1984年創刊、日本で唯一のフラメンコ専門誌「月刊パセオフラメンコ」を中心に、フラメンコ情報をお届けするホームページ。公演情報から教室案内までもりだくさん。ソフト、舞踊用品などもご購入いただけます。
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社長室/2007年3月
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社長室/2007年3月
社長室/2007年3月
3/2金(その156)
隠れ家
[イラスト/
ヨランダ
]
今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『
隠れ家①
/
隠れ家②
』。
スキャンダラス?! パセオ社長の隠れ家を一挙公開!
3/4日(その157)
状況変わらず
[
パセオ1987年10月号/表紙はラファエル・ロメーロ
]
1987年10月号。
レコードからCDへと流れが変わりつつあった時代。
大掛かりなフラメンコCD全集(イスパボックスの名盤が全10枚)を発売した東芝EMIのディレクターW氏に本誌信夫編集長がインタビュー。
そのラスト近くのほんの一部を抜粋。
――――――――――――――――――――――――
フラメンコというジャンルはレコード業界にとっては非常に小さな市場であるということです。つまりレコード業界としては、売れないものを出していてはつぶれてしまう。
フラメンコなんて売れるのだろうか、という疑問が常にあるわけです。
今回の企画にあたっても、会議ではそのことが常に話題になりました。
ですからこのシリーズが売れないとレコード業界はフラメンコに目を向けなくなってしまうと思うんです。
―――― 逆にこのシリーズが成功すれば、次の企画も出せると。
そうです。
このシリーズが成功すれば、フラメンコは売れるという実績ができるんです。そうすればもっと色々なものを出せる。
例えば東芝EMIで以前出していたフラメンコのシリーズ(サビーカスやパコ・デ・ルシアが伴奏するマリア・バルガスなど)の復刻とか、イスパボックスのシリーズでも日本で未発売のものがまだまだたくさんありますよね。
そういったものをどんどん出していけるんです。
ですからもっと色々なものを聴きたいと思ったら、今出ているフラメンコというジャンルのレコード、CDを積極的に買っていただきたいんです。
フラメンコのパワーはすごいですよね。
是非そのパワーでレコード業界を動かして欲しいのです。
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20年前の話だが、現在とまるで同じ状況である。
いや、CDやweb普及によるダビング頻度の増加を考えれば、当時の方がまだましだったのかもしれない。
フラメンコ人口はパセオ創刊時の百倍近くになったが、愛するアートを自らの意志で守ろうとする人の絶対数は少なくとも増えてはいない。
3/5月(その158)
モギに捧ぐ
[
パセオ1987年11月号/表紙はグルーポ・デ・トリアーナ
]
1987年11月号。
LIBRE(投稿欄)に掲載した、読者によるアントニオ・ガデス来日公演のレビュー。その後半部分を以下に。
――――――――――――――――――――――――
私の息も目も、止まったままの数分間でした。
大空を飛ぶワシのように高く広げた腕、背中でゆっくりひるがえる手のひら、バレエのように片足をあげたままの連続2回転!
まさに指の先から足の先に至るまで、一つ一つのポーズがまるで歌舞伎の所作事のようにピタリ、ピタリと決まるのです。
この一分のスキもない、鍛えぬかれた美しさこそ、ガデスの踊りの本領なのです。
「フラメンコの若獅子」と言われたころの、カミソリの刃のような鋭さはさすがに影をひそめましたが、代わりに何かとてつもない哀しさと大きさが加わりました。
けれど、なぜ踊っていると時のガデスの瞳は、あんなに哀しそうなのでしょう?
前人未踏の芸術家としての頂きをきわめつつある世界的舞踊家……なのに、私の目には彼の心も肉体も燃焼の極致に昇りつめてしまったかのように見えます。
公演のチラシには「これほど楽な鑑賞のしかたもない」と書いてありましたが、こんなに緊張感に張りつめた舞台は、私にとってはつらいです。
しかもフィナーレでさえ軍隊並みの統率力と足並みでは、バラ一輪さえ渡せない雰囲気でした。
確かにすばらしい技量と才能の結晶した最高の舞台です。
万雷の拍手、批評家諸氏の絶賛をあびて大芸術家アントニオ・ガデスが「近代フラメンコの父」と呼ばれる日もそう遠くはないでしょう。
それでは渡せなかったこの赤いバラは「バルセロナ」の陽気なダテ男・モギに捧げます。
――――――――――――――――――――――――
もの凄い水準の読者レビューに、いまさらながら驚く。
的確であるとともに美しい文章だ。
しかも彼女の心情そのものが極上のスパイスとして機能している。
書き手は松本知江子さん。のちに本誌で連載を持つことになる。
あんたって最高!!
3/6火(その159)
落語
すっかり開き直って、臆面もなく繰り出す「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
本日のお題は『
落語』
である。
落語鑑賞歴45年を誇る私が、その苦難の歴史を振り返る。
3/7水(その160)
踊る阿呆を、観る阿呆
私の心の中限定で快進撃をつづける「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
本日の出し物は『
踊る阿呆を、観る阿呆
』である。
マリア・パヘスを語る謎の快人
とんがりやま
。
確かこれが「人のふんどしで相撲をとるシリーズ」の記念すべき第一弾だったはずだ。
3/8木(その161)
前のめり
[パセオ1987年12月号/表紙は渡辺亨写真展“赫々たるフラメンコ”]
1987年12月号。私の編集後記から。
――――――――――――――――――――――――
●朝日、毎日等の新聞、また様々な雑誌などで絶賛され、一時は狭い編集部のド真ん中にそびえ立っていたフラメンコハンドブックの山もどうやら片付きひと段落、次なる企画『エンリケ坂井のど素人のためのカンテ入門』にとりかかったところです。
●ハンドブックの余波から、書店を中心に月刊パセオに対する問合せが相次ぎ、チャンスとばかり、とりあえずは都内の主だった書店で扱ってもらう準備を進めています。
いま肝心なのは、ともかく仲間を増やすこと、数の充実です。
全国の真(熱狂的かつまとも)のアフィシオナードが5000人存在すれば(その好みが5000通りあっても)、フラメンコは守ってもいけるし攻めてもいける、という状況が生まれます。
イベントしかり、レコード・ビデオしかり、書籍しかり、若手育成しかり、etc.etc.……1億3千万人中の5千人、2万6千人に1人の割合です。
何ったってものがフラメンコですから、これ位はいますよね?、いや、絶対います。だいたいウトレーラ聞いて感じねえ奴は人間じゃねえ!(と書いてしまう僕はまともではない)。いずれにしても、ネットワーク拡大のため、しばらく前のめってみます。
――――――――――――――――――――――――
当時32歳の私は軽薄ではあったが、勢いだけはあった。
現在は勢いこそなくなったが、軽薄さには磨きがかかった。(TT)
3/9金(その162)
背表紙
[パセオ1988年1月号/表紙はLLADRO“フラメンコ”]
パセオ1988年1月号。
カンテ・フラメンコの最後の巨匠と呼ばれるラファエル・ロメーロの来日公演が本決まりとなり、フラメンコ界は沸き立った。
信夫(しのぶ)編集長による『ラファエル・ロメーロ来日を歓迎する』より、その一部を抜粋で。
――――――――――――――――――――――――
ラ・カーニャのサリーダを彼が歌い始めた時、私の全身に戦慄が走った。何と云う声。
堀越画伯言うところの、人をして鳥肌立たせしむるもの。
生まれてこのかた、レコードを聴いてこんな衝撃を覚えたことはない。
私がフラメンコを知るきっかけとなったニーニョ・リカルドのでさえこれほどの衝撃を与えなかった。
ひび割れてはいるが、艶のある声。
一聴豪快に歌い飛ばしているようで、その実本当に唄の隅々にまで気を配りデリケートで微妙なニュアンスをつたえる歌いまわし。
すべてが私の心を揺さぶり、虜にした。
以来、私はカンテ・フラメンコ・ファン、なかんずくラファエル・ロメーロ・ファンとなったのである。
――――――――――――――――――――――――
おや
信さん
、なかなかやってくれてるでねーの。
この号からパセオは、中綴じから平綴じへと昇格する。
赤字体質を維持したままに、ページ数を80頁に増やして厚味を持たせ、パセオは背表紙のある専門誌となった。
通巻で41号。創刊時には背表紙のあるパセオなどまるで夢物語だったわけで、当時の私は大赤字にあえぎながらも、夢心地の日々を過ごしていたことになる。
3/11日(その163)
代々木公園のフィクサー
実に打たれ強いと評判の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
本日の出し物は『
代々木公園のフィクサー
』であります。
意外と知られていない代々木公園界隈の黒幕についての衝撃レポート。
3/13火(その164)
フライング情報/歌い人の肖像~瀧本正信
[
文:中谷伸一/写真:浦川一憲
]
「
カンテは演技やねん
」
「
歌うんじゃのうて、“唄う”。
弾くんじゃのうて、“奏でる”。
踊るんじゃのうて、“舞う”。
フラメンコはすべて後者や。
」
1970年代、日本のカンテ創成期にキャリアをスタートさせ、昨年にはスペインで初のカンテライブを敢行。いまだ最前線をひた走るベテランの言葉には、筋金入りの芸人魂が宿っていた。
――――――――――――――――――――――――
今月20日発売のパセオフラメンコ4月号。
私のイチ押し連載『
歌い人の肖像
』には、いよいよあの瀧本正信さんが登場する。
深みと凄みに充ちたカンテの名盤『エル・カルテーロ』のクオリティが、日本のフラメンコ界を仰天させたことは記憶に新しい。
CDを聴いたその刹那、彼がたたき上げてきた道の、その例えようのない重さと明るさに、私自身は羞恥のあまり身が縮んでしまったことを冷や汗とともに想い出す。
「
瀧本正信/エル・カルテーロ
」
3/14水(その165)
フライング情報/道場破り
来週火曜日発売のパセオフラメンコ4月号のフライング情報。
ハイレベルなレッスンに“鼻高バイラオーラ”が挑む『
道場破り いざ、勝負!
』。
その第16回は、日本語ぺらぺらのベニート・ガルシア先生の登場だ。
「楽しかったあ」と、カルメン高之丞が興奮気味で語ったレッスンとは?
そのエピソードのひとつをちょい見せ。
――――――――――――――――――――――――
おもしろいのは、移動する時のニュアンスの説明。
生徒たちはみな“決まった場所”に向かって進み、止まる。
先生は、
「
行く場所を決めないで!
行きたいところまで行って、ギリギリで止まって次の動作をするんだ
」
と言う。
そういうイメージを持つことで、スピード感が出てメリハリがつくのだ。
――――――――――――――――――――――――
ううむ、なるほど。
これもひとつのフラメンコの極意だよな。
3/15木(その166)
追悼 大木ユリ
[
文:菊地裕子
]
昨年12月30日、カンタオーラの大木ユリさんが他界した。
1990年に踊り手としてデビュー後、まだ日本にカンテが浸透していない時代からプロとして唄い始めたユリさん。
気風がよく、人を楽しませるのが何より好きだった彼女のことを、周囲の人々は「生き方まで含めてフラメンカ」と評した。
そのフラメンコ人生を通して、彼女が人々に遺したものとは……。
「唄は喜び」と、あなたは言った。―――
ユリさん、天国でも唄っていますか。
――――――――――――――――――――――――
パセオフラメンコ4月号「
追悼 大木ユリ
」より冒頭部分を抜粋。
告別に駆けつけた実にたくさんのアーティスト、関係者の顔ぶれが、ユリさんのフラメンコ人生とその人柄を、まんま物語っていたように思う。
あれからふた月以上もたつのか。
会場に向かうためにタクシー待ちした夜の所沢の、底冷えするような寒さがよみがえる。
3/16金(その167)
フライング情報/新連載!夫婦のきずな
20日発売パセオフラメンコ最新号のフライング情報。
今日は4月号からスタートする新連載『
夫婦のきずな
』をちょい見せしよう。
ともにフラメンコの世界で生きる夫婦にインタビューし、その光と影を切り取ろうという、ある種きわどい企画である。
[
文:野村昌二/写真:清水知恵子
]
踊り手と照明家。
夫婦でフラメンコを追いかける、手下倭里亜さんと佐々木孝尚さん。
妻が主導権を持ち、夫が逸れそうになりがちな方向性を正す。
共通の目標を目指す二人に、これまで積み上げてきたもの、これからの夢を聞いた。
――――――――――――――――――――――――
と、まあ、こんな出だしで始まる『夫婦のきずな』の連載第一回。
おなじみのバイラオーラ手下倭里亜さんと、関係者なら誰でも知ってる照明家の佐々木孝尚さんの夫婦バトル(?)である。
へー、そーだったの、みたいな会話はなかなかに新鮮だ。
おざなり対談では面白くもなんともないし、どこまで踏み込めるかが編集側の腕の見せどころでもある。
「道を逸れそうになると、修正してもらっています。私はスタジオを持って先生として生徒たちに教えているけれど、『教えるだけの生活に甘んじているんじゃないの』『君は踊り手でしょう』ってよく言われます。そう指摘されると、ハッと、甘えに気がつかされるんです」
おっと手下さん、そーきたか。
そのコンビネーションには、相当年季が入ってると思うなあ。
3/19月(その168)
タキレン慕情
江戸っ子の帰巣本能は“隅田川”に直結しているらしい。
きのう日曜は午後から休暇をとって、久々に隅田川に遊んだ。
なんとも爽快な遊覧船に乗るのは数年ぶりだったが、トータルでは百回は乗ってるはずだ。
折りしも春である。
梅は咲いたが、桜はまだかいなである。
船上から波しぶきを眺めていたら、思いがけず滝廉太郎の『花』が脳裏に鳴り響いた。
思いつきで写真とメモをとり、ほぼ二ヶ月ぶりに『フラメンコ超緩色系』を更新。
訳のわからんタイトルは「
タキレン慕情
」である。
3/20火(その169)
本日発売!パセオ4月号
本日発売パセオフラメンコ4月号の特集は『
曲種の達人
』。
[パセオフラメンコ2007年4月号]
さまざまな歴史的背景を持つフラメンコのパロ(曲種)。
その数は40を超えるという。
喜び、哀しみ、愛、痛み……。
人々は、自らの感情を表現するために、パロを生み出し、長い時間をかけて進化させてきた。
それぞれのコンパスや詩形が整えられ、現在の形式になったのは、すべて必然。
それは、想いを伝えたい、ただその気持ちが育んだもの。
パロを知ることは、フラメンコの担い手たちの想いを知ること、そしてフラメンコを知ることなのだ。
――――――――――――――――――――――――
こんなリードで始まる曲種特集。
その巻頭エッセイは、おなじみ高場将美さんによる『
フラメンコの血を再認識するために
』。
以下にそのほんの一部を抜粋するが、高場さんが熱く語る本質論に私は思わず、はたと膝を打った(←死語か)。
――――――――――――――――――――――――
そういうことはわかっているつもりだけれど、わたしはいまのフラメンコ伝統の姿に、なんだか疑問をいだき、共感できないところがある(わたしはフラメンコはひとつだと思うので、スペインも日本も区別しない)。
いま革命が起こっているのに、わたしが気がつかないのだろうか? それともフラメンコという伝統が消えてゆこうとしているのか?
なぜ、そんなことを考えるかというと、パロ(曲種=形式とかスタイルとも呼ばれる)の区別が、なんだかあいまいになってきたからだ。
もともと曲種とか形式といっても、最初は無から(でもないけど)つくりだされた、あるいは自然にできたもので、そこに縛られてはいけないと思う。
でも、ことばにならない、感覚の規律みたいなものがあって、ある曲種で表現できるものには限界がある。
その規律とか限度が、伝統的といわれる芸術の良さだ。それがないと、ジャンルが成立する理由がなくなる。
規律とか限度には、人それぞれの感じかた、自分の尺度があるので、そのへんもむずかしい。古いものへの尊敬と自己主張のバランス……難問です。
とにかく、曲種を大事にしてほしい。
コンパスというかリズム・パターンは守られていても、内面がともなっていないと、なんにもならない。
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3/21水(その170)
最初は何聴けばいいの?
先週更新したパセオHP「
社長のとりあえずこれ聴いてみ?
」。
ようやく
マイテ・マルティン
の登場である。
以前書いたやつの完全流用だが、それがどーした。
どーせ誰も読んじゃねえのだから、まったく問題ねーのである(TT)。
3/23金(その171)
春の声
おとついの午後のこと。
天啓に打たれるが如く、やりかけの仕事をそのままに、駒込“六義園”へと私は駆けつけた。てゆーか、単なる急性サボりたい症候群である。
私はこうした不治の病を抱える働き者なのであった。
つーことで、今月二回目の更新となるフラメンコ超緩色系(その185)。
ピンボケ写真満載の『
春の声
』をどーぞ。
3/24土(その172)
花は桜木
おぼつかな春は心に花にのみ
いづれの年かうかれそめけむ
(西行)
いよいよこんな季節の到来である。
仕事やってる場合かあ、と叫びたいところだが、この春は各種プロジェクトでがんじがらめ状態なため、思うようにサボることができんのだ。
ま、とりあえず今日明日は去年書いた桜もので、気分だけでも盛り上げておこうと思う。
つーことで、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『
花は桜木
』。
3/25日(その173)
桜の頃は
ふ。
こんな大ドジも踏んじゃったわけよ。
それでも人間、どーにかなるもんだ。
桜に惚れ込むことになった、そもきっかけはこんな事件だった。
昨日にひき続く「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『
桜の頃は
』。
3/26月(その174)
熟睡のすすめ
ありがてえことにご多忙続きである。
なわけで、明日からしばらく社長室はお休みだ。
ああ、よかったあ!
小さな胸を、そう撫で下ろしたあなたよ。
安心するのはまだ早い。
私を甘くみてはいけない。
また、私をナメてもいけない。
汗かきの私は、意外としょっぱいからだ。
つーことで、本日みなさま方にお届けする試練は、例によって「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より、熱狂的な私のファン(犬を含め計三名)の間でも「駄作の中のチョー駄作」と絶賛される超大作(全6回)の完全読破である。
そう、そのあまりのつまらなさに、書きながら筆者自身が冬眠してしまったと語り継がれるあの幻の長編ヨタ話である。
――――――――――――――――――――――――
『バッハの無伴奏チェロ』
[その①]
ソレアみたいな
[その②]
孤独
[その③]
転機
[その④]
奇行
[その⑤]
再会
[その⑥]
廃物利用
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たしかに[その①]を読み始めたあなたは、あまりの退屈にウトウトし始めるかもしれないが、続く[その②]を開いた途端、いきなりの爆睡が約束されているのである。
体調バッチリで目覚めたあなたが[その③、④、⑤]をパスしちまうことは無理からぬことだが、最後の気力をふりしぼって[その⑥=最終回]を10秒かけてナナメ読みし終えた充実感たるや、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読破した時の達成感に匹敵するであろう、ってほんとかよ。
3/29木(その175)
春よ
神田川は芭蕉庵あたり。
本日昼ごろ撮影。
どーよ、これ。