1984年創刊、日本で唯一のフラメンコ専門誌「月刊パセオフラメンコ」を中心に、フラメンコ情報をお届けするホームページ。公演情報から教室案内までもりだくさん。ソフト、舞踊用品などもご購入いただけます。
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フライング情報を中心に
6/30月(その270)
“バル de ぱせお”の投稿募集
ウェブ(当欄やmixiトピ)+紙メディア(月刊パセオフラメンコ)の連携のよる新型読者ページ(バル de ぱせお)の制作プロジェクトが本日いよいよスタート!
ほんの少しでもフラメンコを愛する方なら、どなたでも参加できます。
スベってよし、転んでよしの原稿大募集をスタートするので、どーぞ皆さまよろすく。
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今月のお題
「フラメンコやっててよかったあ!と思う瞬間」
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【エントリー方法】
8/31までに、このメール・アドレス(↓)まで原稿と写真を投稿すれば完了。
koyama@paseo-flamenco.com
【コメント字数】約400字(18字×22行みたいな感じでパセオに掲載)
【タイトル】10文字程度
【名を名乗る】△△県・○○○○(本名でもハンドルネームでも)
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【パセオに掲載する号】
2009年新年号(12月20日発売)
【コメント採用の決め手!】
★そりゃ文章はウマいに越したことはないけど、何つっても中身やアイレが肝心!
フラメンコな知恵や癒しや笑いや元気がもらえるやつで、いー感じの読後感が採用の決め手! 9月上旬に採用原稿を決めて、掲載OK確認のため“ますた”から直接メール送ります。そのあとお手数かけるが、印刷用の写真1点(RGBで3メガ程度)をメール送信頼みます。
★採用のご褒美として「手ぬぐい1本」&「パセオ掲載号1冊」を発売時に郵送。
“今月のお勝ちメンコ”にはさらに「DVD1本」。
★三年間36回連続挑戦してすべて不採用の方はパセオ社長賞ゲット。とにかく根気のあるチャレンジャーが“ますた”は大好きなので、まだ未定だけど、たぶん凄んげえ賞品ゲット!
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2008年6月チョー吉日
バル de ぱせお ますた、こと
株式会社パセオ 代表取締役社長 小山 雄二
2/16土(その255)
スーパー・フラメンコ
「タイトルどうですかね? あくまで仮なんすよ、これ」
「あ、そーなの」
「何かいいタイトル付けてもらえませんか?」
「んー、でもこれいーかも」
「適当につけただけなんですけど」
「でもほんとに“スーパー”だしなあ。まんま行っちゃお」
命知らずのハイリスク&ハイクオリティなコンサート主催で、コアな音楽ファンの絶大な信頼を獲得している“すみだトリフォニー”。
その担当プロデューサーとこんなやりとりをしたのは昨年夏ころだったか。
家族や社員や呑み仲間に私のアドバイスを求めようとする謙虚な人間は一人もいないが、私の真の実力を知らない方々はおおむね私のアドバイスに忠実である。最初の一回だけは。(TT)
トリフォニーホールは、私の青春の故郷とも云うべき錦糸町にある。
都電車庫に江東デパートに楽天地、場外馬券所にパチンコにディスコ、キャバレーにラブホに赤提灯……。
あの素敵にただれた想い出は戻らないが、錦糸町は夢のようなフラメンコに出逢える街になった。
今週土曜はいよいよ、トマティート(ギター)とドランテ(ピアノフラメンコ)の“スーパー・フラメンコ”。
待ちに待ったというか、以前パセオでクローズアップした若手実力者ホセ・マジャの踊りにも、明日はいよいよご対面である。うっきー!
つーことで本日夕方より、売れ行き絶好調DVDスーパーカスタネットの打ち上げ。
12/28金(その247)
スーパー・カスタネット
前回のお約束。
来月20日に発売するDVDのライナーノートをフライング掲載しよう。
前例のないことだが、本業の“フラメンコの月刊誌発行”自体が前例のないものだったので、「前例の有る無し」というのは私にとって空しい話なのだ。
ま、しかし、これは手間のかからぬ優れた宣伝プロモーション作戦とも云えるわけで、逆効果(映像内容は最高なのに売れなくなる)を確信する一部社員(←約全員)の猛反対こそ喰らったものの、私はこれに踏み切った。
このDVDのプロデューサーである私が書いたライナーは、確かに文章はまずいが、そのかわりにやたら長い。
つまり、最後まで読み抜く根性のある方はほとんどいないだろうというのが、沈着冷静な私の読み筋である。
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自宅でクルシージョ⑤小林伴子
フラメンコを歌う!スーパーカスタネット
(『舞踊家・小林伴子とは』~ブックレットより転載)
「おだやかにして清楚な麗人」の正体
「スペインから大物バイラオーラが帰国した。
なんでもたいへんな資格を取ったらしい」
そんなビッグニュースがパセオに舞い込み、何はともあれと彼女のもとへ駆けつけたのは1986年のことだった。
スペイン王立舞踊演劇高等芸術学院(コンセルバトリオ・デ・マドリー)
公認・スペイン舞踊師範資格
当時でも取得には通常5年を要する大難関。
それを見事に突破したガッツと才能にあふれる舞踊家とくれば「猛烈にして爆発キャラの大姐御」に違いないというイメージを胸に秘め、怖いもの見たさで訪れた取材先は、新設されたばかりの東京・高田馬場のフラメンコスタジオ。
だがしかし、そこに居られたのは私の先入観を根本から覆す「おだやかにして清楚な麗人」だった。
誰あろう、当DVDの主役、小林伴子さんその人だったのである。
うれしい誤算にどぎまぎしたこの最初の出会いから、すでに20数年の歳月が流れた。
『私は1978年2月にスペインへ留学し、85年12月、ほぼ8年間にわたるスペイン生活に区切りをつけて帰国しました。
私の経歴においてコンセルバトリオのスペイン舞踊師範資格取得という項目は、ストレートに言えば、私の舞踊教授活動を社会的に認知してもらう上でとても役立っていると言えるでしょう。
ただ、そもそも私は「フラメンコを体得したい」、「少しでも本物に近づきたい」という一念で留学したわけで、コンセルバトリオの免状を取ることを目的にスペインに行ったわけではありませんでした。
スペインでの最初の1年は、そんな学校の存在すら知らずに過ぎていったのです。……』
かつてパセオのフラメンコ留学特集に小林伴子がこう寄稿してくれたように、コンセルバトリオの免状を取得することなど、留学当初の彼女自身にはまったく予定外のことだった。
いや、そもそも小林のフラメンコ留学自体が周囲の意表を突くサプライズそのものだったのだ。
幼い頃から踊ることが大好きだった小林は、美大卒業後、宝石会社のデザイナーとなる。
そして入社間もなく、なんと彼女はその業界の国際的登竜門と云われる[デビアス国際賞]を受賞する。
しかしその直後、前途洋洋たる宝石デザイナー小林伴子は、バイラオーラの道へと、突然の進路変更を決意することになるのだ。
当初3ヵ月の予定だったフラメンコ留学は、「芸事に3ヵ月は短いから、3年は行ってきなさい」という母親の応援を得ることで本格的な様相を呈する。
のちの師範資格へのチャレンジは、母親の応援に対する返礼のニュアンスもあったにちがいない。
留学生活も半ば、通常のフラメンコのレッスンに加えて、コンセルバトリオの課題をこなすための練習が6時間、さらに夜はタブラオの仕事という超ハードな毎日。
タフな彼女もさすがにこの頃は大変だったようで、日本の仲間たちが短期留学でカッコいい振りを習い日本に持ち帰るのを横目で見ながら、資格試験のための様々な勉強をこなさねばならない状況に、ひとり焦りを感じていたのだろう。
折しもスペイン旅行中に立ち寄った母親に、ついうっかりグチをこぼす。
すると母親は、キッパリこう云った。
「私を喜ばせるために免状を取るのだったら、やめてちょうだい」
やめたければやめればいい。
それまで何も云わずに応援してくれた母のひと言で小林は逆にハラをくくる。
「やろうと決めたことには、きちんとケリをつけよう」
やさしい容姿と物腰の、小林伴子の実際の中身は強靭さそのものだった。
うっかり外見に騙されつづけた私が、そのことに気づくのは、彼女が文化庁芸術祭賞を受賞(1991年)した頃だと思う。
小林が帰国した頃の日本のフラメンコ人口は、現在の1割にも満たず、アーティストも関係者もみな一様に大変な時代だった。
バイレ人口の少ない日本で帰国後すぐにスタジオ開設というのは、スペイン公認の大看板を背負う小林にとっても大きな冒険であり、その困難には想像を絶するものがあったろう。
当時の日本のフラメンコたちは、明日をも知れぬ不安の中で、それでも迷うことなく「フラメンコとともに生きたい」という希望だけを胸に、淡々と皆それぞれの“プロジェクトX”に取り組んでいたのだ。
「持久力に優れる小林伴子は、実は瞬発力の人だった」
2007年の春、カスタネットの名手・小林伴子さんを迎えてDVDを創ろうという話が社内に持ち上がった時、ちゅうちょなく私はその現場監督役を引き受けた。
久しぶりに制作現場の空気が吸ってみたくなったということもあるが、ほぼ同世代の小林さんは私にとって戦友の如き存在であり、私がプロデュースを担当できることはとてもラッキーなめぐり合わせに思えた。
DVDの出演依頼のため“ラ・ダンサ”にご挨拶に赴くと、快諾くださった小林さんは「あの頃の小山さんは紅顔の美青年だったね」と爽やかな笑顔で昔をふり返り、「あの頃の私が真実で、今は仮の姿です」と私は答えた。
今回のプロジェクトでは、彼女との打ち合わせの合い間に様々な楽屋話を知ることができたが、中でも「カスタネットのみ左利き」のエピソードは強いインパクトを残す。
カスタネットの試験のために猛烈な練習に明け暮れる小林は、利き手の右指を故障させてしまう。
普通なら落ち込んでにっちもさっちも行かなくなるところだが、彼女は左手を利き手にすることを思い付き、試験をクリアしてしまう。
カスタネットを打つ時だけ、今でも小林が左利きなのはそのせいだ。
この話に唖然とする私に、彼女はこう付け加えた。
「でもメリットの方が大きい。
もともと右利きなので、右手で打つベース音を歌わせやすいから。
カスタネットは利き手を変えるのが正解かも」……だとさ。
どーです、この前向きさ加減は。
DVDの撮影方法について、小林さんと私は幾度もぶつかり合った。
リスクを軽減するために石橋を叩いて渡る慎重論を主張する私に、彼女はそれとは対極のやり方を望んだ。
愛と知性のマネージャー春名さんや、映像ディレクターの寺田さんの空気を読み切ったアドバイスがなければ、さんざ叩かれた気の毒な石橋は木っ端微塵に吹き飛ばされていたことだろう。
ほんとうに作品は完成できるのかという私の焦燥感が解消されたのは、実に撮影当日の本番スタート直後である。
何のことはない。
すでに30年以上もフラメンコにおける数々の修羅場を乗り越えてきた彼女にとって、レッスン現場の撮影など朝メシ前のことだったのだ。
最終的に必ず何とかする、という一流プロの自信と責任感を目の当たりにしたその日。
収録を終え帰宅した私は、明け方近く、久々に味わう制作現場の緊張感・充実感を辛めのスコッチとともにぐびっと飲み干した。
小林伴子のステージやライブ映像を観ると、カスタネットとサパテアードの色彩豊かな連携が、相乗効果的な迫力を生み出していることに誰もが気づく。
「カスタネットもサパテアードも、根っ子はまったく同じ。
どちらもただフラメンコの表現に奉仕するもの。
靴で床を打つのか、手でカスタネットを打つのかの違いだけ」
小林伴子のカスタネットに対する愛情が尋常でないことは明らかだと思われるが、そのことを突き詰めると、このように彼女の返答は実にそっけない。
もしかすると「フラメンコを体得したい」、「少しでも本物に近づきたい」と留学前に願った初心を忘れまいという意識が、カスタネットだけを突出させることを抑制しているのではないか。
小林の優先順位は常に“フラメンコ”がトップなのだ。
かつて小林と共演したあのホアキン・グリーロが、彼女のやっていた2拍3連のコントラティエンポにヒントを得て、当時参加していたパコ・デ・ルシア・セクステットのライブでそれを披露(逆輸入)したことは、業界ではちょいと知られる話だ。
それも、カスタネットではなく、サパテアードの話であるところがおもしろい。
さて、「おだやかにして清楚な麗人」というフラメンコからはかけ離れた外見の印象は昔も今も変わらないが、このDVDを共に制作するプロセスで、持久力に優れる小林伴子が実は瞬発力を本領とするアーティストであることも明らかになってきた。
切羽詰まりそうな局面になればなるほど、彼女が発揮する度胸と愛敬と技術は、まさしくフラメンコなオーラを放ち、その場その場を救ってくれたのである。
完成したこのDVDを眺めながら、また、制作中のやりとりを思い出しながら、時には相反する突出した才能の数々を巧みにバランス・コントロールする、この極めて優れたバイラオーラの輪郭がおぼろげながら視えている。
(株式会社パセオ代表取締役 小山 雄二)
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心地よい眠りから醒め、最後の三行だけ読もうとしている貴方よ。
夢うつつのまんま
パセオのネット通販
で予約すれば、あなたの2008年(=カスタネット元年)はチョー大吉まちがいなしである。
12/13木(その246)
回復力
やっ、ごぶさたっ!
約四ヶ月ぶりの“社長室”であります。
この夏から、最大の道楽とも云えそうな各種ブログを休んで、いくつものプロジェクトに没頭してましたが、やっとのことでその三つばかりにケリをつけたところ、目出たくも、このたび新たな大プロジェクトをおっ始めることとなりました。(TT)
そう……、キリがない。
さらに、このままではHP担当者に更新されない“社長室”を閉鎖されてしまう恐れもあるため(←もう、原稿アップのやり方も忘れてるし)、ほとんど発作的にこれを書いてるところだ。
月にいっぺんぐらい書けば、担当者に許してもらえる可能性もあるので、私としては精進あるのみである。
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さて、ほぼ終わったプロジェクトの中で、いちばん面白かった現場は久しぶりの映像プロデュースだった。
私が制作したDVDがこれ(↓)で、あとは来年1月の発売を待つだけとなっている。
リハ、本番、編集にかけて毎日3時間ほどの睡眠で、ろくにメシも喰わずにハマり続けた結果、なんと私は十日ばかりで7キロも痩せたのである。
理想体重まであと5キロの所まで迫ったのには我ながら驚いた。
周囲の反応も上々で、それまで丸々と太ったブタを見るような目で私を見ていた彼らは、痩せたタイプのブタを見るような目で私を見るようになったのである。
その十日後に体重がすっかり元通りになったことにはさらに驚いたが、むしろ私はその驚異的な回復力に拍手を贈りたいと思う。
ま、しかし、理想体重(60キロ)達成の夢も捨て難いので、こんどDVDを作る時には2本いっぺんにやりたい(鍵田真由美と佐藤浩希とか)と思ったことでした。
尚、次回社長室では、社内で大ひんしゅくを買ったDVDのライナーノート(←私が書いた)全文をのっけたろーかと思っています。
8/22火(その245)
近未来の求人案内
現在のところ求人はありませんので、近未来のためのパセオ求人記事です。
近い将来パセオフラメンコで仕事をしたいっ!
と強く希望される方は
(い、いるのか?)
、以下①~④についてを郵送またはメール(Word文書)にて下記までお送りください。随時受け付けいたします。
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①履歴書(顔に自信のない方も写真添付)
②希望するセクション(編集/広告/販売/制作/招聘/経理総務/その他何でも)を希望順に。
③希望するポジション(アルバイト/契約社員/平の正社員/編集長/プロデューサー/販売部長/店長/次期社長/その他何でも/外注執筆者・カメラマンなどもOK)を希望順に。
④具体的な企画書『
私はパセオでこうしたいっ!
』(文章と顔に自信のない方も2000字前後で)
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場2-4-12
株式会社パセオ
代表取締役社長 小山 雄二
koyama@paseo-flamenco.com
◆応募意欲を低下させる社長ブログ一覧
◇
パセオフラメンコ社長室
◇
フラメンコ超緩色系
◇
mixi
は“パセオフラメンコ社長室”でコミュニティ検索を
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いただいた文書を精読のうえ、適性についての率直な感想を必ずご返信いたします。
また、求人が発生した折には、いの一番にお声を掛けさせていただきます。
では、よいご縁がありますように!
7/19木(その240)
踊る占い師のパセオ・デビュー!
さっき気づいたのだが、な、なんと、web仲間の売れっ子占い師マリィが、突然この8月号からパセオ・デビューしてるではないか。
彼女は、こんなすてきなホームページ「
西洋占星術/マリィ・プリマヴェラ
」を主宰する、もちろんフラメンコを“
踊る占い師
”なのである。
年令は明らかではないが、占星キャリア20年以上のベテランなので、たぶん20歳以上のチョー美人であると推測できるだろう。
私もご好意で占っていただいたことがあるが、その切り込み鋭い大当たりに、もろにドキリとさせられたことは記憶に新しい。
「web仲間にこんな人がいるぜ」。
この春あたりに、パセオ谷口編集長にこう一言伝えた覚えがあるのだが、いつの間にやら、その占いコーナーが実現しとったとゆーわけだ。
私の企画はまず99%、編集部に通ることはないと断言できるが、こんな事もあるのだと、この無欲の勝利を何だか私はうれしかった。
てなわけで、皆さま方が、読んでみてこりゃ面白いと思った場合は、読者ハガキで援護射撃を頼むぞ。
人気が出ればスペース拡大の可能性があるしな。
私的には、ヨランダのイラスト(ひとこまマンガ)とのコラボなんかが付くと、さらに面白くなるんではねーかと思ってるんだが、皆さま的にはどーよ。
7/18水(その239)
あさって発売!パセオ8月号
[
パセオフラメンコ2007年8月号/表紙:大塚友美、撮影:北澤壮太
]
舞台を観ていると、震えるほどの“予感”がすることがある。
変わろうとしている者、求める表現に近づこうとしている者、
“予感”を感じさせる4人のアーティストに迫る。
お待たせしました、あさって発売!パセオフラメンコ8月号。
今回は、特集『
予感
』の各扉ページを大サービス公開だあ!!!
[
文:塩川千尋/写真:大森有起
]
[
文:中谷伸一/写真:大森有起
]
[
文:西脇美絵子/写真:大森有起
]
[
文:菊地裕子/写真:大森有起
]
7/17火(その238)
フライング情報④引退だあ?
[
インタビューと文:ハビエル・プリモ/訳:東敬子
]
…………。
うっそだろ。
………………。
だって、そりゃないだろ。
…………………………。
あんたの黄金時代はこれからじゃん。
ハビエルの突っ込みから、少しずつ事情はわかってくるのだが………。
7/16月(その237)
フライング情報③わが良き師匠よ
[
文:野村昌二/写真:清水知恵子
]
今週金曜日発売のパセオフラメンコ8月号。
人気連載『
夫婦のきずな
』には、フラメンコ舞踊の本間三郎師(日本フラメンコ協会副会長)と同じく本間牧子さんがご夫妻で登場する。
本間三郎。
元祖スターバイラオールと云えば、このお方のことである。
少年時代の私も何度かテレビで拝見している。
フラメンコだけではなく、あっち方面でも数々の伝説を残された方で、やっかまれた牧子さんはあっちゃこっちゃでいじめられたようだ。
ちなみに牧子さんはフラメンコギター出身のバイラオーラ(←カスタネットの名手)という特異な経歴の持ち主で、娘の静香ちゃんは現在スペインでバイラオーラ修行中だ。
さて三郎師は、私の人生の師匠でもある。
フラメンコ協会立ち上げのてんやわんやとそれに続くパセオの廃刊危機に、どん底めがけて一直線だったあの頃。
「どうだい、一杯やるかい」と、あちこちで豪遊させていただいたあの回想シーンは、いまでも心の宝だ。
いっつも自然体で裏表のないこの心やさしい大先輩と呑んでいると、各種ピンチにパンクしそうな私のノミの心臓は、なぜか無性に癒されたものだ。
もとは女好きのツッパリだったこの初代スターには、他の大人にはない何か超越した、深く柔らかなアイレがあった。
伝説(←笑えるほどに凄い)に聞く本間三郎は、私がお会い出来た頃にはすっかり人格者化されておられ、小心ゆえに前向きで、だがしかし破滅的に突っ走る若い私(←ほめられて育つタイプ)に対し、ひとつの説教もなしに、それとなく生きるコツのようなものを授けて下さったのである。
その後もご一緒させていただく機会は途絶えることなく、いまもフラメンコの仲間たちが師匠のもとに集結する定例下ネタ呑み会(木曜会←高円寺エスペランサ)は、ざっと計算してみると十六年、おお、な、なんと通算200回近くも続いていることになるのだ。
さて、本誌記事に目を戻すと、そこに載った写真が論より証拠という感じだ。
出逢いから37年。その愛は不滅……。そんなアイレがビンビン伝わってくるのだ。
そのアホらしいまでに美しい夫婦愛は、牧子さんのひと言でこう締めくくられることになる。
「
私は、本間三郎と一緒でいることが夢だったから、それだけで幸せ
」
だって。
どーよ、これ。
えーですか、牧子さんよ。
とりあえず、こらあああああ!!!!!
ま、こう云われる方もこう云う方も、まったくもって大したもんでがす。
7/15日(その236)
フライング情報②ギタリスト沖仁の挑戦
スペイン国内で最も権威のあるコンクールのひとつが『コルドバのコンクール』。
今年4月、一人の日本人がこのコンクールに挑んだ。
ギタリスト沖仁である。
彼はコンクールに何を求め、そしてコンクールは彼に何をもたらしたのか?
沖仁の挑戦の日々を追った。
[
文:志風恭子/写真:高瀬友孝
]
1956年に始まったコルドバのコンクール。
スペインにあまたあるフラメンココンクールの中でも、最も歴史が長い。
過去の受賞者にはパコ・デ・ルシア、マティルデ・コラル、フォスフォリートなど、当代きってのアルティスタたちの名が並ぶ、権威あるコンクールだ。
このコンクールに今年、果敢にも挑戦したギタリストが沖仁である。
昨年、日本でメジャーデビューを果たした彼が、忙しいスケジュールを調節してまで、スペインでコンクールに挑んだのだ。
――――――――――――――――――――――――
会えば気さくでやさしい王子さまのような沖さん。
その柔らかな外見や物腰からは想像もつかない、きりっとした内剛さと行動力に、日本のフラメンコ界はこの数年来びっくりさせられ続けている。
そして今回もまた、チョーびっくりもののチェレンジは続く。
さて記事中、実際にはなかなか云えないこの一言に私はシビれた。
「
コンクールに出る人はきっとみんな自分と同じようにプレッシャーと戦っているんだろうな、と自分の仲間のような気がしたんです。最初は敵だったのが、今は愛しい。向こうはどう思っているか知りませんが
(笑)」
フラメンコ界において、沖仁のように一見軟弱そうなのに、実はめっちゃ強え男は断然有利である。
私のように一見生意気そうなのに、実はもろ弱っちい男は断然不利である。
出来ることなら代わってあげたい。
私は心からそう思った。
7/14土(その235)
フライング情報①濱田地蔵
[
地蔵に捧げるファンダンゴ/濱田塾長の画(↑)と文(↓)
]
(月刊パセオフラメンコ2007年8月号より抜粋)
さてさて、皆さん。
カンテ・フラメンコという不思議な世界の、余りと言えば余りな奥行き、ふところの深さを前にして、今回の塾長はダジャレのダも出ず、さながらお地蔵様のようにカタい人と化してしまいました。
ハマダジロウならぬ
ハマダジゾウ
と改名したほうがいい位です。
――――――――――――――――――――――――
(↑)ぷっ。どーよ、これ。
冷静に観て、ほとんど神業と云っていいだろう。
この一発ですっかり冷静さを失ったこの私が云うのだからほぼ間違いない。
苦しむことなくフラメンコの数々の法則を学ぶことができる絶好調パセオ連載『
痛快!?フラメンコ濱田塾!!
第19講/ファンダンゴのこと⑥』から、ラストスパート部分の一節である。
愛すべき尊敬すべきこの講座によって、ファンダンゴの何たるかをほぼ完璧につかみかけていた私の頭脳の中から、それらの全容がすっぽりこぼれ落ちてしまったことは云うまでもない。(TT)
6/19火(その221)
あした発売!パセオ7月号
[
パセオフラメンコ2007年7月号
/表紙はラファエラ・カラスコ(写真:高瀬友孝)]
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特集 『フラメンコを着る』
民衆の踊り、フラメンコ。
日常の衣服で歌い踊られていたフラメンコが“衣裳”を獲得する過程、それはフラメンコの歴史そのものである。
いつしか衣裳はフラメンコの魂をまとい、踊り手の想いを表す媒体となった。
伝統にのっとり、流行を取り入れ進化し続ける“フラメンコ衣裳の今”をレポートする。
本日発売のパセオフラメンコ7月号。
カラー22ページの特集『フラメンコを着る』の記事ラインナップはこんな風になっている。
◆セビージャのフラメンコ・ファッションショー(今年2月)のレポート
[文:天野理絵/写真:青柳裕久]
◆今年の傾向はコレ!
◆衣裳作りの現場を見る!(ルッチ・カブレラ工房)[文:水野暁]
◆フラメンコ衣裳変遷史[文:志風恭子]
◆国内人気衣裳店/新作衣裳・夢の共演
おお、絢爛豪華、よりどりミドリとはこのことかい。
ま、男性の私がつべこべ抜かすのもナンなので、こりゃいーかもと思った衣裳をラストにひとつだけ載っけておこうかい。
[ヴィッツキー・マルティン・ベロカルのバタ・デ・コーラ]
6/18月(その220)
バイレ上達のコツ
あさって発売パセオ最新号のフライング情報その4は、堀越千秋画伯の人気ご長寿連載『渋好み純粋正統フラメンコ狂日記』。
今回(第233便)のタイトルは、な、なんとそのものずばり『
バイレ上達のコツ
』だよ。
ちょー力作である。
随所に顔を出す力技さえもが、実に粋である。
脳軟化の進む私にはやや難解に感じられたが、うっ、こりゃ凄えかもという手応えが充分だったものだから、腰を落として三晩にわたりトータルで十回ほども繰り返し読んでみた。
それでも理解度は七割程度かもしれんけど、やっぱこりゃ傑作だなと確信したのが今しがたのことである。
意表を突いて、あろうことかアインシュタインの相対性原理を軸に語られる愛の哲学は、看板に偽りなく『バイレ上達』の核心を突いている。
中でも、フラメンコの世界では日常的に語られる「私らしさ(=両刃の剣)」についての考察にはドキリとさせられることになる。
画伯の結論とは対極にある私には、おそらく一生たどり着けない境地であろう。だがそれらは、自分の人生を丸ごと賭けても悔いの残らない方法論として、素直に納得できるものだったのである。
安稿料でこんな凄え原稿が平気で載っかってしまうフラメンコの専門誌、てゆーかフラメンコってジャンルはほんとに凄えなと、まるで人ごとのようにそう思う。
馬鹿のひとつ覚えでフラメンコの出版に浸かる私に、年に幾度かは訪れる至福の瞬間である。
6/16土(その219)
純粋なる自由
ホアキン・コルテスを大スターに押し上げた、世界的な敏腕マネージャー、ピノ・サグリオコが、またもや、フラメンコのスターを世に送るべく活動を開始した。
今回、彼の手にかかって料理される美しい“獲物”は、マドリード出身のバイラオール、ホセ・マジャだ。
ホセ・マジャと言ってもピンとこない人は、昔は“ホセリージョ・ロメロ”の芸名だったと言えば、「ああ、あの子!」と思い当たるかもしれない。
そう、知る人ぞ知る“あの子”だ。
現在23歳。
子どものころから評論家たちに「本物のバイレ」と絶賛され、一流アーティストとの共演で引っ張りだこの秘蔵っ子は、今まさに、目の前にある大きな扉を開こうとしている。
[ハビエル・プリモ(文)/東敬子(訳)]
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あさって発売パセオ最新号のフライング情報その3は、スペイン・フラメンコ界の先端を感じる、ハビエル・プリモ(文)と東敬子(邦訳)の名コンビによる巻頭カラーインタビュー。
生まれながらのアーティスト。
恐るべき芸歴。
インタビューから伝わってくる硬派な人間性。
しかも柔軟にしてクレバーである。
純粋でありながら自由に生きる。
平たく云えば、私の正反対である。(TT)
いやはや、彼がそんなことになっていたとは、ちーとも知らなかった。
こんなことをサラッと教えてくれるパセオフラメンコは、やはり必読バイブルである。
こんどパセオの社長に会ったら、ポンと1億円ぐらい恵んでやっか、と思うのは私だけではあるまい。
………自画自賛のイカれ親父はさておき、さあ、その希望の新星ホセ・マジャである。
詳細は各自お読みいただくとして、信頼できるハビエル・プリモの文脈からみると、どうやら一般的国際的なブレイクは時間の問題らしいのだ。
彼ホセ・マジャと、ファルーコ家のファルー、バルージャによる“バイレ・ヒターノ・スーパートリオ”も、マドリー・アルカラ劇場における三週間におよぶ公演(←ほとんど即興バイレなんだって)で大センセーショナルを巻き起こしたらしい。
う~む。
こりゃちょいと面白いことになってきたかあ。
さっそく有力プロモーター諸兄にお電話じゃあ!!!
6/15金(その218)
歌い人の肖像/高岸弘樹
「抑揚のつけ方、長さ、シャウトの効果的な入れ方………そういう技術を考えずに歌えないと、フラメンコじゃない」
地元では名の知れた、ロックバンドのヴォーカリストだった。
心の師と仰ぐ、チャンゴとの邂逅。
紆余屈折を得てたどり着いたカンテの深淵とは。
[文:中谷伸一/写真:浦川一憲]
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6月20日(水)発売のパセオフラメンコ。
そのフライング情報第二弾は「歌い人の肖像(その6)高岸弘樹」だ。
例によって中谷伸一の鋭いツッコミのもと、歌い人の肖像は少しずつ明らかになってくる。
どこか茫洋とした大きさのある好感度カンタオールというのが彼に対する私の第一印象なのだが、これを読み進めるうちに、なるほどこりゃ納得という部分と、さらにわからなくなった部分とに、その印象は二分されることになる。
おかげで次回ライブでは、彼を聴く楽しみが倍増されることになるだろう。
さて文中、私のハートを刺激するポイントが大きくは三箇所あったのだが、そのひとつは中谷(←スペイン語ペラペラ)も激しくおったまげた部分である。
その衝撃は、インタビューのタイトル(無意識のカンテ)にもなっている。
「ええーーっ?、でも納得ううう!!!」というその斬新な感触を、各自ご確認いただきたい。
6/14木(その217)
フライング情報/輝く光に導かれ
若手の歌い手の中でも、透明感のある声で圧倒的な人気のエストレージャ・モレンテ。
エンリケ・モレンテという、すばらしい星のもとに生まれ、幼いころからアルテに魅入られてきた。
これまでの順調なキャリアを支えているのは、天才エンリケの薫陶を受けて確立した斬新なスタイルと、彼女の何よりの“しるし”である声。
そして、彼女の胸の奥深くに、カンテの先人たちや故郷のグラナダ、アルバイシンやサクロモンテで受け継がれてきた、歌と詩があるからだ。
[インタビュー、文、写真/青柳裕久]
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月も半ばのこの時期の定番は、20日発売パセオ最新号のちょい見せフライング情報だ。
で、そのしょっぱなはスペイン在住、気鋭のライター青柳裕久が、インタビューと執筆と写真のすべてを担当するカラー4頁、渾身のエストレージャ記事である。
光輝くようなエストレージャの軌跡、その近況・展望がすっきり見えてくる内容なのだが、読み進めるうちに、父親であるエンリケ・モレンテの薫陶の大きさ・深さに改めて敬意を表したくなってしまった。
古き佳きカンテを唄う一方で、あまりにも革新的前衛的な冒険に踏み込むので、いわゆるプーロな人々からは、けちょんけちょんにやられちまうことも多い巨匠エンリケだが、そのチャレンジ精神の奥底には無責任な批判をものともしない逞しい知性の光がある。
「
もし間違えて転んだとしても、起き上がるだけ。なんでもないさ
」
これは娘エストレージャが、父エンリケから授かった大切な言葉だという。
いまは亡き私の父は腕の良いビンボー職人だったが、常に失敗に恵まれる末っ子の放蕩息子(あーそーだよ、オレのことだよ)に対し、同じニュアンスの言葉を何百回となくかけてくれたことを、ふと想い出した。
愛に充ちた根気のよい父の性格は、あるいはこの私が育て上げたものなのかもしれない。
5/18金(その204)
あさって発売!パセオ最新号
[パセオフラメンコ2007年6月号/表紙写真:山澤伸]
特集『スペインに生きる』―――暮らしの中で見つけたもの
マドリードの中心地、グランビア通り。
国籍や職業を問わず、さまざまな人々が行き交う、
まさに“人生の交差点”である。
明るい日ざしに映えるのは、彼らの生き生きとした表情。
スペインに生きて、はじめて見えるスペインがある。
現地に暮らす、7人の日本人を追った。
特集にご登場いただくスペインに暮らす七名の方々の、多彩なラインナップは以下のとおりだ。
◇福田敦子さん(舞踊家)「フラメンコを求めて」
◇石川亜哉子さん(舞踊家)「いつも自然体で」
◇松嶋公美さん(ラジオ・パーソナリティ)「宝物の入った引き出し」
◇阿部理彦さん(学生)「学び終わらないもの」
◇本山朝美さん(パティシエ)「自由に生きていける場所」
◇三木博雄さん(板前)「日の丸をしょって厨房に立つ」
◇宮入郁子さん(陶芸家)「輝く太陽の下で」
久々のスペインものである。
フラメンコが弱くなって売上は大丈夫か?、という危惧には「しんぱいゴム用」と胸を張りたい。
七名の記事は予想以上に面白くてイッキに読んだが、特に心えぐられたフレーズを二つばかりご紹介しよう。
「そうですね。最愛の夫が私のことを幸せにしてくれるとは思わないんですよ(笑)。もちろんしてくれるんですが、自分が自分にエンコントラール(出会う)すること、それがないと人は幸せになれないと思います。お金じゃ買えないものをたくさんたくさん作って、そうして誰にも盗まれることのない宝を自分の引き出しに持ってる人が、本当に幸せなんじゃないかな、と。」
(パーソナリティの松嶋公美さん)
「日本の調理場は軍隊みたいに厳しいものですが、こっちは仕事が終われば呼び捨てだし、お前は給料が高いんだから、教えてくれて当たり前だというような態度です。単なる生活のために仕事に来る人間をやる気にさせるのは難しいですね。彼らが日本語を覚えるのは無理だから、僕が努力してスペイン語で伝えてやらないと」
(板前の三木博雄さん)
5/17木(その203)
歌い人の肖像/阿部真
刈り込んだ短髪にがっしりした身体つき、静かな光をたたえる瞳。
真面目で一本気な、古き佳き日本人が持っていたイメージが、阿部真には自然に重なって見える。
「自分の一番の長所は、かなり頭が悪いというか、バカなところだと思うんです。絶対スペイン人になれないんだけど、それをわかったうえで、なろうと思えるんですよ。なんとなく。どこまでやっても違うって言われるかもしれないけど、行けるところまで行きたいと思います」
大学在学中にフラメンコを始め、現在31歳になる阿部の活動の場は、ここ数年で飛躍的に広がっている。
2004年に日本フラメンコ協会新人公演で努力賞を獲得。同年、日本の若手カンタオールが勢ぞろいしたアルバム『10COLORES』(アクースティカ)で、初録音を果たした。
コンクールや公演を支える舞踊伴唱での出演も数多い。
アンダルシアの匂いを放つ、自然で力強いカンテの評判は日増しに高まっている。
02年秋から、阿部は毎年必ずスペインへ飛び、セビージャを中心に数ヶ月滞在する。現地の生きたカンテを吸収するためだ。
「フラメンコオタク」を自称する彼の探求の精神は、果てしなく貪欲である。
「まだまだ、足りないことが多すぎる。もっと磨いていかなければと思うんです」
(2007年3月21日収録)
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今日のパセオ6月号フライング情報は、中谷伸一(文)と浦川一憲(写真)による「歌い人の肖像⑤阿部真」からの冒頭ちょい見せだ。
アクースティカによる、これぞ心意気!みたいなCD『10COLORES』によって、阿部真さんのカンテを私ははじめて知った。
ハンパではないポテンシャルを感じさせる本格派カンタオールである。
「真面目で一本気な、古き佳き日本人」と冒頭で中谷はそう表現したが、そんなイメージを裏付けるさまざまなエピソードには心が騒いだ。
へえ、若い連中も捨てたもんじゃねーや。
てゆーか捨てたもんなのはおめーのことだよと、じーさん思わず我に返った。
5/16水(その202)
森田志保の新たな地平
フラメンコにはいくつかの“強烈な縛り”がある。
その意味において、フラメンコ舞踊と創意、つまりフラメンコを作品化することは、基本的に矛盾した行為といえる。
作品成立のために創意を凝らすほど、“フラメンコ”は遠のいてしまうという側面があるのだ。
だが、作品の中でフラメンコがさらに豊かになることを、森田志保は最新作「はな5」で示した。
長年、彼女の舞台を観てきたライター西脇美絵子が、森田志保のフラメンコと作品作りの核心に迫る。
[文:西脇美絵子/写真:松本青樹、高田早苗]
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上のちょい見せは、この三月の『はな5』公演でフラメンコ界の話題をさらった森田志保さんに関する記事のマクラだ。
「森田志保の不思議かつ巨大な魅力」についての解明は私にとっても大きな課題だったが、前号の「新生ガデス舞踊団」に引き続き、またしても西脇美絵子はその超難解なテーマに対して見事な解答を提示した。
ま、じっくりお読みいただきたいと願う。当号における私のイチ押し記事なので。
さて、その西脇とは先日の協会アニフェリア公演のロビーで会った。
そこでの彼女は珍しくも、これから先のモノ書きとしてのヴィジョンを私に熱く語った。
それらは私が読んでみたいものばかりだったから、彼女に向かって、いつものように私は優しくささやくようにこう叫んだ。
「とりあえずちゃんと締切守らんかいっ、こらあああ!!!」
5/15火(その201)
足は地につけ、夢は空高く
イタリア出身のバイラオーラ、シルビア・マリン。
“外国人”だから突き当たった壁を乗り越え、“外国人”だからこそ持ち得た夢を追い求めている。
彼女は、舞台上で子どもたちにフラメンコを教えるという、ユニークなショーを発表し、世界にフラメンコの種を蒔いているのだ。
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パセオ6月号(5/20発売)のハビエル・プリモによる巻頭カラー記事に登場するのは、珍しくもイタリア人バイラオーラである。
そのエネルギッシュな生き様、やがて訪れるどん底状態、そしてそこからの脱出と復活。
同じく“外国人”である私たちには、身につまされるようなリアリティを持ったドキュメントだ。
“ネバーギブアップ”という戦略は、つくづく“発明の母”だと思う。
「人間あきらめが肝心」という言葉に惹かれはじめる私には、いい薬かもしれない。
5/14月(その200)
マジョール男組/ゆるい本気
こんどの日曜発売のパセオ6月号。
アニフェリアでも大活躍だったあの“マジョール男組”の記事に目を引かれる。
冒頭をちょい見せするが、結成の真相やあの不思議な魅力の理由が、これを読んで少しだけわかったよ。
[文:編集部塩川/写真:清水知恵子]
バイラオーラ鈴木眞澄が主宰する、フラメンコスタジオ・マジョール。
このスタジオに在籍する男性たちは“マジョール男組”と呼ばれ、独自の活動を繰り広げている。
「実は結成したわけじゃないんです」
“マジョール男組”結成のきっかけを尋ねて返ってきたのは、意外な答えだ。まとめ役の佐藤樹美さんは続ける。
「去年の新人公演の申込書を出しに行ったとき、団体名がないとダメって言われたんです。で、(田代)淳さん(日本フラメンコ協会事務局長)が、『スタジオ・マジョールの男の子だから“マジョール男組”』ね!」って。
だから、名づけ親は淳さんなんです」
4/20金(その188)
本日発売!パセオ最新号
[
パセオフラメンコ2007年5月号
]
フラメンコは声と手拍子で始まった。
時代を経て人々は楽器を手に入れ、より豊かに進化させてきた。
そして現代、フラメンコはさらに多くの楽器を取り込み、発展を続けている。
それは、フラメンコが他ジャンルの音楽を貪欲に吸収しているからとも言えるだろう。
“フラメンコの楽器”は無限の可能性を秘めているのだ。
[写真:高瀬友孝]
いよいよ本日発売のパセオフラメンコ5月号。
その特集は『
フラメンコを奏でるものたち
』。
全編を通し、こいつは相当に面白い。
その上、フラメンコの楽器についてのあなたの認識が、大きく広がりつつグッと深化することだけは約束できそうだ。
周辺楽器の実相を知ることでフラメンコの本質がよりいっそう視えてくる、という仕組みなのである。
で、主な記事のラインナップは以下のとおり。
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「
フラメンコと楽器の幸福な出会い
」◆濱田滋郎
「
パコ・デ・ルシア以前、以後
」◆加部洋(ギター)
「
フラメンコが求めるギターとは?
」◆青柳裕久(ギター)
「
共演者のためのカホン
」◆ホセ三浦(カホン)
「
人々を虜にするリズムと音色
」◆高場将美(サパテアード)
「
踊り手の技術や心を素直に映す
」◆小林伴子(カスタネット)
「
フラメンコにまつわる楽器たち
」◆志風恭子
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で今日は、「既成の概念を超えて」という志風恭子(スペイン在住、末はフラメンコ博士)の文章の中から、ビビッとしびれたティノ・ディ・ジェラルドのコメントを以下にちょい見せしよう。
ティノは、パコ・デ・ルシアやビセンテ・アミーゴなどが絶大な信頼を寄せる、私も大好きなパーカッション奏者なのである。
「パーカッションは、サッカーでいえばゴールキーパーみたいなものなんだ。
絶対必要なもので、安心感を与える。
キーパーがしっかりゴールを守っていれば、ほかのメンバーは前に行って好きなようにプレイすることができる。」
「どんな楽器でもフラメンコに合うよ。
問題は楽器ではなく、楽器奏者なんだ。
フラメンコは楽器ではなくミュージシャンにあるんだ。
楽器は生き物ではない。
いいパーカッション奏者なら、灰皿でもごみ箱でも音楽に、フラメンコにしてしまう。
もちろん伝統的に使われてきた楽器があり、また一方で最近になって新しく使われるようになった楽器がある。
フラメンコに合う、合わないというのも、その楽器の持つ音、性格によるのではなく、使い方によるんだ。」
4/19木(その187)
フライング情報/歌い人の肖像~堀越千秋
明日発売、パセオフラメンコ5月号からフライング情報。
中谷伸一(文)と浦川一憲(写真)のコンビでおくる人気連載「歌い人の肖像」。
その第四回目は、あの堀越千秋画伯が堂々の登場。その冒頭ちょい見せである。
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改札口を駆けてきた画家・堀越千秋氏は、「やあ、どうも。ひさしぶり」と抜けるような笑顔で、悠然と手を差し出した。
握手で始まる挨拶も、計算通りとも思わせるジャスト30分の遅刻も、まさにスペイン流、いや、変わらぬ泰然自若の堀越流だ。
カンテ・ヒターノの名門アグヘータ一族と親交が深く、本誌の人気連載『フラメンコ狂日記』でも綴られているように、スペイン在住30年の氏は、生活に根ざしたカンテを肌で知る、数少ない日本人である。
しかも自らカンテを歌い、スペインのテレビやラジオをはじめ、数多くのフェスティバルに出演。“歌う日本人(JAPONES QUE CANTA)”と呼ばれ、注目を浴びてきた。
長年、ヒターノの友人たちとの丁々発止で鍛えたバイリンガルの氏には、大方の日本人に壁となるスペイン語は、もはや問題ではない。
その先に広がるカンテの世界とは、一体どんな風景なのだろうか。
(2007年3月7日収録)
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ラスト部分で中谷は、「何か好きな言葉は?」とたずねる。
画伯の回答は私が予想だにしなかったもので、思わずう~んと唸りながら長いこと私は考え込んでしまった。
4/18水(その186)
偉大なるカリスマ
「アントニオ・ガデス舞踊団」という名前には、フラメンコという言葉は挿入されていない。
それだけでなくガデスは、自分が作った作品を決して「フラメンコ作品」とは言わず、「バレエ」と呼んだ。
私は何度かガデスを取材したが、自身の創作が“フラメンコ”というジャンルに限定されることを慎重に避けていたという印象がある。
実際、ガデスの振付、踊りのスタイルにはバレエの要素が組み込まれているし、『カルメン』には、ビゼーの音楽も一部使われている。
『アンダルシアの嵐』では、スペイン各地の民族舞踊のパソを取り入れたりもしている。
だから、『バレエ』と呼ぶことに異論があるわけではない。
だが、取材中彼が語った、「フラメンコではない」というこだわりは、当時『パセオフラメンコ』の編集者として取材に当たっていた私には、―――ガデスがより芸術性の高い舞踊表現を目指してフラメンコを高めようとしているのだと認識してなお―――見逃せないものだった。
そして今回久しぶりに、ガデスの作品を観て改めて実感したことは、2つの作品が、抜けがたく“フラメンコ”だということだ。(後略)
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あさって発売、パセオ5月号のガデス記事『
偉大なるカリスマ、ガデスが残したもの
』からの冒頭抜粋だ。
モノクロ全4ページ、その入魂レポートの書き手はおなじみ西脇美絵子。
パセオ編集長として長い間アントニオ・ガデスその人と向き合ってきた人間である。
5月号を手にした私は、まっ先にこの記事からかぶりついた。
西脇美絵子は新生ガデス舞踊団をどう観たのか?
公演二日目(血の婚礼)の会場客席でばったり顔を合わせて以来(二人ともドキドキしながら開演を待っていた)、ずっとそれが気になっていたからだ。
で、それはいかにも西脇らしい、骨太で真摯な姿勢に貫かれた一文だった。
いつものように彼女は、妥協することなく真実めがけて鋭く踏み込んだ。
冷静かつ鮮やかな分析である。
そしてその背後には、これもまたいつものように、巨大にしてあたたかな愛があった。
4/17火(その185)
フライング情報/未來&ソニンの『血の婚礼』
新生アントニオ・ガデス舞踊団の『血の婚礼』に、われらオールドファンが涙したのは今年2、3月のことだった。
そして、この5月3日には、森山未來とソニンによる演劇×フラメンコ版『血の婚礼』のロングラン上演(東京グローブ座)がスタートする。さあ、今度は若者たちに涙してもらおーか。
今週金曜日発売のパセオ5月号では、渾身のカラー全7ページでこの『血の婚礼』の舞台裏に迫っている。
[編集部・塩川千尋(文)/大森有起(写真)]
トーダイ出のミーハー、編集部塩川がやる気でまとめ上げた第二特集「血の婚礼/ロルカの普遍」は気合いの入りまくりで、こんなインタビュー構成になっている。
一幕一場◆主演・
森山未來
/修羅場
一幕二場◆台本演出・
白井晃
/生の模索
一幕三場◆音楽・
渡辺香津美
/透明になる瞬間
一幕四場◆振付・
斎藤克己
/ロルカの言葉
二幕一場◆稽古場/物語る身体
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世界の中心で愛を叫んだ、主役(ガデスやアドリアンがやったレオナルド役)の森山未來さんは意外なことに、な、なんとバイレ経験者でもあったのだ。では、その部分だけちょい見せしようかい。
フラメンコは作品を構成する大きな要素のひとつだ。
「芝居はもちろん軸なんですけど、淡々と過ぎていく。
でも、その言葉の下では(感情が)鬱屈していたり、ゆがんでいたりする。レオナルドの感情表現の核はフラメンコだと思います」
マイケル・ジャクソンの「スリラー」がきっかけで、5歳からジャズダンスを始めた森山。クラシックバレエ、タップ、ヒップホップとさまざまなダンスを経験し、高校2年生から卒業まで、フラメンコのレッスンにも通ったという。
「東仲(一矩)先生とうちの両親がご近所さんだったんです。
最初は見学に行って、それからレッスンを受けるようになった。
東仲先生は、基本的にひとりで踊らせるんです。
揃えさせない。
生ギターとカンテと対峙して、自分の内面から踊る。
すごく刺激を受けました」
多くの舞踊に接している森山だが、「踊りはすべて同じ」と言い切る。
「いくらでも内省しようと思えばできるし、逆に発散しようと思えばいくらでもできる。
タップやヒップホップのルーツは虐げられてきた黒人たちの“発散”かもしれない。
でも、自分なりにつかんでものにすれば“内省”することができる。
もちろん、バレエとタップは、元々ある形は違いますよ。
でも、踊る人が同じなら同じなんだと思います。
最終的には、自分の意識のなかにしか踊りは存在しないんです」
4/16月(その184)
フライング情報/強い意志
今月20日発売のパセオフラメンコ5月号。
例によって今日から数回、フライングちょい見せ情報をどーぞ!
[インタビューと写真:ハビエル・プリモ/訳:東敬子]
22歳の若さで自身の舞踊団を率いて、次々と作品を発表している、ロシオ・モリーナ。
彼女は間違いなく才能あるアーティストだ。
しかし、これまでの華々しい活躍を可能にしているのは、才能ではない。
彼女のフラメンコに対する“強い意志”なのである。
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スペイン・フラメンコ界の現在を鋭くからめ取る、ハビエル・プリモによる巻頭インタビュー。
毎回毎回、快刀乱麻の切れ味で私たちをアッと云わせる彼の読み物は、もはやパセオの表看板として定着したようだ。
今回彼が採り上げるのは、チョー早熟のバイラオーラ、ロシオ・モリーナだが、彼女の経歴とそのコメントはかなりのド迫力で、少なからず私をびっくりさせた。
そこらへんは実際のパセオで読んでいただくとして、彼女がもっとも大きな影響を受けたというマリア・パヘスのくだりの部分(↓)をどーぞ。
「舞踊団の居心地はとてもよかったです。
それまで私はずっと一人でやってきました。
8歳のときには、すでに1時間半の舞台を踊っていたんです。
それで、他の踊り手と一緒に踊るというのはどんなものか学びたいと思っていたころ、彼女の舞踊団に入団するチャンスがあったんです。
ただ群舞で踊るだけじゃなく、彼らと協力しあうこと、そして舞踊団の内幕を全部見ることができました。
マリアは頭がよく、何事にもめげません。
個人主宰の舞踊団経営の難しさ、監督としての立場をどう保持するか、周りの人間をどう動かすか、いろいろ勉強させてもらいました。
マリアはすべての観客が楽しめるような作品作りをします。
自分のやりたいことだけじゃなく、観客にも伝わるものを提供するんです。これは大事なことです」
3/20火(その169)
本日発売!パセオ4月号
本日発売パセオフラメンコ4月号の特集は『
曲種の達人
』。
[パセオフラメンコ2007年4月号]
さまざまな歴史的背景を持つフラメンコのパロ(曲種)。
その数は40を超えるという。
喜び、哀しみ、愛、痛み……。
人々は、自らの感情を表現するために、パロを生み出し、長い時間をかけて進化させてきた。
それぞれのコンパスや詩形が整えられ、現在の形式になったのは、すべて必然。
それは、想いを伝えたい、ただその気持ちが育んだもの。
パロを知ることは、フラメンコの担い手たちの想いを知ること、そしてフラメンコを知ることなのだ。
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こんなリードで始まる曲種特集。
その巻頭エッセイは、おなじみ高場将美さんによる『
フラメンコの血を再認識するために
』。
以下にそのほんの一部を抜粋するが、高場さんが熱く語る本質論に私は思わず、はたと膝を打った(←死語か)。
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そういうことはわかっているつもりだけれど、わたしはいまのフラメンコ伝統の姿に、なんだか疑問をいだき、共感できないところがある(わたしはフラメンコはひとつだと思うので、スペインも日本も区別しない)。
いま革命が起こっているのに、わたしが気がつかないのだろうか? それともフラメンコという伝統が消えてゆこうとしているのか?
なぜ、そんなことを考えるかというと、パロ(曲種=形式とかスタイルとも呼ばれる)の区別が、なんだかあいまいになってきたからだ。
もともと曲種とか形式といっても、最初は無から(でもないけど)つくりだされた、あるいは自然にできたもので、そこに縛られてはいけないと思う。
でも、ことばにならない、感覚の規律みたいなものがあって、ある曲種で表現できるものには限界がある。
その規律とか限度が、伝統的といわれる芸術の良さだ。それがないと、ジャンルが成立する理由がなくなる。
規律とか限度には、人それぞれの感じかた、自分の尺度があるので、そのへんもむずかしい。古いものへの尊敬と自己主張のバランス……難問です。
とにかく、曲種を大事にしてほしい。
コンパスというかリズム・パターンは守られていても、内面がともなっていないと、なんにもならない。
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3/16金(その167)
フライング情報/新連載!夫婦のきずな
20日発売パセオフラメンコ最新号のフライング情報。
今日は4月号からスタートする新連載『
夫婦のきずな
』をちょい見せしよう。
ともにフラメンコの世界で生きる夫婦にインタビューし、その光と影を切り取ろうという、ある種きわどい企画である。
[
文:野村昌二/写真:清水知恵子
]
踊り手と照明家。
夫婦でフラメンコを追いかける、手下倭里亜さんと佐々木孝尚さん。
妻が主導権を持ち、夫が逸れそうになりがちな方向性を正す。
共通の目標を目指す二人に、これまで積み上げてきたもの、これからの夢を聞いた。
――――――――――――――――――――――――
と、まあ、こんな出だしで始まる『夫婦のきずな』の連載第一回。
おなじみのバイラオーラ手下倭里亜さんと、関係者なら誰でも知ってる照明家の佐々木孝尚さんの夫婦バトル(?)である。
へー、そーだったの、みたいな会話はなかなかに新鮮だ。
おざなり対談では面白くもなんともないし、どこまで踏み込めるかが編集側の腕の見せどころでもある。
「道を逸れそうになると、修正してもらっています。私はスタジオを持って先生として生徒たちに教えているけれど、『教えるだけの生活に甘んじているんじゃないの』『君は踊り手でしょう』ってよく言われます。そう指摘されると、ハッと、甘えに気がつかされるんです」
おっと手下さん、そーきたか。
そのコンビネーションには、相当年季が入ってると思うなあ。
3/15木(その166)
追悼 大木ユリ
[
文:菊地裕子
]