った。
 「私の人生って、案外面白いかも?」と思える自分が、今ここにいる。 
  
 ――――――――――――――――――――
            定番コメント用/ますた.jpg
 Lolita(ロリータ)小林弘子さんとは、
 パセオ創刊の頃からのお付合いだ。
 当時、天才ギタリスト・ぺぺ島田さんの
 追っかけをやってた私は、
 彼の定例ライブのある高円寺エスペランサに
 毎週のように通ったものだ。
 そのライブの花形ダンサーが若き日のロリータであり、
 時おり、切ないまでのハスキーボイスで歌う
 彼女のカンシオンに、
 若い私はもうメロメロにやられていたのである。

 ロリータのこんな話をはじめて知った。
 いろいろあったとは思うけど、
 けんどやっぱりロリータ姐さん、
 あんたはどこまでも逞しいっす!
                     

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