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社長室/2007年5月

社長室/2007年5月


5/3木(その195)

朝帰り





 チョー眠い。
 家にたどり着いたのは明け方の四時だった。

 きのうはパセオで早朝会議を二時間。
 そのあとダッシュで事務を片づけ、西麻布に飛んで小島章司師とビックリ大企画の打ち合わせを二時間。
 夕方、高田馬場にUターンして、駅から徒歩一分の新装ラ・ダンサにて小林伴子さんとDVDの打ち合わせを二時間。
 パセオに戻るヒマもなく下北沢に駆けつけ、鍵田真由美、佐藤浩希と合流し、もろもろ打ち合わせを五分。
 それがそのあと延々八時間続く呑み会のプロローグであることに、その時点ではまったく気付いていない。
 生ジョッキを5杯ぐらい空けた頃には、九平次親分(矢野吉峰)、柏麻美子、末木三四郎、工藤朋子らも駆けつけ、宴もたけなわプリンスホテルである。

 ちなみに、この七人の呑み会メンバーの中で、日本フラメンコ協会新人公演の奨励賞を受賞していないのは、意外なことに鍵田真由美と私の二名のみであった。
 さらに意外なことには、この二名の内、文化庁芸術祭の大賞を受賞していないのはこの私のみであったが、それがどーした。
 このきびしい世間の荒波の中で、半世紀以上も生き延びることに成功しているのは、数あるメンバー中この私だけだったのである。

 どーだ、すげーだろ。(TT)


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 つーことで、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は昨年ゴールデンウィークの頃に書いた『温泉気分』。


 読み返してみると、なんと云うか、実にゆるい。
 私ではなく、あなたが書いたものだったら、その人間性や文章の稚拙さを思いきり罵倒してたところだ。
 書いた人があなたではなく、この私(←自分にやさしいタイプ)であって、本当によかった。




高田馬場二丁目の夕日.JPG









5/4(その196)

ガリガリ君





 先日アップした『社長のとりあえずこれ聴いてみ?』。




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 今回は私の大好きなギタリスト、フアン・マヌエル・カニサーレスが登場する。
 例によって以前どっかで使ったやつだが、すべて水に流し新鮮な気持ちでお読みいただければ新たな発見があるかもしれない、というはかない期待は禁物である。


 ところで、カニサーレスとくれば、どーして『ガリガリ君』なのか?
 それをおわかりになる方は、まちがいなく粋なフラメンコ通である。









5/6日(その197)

春の徘徊師





外苑前.JPG




 今日は半日ばかり都内散策の予定だったが、あいにくの雨である。
 夕方からのアニフェリア(日本フラメンコ協会)までは、企画の仕込みでもやるとすっか。
 で、ま、ついでに「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『春の徘徊師』でもどーぞ。









5/9水(その198)

蒸発





 この三日ばかり、日記もやらずに目一杯仕事したら、それはそれはとてもはかどったよ……なんてことはまったくなかったのは意外でも何でもない。
 ヘタな労働休むに似たり、とは私のことである。

 ま、しかし、人間コツコツやるのが何よりだ。
 今日も手抜きの「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」だが、ああ懐かしや、衝動的蒸発の想い出である。




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5/10木(その199)

控えよ、頭が高~い!





「ガツンと一喝」フェルナンダ・デ・ウトレーラ/おんなうた.jpg




 パセオフラメンコ公式ホームページ上に燦然と輝く「社長のとりあえずこれ聴いてみ?」が、昨日未明更新されたそーだ。

 まことに遺憾である。
 いったい誰が読むとゆーのだ?
 はい、それは私です。
 毎回1票は堅い人気連載なのである。
 しかし、今回のはやたら長い。
 念のため最後まで読み直そうと思った生まじめな私が、案の定途中で熟睡を喰らってしまったことは云うまでもなかろう。

 最近不眠に悩むここんちの読者のために、わざわざそれを社長室にアップしたのは、心やさしい私の親心以外の何ものでもない。
 どーか、遠慮なく爆睡してほしい。(TT)









5/14月(その200)

マジョール男組/ゆるい本気





 こんどの日曜発売のパセオ6月号。
 アニフェリアでも大活躍だったあの“マジョール男組”の記事に目を引かれる。
 冒頭をちょい見せするが、結成の真相やあの不思議な魅力の理由が、これを読んで少しだけわかったよ。




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[文:編集部塩川/写真:清水知恵子]




   バイラオーラ鈴木眞澄が主宰する、フラメンコスタジオ・マジョール。
 このスタジオに在籍する男性たちは“マジョール男組”と呼ばれ、独自の活動を繰り広げている。

 「実は結成したわけじゃないんです」

 “マジョール男組”結成のきっかけを尋ねて返ってきたのは、意外な答えだ。まとめ役の佐藤樹美さんは続ける。

 「去年の新人公演の申込書を出しに行ったとき、団体名がないとダメって言われたんです。で、(田代)淳さん(日本フラメンコ協会事務局長)が、『スタジオ・マジョールの男の子だから“マジョール男組”』ね!」って。
 だから、名づけ親は淳さんなんです」









5/15火(その201)

足は地につけ、夢は空高く





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 イタリア出身のバイラオーラ、シルビア・マリン。
 “外国人”だから突き当たった壁を乗り越え、“外国人”だからこそ持ち得た夢を追い求めている。
 彼女は、舞台上で子どもたちにフラメンコを教えるという、ユニークなショーを発表し、世界にフラメンコの種を蒔いているのだ。



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 パセオ6月号(5/20発売)のハビエル・プリモによる巻頭カラー記事に登場するのは、珍しくもイタリア人バイラオーラである。
 そのエネルギッシュな生き様、やがて訪れるどん底状態、そしてそこからの脱出と復活。
 同じく“外国人”である私たちには、身につまされるようなリアリティを持ったドキュメントだ。
 “ネバーギブアップ”という戦略は、つくづく“発明の母”だと思う。
 「人間あきらめが肝心」という言葉に惹かれはじめる私には、いい薬かもしれない。









5/16水(その202)

森田志保の新たな地平





 フラメンコにはいくつかの“強烈な縛り”がある。
 その意味において、フラメンコ舞踊と創意、つまりフラメンコを作品化することは、基本的に矛盾した行為といえる。
 作品成立のために創意を凝らすほど、“フラメンコ”は遠のいてしまうという側面があるのだ。

 だが、作品の中でフラメンコがさらに豊かになることを、森田志保は最新作「はな5」で示した。
 長年、彼女の舞台を観てきたライター西脇美絵子が、森田志保のフラメンコと作品作りの核心に迫る。





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[文:西脇美絵子/写真:松本青樹、高田早苗]



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 上のちょい見せは、この三月の『はな5』公演でフラメンコ界の話題をさらった森田志保さんに関する記事のマクラだ。

 「森田志保の不思議かつ巨大な魅力」についての解明は私にとっても大きな課題だったが、前号の「新生ガデス舞踊団」に引き続き、またしても西脇美絵子はその超難解なテーマに対して見事な解答を提示した。
 ま、じっくりお読みいただきたいと願う。当号における私のイチ押し記事なので。


 さて、その西脇とは先日の協会アニフェリア公演のロビーで会った。
 そこでの彼女は珍しくも、これから先のモノ書きとしてのヴィジョンを私に熱く語った。
 それらは私が読んでみたいものばかりだったから、彼女に向かって、いつものように私は優しくささやくようにこう叫んだ。

 「とりあえずちゃんと締切守らんかいっ、こらあああ!!!」









5/17木(その203)

歌い人の肖像/阿部真





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 刈り込んだ短髪にがっしりした身体つき、静かな光をたたえる瞳。
 真面目で一本気な、古き佳き日本人が持っていたイメージが、阿部真には自然に重なって見える。

 「自分の一番の長所は、かなり頭が悪いというか、バカなところだと思うんです。絶対スペイン人になれないんだけど、それをわかったうえで、なろうと思えるんですよ。なんとなく。どこまでやっても違うって言われるかもしれないけど、行けるところまで行きたいと思います」

 大学在学中にフラメンコを始め、現在31歳になる阿部の活動の場は、ここ数年で飛躍的に広がっている。
 2004年に日本フラメンコ協会新人公演で努力賞を獲得。同年、日本の若手カンタオールが勢ぞろいしたアルバム『10COLORES』(アクースティカ)で、初録音を果たした。
 コンクールや公演を支える舞踊伴唱での出演も数多い。
 アンダルシアの匂いを放つ、自然で力強いカンテの評判は日増しに高まっている。
 02年秋から、阿部は毎年必ずスペインへ飛び、セビージャを中心に数ヶ月滞在する。現地の生きたカンテを吸収するためだ。
 「フラメンコオタク」を自称する彼の探求の精神は、果てしなく貪欲である。
 「まだまだ、足りないことが多すぎる。もっと磨いていかなければと思うんです」
              (2007年3月21日収録)



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 今日のパセオ6月号フライング情報は、中谷伸一(文)と浦川一憲(写真)による「歌い人の肖像⑤阿部真」からの冒頭ちょい見せだ。

 アクースティカによる、これぞ心意気!みたいなCD『10COLORES』によって、阿部真さんのカンテを私ははじめて知った。
 ハンパではないポテンシャルを感じさせる本格派カンタオールである。

 「真面目で一本気な、古き佳き日本人」と冒頭で中谷はそう表現したが、そんなイメージを裏付けるさまざまなエピソードには心が騒いだ。
 へえ、若い連中も捨てたもんじゃねーや。
 てゆーか捨てたもんなのはおめーのことだよと、じーさん思わず我に返った。









5/18金(その204)

あさって発売!パセオ最新号





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 [パセオフラメンコ2007年6月号/表紙写真:山澤伸]




特集『スペインに生きる』―――暮らしの中で見つけたもの


 マドリードの中心地、グランビア通り。
 国籍や職業を問わず、さまざまな人々が行き交う、
 まさに“人生の交差点”である。
 明るい日ざしに映えるのは、彼らの生き生きとした表情。
 スペインに生きて、はじめて見えるスペインがある。
 現地に暮らす、7人の日本人を追った。




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 特集にご登場いただくスペインに暮らす七名の方々の、多彩なラインナップは以下のとおりだ。

◇福田敦子さん(舞踊家)「フラメンコを求めて」
◇石川亜哉子さん(舞踊家)「いつも自然体で」
◇松嶋公美さん(ラジオ・パーソナリティ)「宝物の入った引き出し」
◇阿部理彦さん(学生)「学び終わらないもの」
◇本山朝美さん(パティシエ)「自由に生きていける場所」
◇三木博雄さん(板前)「日の丸をしょって厨房に立つ」
◇宮入郁子さん(陶芸家)「輝く太陽の下で」



 久々のスペインものである。
 フラメンコが弱くなって売上は大丈夫か?、という危惧には「しんぱいゴム用」と胸を張りたい。
 七名の記事は予想以上に面白くてイッキに読んだが、特に心えぐられたフレーズを二つばかりご紹介しよう。



「そうですね。最愛の夫が私のことを幸せにしてくれるとは思わないんですよ(笑)。もちろんしてくれるんですが、自分が自分にエンコントラール(出会う)すること、それがないと人は幸せになれないと思います。お金じゃ買えないものをたくさんたくさん作って、そうして誰にも盗まれることのない宝を自分の引き出しに持ってる人が、本当に幸せなんじゃないかな、と。」
          (パーソナリティの松嶋公美さん)

「日本の調理場は軍隊みたいに厳しいものですが、こっちは仕事が終われば呼び捨てだし、お前は給料が高いんだから、教えてくれて当たり前だというような態度です。単なる生活のために仕事に来る人間をやる気にさせるのは難しいですね。彼らが日本語を覚えるのは無理だから、僕が努力してスペイン語で伝えてやらないと」
          (板前の三木博雄さん)









5/20日(その205)

幻の原稿料





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 ワールドフォトプレス社が発行する『世界の腕時計』という雑誌から、フラメンコの単発エッセイの執筆依頼を受け、その高額な原稿料に目が眩んだ私が、密かにそれを引き受けたのが先月のことである。

 すぐさま依頼の1600字を書き上げ、先方にメール送信したあと、すっかりそのことを忘れていたのは実にうかつであった。
 『世界の腕時計』の編集部から送信された、その校正ゲラのファックスが社員に見つかってしまい、私は事の次第を問い詰められたのだった。
 その結果、私の稼いだ原稿料が「社員呑み会経費」として全額没収されることが、その場で決定されたことは実に遺憾である。


 尚、私としては、いつものゆるゆるなヤツではなく、私本来の真摯かつ格調高い文章で勝負したことは云うまでもない。
 どーせ信じちゃもらえねえと思うので、証拠としてそのエッセイを以下に掲載することにした。




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 5月25日発売『世界の腕時計』より



      『フラメンコに魅せられて』
                          小山 雄二
           (株式会社パセオ 代表取締役社長)


 『ハケンの品格』というテレビドラマが先ごろ人気を博したが、実はその第一回目の放送にわが月刊パセオフラメンコが特別出演している。
 ミラクル派遣社員の主人公(篠原涼子さん)はフラメンコの踊り手でもあるという設定で、その彼女が愛読する専門誌がパセオだったというわけだ。
 なるほど、パセオ読んでりゃ踊りもうめえはずだよって、いきなり自画自賛かよ、おいおい。






       ………… (私の名誉のために以下カット)









5/23水(その206)

薔薇エティ





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 久方ぶりに、東京北区の旧古河庭園へとバラ見に出かけたのは、ある五月晴れの日曜日、昼下がりのことだ。
 元旦以来の休暇をとった連れ合いをお供に、めでたくも約半年ぶりに夫婦そろっての行楽である。
 ご近所代々木公園に近ごろできたドッグランで、朝方からくたくたになるまで遊ばせてあるので、わが家の守護犬ジェーはこの日は留守番担当だ。



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 名高いここ旧古河庭園の薔薇は、ヴァリエーションが実に豊かである。
 色や姿が好ましい上に味わいも繊細ときてるからまったく飽きがこない。
 どことなく私と正反対なところが、私を惹きつける真の理由なのだろうがそれがどーした。自覚症状があるだけマシである。




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 さて、その華麗なる薔薇園の奥には、これまた美しい日本庭園がある。
 折りよく、うれしいくらいに新緑がまぶしい。
 ここから歩いて15分ほどのおなじみ駒込・六義園にはスケールの点で及ばぬものの、凛としたその風情はどこまでも細やかであり、しっとり深い陰影をおとす散策道にはノスタルジックな薫りがあふれている。
 心地よくも脳裏に響く幻聴は、アントニオ・マイレーナのティエントである。



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 こうした情景をぶらついていると、それだけですっかり心が和んでしまうのは寄る年波の効用だ。

 ならば、歳を取るのもそれほど悪かねえ。


 そう、歳を喰えば喰ったなりに、新たな楽しみが生じるのだ。
 人生至るところ青山あり。
 諸君らのような、若く美しいお方には理解不能な世界かもしれない。
 ふ、若造どもめ(←50歳未満)、
 どーだ、うらやましーか?
 なんなら、そこの貴方(←できれば30歳未満)、
 特別に私(←52歳)と替わってやってもいーぞ。











5/25金(その207)

東京北部の微笑み(シレンシオ編)





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 東京北部は王子の「名主の滝」である。
 この春、桜のころにぶらりと寄ってみた。

 知る人ぞ知るのマイナー名所なのだが、丘陵のアップダウンをうまく利した深い趣きの日本庭園である。
 パセオから歩いても一時間ほどでありますって、誰がパセオから歩くかっつーの。はい、それは私です。




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 私は江戸川区の小松川(←小松菜の原産地)という東京東部の生まれなのだが、山の手線の北側、つまり東京北部のたたずまいをこよなく愛すタイプの人間だ。

 かつてはそれなりに栄えた街々を数多く抱する東京の北部。
 そこは現代の都市開発から取り残された気配がむしろ濃厚に漂うエリアなのだが、その「気骨のある寂寥感」みたいな風情を、妙に私は好ましく感じてしまうのである。
 ま、しかし、ここ王子やら尾久、駒込あたりは、幼い私が毎週のように喜び勇んで泊りに行った母方の親類が集中していた懐かしい北部の土地でもあるし、あくまでこれは個人的感傷の域を出ない話だろう。


 さて、生活の中でガンガン前進したり、チャラチャラ浮かれるのはとても楽しいものだけど、しんみりとはかない気分にどっぷり浸るのも同じく人生の醍醐味だ。
 そんな時の方が、かえって物事がよく視えたりもする。
 アレグリアスだってシレンシオがなければ、あの深い味わいは出ないわな。
 私にとっての東京北部は“シレンシオの浪漫”なのかもしれない。




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 「どーあれパセオを続ける」ことを念じ続けた結果としての現在の私。
 「こーゆー人になりたい」と、不安まじりに将来を夢見た少年時代の僕。

 そんな二人がふんわり会話をはじめる時、彼らがぼんやり眺める風景は、例えばこの「名主の滝」のような東京北部の景色であることが多い。
 そこでの会話の中身のほとんどは、他愛もないセンチメンタルな郷愁だ。ろくでもねえ想い出をほじくり出してきては、二人してだらしなく笑うのが常なのだ。
 だが、この日の少年にはいつもとは似ない、まるで滝のような激しさがあった。
 私の抱える屈託を見抜いたのかどうか、何の脈略もないツッコミで、彼は思いきり私の意表を突く。


 「ねえ、思い込みが強すぎんたんじゃないの?」
 「はりきりすぎて、いっぱい人を傷つけたんじゃないの?」
 「もう少し、うまいやり方があったんじゃないの?」
 「僕がなりたかったのは、もっとちゃんとした大人だよ」


 おいおい、トートツにいってえ何をぬかしやがるんでえ。
 たまの半休に、いきなり正しい生き方講座かよっ。
 そーゆーシチュエーションではなかろーがあああ!!!

 思わぬ展開に、ノスタルジックな感傷気分はイッキに吹っ飛ばされ、代わりに「シックスセンス」の例のシーンみてえなデジャ・ビュに全身を包まれる。
 当然私の方には確固たる云い分があるが、彼の指摘もまた、くやしいぐらいに正確である。
 成り行きに逆らわず、とりあえず私は腹を立てない覚悟を決め、ヘコまされるがままに、少年の声に耳を傾ける。




名主の滝④.JPG




 すると、どーだ。
 彼のツッコミによって、私の中にある、無理やり背伸びしてきたことで生じた歪みの部分が、次第にクッキリと浮き彫りになってくるではないか。
 云われてみれば、そうした欠陥は、現在の私が抱える屈託の原因を成すものかもしれなかった。
 なにも彼は、私が過去に犯した膨大な数の失敗を責めているのではなかった。
 「基本に戻ろうよ」。
 彼の主張は、どうやらその一点のようである。

 少年にしては冷静な現状分析と新たなテーマの提示は、私が抱える数々の課題を解決するかもしれない可能性を感じさせた。
 そして予想どおり、その骨太なテーマは、間髪入れずいくつかの変奏曲に姿を整え、それぞれの解決策をシンプルなメロディで暗示しながら、私の脳裏を素早く走り抜けたのである。




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 そーか。
 わからん場合は原点に戻れ、ってか。
 つまらんこだわりや勝手な思い込みなんぞはみんなエイヤと捨てちまえって、
 要はそーゆーことかい。

 それまで沈黙を守っていた私は、思いもかけぬ収穫に頬がゆるみそうになるのをこらえて、むしろ苦笑交じりを装いながら重くなった口を開く。

 「おめえの云い分ももっともだがな、元はと云やあ俺はおめえなんだから、おのずと限界つーもんがあらーな」

 「それもそーだね。ま、でも、前向きな原点回帰ならあんたにも出来そーだし」

 私の変化に気づいた少年は深追いをやめ、ケラケラ笑いながらこう云う。



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 やれやれ、生意気な小僧だ。
 云いたい放題ぬかしやがって、あとの始末は大人任せかよ。
 ま、しかし、いずれはお前がすることだ。
 そのことだけは忘れるなよ。
 だが、ま、今日のお前は、おめえにしては上出来だったかもしれんしよ



 ふと見やれば、「名主の滝」の落ち水が、ほっとしたような微笑みをたたえている。




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5/27日(その208)

オチはねーのか





 彼のゆくところには必ずや新しいシーンが展開し、次の時代を予言する“熱風”が吹く。(つづく





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5/30水(その209)

成分解析





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 決算やら予算やら、エイギョーやら種まきやらで、まったく、とんでもねー忙しさに目がまわりそーである。

 そんなわけで今日は久しぶりに、一部ヘキ地で人気バクハツの「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」をお届けしたい。

 お題は『成分解析』。

 私には珍しい“科学的”なお話である。
 実際のところもの凄くタメになるぞっ、てゆーかダメになるぞお。









5/31木(その210)

紗矢香のメンチャイ





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 云うまでもなく、ここ社長室の熱心な読者諸氏は、全員が美女美男である。
 さらに全員が働き者であるために、全体的に睡眠不足気味なのが少々心配だ。

 そこで、心優しい私が皆さまに本日お贈りするのが「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『紗矢香のメンチャイ』である。
 これを三行読むだけで、あらフシギ、三秒で爆睡できるというスグレモノの睡眠誘導文なのだ。素直な心でパジャマに着替え、ベッドの上でお読みいただきたいものである。

 なお、副作用はない。むしろ作用と云ってほしーくらいだ。
 最後まで読破した人間は、人類では今のところ私のみであるため、客観的な評価は確立されていない長編論文だが、その浅くて薄い味わいはなかなかに新鮮である。










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