1984年創刊、日本で唯一のフラメンコ専門誌「月刊パセオフラメンコ」を中心に、フラメンコ情報をお届けするホームページ。公演情報から教室案内までもりだくさん。ソフト、舞踊用品などもご購入いただけます。
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社長室/2006年10月
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社長室/2006年10月
社長室/2006年10月
10/2月(その58)
カニサーレス/イマンとルナの夜
[
フアン・マヌエル・カニサーレス/イマンとルナの夜
]
NUEVOS MEDIOS 1997年
「うわっ!速えっ!凄ぇ! でもアブねーよ、おいおい、やめろってば、落ちるからよお」。
落ちるどころか平然とスピードを上げながら宙返るカニサーレス。
パコ・デ・ルシア・トリオの日本デビューで、いきなりギンギンのギター即興をブレイクさせた彼の印象は強烈すぎた。
思うに、彼の前世はスゴ腕の飛行気乗りだったのではないか。
速度や高度の計算、操縦桿さばきは完璧で、いきなり太陽めがけて急上昇したかと思えば、キリモミで急降下しながらゴルゴ13のような正確射撃で、並みいる敵機をなぎ倒す。
ふと見上げれば、彼の軌跡には七色の虹がさん然と輝くのだ。
そんなアクロバティックな超絶技巧をさておけば、彼の最大の特性はズバリ、類まれなる色彩感覚にある。
まっさらのカンバス上に彼が好んで用いるのは目映いばかりの原色だ。
全体はフラメンコを基調とするトーンだが、そこにジャズやロックやクラシック近代等の色彩を奔放にちりばめ、それらを大胆緻密なデッサン力でキュビズム(立体主義)的に締めくくる。
夜空いっぱいに、楽しげにブチ切れた流れ星の閃光が舞うルンバ。
カラフルな宇宙空間を3拍子で軽やかにドライブするブレリア。
レモン浮かべるカンパリの向こうに、沈む夕陽の水平線がみえるバラード等々。
ただひたすら、スタイリッシュでエロティックな陶酔感にどっぷり浸かってみるのが大正解!
ちなみに、コロンビアーナはほとんど“
ガリガリ君
”だぞ。
10/3火(その59)
ささやかながら
[パセオ1985年8月号/表紙はスペイン ZANBRA LA ROCIO]
とうとう合格しました、第三種郵便。御購読を続けて下さる読者の皆様方のお陰です。心から感謝します。
毎月18日頃に出来上がってくる我が子のようなパセオを、郵送料節約の為に三ツ折にする酷な作業から開放されたことは大きな喜びです。
この8月号で丸々一年。いろいろありましたが、何はともあれ、一年間出し続けられたことにホッとしています。
うれしそーな編集後記。第三種認可に加えて広告も増え、全24ページに増頁。
フラメンコギターのパイオニア、伊藤日出夫先生による『日本フラメンコ界の黎明期』連載スタート。
4頁の増頁分を使って『アルティスタ訪問』もスタート。ギターの杉本良一さん、高橋紀博さん、大沢憲三さん、踊りのクーロ宮田さんにそれぞれインタビュー。
「プロとしての初仕事は、結婚式場のフラメンコショーで1ヶ月くらいやりました。ギャラは黒の上下のステージ衣装。」
とはノリさんの回想だが、その頃のシンプルな空気が見えてくるようだ。
★10/4水(その60)
創刊一周年
[パセオ1985年9月号/表紙はアントニオ・ガデス他]
28名の方々から一周年についての祝辞をもらって大よろこび。印象的だったものを幾つか掲載させていただく。(敬称略、当時の肩書きにて)
公平な立場でフラメンコ発展のために努力されている事に感心しています。これからの益々のご発展とフラメンコの健全な興隆をめざして更に大きく飛躍される事を祈ります。又小生も出来る限り協力をさせていただきます。
(ギタリスト/伊藤日出夫)
限られた人数と赤字をかかえてここまでこられたスタッフの心意気には敬意を表しますし、この努力は実りつつある………つまりかくれた存在の愛好家を掘り起こし日本に於けるフラメンコの活性化に重要な役割をはたしていると思います。編集方針も正論だと思いますし、何より前向きの姿勢を私は買っています。
一人のアルティスタとしては“パセオ”スタッフの皆さんに負けぬ様研鑚をつんでいい仕事をし真の愛好家を育てる(ひいてはパセオの読者をふやす)責任を感じます。二周年もますます盛大にお祝いできます様に。
(ギタリスト/エンリケ坂井)
ロクに儲かりもしない雑誌をよくも続けるもんですね、お互い。フラメンコの情報誌なんて、2、3号も続くまいという大方の予想を覆して1年間も続けられたのは御同慶の至り。
ひとえに、失敗を恐れぬ素人の強みと、まわり中を関係者に仕立上げてしまう図々しさ、そしてフラメンコに対する献身的な愛情による成果と思います。今後もドゥエンデに富んだ誌面作りを期待しております。
(現代ギター編集長/中里精一)
今の世の中でフラメンコの専門誌などを、しかも月刊で出版していこうなんてのは、ほとんど正常な考え方ではない。もともとフラメンコファンが極少な上、雑誌などというものをほとんどバカにするタイプばかりだからだ。
しかし、恐れていたことが現実になってしまった。パセオが創刊され、しかも一周年を迎えてしまった。もう古い考えは捨てねばならないのか。いやいや、まだ一年ばかしのことじゃないか。三年続いたら、土下座するとしよう。――――ライバル誌編集長より
(ラティーナ編集長/本田健治)
奇跡の雑誌『パセオ』の創刊一周年を心からおよろこび申し上げマス。………いったいあの貧弱な創刊号を手にした時、この雑誌が一年も月刊誌として持続するなどと誰が予想したでしょうか。その奇跡を成し遂げたパワーで、今後も想像を絶する部数拡大と質的向上を勝ち取られて行くことを願ってやみません。
偏りのない雑誌作りを望む声が多いようですが、あたりさわりのない記事ばかり掲載する雑誌なんて何の魅力もありません。時には偏りを恐れない勇気を持って欲しいという気もします。どだい人間なんて完璧に偏りを持たずにいることなんか出来るわけがないのですから…。
(バイラオール/板坂剛)
軽薄短少の現代に対する誇り高き反逆とも見える「パセオ」の作業に、心からの敬意を表したいと思います。
“多様化”という言葉が、いつ頃から流行り始めたのかは知りませんが、どうも信じられません。一斉に叫ばれる多様化は画一化の始まりに他ならないからです。多様化という名の画一化。流されることを本分とする日本人。とにかく頑張ってください。
(ギタリスト/加部洋)
現在の数パーセントという当時のフラメンコ人口からすれば、「三号と持つまい」と100人中99人が考えたことは妥当だった。残るひとりの私は、そういう数学的見地に立った予測が出来るほど大人ではなかった。
喜び余った増ページの代償は、コメカミから火が出そうな大赤字。
★10/05木(その61)
情熱の覇者
野心や恋愛のように激しい情熱ばかりが、ほかの情熱に打ち克てると思うのは誤りである。
なまけ心
は、どんなにだらしなくはあっても、しばしば情熱の覇者たらずにはいない。
それは、人生のあらゆる企図とあらゆる行為を蚕食し、人間の情熱と美徳とを、知らずしらずのうちに破壊し、絶滅する。
[ラ・ロシュフコオ/箴言と考察]より
岩波文庫(1976年当時で定価200円)
容赦のない辛口分析でマキャべリと並び、私ら世代には人気のあったパリ生まれの貴族ロシュフコオ(1613~1680年)による比較的有名なアフォリズム。
若い頃に肝に銘じたはずの金言だが、折をみて、今の私にもみっちり聞かせてやりたい。
★10/6金(その62)
不足なし
昨日載っけたロシュフコオが生まれる三年前に世を去った我らが徳川家康(1542~1616年)。
天下統一の覇者によるアフォリズム(金言)は、さすがにスケールがでかい。
人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし。
急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
心に望み起こらば、困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久のもとと言えり。
勝つことばかり知りて負けることを知らざれば、害その身に至る。
己を責めて、人を責めるな。
永きにわたり日本をまとめ上げ、同時にその国際化を遅らせたとされる哲学だが、どん底のある時期、真っ赤に染まった会社の帳簿のそのオモテ表紙にこの家康を、ウラ表紙にはロシュフコオのアフォリズムを貼っ付けていたこともある。
ストイックな開き直りというか、気持ち的にはずいぶん助けられたものだが、せめて、たまさかのドンチャン騒ぎの最中ぐらいは、きれいサッパリ忘れてしまいたいお言葉でもあった。
それにしても、
不自由を常と思えば不足なし
……ですかあ……
(^_^;)
こうアッサリ五七五でやられた日にゃあグーも音も出ないが、遺伝子的には不思議とノスタルジーを感じたりもする。
コメントはこちらへ
★10/8日(その63)
日曜スペシャル「ぷかぷか」
天高くさわやかに晴れあがる秋の日曜日。
メンコファンのみなさま、いかがお過ごしでしょうか。
ゆうべの私はスルメを食い過ぎて、現在「イカがお過ごし」状態のまっ最中でえす。って我ながらひどいねこりゃ、仮面の忍者赤恥だよ。
そんなこんなで今日はこちらへ(↓)。
フラメンコ超緩色系(その159)ぷかぷか
★10/9月(その64)
天国と地獄
[パセオ1985年10月号/表紙は……あれ、何だろう?]
◆伊藤日出夫『日本フラメンコ界の黎明期』より
国際的ギタリスト、カルロス・モントーヤのアドバイスを受け、日本初のクアドロ・フラメンコのグループを結成した昭和30年代前半。
「クラブやキャバレーまわりの仕事が多かったですね。地方なんかの場合、5週間なら5週間行ったら行ったっきり帰れないわけです。
楽屋なんていうのもキャバレーの屋根裏部屋ですよ。ノミは出るし南京虫は出るし、食事はもう一汁1菜だけですしね。やはり辛いことの連続でしたね。
東京キューバン・ボーイズの見砂先生に見い出され、あちこちの労音のステージに連れていっていただいたののもこの頃でした。」
◆第一回清里スペイン音楽祭
1985年8月23日~25日の三日間。
濱田滋郎師一家主催による、あの伝説の“清里スペイン音楽祭”のその第一回目。
そのレポートを担当したのは私だが、まるで現在の私が乗り移ったかのような悲惨な出来映えだ。
それにしても、フラメンコもクラシックも一流どころが集合して、めちゃめちゃ楽しかったなあ。
天国清里から戻ると、「実家がもらい火事でやられた」との知らせ。駆けつければ家族は無事で、私のLPレコード2千枚は全焼。へこむ家族の面倒、火元との賠償交渉、招聘したドイツ人クラシックギタリストのプロモートと世話、通訳予定の先代女房は過労で倒れ、喋れぬ英語で切り盛りするが、パセオの締切は無情に迫る。
毎日二、三時間の睡眠で地獄の2週間を乗り切り「やれば出来る」ということを初めて知った。
「便所まで丸焼けで、もーヤケクソっ」という渾身のギャグが至るところで不評を買う。
★10/10火(その65)
革命ライブ中継
[パセオ1985年11月号/表紙はトーマス・デ・マドリー]
“アルティスタ訪問”はスーパー・マルチ・フラメンコギタリスト、染谷ひろしさんの登場。
「1971年に、24歳の時かな。初めてむこうへ行って。
マドリード、マラガのタブラオで約2年半、そしてマジョルカ、メノルカ、カナリアス、国外ではイタリア、ポルトガル、フランスと、いろんな舞踊団に参加して歩きました。
7年間で合計6ヶ月くらいしか休んでなかったんだから、よく働いたよね。よく遊びもしましたが。あんなに働いたのにいつもビンボーだったなあ。」
「アフリカのモザンビーグなんかでも1年ぐらいギターの仕事してました。その時もまさか仕事先がアフリカだなんてこと全然知らないで連れてかれちゃった。
あっちの方は革命が多いでしょ。ラジオ聞いてるとピストルの音が聞こえてくるのね。それで30分くらいゴタゴタしてて……それで新しい政府が出来ちゃったりしてね。それで、あわてて南アフリカ共和国に移って。
一日遅れたら多分つかまっちゃって、強制労働させられていたよね。」
うわっ。やっぱ鍛えの入り方がちがうよな。
プーロの島田(チョコラーテ)、モデルノの染谷っていう伝説は現在進行形。
★10/11水(その66)
わかる時
[パセオ1985年12月号/表紙はマノロ・カラコール]
◆アルティスタ訪問は、人気バイラオーラの田中美穂さん。
―――― 踊りを勉強されてる方に何かアドバイスを。
「あまり周囲に惑わされないで、自分の感性を大切にして、思ったこと、やりたいことをドンドンやっていくべきだと思います。先輩たちから色々言われても、それをすぐに受け入れることって難しいでしょ。
でも勉強を続けていけば後になって、ああ、あの時言ってくれたのはこういうことだったんだな、感謝しなくちゃな、ってわかる時がくるんです。
私の場合も、未熟な自分に対するせっかくの先輩たちのサジェスチョンにすぐに応えることが出来なくて申し訳なかったな、という思いは沢山残っています。でも、仕方ないんですね。」
◆山口椿さんのイルストラシオン(第11回)は、フラメンコ界の初代スター本間三郎。女性ファンをキャーキャー云わせた上体の美しさは、イラストからも充分に伝わってくる。
本間三郎を座長(つまりスポンサー)とする“木曜会”という月イチ飲み会(高円寺のエスペランサ)は15年以上も続いている。座長の人徳以外のなにものでもなかろう。
フラメンコ協会の田代事務局長、理事長補佐の鈴木眞澄さん、時々バイラオーラの悦子ママ、それと私の計五 名が当初からのレギュラーメンバーで、ギターの三澤勝弘さんなども時おり顔を出す。最近の話題は、業界の未来、下ネタ、人生論、下ネタ、芸術論などだ。
以前は、世間話、下ネタ、国際情勢、下ネタ、カラオケだったわけだから、ここ数年の木曜会は格段の進歩を遂げたということになるだろう。
それにしても本間先生、十五年もよく続いたよね。
ホンマかいなっ?て、すかさず画面にツッコミを入れたあなたなら特別参加を認めてもいいぞ。
★10/12木(その67)
難点
まれに午前中からファンタスティックな営業成果を出した時など、そのご褒美の昼食に美味しいうなぎを喰うのは、わたし的には最大の喜びのひとつだ。
うなぎ的には、それが「美味しくも喜ばしくもない」であろうことが唯一の難点である。
もうひとつの社長ブログ~コメントはこちらへ
★10/13金(その68)
癒し系
『カラヤン/アダージョ』に始まったわけでもないが、ここ十年以上(もっとか)、癒し系の音楽は全盛期を迎えている。
あの手この手で実にさまざまな切り口から繰り出される魅力的な癒し系企画ディスクが、続々と世に出てくることになる。
昔から私はこの手のものが好きで、次から次へと購入するのだが、実は買う前からその結果はわかっている。
それぞれ耳ざわりはとても気持ちいいのだが、効力は一回限りのものがほとんどなのだ。
あちゃー、またやっちゃったよ、という後悔は百や二百ではすまないはずだ。
音楽情報が豊富な私たち現代人は、それなりに耳も肥えてわがままになっているので、単純に耳あたりのよい音楽によって癒しを得ることが難しくなってきている。
つまり、“癒しプラスα”が必要なのだ。
そう、ここにもフラメンコの出番がある。
深い癒しにあふれ、またそれと同じくして、前向きな気分に導いてくれるようなフラメンコ。
辛さから逃げるというより、それと向き合い語らい合うことで、心のつっかえを砕き、ザラつく破片をしっかり洗い流してくれる“癒しプラスα”を充たすフラメンコの音楽。
とそう来れば、私の場合はやはりマイテ・マルティンとなるわけで、月並みだが『ヴィダリータ』(「
愛のあるところ
」の二曲目に収録)あたりが、具体的にはその最右翼となるだろう。
極端なところでは、
マヌエル・トーレ
や
フェルナンダ・デ・ウトレーラ
等のコテコテのプーロ(純粋)フラメンコで癒されてしまうあの佐藤浩希あたりはド変態(あわわ)と云えるだろうが、そろそろ曽根崎が忙しくてこれを読んでる暇もねーだろう。
[★速報!
]
“Newsweek”(10/18号)「
世界が尊敬する日本人
」に、ぬあんと、われらが
鍵田真由美と佐藤浩希
が選出された。とりあえず買って読んでみようかあ。
10/14土(その69)
歩きたいだけ
私は歩き続けていきたいだけ。
雨が走るように、川が海に流れるように……
『
パコ・デ・ルシア/歩きたいだけ
』 polygram 1981年
兄ぺぺ・デ・ルシアが唄うタンゴスの名曲『ソロ・キエロ・カミナール(道)』の一節。
抜群のノリ、そして、どーしてもご一緒に唄いたくなってしまう懐かしいメロディライン。
"フラメンコギターの神"と崇められたパコ・デ・ルシアが、「片手に伝統、片手に革新」を旗印に国際音楽シーンで異種格闘技的に暴れまくっていた頃(1981年)の録音だ。のちのセクステットの原型もここに見られる。
毎日のように聴いていた。正座かなんかで。
したい放題に暮らしていた当時26歳の私が感じた「驚き」「憧れ」、そして……「あせり」。
良し悪しはともかく、若い「あせり」がその三年後にパセオを創刊させた。
********** ********** **********
熱い夏が去り、いよいよ天高くしゃちょ肥ゆる秋の到来。
パコ・デ・ルシアのギターとともに、さわやかな秋のアイレに包まれた街々を歩きまわることは、慎ましやかな私にとっての決して小さくはないよろこびだ。
そうして今朝もこのアルバムを聴いたが、もぎたての「驚き」「憧れ」は25年前と同様に新鮮だった。
では、残る「あせり」もそのままか?
……いや、ちょっと変わったかも。
その半分は磨きのかかった「やけくそ」に、もう半分は「ま、コツコツ行こーか」みたいな比較的明るいメロディに変わったかもしれない。
10/18水(その70)
フライング情報(成功の素)
発売迫る、パセオフラメンコ11月号。
その第一の目玉は永久保存版特集『発表会大研究』だ。
[特集/発表会大研究]写真:川崎栄
「ココが知りたい、105名アンケート・リアル実態調査」
「発表会を通して学んでほしいこと by AMI」
「ヘアアレンジテクニック徹底マスター」
「今すぐ使える!発表会裏わざスクラップ」
などなど、編集部総力取材の成果はきわめて上々で、これで770円は絶対安いよお客さんって、今日はアメ横オヤジかよ。
さて、この大特集の中に、私好みの傑作企画があった。
「発表会でこんな失敗しちゃいました!」、である。
うっそー、みたいな16のほんとの失敗談が載っているのだが、今日はその中から三つばかりご紹介。
●
本番中、友人の胸パットがコンパネの上にぽとりと落ちた。
(兵庫県・Sさん)
●
着替えが舞台裏の暗い小さなスペースだったので慌ててしまい、頭を思い切りぶつけて額から血を流しながら踊りました。
(大阪府・Oさん)
●
グアヒーラのエスコビージャで逆走してしまった。
ティエントの群舞で全員が一瞬、魔法にかかったように振りを忘れてしまった。
(京都府・Fさん)
う~、(↑)ツッコミ入れてえ~。
これらはほんの序の口である。
アンケートにご協力くだすった皆さまよ。お慰めるする言葉もねーです。(TT)
10/19木(その71)
フライング情報(熱く長い一日)
あした発売! パセオフラメンコ11月号。
その第二特集は、夏の日本フラメンコ協会新人公演。
題して『フラメンコたちの熱く長い一日』。
受賞者の想い、拡大レヴュー、新人公演への道(最終回)等々を全12頁でお届けします。
[特集/フラメンコたちの熱く長い一日]写真:北澤壯太
“フラメンコ界の良心”こと、私の大好きなライター西脇美絵子(プロデューサー)が、新人公演レビューでこんなことを書いている(ほんの一部抜粋)。
“上手い”の先にあるもの
では、一体その踊りの何が、私の感情を揺さぶったのか?
それは多分“踊る人の意思”ではないかと思う。
これは気合とは似て非なるもので、意思はより具体的で明確だ。
自分はなぜここに立っているのか?
フラメンコをどう踊りたいのか?
何を表現したいのか?
その意思が感情と見分けがつかないくらい、その人にとっての必然となったとき、他者に波紋を引き起こすのではないかと思う。
う~ん、慧眼!!!
まいったあああ。
10/22日(その73)
交信曲
早朝の代々木公園。
森の空気がめっぽう旨い。
わが家の守護犬ジェーとともにいつのもコースをぶらつく。
今日のBGMは、久々にバッハのブランデングルク・コンチェルト。
アメリカのNSAが宇宙人との交信用に選んだ(佐藤浩希がそう云っとった)人類屈指の名曲である。
全部で六曲あるが、私の好みは三番、五番、二番、六番、四番、一番の順だ。
その二枚組のディスクを、めしを抜いて買いまくったレコード盤時代を含めば100種類以上は集めたと思う。
チョーお気に入りの三番は、弦楽奏者九名(とチェンバロ)のためのシンプルでさっそうとしたアンサンブルだ。
ジャンルは何でもいいから、優れたダンサー九名に各弦楽パートを振り付け、コンチェルト的群舞をやったら、相当いい線行くのではなかろうかと思う。
パセオが百万部売れたあかつきには、是非この企画をフラメンコダンサー(低音部は男性舞踊手)で実現させたい。
第一楽章はエレガントにしかし推進力をもって、第二楽章はシレンシオ風に、最終第三楽章はシャープなサパテアードで華やかに盛り上げたい。
弦楽のトップパートを踊ってもらうのは、もちろんマリア・パヘスだ。
もう三十年以上も前に、ギター仲間九名でこのブランデンブルク第三番にチャレンジしたことがある。
謙虚な私は最も目立たない(しかも誰でも弾ける)ヴィオラの3rdパートを担当したが、その音の大きさとミスの多さで最も目立っていたことは云うまでもない。
10/23月(その74)
銀次について
鋭角的な渡世。
寸法の狂った人生。
前途有望な極道者。
純粋過ぎて有害なもの。
不敵な面魂と人並み外れた胆力。
走るための走りを楽しんでいる。
人生の醍醐味は深入りと突入しかあり得ない。
彼は若くして“自由”を発見していた。
その自由は光に充ちていた。
その光の前では、どんな苦難も何ほどのことはなかった。迷ったことなど一度もなかった。
迷えば倒れることも本能的に知っていた。
その光源に向かって、自主自立の道をひたすら突き進めばよかった。
この世に生きるための行為は何もかも善であり、同時に悪であるという、さもなければ善と悪のどちらでもないという、生まれながらにして銀次の魂の根幹にどっしりと横たわる基本の尺度。
銀次は常に銀次自身に帰依している。
[丸山健二/虹よ、冒瀆の虹よ]新潮文庫
って、銀次っていったい誰なんだよっ? (つづく)
★10/24火(その75)
虹よ、冒瀆の虹よ
[丸山健二/虹よ、冒瀆の虹よ]新潮文庫
ここ十年で読んだ文庫(1200冊位)の中で、「もっともフラメンコ的」と、私的には感じた一冊。
昨日のむちゃくちゃな任意抜粋は、その主人公・銀次のスケッチだ。
もともと丸山健二さんの作品は私の好みには程遠く、しかし世界に通用する数少ない本格作家であろうことはかなり以前から認識していた。
重たすぎるテーマをストレートに受けとめるその文体の骨格と筋肉。加えてあまりに濃厚な表現。
この作品も例外ではなく、いつもの私ならすぐに逃げ出しそうな内容なのだが、二晩の半徹夜で上下巻をイッキに読みきった。
で、その一週間後、今度は仕事をフケて丸一日かけて二回目を読んだ。
ラスト部分に大好きな作曲家の傑作が重要な役回りを演じることにも大いに惹かれたが、この小説は兎にも角にも私にとって全篇フラメンコだった。
銀次は私の憧れそのものであり、だが残念なことに彼は実際の私の対極に位置している。
うかつに近寄ろうとすればバッサリ斬られるであろうこともわきまえている。
すたこら逃げ出しちまえば一番安全なのだが、それでは自分が“人間のクズ”になっちまうようなヒケ目を負いそうだ。
少なくとも私は現状“生ゴミ人間”ぐらいのレベルはキープしていたいのだ。
だから静かに対峙するよりない。
仕事が落ち着けば、三回目を読むことになるだろう。
たぶん鉛筆片手に、私だけの空想映像用のキャスティングと演出、そしてラストに登場する作曲家だけの作品で統一する映画音楽の構想をメモりながら……。
そして、四度目に読むときは、そのメモ書きによって完成された映像を音楽とともにじっくり鑑賞することになるだろう………って、このように、ほんとに私は金のかからぬ男なのである。
10/25水(その76)
アイレ
フラメンコにおける“アイレ”というものに対して、私たち日本人は比較的敏感といえるだろう。
というのも、私たちの文化においても“気”というのは、極めて重要な役割を果たしているからだ。
ものは試しだ、具体的に挙げてみようか。
「空気」「気分」「気性」「気質」「気配」「雰囲気」「気高い」「気心」「気力」「やる気」「気合い」「気迫」「色気」「男気」「血気」「霊気」「狂気」「鬼気」「殺気」………。
出るわ出るわで、フラメンコのアイレ的なものもたくさんある。
パコ・デ・ルシアは「気高い」し、ドゥケンデは「鬼気」迫るし、ホセ・メルセーは「男気」充分だ。
[
ホセ・メルセー/アイレ
]VIRGIN 2000年
まだまだあるな。
「元気」「病気」「天気」「気候」「気象」「気圧」「ノー天気」「気位」「短気」「根気」「和気」「大気」「気運」「気苦労」「山っ気」「内気」「むら気」「邪気」「気障」「気孔」「何気」………。ま、キリがないからやめた。
目に見えないのに、私たちの生活の中にかくも重大な位置を占めている“気”もしくは“アイレ”。
一流の面接官は、何よりそれを重視するという。
三流の面接官(私)も、何よりそれを重視したつもりだが、結果はすべて大失敗だったという。
http://blog.goo.ne.jp/paseo1984/d/20060418
10/26木(その77)
2℃熱い人生
「
3℃熱い人生
」。
これは昔のパセオフラメンコの編集コンセプトだ。
「
2℃熱い人生
」。
これは現在の私の体温(38.5℃)とその状況である。
意識はもうろうとして、ややフラつく感じで酔っ払いに近い。
3℃熱い人生というのは、もうあと150%強烈なのか?ということに気づいた時、あのコピーがイマイチ受けなかった理由がよくわかった。
「キミも歳なんだから、風邪ひいたら休む。わかる?」
定期健診でお世話になってる気さくなヤブ医者がそう云った。
やりてー仕事は山ほどあるが、午後からは強制休養の予定。
みなさんも風邪にはご用心!
10/27金(その78)
坂道
休日のある日。
見知らぬ街を、目的もなくただ歩く。
そこに昇りの坂道をみつけると、ついつい気を惹かれてしまう。毎度のことだ。
この坂の上には何があるのかな。
昇りきった景色はどんなだろう………。
ちっぽけな目的が芽生える。
急ぐ旅でもなし、ほのかな期待を胸に、その昇り坂をゆっくりと踏みしめはじめる。
ま、結果はどうあれ、昇りはじめる時のその小さくときめく気分が好きなんだ、これが!
……年令的にすでに坂道をころげ堕ちてるオレとしては(TT)。
10/28土(その79)
人間未満
このクソ忙しいのに想定外の風邪っぴきで、いつものように予定が狂った。
今日明日はこの二、三日の敗戦処理だ。ま、こいつもいつもどーりか。
“社長業”っていうのは、そもそも人間未満のショーバイだからな。人並みに仕事休んで治す、ってわけにもいかねえ業種だ。早えー話、社長って「組織を維持する本能」を最優先する“ケダモノ”なんだよな。
今の若い世代が社長業はかんべんって気持ちはよくわかる。私も起業が目的じゃなくて、やりたい仕事だけが目的だったから。
商売柄いろんな社長さんと会うことも多いが、やはりみんなケダモノだ。
ただ私は、私より低レベルのケダモノにはまだ出会ったことがない。
そういう意味で私は、いろんな社長さんに絶大な安堵感を与える希望の星なのかもしれない。
…………さ、珈琲飲んでこ。
10/29日(その80)
十二国記
この三、四日、熱(カゼ)のために酒を呑む気にもならず、寝る前に『十二国記』のアニメ版のつづきを集中的に観る。
例によって原作(小説)を乗り越えるのは難しいにしても、ここまでやってもらえるのなら拍手喝采ものだ。登場人物のキャラクターや音楽構成が実にしっかりしてる点にも驚かされる。
小野不由美さんの『十二国記』は、亡くなった半村良さんの『妖星伝』に匹敵する大傑作ではないか、と私などは想う。
この小説を教えてくれたのはブログ(goo)の読者で、のちに判明するのだが、彼女は高校時代の仲間のひとりだった。
荒唐無稽なファンタジーの中に、人間の営みの“アホらしさ”と“気高さ”のその両方が、バランスよく、かつ、どろりとした切実なリアリティ(そこが凄い!)と共に描かれている。
眼前に突きつけられる人間の哀れな本性・暗闇性。
同じ人間の内なるプライドが挑む全身全霊の試行錯誤。
それらの葛藤の狭間からこぼれてくる信頼性の高い“元気”。
そのカリッとした“元気”の質が、まるでカマロン・デ・ラ・イスラのアルテのように素晴らしい。
う~む、おそるべし『十二国記』。
私の中での“ムイ(とっても)フラメンコ”!
10/30月(その81)
君はかわいい
しなやかな肉体、しなやかな動き。
ブレない芯とフレキシブルな柔軟性。
美しい黒猫と会った。
フラメンコを踊らせたら相当いけそうだ。
二拍子系、三拍子系のどちらにも対応できそうな身のこなしがある。
とりあえずは……『黒猫のタンゴス』か。
おもむろに四拍子を叩くと、すかさず逃げやがった。
そんなことでは、そんなことではアジの干物はおあずけだぞ。
10/31火(その82)
経験論
「
つまずきは落下を防ぐかもしれない
」
定期購読する週刊将棋最新号にこんなコトワザが載っている。
さすがは“経験論”の国、イギリスのことわざは味わい深い。
一度もつまずいたことなどないチョー優秀な私だが、一方で毎日のように落下している原因がおぼろ気ながらわかった。