1984年創刊、日本で唯一のフラメンコ専門誌「月刊パセオフラメンコ」を中心に、フラメンコ情報をお届けするホームページ。公演情報から教室案内までもりだくさん。ソフト、舞踊用品などもご購入いただけます。
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社長室/2007年1月
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社長室/2007年1月
社長室/2007年1月
1/2(その120)
朝陽の中で
2007年1月1日。
代々木公園の早朝。
昨年まではやはりご近所の代々木八幡や明治神宮に詣でていたのだが、今年からはいつもの散策コースをいつも通りに歩くことを初詣とすることにした。
私はお寺や神社や教会などが大好きなタイプなのだが、無神論・無宗教のふとどき者である。
おそらくは、そうした後ろめたさのためだろう。それらの建造物から神仏の気配を感じとれたことなどただの一度もないバチ当たりもんなのだ。
ただ、何の変哲もないガランとした風景を歩いている時に、不意に神の気配を感じることは過去にほんの幾度かあった。今日の散策を含めて。
――――――――――――――――――――――――
昨年は多くのものを失い、同じ程度の何かを得た。
何かを得ることで何かを失う。
何かを失うことで何かを得る。
なるほど人生はよく出来ている。
時には寂しい後悔が美しい花を咲かせることもある。
今年もまた、泣いたり笑ったりしながら歩きつづけてゆくのだろう。
願わくば、自らの両脚で一歩一歩踏みしめる、そのライヴな感触こそをいつも楽しむ自分で在りたい。
以上は新春の初想い。
残り少ない人生の、今日はその最初で最後かもしれない記念すべき年の最初の日。
1/5(その121)
フラメンコ七転八倒(1)『抜き上手』
当“社長室”の新春を華々しく飾るのは、もちろんお笑いネタである。
私は現在、某有名サイトでフラメンコにまつわる爆笑小話を読者投稿によって募集しているのだが、その中でも飛び切り上等な作品を、月に何度がここ社長室で発表することにした。
それでは早速、その第一回。
栄えある最初の入賞者、福岡にお住まいの“kiyo”さんの作品をどーぞ!
――――――――――――――――――――――――
『抜き上手』
♀4人で練習中、エスコビの抜けと同時に
『ブッ!』と出てしまいました。
お尻もいっしょに抜けたようです(--;)
一瞬静まり返り『今・・・・・おならした?』と
聞かれ耳まで真っ赤になりその場で倒れこんだ私です。
(kiyo)
――――――――――――――――――――――――
全世界のバイレ練習生に安心感と優越感を与える感動の名作(実話)と云ってよいだろう。
このあと、彼女kiyoさんの作品(体験談)は、私のwebで次々とエスカレートしてゆくのだが、その作品のあまりにも華麗すぎる献身的自爆性を考慮し、涙を呑んでここでの掲載は控えさせていただいた。
[イラスト/
ヨランダ
]
1/7(その122)
じゃあな、ユリさん
カンタオーラの大木ユリさんが、昨年12月の末に逝去された。
その訃報がパセオに届いたのはおとつい金曜の朝。
先ほど通夜(所沢)から戻って、パセオでこれを書いている。
私より幾つか年上のはずだが、ほとんど同世代と云っていい。
食えない時代を共有した同期の仲間の死はなによりこたえる。
大木ユリさんは、昨今のカンテフラメンコの隆盛を準備した数少ないパイオニアの一人である。
ステージや教授活動における、その貢献の大きさには計り知れないものがある。精力的に全国をまわり、また若い学生たちを積極的に指導した。自ら踊る人でもあったから、踊リ唄の指導にも定評があった。
その昔、打ち上げの席などで何度かご一緒したことがあるが、明るい華があって、前向きなエネルギーに満ちあふれる女性だった。
口説く度胸は私にはなかったが、若き日の彼女はドキドキするような野性的魅力を発散させる素敵なフラメンコウーマンだった。
「病気しちゃったんだけど、まだまだこれから頑張らなくちゃね。小山さんも体は気をつけなきゃだめよ」
数年前、協会新人公演会場に向かう道すがら、後から追いついた私にユリさんはこう云った。
笑わせながら彼女を励ます言葉を返す必要のある瞬間なのに、極度に痩せて面変わりしたユリさんに動揺した私は、結局ありきたりの返答しかできなかったことをほろ苦く想い出す。
そんな最後の会話の回想の上にふんわり、おだやかな光を湛えたユリさんのやさしい笑顔が浮かび上がった。
あんたのことは忘れないよ。
ユリさん、さようなら。
1/9火(その123)
守護神
[
パセオ1987年5月号/表紙はパコ・デ・ルシア
]
1987年5月号の私の編集後記。
●お待たせ! 巷でウワサの三代目が、4月1日付でパセオ編集長に正式就任。3月末日付で安定度抜群の中学校教諭の職を辞し、地獄の三丁目にやって来たこの信夫聡(しのぶ・さとし)という男、直木賞作家・逢坂剛氏との対談を皮切りに、来月6月号よりパセオ編集長として、泥沼の労働に従事します。新人類にあっても“男のロマン”は健在なのです。
●新編集長就任にともない、本号をもちましてわたくし実家に帰らせていただき…という訳にもいかず、今後は、債務責任者として営業の強化を、また一編集部員として編集の補佐を、も一つ欲張り本業復帰を目指します。
●「まだツブれないね」「いや、そろそろ危ないらしい」などと、この世界に常に楽しい話題を提供してきた本誌も創刊2年9ヶ月。毎号毎号“背水の陣”を採用してきたため、最近はこの陣構えにもすっかり慣れ、隙を見ては水泳を楽しんでいます。
これ(↑)でホッとひと息。
新編集長就任によって、私の肉体的負担は大幅に軽減された。
ま、道楽仕事とは云え、年三日の休みで毎日14~16時間労働というのはそれなりにキツい。
地獄に仏とはこのことだったのである。
信夫編集長は、カンテとギターをよくする、私と正反対(つまり真摯で温厚)の好青年だった。
現在は大泉学園を本拠に腕っこきの
整体師
として活躍されている。
治療ついでにお願いすれば、カンテの一節も唸ってくれるはずである。
さて、パセオの続行によって私の給料までは出なかったが、とりあえず社員を雇えたことを、私は単純に喜んだ。
その先ずっとパセオの刊行を続けるためには、組織(少なくとも編集・広告・販売の三本柱)が必要だからな。
ただし、社員を雇用することの精神的経済的負担がどんなものであるかということを、この時期の私はまるで自覚していない。
さらに、組織というものにまるで関心を持てない、気弱な一匹狼の私なのである。
「そんな奴に社長なんぞ務まるものかあ!」
今の私なら、二十年前の私にすかさずこー突っ込むところだが、惜しいことに(今の私に突っ込まれなかったために)その二十年後の私はその頃からほとんど変わっちゃいない。
昔も今も、私の本質はリーダーではなく、単なる“布石屋”なのである。
それでもパセオがつぶれずに来れた理由はひとつしかない。
「私が選んだのは“フラメンコ”だったから」
フラメンコというアートの底知れぬ実力。
その実力は、寄り添う人々の数を生み、その数がやがて質を生む。
この時期のフラメンコ人口の増加は、加速を伴いながらこの世界に優れた人材を惹き込み始めたのだった。
今では私がコロっと逝ったとしても、くやしーことに私の代わりなど社の内外にゴロゴロ転がってる状況だ。
パセオ的な仕事を継承する者たちは、私に大いに感謝すべきである。
私のレベルが低いおかげで、おめえさんたちのハードルはめっちゃ低い。(TT)
1/10水(その124)
フラメンコ七転八倒(2)
『新春!フラメンコ駄洒落3連発☆』
早くも人気沸騰の『フラメンコ七転八倒』。
(↑別サイトの読者投稿から優秀作を掲載)
どーゆーわけか、ここでも異常にウケている。
フラメンコという大バケモノにまじで対峙するにはバランス上、やはり笑いも必要ということなのだろう。
さて、その二人目の入選者は、日本のコートダジュール(←本人談)にお住まいのAOIさん。
地元のフラメンコウーマンの間で“カリスマ主婦”の異名をとるチョー美女による、信じられないおやぢギャグ三連発である。
『新春!フラメンコ駄洒落3連発☆』
(AOI)
――――――――――――――――――――――――――――
ある晩、カマロンさんとトマティートさんは舞台が大成功し、気分良く飲んでいるうちに田舎に住むトマティートさんは最終電車を逃してしまいました
そこでトマティートさんは
カマロンさん、今晩とまっていーと?
カマワンよ
――――――――――――――――――――――――――――
フラメンコ・カルトQ!(古い?)
Q. 目を瞑って演奏するギタリストのニーニョさん、本当は何屋さんでしょうか?
チ・チ・チ・ぴーん
A. 天ぷら屋さん
しゃちょはお分かりでしょうが.....
《よく分かる解説》
彼の名前、ニーニョ・デ・プーラを変換すると。。。?
ニーニョ・デ てん ぷーら
――――――――――――――――――――――――――――
アントニオ・ガデスが焼肉食べて家へ帰ると奥さんに言われました
あんた、におうでがです。。。
――――――――――――――――――――――――
ぷっ。どーよ、これ。
おやぢ顔負けとはこのことよ。
ガデスネタは世界最強かもしれん。
AOIちゃん、まいりやした。
(イラスト/
ヨランダ
)
想い起こせば、昨年私が
ブログ
をはじめた頃、よちよち歩きで方々のサイトを巡回中に発見したのがこのAOIのブログ“
AOI’s fountain
”だった。
思わずはっとするようなしなやかな感性と、凛とした芯の強さを感じさせる鮮やかな文章。そのみずみずしいコントラストにハマって以来、今でもほぼ毎日足を運んでいる。
自分のことを心底セブンティーンと信じているところに彼女の数学的欠陥が見受けられるが、それがどーした。人間誰しも千や二千の欠点はある。
前世の私はAOIさまの草履とりをやってたような気もするのである。
1/11木(その125)
一挙公開!自爆アルバム
今回はたくさんのリクエスト(総計二通)にお応えして、輝かしい私(昭和のキアヌ・リーブス。←本人談)の半生を、当時の写真とともにふり返る。
①神童と呼ばれたその才能を、早くも使い果たした頃
(大きい方が父)
②将棋のプロテストに失格した頃
「
敗北
/
行間の虚栄
」
③場末のパブの専属ギタリストをクビになった頃
「
青春①
/
青春②
/
青春③
」
④創刊まであと三年、暗くハードな賭博師時代
⑤パセオ創刊10年、最初の結婚に大失敗した頃
⑥パセオ創刊14年、大失敗覚悟で再婚した頃
⑦パセオ創刊23年、元旦からスベリまくりで早くも敗色濃厚な51歳の正月
「
朝陽の中で
」
⑧とうとう“失敗”を最良の友とするに至ったチョー最近の私
(撮影:
ヨランダ・ピナータス監督
)
「
しゃちょ物語
/
しゃちょ物語(完結編)
」
どこがキアヌ・リーブスじゃい。
私でさえこう突っ込みたいところだが、それがどーした。
表現の自由である。
我思うゆえに我ありである。
常に夢は現実を超えるのである。
稀に現実は夢を打ち破るのである。
国敗れて山河ありである。
毛穴リーブ21である。
チョーどん引きである。
一挙後悔!である。
さあ殺せ。
1/13(その126)
シンプルな
朝陽の明治神宮
を歩く。
聴くのはもちろん
パコ・デ・ルシア
だ。
[
パコ・デ・ルシア/熱風
POLYGRAM 1987年]
不意に涙がこぼれ落ちる。
コンタクトがズレてた。
1/15月(その127)
フライング情報「アートの泉」
もう20年も続く、ご存知パセオフラメンコの人気連載、堀越千秋画伯の『渋好み純粋正統フラメンコ狂日記』。
今月20日発売2月号のお題は「アートの泉」。
豪華メンバー多数出演ということで異常に盛り上がった、去年秋のプレステージ4周年ライブ(吉祥寺・前進座)への温かくも鋭いレビューは読み得まちがいなしだ。画伯の突っ込みは相も変わらず天下一品である。
文中、“教養”の本質を突く、堀越節の痛快な一節をご紹介。
――――――――――――――――――――――――
皆さん、もっと教養をつけなさい。
皆さんには教養がない。
踊り手がビデオで名人の踊りを勉強するのは当たり前だ。これは教養じゃない。
教養ってのは、自分の専門外の文化にも感動出来る目と耳を持っている、ということである。
魚屋が魚のことを知っているのは教養じゃない。八百屋がバッハを語るのを教養というのだ。
――――――――――――――――――――――――
1/16火(その128)
フライング情報「アルヘンティーナ」
――――――――――――――――――――――――
「ファンダンゴのメロディからソレアの痛みの旅」
カンテは“”学校で学べるのか?
その答えを明確に提示したのが、若きカンタオーラ、アルヘンティーナだ。
2006年に『アルヘンティーナ』でデビュー。
その抜群の歌唱力と表現力は“大型新人の登場”として絶賛された。
22歳の新星を紹介する。
ウエルバ出身のアルヘンティーナ・マリア・ロペスは「だって、カンテ・フラメンコを学びたかったから」と、現代っ子としてごく自然に、セヴィージャのクリスティーナ・エーレン財団に入学する。
そしてクルソ終了後、1年足らずでデビューを果たす。
そのCDからは、「学校で学んだ」フラメンコ没個性のイメージをくつがえす、きらきらと輝く彼女独特の伸びのある声が聞こえてくる。
弱冠22歳。飾り気のない等身大のカンタオーラ、アルヘンティーナ。
彼女はこれからカンテを学んでみたいあなたに、すばらしいインスピレーションを与えてくれるに違いない。
――――――――――――――――――――――――
パセオ2月号の巻頭カラー記事は、スペインで人気急上昇中の若き美貌のカンタオーラ、アルヘンティーナのインタビュー。
ハビエル・プリモと東敬子のゴールデンコンビによる鋭い突っ込みから引き出される絶妙なサジェスチョンは必見必読だあ!!!
1/17水(その129)
フライング情報「忘れえぬ鍵三さんの笑顔」
[追悼 ギタリスト高田鍵三/文:濱田滋郎]
高田氏のことを、じつは私は、年下の身でありながら気易く「鍵三さん」とお呼びしていた。私には、ほかに余りそういう人はおらず、先輩、同年輩であれば、まず苗字で呼ぶ。
高田氏の場合のみ例外であったのは、つまりは言い知れぬ親しみを、もちろん私のみにではなく、周囲の者に与える何かを、高田氏が表情に、そして身の内に持っておられたからにほかならない。顔を合わせるたび、鍵三さんは必ず微笑まれた、という気がする。
もとより一芸に生きるアルティスタの潔癖さ、一徹さを感じさせる人柄の持主でもあり、「俺ぁ、いやだよ」と言えばもうてこでも動かない人だ、とも聞いた。が、頑固さの傍らにはつねに謙虚さと優しさがあった。
純粋で、衒いのない人柄は、それだけでもう一個の芸術品ではなかったろうか。
――――――――――――――――――――――――
フラメンコギターの巨匠、高田鍵三師(1931~2006年)の追悼記事。パセオ2月号に見開きで掲載させていただいた。
書き手はおなじみ濱田滋郎塾長で、そのほんの一部を上に抜粋した。
三好保彦(2004年逝去)、伊藤日出夫の両先生とともにフラメンコギターの三大巨匠と称された名ギタリストである。
高田師と親しくお話しさせていただいた機会が、私にも二度だけある。
濱田塾長のあたたかな文章からイメージされるお人柄と、私が巨匠に抱いた印象がほとんど一致していたことが、私にはありがたかった。
昔の映画スターみたいに豪快でダンディなギタリストだった。
ざっくばらんで優しい、誰からも愛される人間だった。
おれももっとしっかりせんかい、と素直に思った。
1/18木(その130)
フライング情報「誇りを持って」
[ミラグロス・メンヒバル インタビュー/
志風恭子(文)&高瀬友孝(写真)]
『日本人であることに誇りを持ってフラメンコに向き合ってほしい』
フラメンコはヒターノのものという考えを捨ててほしい。
プーロはヒターノであるのではなく、フラメンコはアンダルシアのもの。ヒターノの真似をするのはやめたほうがいいと思うの。
ヒターノに生まれたのならヒターノであることを誇りに思う。でも私はヒターナでなくとも、私自身に誇りを持っている。
だから日本人も日本人であることに誇りを持って、フラメンコに取り組んでほしい。自分の生まれた土地を否定するのはナンセンス。
日本人であること、フラメンコが好きだということに誇りを持って、ね。
――――――――――――――――――――――――
2月号(今月20日発売)特集『フラメンコに魅せられて』から、ベテラン舞踊家ミラグロス・メンヒバルのインタビューのほんの一部を上に抜粋。
日本人に対する社交辞令ではない。
誌面に社交辞令が飛び交うことはままあるが、これは彼女の信念だな、私はそう思った。
1/19金(その131)
日本人だからこそ
[パセオフラメンコ2007年2月号/表紙はガデス舞踊団のアドリアン・ガリア]
明日発売!パセオフラメンコ2月号。
今日は、その特集『フラメンコに魅せられて』から、先駆者座談会(カラー6頁)をちょい見せする。
タイトルは「El Amor Al Arte~日本人だからこそ」。
[左から、小松原庸子、小島章司、岡田昌巳の各氏]
[構成:濱田滋郎/文:谷口哲哉/写真:清水知恵子]
高度成長期に突入した、激動の1960年代。スペインへの渡航はもとより、フラメンコを習うことさえも困難な時代だった。
そんな当時、フラメンコに惹かれ、フラメンコを求めてスペインに旅立った3人の若きアーティスト、岡田昌巳、小島章司、小松原庸子がいた。以来、今日まで積極的に舞台活動を行い、日本フラメンコを常にリードしている存在である。
司会に濱田滋郎氏を迎え、3氏による「日本フラメンコの歴史を振り返る」座談会を開催。個性派の3人だけに、話題はあちこちに脱線したが、フラメンコについて大いに語ってもらった。
――――――――――――――――――――――――
三巨匠ともに、とても楽しげに想い出を語っているのが印象的だ。
意外なことに、そんな昔話に興じる彼らに私はとても感動した。そうした凄絶な苦難を楽しそうに語る彼らが、今なお第一線で活躍中であることに強烈に感動したのだ。
もしも20代、30代の私がこれを読んだらある種の反発を感じたに違いない。
ふん、俺にだって出来るさ、と。
(↑うわっ、なんてやなやろー)
だが、40代であまりのしんどさに数年間現場を離れた私にとって、はるかに大きな舞台でただの一度もめげることなく現在進行形で夢を追い続ける彼らは、やはり雲の上の人であったのだ。
1/20土(その132)
冬枯れ
目の醒めるような五月の緑が好きだが、こうした冬枯れの味わいも捨てたもんじゃねえ、と感じるのはやはり歳のせいだろう。
これっぽっちも周囲に迷惑をかけることもなく、骨格だけでしっかり生きている感じには、むしろ感嘆の念を抱く。
そこにはこの私の対極の姿が在る。
聞こえてくるのはやはり、ラファエル・ロメーロのカンテ・フラメンコか。
飾ることなど歯牙にもかけない、底知れぬ深さを持った生一本の歌いまわし。
いかなるブランドも霞んでしまうような、純朴ゆえの力と信頼感。
[
ラファエル・ロメーロ/フラメンコの大家たち(18)
]
1/22(その133)
フラメンコ七転八倒(3)
『Oh My!ファザーズ..』
絶好調の『フラメンコ七転八倒』。
その三回目は、別サイトの読者投稿欄にいきなり彗星のように現れたド新人による優秀作品。
――――――――――――――――――――――――
『Oh My!ファザーズ..』
(深山苧環)
寒くなってきたので
「レッスン用のタイツタイツ..」と
よく見もしないで稽古に持ってったら
父の股引でした。
でも履いてても誰も気が付かないしw。
――――――――――――――――――――――――
まぐれかもしれんが、これはかなりのハイレベル。
強いインパクトはないのだが、ラス前の行間と最後のオチがもたらす透明な余韻が素晴らしい。
落ち着いてじっくり読み返すと、そこはかとない哀しみがジーンと伝わってくるのだ。実になんとも味わい深い作品。
驚異の新人、深山苧環、おそるべし!
[イラスト/
ヨランダ
]
1/23火(その134)
セビージャ“奥様”な日々
今日から四回連続で当パセオフラメンコ公式ホームページの人気連載をご紹介いたそう。
まず、一発目はこれだ。
ひとつ読めばわかるが、一発でハマる不思議なエッセイである。
『
セビージャ“奥様”な日々
』
パセオHP不動の人気連載である。
同じホームページ内に『社長室』というチョー不人気連載があるが、それがどーした。
『社長室』のような不人気連載があればこそ、『セビージャ“奥様”な日々』のような人気連載が生まれるのだ。
人生苦あれば楽あり、と同じだ。
←ちがうか。
私が毎日のようにせっせと意味もなく“社長室”を更新するのは、世のため人のためなのである。
←これもちがうな多分。
たとえ読者が三名(私とジェーとあなた)であろうと、私の使命は充分達成されているのである。
←絶対ちがうわ。
1/24(その135)
リレー de Q!
当パセオフラメンコ公式ホームページの人気連載紹介(その2)はこれ。
『
リレー de Q!
』
若手人気アーティストのQ&Aなんだが、回答者は次の回答者を指名する(一部質問も指定できる)というリレー形式だ。
で、これまでご登場いただいたラインナップは以下の通り。
第1走者 今枝友加
第2走者 小林泰子
第3走者 影山奈緒子
第4走者 井山直子
第5走者 伊集院史朗
第6走者 清水順子
第7走者 小島裕子
第8走者 川崎裕子
第9走者 柴田亮太郎
第10走者 石塚隆充
第11走者 奥濱春彦
第12走者 井上圭子
どうでえ、強そーだろ。
ドキッとするような本音も出てきて、これが相当おもしろい。
隔週くらいで更新するので、ときどき覗いてみてくれやあ。
1/25木(その136)
道場破り外伝
実にいー天気だ。
たぶん私が昨晩放ったギャグのおかげだろう。
こうした私の超能力が、会社や家庭に何らの恩恵ももたらさないことは、はなはだ遺憾である。
こんなことなら、ニュース番組のお天気ねーさんかなんかになるべきだったのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――
さて、当パセオフラメンコ公式ホームページの人気連載紹介その第三弾!
『
道場破り外伝
』
月刊パセオフラメンコの人気連載に
『道場破り いざ、勝負!』
というのがある。
「バイレ歴ウン年、自分としてはかなり“イケてる”と自負する鼻高バイラオーラ・カルメン高之丞(←パセオ社員)が、さまざまな教室の上級レッスンにチャレンジ! さて、その勝負や、いかに?」
こんな謳い文句の、特にバイレ中級・上級者に人気のあれである。
その本誌連載に連動してWEBでも月イチ更新している。本誌の裏話をWEBでバラしちまうという趣向なんである。実戦的な臨場感もあって、意外と参考になったりするかも。
で、これまでの道場破りラインナップはこんな感じだ。
◆入交恒子(中級クラス)
◆森田志保(上級テクニカ)
◆M-BEAT タップダンス(ベーシック)
◆大塚友美(中級)
◆アナ・マリア・ロペス(ブレリア)
◆石井智子(上級振付)
◆チャチャ手塚(ルンベーラ)
どーよ、これ。凄えだろっ。
そんなわけで、とーぜん高之丞の道場破りは連戦連敗である。
それでこそ、社長の伝統を継承するパセオの正統派社員なのである。(TT)
1/26金(その137)
社長のとりあえずこれ聴いてみ?
パセオフラメンコ公式ホームページの人気連載紹介その第四弾!
『
社長のとりあえずこれ聴いてみ?
』
「パセオ社長(しゃちょ)が、社長生命を賭けて(?)オススメする必聴ディスクコーナーです!」
これが(担当者が勝手に作った)その謳い文句である。
で、そもそもが“社長生命”って何だよ?
あーそーだとも。どーせ、ゾーリ虫だよ。
パセオの社長生命ってのは単細胞生命ってことだよ。
で、ドサクサにまぎれて云ってるけど、どこが「人気連載紹介」なんだよ?
人気(ひとけ)はある。
三人だけど(犬も含む)。
と、まあ、このように突っ込もうとすればいくらでも突っ込むことができる、云ってみればとっても親しみやすいコーナーなのである。
他で書いたやつをまんま流用するなど、その並々ならぬ熱意には好感さえ持たれるところだ。
ま、しかし、取り上げるCD、DVDは、まじで私のチョーお気に入りの優れものばかりで、何度も観たり聴いたりしてもらえば、その真価にガツンと心を奪われること間違いなしじゃという自負はある。
だいたい月二回のペースでアップするつもりなので、何を買えばいいのか?的に迷っておられる方は、迷わず私の云うことを信じてお買い求めいただきたい。
人はだまされて成長するのである。
1/28日(その138)
分裂の効用
元旦以来の休暇をとって、久々に文京区は小石川・後楽園を歩く。
「天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに
後
れて
楽
しむ」
“後楽園”の名は、中国・宋時代の『岳陽楼記』から採られたのだという。
何たるストイック!!
まさしく理想的なリーダー像ではないか。
すでに読者は、こうした志と私という人が正反対であることに気付かれておられるが、私としてはそれに気付かぬふりをしながら書き進めたい。
「週に一度くらいは休んだほうがいいよ。お願いだから」
互いにバツイチの割れなべに綴じぶた。
すでに十年を暮らす私の
連れ合い
は、「ずっとパセオを続けてね」ということ以外に、私に願い事をしたことがこれまでただの一度もない。
そんな彼女が私にこう云ったのは正月のことだった。
ある意味私以上に仕事に精を出す九歳下の連れ合いだが、若干くたびれ気味の私は素直にそれを聞き入れ、昨日土曜は朝もはよから大江戸散歩へと繰り出した、というわけだ。
「休みなんだから、あんまり張り切りすぎないほうがいーよ」
ちなみに出掛けにこう云われた。
私の単細胞性格を知り尽くしているのだ。
この世にも美しい回遊式日本庭園“後楽園”を完成させたのは、そう、あの有名な水戸の黄門(水戸三圀)さまである。
現在もちょいちょいテレビに出てくるのでおそらくご存命なのだろう。
『大日本史』の編纂事業が有名だが、私個人としてはああした考え方には残念ながら昔も今も付いてゆくことは出来ない。
もの凄くストイックで思い込みの強烈な人物、というのが水戸三圀に対する私の個人的印象で、ここ後楽園を歩いているとその清らかな風景の中に、そんな黄門さまの峻烈さの象徴みたいなものを発見することもままある。
[通天橋]
下界を見おろす高所に架かるあの朱塗りの橋(通天橋)は、黄門さまご自身の崇高な志ではないか。
三十年ほど前にはじめてここを訪れたときに感じた直観はいまも変わらぬままだ。
[ブラームス/交響曲第三番]ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1949年ライブ録音)
さて、本日のBGMは、まさかのブラームスの交響曲第三番、通称ブラ3である。シンフォニーをあまり聴かない、しかもブラームスは年に数回しか聴かない私である。
ああ、それが何だかわからんが、自分の中に変化が起きているのだな、ということがこれまでの経験から察知できる。その結果が大失敗に終わるであろうことも同時に察知できる。不幸にも、私の予知能力は外れることがないのだ。
で、このブラ3は、将棋のプロテストに失格して女に走ったころに愛聴した後期ロマン派の傑作だ。特に第三楽章の甘く切ないメロディには、きびしい運命を背負った男女の愛の語らいみたいな美しい哀感があって、あらゆるシンフォニーの中でも私の最もお気に入りの楽章である。
コンダクターのフルトヴェングラー(1886~1954年)は、いまでもクラシック界の人気ナンバーワン指揮者で、そのむちゃくちゃにスケールの大きいドラマティックで崇高な演奏は、録音の古さをものともせずに、聴くもののハートに直接突き刺さってくるかのようだ。
乱暴覚悟でフラメンコに例えれば、マイレーナと並ぶカンテの大巨匠マノロ・カラコール(1910~1973年)の衝撃に近いものを私個人は覚える。
芸風も何もかもがまったく異なるのだが、人の心を直接鷲づかみにするようなインパクトにはまったく同質なものを感じるからだ。
[
マノロ・カラコール/フラメンの大家たち⑦
]
そう感じたのはこの時がはじめてだったので、あいにくカラコールのCDを持参しなかった私が次に選んだCDは、マイテ・マルティン『こわれもの』だった。
プーロもいいが、「サファイアと月(ブレリア)」と「SOS~助けて」のロマンティックな二曲に、上天気の美しい風景の中をさまよう私の心の中には銀の雨が降りそぼった。
[
マイテ・マルティン/こわれもの
]
あ、あの、おぢさん、ぜ、ぜんぜん曲のつながりが見えないんですけど。
そう、黄門さんで始まった本日の連想ゲームはマイテ・マルティンまで飛んで行った。その理由は私にもわからない。
さらに、このあと私は雑用を片付けるために徒歩(約40分)でパセオに向かうのだが、そこで聴くのは橘家円蔵(昔の円鏡さん)の爆笑落語であった。
円蔵師匠に大笑いしながら、大手を振って新目白通りを闊歩する私を、すれ違う見ず知らずの方々はどう見たろーか?
こうした分裂ぶりこそが私の休暇の醍醐味なのかもしれんが、私個人としてはこ-ゆー人とはぜったいお友だちにはなりたくない。