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6/20金(その269)

★祝200回記念インタビュー





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  (Q)とうとう祝200回目ですね。
おめでとうございます。

 や、ありがとう。
 でも、269回目なんだよね、今日で。
 なんか不安だなあ。フアン・デ・フアンだなあ。
 キミあんまり読んでないでしょ、このブログ。

(Q)いえ、ほとんど読んでます。
少なくとも三つぐらいは。

 あ、あのなあ、インタビューしたいのか、ボケかましたいのか、そこらへんをチョー明確にしてほしーのだが。

(Q)もちろん、チョー絶賛インタビューです。
これからだんだんとホメますからご安心ください。
ところで、パセオの社長がこんなまぬけなブログを書いて、会社の評判や業績に悪影響はないのですか?

 うなぎのぼりですね、、、赤字の額が。
 もともと就職試験にどこにも受からないのでヤケクソで作った会社ですから、そこんちの社長が何しでかそーと、ヒョーバンもギョーセキもへったくれもねーわけです。

(Q)えええー、全部落っこちちゃったんですかあ?

 えーそーですとも。
 将棋のプロテストも公務員試験もレコード会社も出版社も、そのほか二流企業も三流会社もみんなみんな仲良く落ちましたとも。

(Q)ついでに毛髪も落ちたというわけですね。
なるほど、さすがに一貫性がありますわ。
それで25歳で独立、今年は社長業28周年ですね。
これまでに、大きな後悔みたいなのは何百ぐらいありますか?

 なんだよ、その何百って決めつけわあ。
 あのなあ、自慢ですけど、これっぽっちも後悔はねーでがす。

(Q)おお、さすがは江戸っ子ですねえ。

 おお、三代目の江戸っ子よお。しかも 親父が 神田の生まれよっ!

(Q)しかし、3勝997敗という人生戦績でよくぞここまでご無事でしたね。

 まっ、なまじウマくいくと、すぐに調子こく性格なんで、
 これぐれーでちょうどよかったんだね。
 逆に別の生き方してたら、今ごろ命はねー可能性が高えしな。

(Q)座右の銘は「人間万事塞翁が馬」だとか。

 そっ。世の中は万事塞翁が馬なんだから、くよくよ後悔する必要なんてまったくねーわけ。
 いまこの瞬間とその積み重ねだけが肝心で、やり直しはどこからでもアントニオ・可デス。

(Q)なんかよくわかりませんけど、ご立派です。
ところで、ご自分の長所をどう分析されますか?

 …………。

(Q)どうなされました?

 た、たくさん有りすぎて思い出せないが、
 おっ、そ、そーだ、私の最大の長所は“直観”だと思う。
 重要な決断はだいたい三秒で決めた。
 結果はともかく、その決断の速さは誰にも負けないつもりだ。

(Q)結果からすると、決断力には優れているけれども、
計画性や人間性やルックスなどに大きな問題があったということですね。

 …………。

(Q)よ、よくわかりました。
質問を変えましょうね。
では、ご自分の短所をどう分析されますか?

 ないです。

(Q)…………。

 短所ありません。
 長所のかたまりです。
 ずばり、カンペキが服着て歩いてる感じでしょー。

(Q)あ、あの、お気はたしかですか?

 お気がたしかなら、パセオ社長なんかやってるわけねーでしょーがあ。




                 (つづく)  とは思えん。





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5/20火(その266)

★楽しいバッハ歴





 キリストさまによる「西暦」は世界共通なのでとても便利だ。
 ただ、音楽全般を時間的に俯瞰しながら感じたい時などに、多少の不便を感じることもある。
 そんなことを想ったある土曜日、代々木公園のドッグランにジェーを遊ばせながら、この問題を一挙に解決する“バッハ歴”なるものを私は思いついたのだった。



          「三度のバッハ」.jpg



 それ以前の音楽を集大成し、それ以降のあらゆる芸術ジャンルにいまも確固たる影響を与え続ける大バッハ。
 超天才インプロヴァイザー(即興演奏家)だったバッハは、少年時代から最も親しくなじんだ作曲家だ。
 そして、インターナショナルな音楽の多くがそうであるように、現代フラメンコもまた(多くはジャズ経由など間接的であるにせよ)バッハから大きな恩恵を蒙っている。

 そのバッハの生まれ年、つまり「西暦1685年=バッハ歴ゼロ年」とすることで、他の大好きな作曲家との時間的な距離間隔を眺めやすくしよう、感じやすくしようとするのがここでの私の意図である。
 で、試しに、私の暮らしを日常的に豊かにしてくれる最近の作曲家マイベスト20を、そこに当てはめてみたのが以下のラインナップだ。
 もちろん、そのほとんどは当時の革新的前衛作家たちである。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

☆バッハ生誕以前を(BB=ビフォー・バッハ)で表示

(BB122年)ジョン・ダウランド(イギリス)
(BB032年)アルカンジェロ・コレルリ(イタリア)
(BB017年)フランソワ・クープラン(フランス)
(BB007年)アントニオ・ヴィヴァルディ(イタリア)

(AB000年)ヨハン・セバスティアン・バッハ

☆バッハ生誕以降を(AB=アフター・バッハ)で表示

(AB071年)アマデウス・モーツァルト(オーストリア)
(AB085年)ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーベン(ドイツ)
(AB148年)ヨハネス・ブラームス(ドイツ)
(AB155年)ピョートル・チャイコフスキー(ロシア)
(AB167年)フランシスコ・タレガ(スペイン)
(AB191年)マヌエル・デ・ファリャ(スペイン)
(AB194年)滝廉太郎(日本)
(AB201年)山田耕筰(日本)
(AB206年)セルゲイ・プロコフィエフ(ロシア)
(AB217年)ウィリアム・ウォルトン(イギリス)
(AB236年)アストル・ピアソラ(アルゼンチン)
(AB247年)フランシス・レイ(フランス)
(AB260年)キース・ジャレット(アメリカ)
(AB262年)パコ・デ・ルシア(スペイン)
(AB270年)関係ねーけど(日本)
(AB280年)マイテ・マルティン(スペイン)

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 実際にやってみると、これがチョー面白え。
 バッハという絶対値(0)を軸に、他の好きな作曲家たちを生誕年(±何年)で眺める。
 バッハと各作曲家の時間的距離、また各作曲家同士のそれが実につかみやすくなってる。
 モーツァルトにとってバッハは祖父の年代だったとか、ベートーベンにとっては曽祖父みてえだったとかが一目瞭然となるのだ。

 これによって、自分の好みに対する分析がしやすくなったし、まだ本格的には聴いてない気になる作曲家に効率よくアプローチする便利も生じた。
 音楽を米の飯のように愛する私にとって、この俯瞰方法は歴史的快挙と云っていいだろう。
 それがどーしたというブーイングの嵐が聞こえてくるようだが、それがどーした。

 例えば、春のうらら隅田川の「花」、春高楼の「荒城の月」、はっこねっの山は天下の嶮の「箱根八里」、などで有名な滝廉太郎。
 同胞の中で私が最も好きな作曲家で、明治時代に22歳の若さでドイツに国費音楽留学したお方だ。
 バッハ歴194年生まれとなる彼は、留学先の本場ドイツで当然、バッハの薫陶を多く得たことだろう(嗚呼、その二年後に他界とは……)。
 で、タキレンの三年前にフラメンコでもお馴染みのファリャが生まれていたことも今回初めて認識した。
 知的興奮を求めて時おり発作的に聴くプロコフィエフがAB206年生まれで、タキレンよりひとまわりも若かったんだなどと、どーでもいいことに感動を覚えたりもする。



 BB(バッハ前)122年から、AB(バッハ後)280年まで。
 音楽好きを称したところで、たかだかこの400年ばかりの音楽しか聴いてない自分にも気づいた。
 それにしても、(それ以前の先人の功績を忘れてはならねえけども)わずか400年にして、この圧倒的にして絢爛豪華永々無窮な実りを成し得た事実を、いったいどう讃えたらよいものだろう?!
 棲んでる星まで壊しちゃう勢いの、最近何かと問題を起こすことの多い人類全般だが、こうした側面を眺める限り、やはり人類は偉大な宇宙人なのだな、という感慨に捉われざるを得ない。

 人は誰しも厭世的になる性分を持つが、地域や民族や時を超えて、全人間を肯定的に捉えられる瞬間が、私個人のケースで云えば、こうした音楽にひたすら浸り、生きる悦びをひたすら感じる瞬間なのだな、とつくづく想う。
 極端に云って神は、セックスして子孫を残せという本能のみを私らに与えた。
 このセックス好きな地球人がここまでアートやんのかいっ、アーッとドン引きしながらボケる神の姿をときおりイメージする私に宗教を信じる資格はない。



        「月とスッポン」パコ・デ・ルシア/熱風.jpg



 で、ま、そんな調子でなるほどフンフンと悦に入りながらこの表を眺めていると、突然あることを私は発見した。
 まずは、AB260年に即興ピアノで名高いキース・ジャレットが生まれ、その20年後のAB280年にフラメンコのあのマイテ・マルティンが生まれた点。
 さらに、その丁度まん中のAB270年に私ことパセオあほ社長が生まれてる点に注目してほしい。ただし、その8年前にパコ・デ・ルシアが生まれていることには特に触れない。

 さて、これら事実を並べて注意深く検証すると、ある衝撃の真実が浮かび上がってくる。
 音楽に詳しい読者ならば、もうとっくにお気づきかもしれない。

AB260年(キース・ジャレット)
AB270年(私)
AB280年(マイテ・マルティン)

 そう。
 そこには別にこれと云った何の法則も因果関係もなく、ちょうどキリのいい数字だったね、よかったね、という実にサバサバした結論が残っただけである。……(TT)




 さ、気を取り直したところで、どなたか。
 バイレをカルメン・アマージャ、
 カンテをマヌエル・トーレ、
 フラメンコギターをラモン・モントージャあたりで、
 それぞれ何とか元年にして、こんな風に楽しんでみるのはいかがか?って誰がやんだよまったく。




        「チョーくやしい」マイテ・マルティン.jpg









5/19月(その265)

ギャンブル





 こう見えても私は元勝負師である。

 高校・大学を出れたのはその経済的成果に負うところが大きいが、学力が実質的に中卒止まりであるのも同じくそれに拠るところが大きい。
 だから随分昔の事とはいえ、“勝負”というものについてはそれなりの心得があるつもりだ。



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 もしあなたが私の教えに忠実に人生を勝負するつもりなら、1000回する勝負のうち、確実に3回は勝つことができるだろう。
 現にこの私がそうだったのだから、これはかなり堅実な数字と云える。

 「実力に比べりゃ勝ち過ぎだろう」
 「いや、単なるマグレだ」
 というのが私に対する周囲の評判だが、そんな誹謗中傷に挫ける私ではないし、また、当たってるだけに言い訳は難しい気がする。
 ただし、私の教えの逆を行けば1000回のうち997回は勝てるのだから、やはり私は占い師かなんかを志す方が無難なのかもしれんとも思う。


 そんなこんなで、この三十年あまりはいわゆるギャンブルとは無縁の生活を送っている。
 ギャンブル自体を嫌いなわけのない私だが、それでもやらない理由は大きく二つある。
 ひとつには、負けるとわかってる勝負に興味が持てないということ。
 そう、同じ勝負師でも私は弱いタイプの勝負師なのだ。

 もうひとつは、創刊当初ハイリスク・ノーリターンもしくはノータリンと正確に酷評された私の職業の宿命たる、そのギャンブル性の高さである。
 実際には途切れることのない地道な作業の連続なのだが、こうした業種ゆえ毎日がギャンブルみたいなもので、とてもじゃないが競馬・パチンコ・麻雀・カードなどの優雅な賭け事に金や気持ちを注ぎ込む余裕もないのが実情なのである。

 ただ、どちらもギャンブルであることに変わりはなく(では、恋愛や結婚はどう位置する?)、異なるのは達成感の質くらいのものだろう。
 いや、「負けたら負けたで仕方ねえ」とつぶやく心情の色合いもビミョーに異なるかもしれんな。


 さて一方で、若き日の私が、幸運なことに一定の労働に対して安定した報酬を得るような仕事をもしもゲット出来てた場合、そうした安定の反動から不幸なことにギャンブルで身を持ち崩していた可能性は約100%であろうと推測できる。

 さあ、してみると、「出版」「自営業」「フラメンコ」という、各々いかにも危なげなキーワードを組み合わせた仕事に結果的に導かれたことは、20代の私が将来の私を案じたがゆえの、数十年先を読み切ったしたたかな長期戦略の成果だった可能性がある。

 ううむ、だとすれば恐るべし若き日の私よ、君にそのよーなすばらしい先見性があったとは!
 いまの私としては、君にそんな可能性や先見性はまったくなかった方に迷わず全財産を賭けて、スッテンテンになる直前の君から有り金すべて巻きあげてやりたいところだ。











5/14水(その264)

★マリア・パヘスの自画像





 前回にひき続き、人のふんどしで相撲をとる(←ドヒョー)の第二弾。

       『マリア・パヘスの自画像』 by とんがりやま




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5/10土(その263)

マリア・パヘスを語れる人





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 きのうマリア・パヘス「セルフ・ポートレート」を観てきた。
 今日は小島章司「越境者」を観て、明日またマリパヘ「セビージャ」を観る。
 こんな信じがたい幸運が当たり前のショーバイだから、滅多なことでは止められんのだと思う。

 さて、まだお会いしたことはないが、私が敬愛する才能の持主“とんがりやま”さん(←たぶん本名ではない)が、マリア・パヘス兵庫公演のレビュー(↓)をご自身のブログに書いておられる。


 http://www.tongariyama.jp/weblog/2008/05/22008_1203.html#more


 なんという、的確にして、愛と誠に充ちたレビューなんだろう。
 ただうれしく読ませてもらいながらも、いろんな意味で私は赤面した。
 本当の意味で「マリア・パヘスを語れる」人は少ないが、とんがりやまのそれは間違いなくマイベストだ。









4/17木(その260)

つかむコンパス




パコ/魂.jpg




 むぎゅう。


 つかんで嬉しいのは“コンパス”だけではない。

 はじめてつかむ綺麗な姐さんの両のおっぱい。
 勤労の見返りはこんなにも大きいのかっ!
 意外にも世の中は楽しく、ちょろいかもしれない。


 ――――――――――――――――――――――――


 将棋のプロテストに失格後、昼間はそこそこ高校にも通う当時16、7歳の私が、文京区は小石川にある景気の良さそうな製本会社で堅気のアルバイトに励んだ時期がある。
 電話帳の製本という実に単調な作業だったが、それでもいかにキレイに、いかに素早くこなすかというテーマを発見してからは、それなりに楽しくやってた。

 褒められたくてそうした訳ではないが、そんな仕事のやり方がそこの社長の目にとまったみたいで、毎週土曜の仕事がひけたあと、幹部連中と共にくり出す盛り場遊びのお仲間に加えてもらった。
 37年前の国鉄・大塚駅あたりの、1軒目はそこそこの割烹で、2軒目がちょいヤバのキャバレーというのがお決まりのコースだった。
 何せ高1のガキである。今じゃそうもいかねえだろし、随分とのどかな時代でもあったわけだ。
 勘定はすべて社長持ち。時給230円で働く少年にとっては夢のような豪遊である。


 「ほれ遠慮すんな勤労学生、ハタラキもんの特権じゃあ」

 気さくな先輩たちの温かいアドバイスに、こーゆー状況下ではとっても素直な私が、じゃあひとつすんません、と遠慮なくそのお宝をつかませていただいたのが冒頭のシーンだ。
 「この子ロコツぅー」とバカ笑いする、その奥村ちよ似な姐さんの鼻血の出そーなセクシーバディを全身全霊で受けとめたあの歓喜の瞬間を、昨日のことのように思い出す。
 恥ずかしながら男の場合、こうした出来事はとっても大きな人生上のモチベーションになり得る。

 まるでパブロフの犬のように、その後の私が、どんな仕事でもとりあえずしっかりやっときゃ、きっとその内いー事あるだろーという具合の人生コンパスを、いとも安易に刷り込まれちまったのは無理もない話だろう。
 スケベであることに比例して多少のことではメゲない性格は、どうやら十代中盤のこの時期に思いきり形成されたらしい。
 そしてまさしくこの時期に、私はパコ・デ・ルシアに出逢うのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 当時推測したほど世の中はちょろくなかったが、楽しさの点において、渡る世間は予想以上だったかもしれない。
 ごく稀に、まじめなんですねと云われれば、原点が原点だけに今でも心で赤面する。
 で、そんな奴あ俺ぐれえのもんだろと思いきや、歳を食って周囲を見渡せば、お仲間さんたちはみな似たり寄ったりの風情でもある。

 まぢでけな気ではあるんだが情けないこと甚だしい、ペーソスだけは100点満点と云えそーな、ある“勤勉”の真実。
 如何にもっともらしく構えたところで、結局は女の手のひらで転がってるだけの男たちの実相は、哀しくもあるのだが、ちょお笑えるところに若干の救いがあるだろう。




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4/14月(その259)

★我が良きあんたらよ





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 金や才能がなくともその分がんばりゃ何とかならーなとアタリをつけ、ならば好きなことで暮らしてゆこーと決めたのが十代後半。
 もろもろ見極めたつもりになって、そのとーり走っちゃった二十代。
 見極めそのものの誤りに気づいたものの、もう止まんなくなっちゃった三十代。
 強く反省しながらも、やりたい放題に拍車のかかっちゃった四十代。
 深く反省しながらも、やりたいこと以外はな~んも出来んことが判明しつつある五十代。
 ま、まさか?と気づくも三十年ばかり遅すぎ。あとのフィエスタ。

 バカは死ななきゃ治らないという法則がミョーにこの身に染みるのは、今日というこの日が、残り少ない人生の最初の日であるのと同時に53回目の誕生日だからだろう。


 「人間万事塞翁が馬」は世の実相であり、そのつど変化を経ながらも長いスパンにおいては結局、人はそのヴィジョン通りに暮らし、そういう人となる。
 宗教・思想・倫理などに好意を抱いた若かりし私が、それら先方さんから好意を持たれたことは残念ながら一度もない。
 そういう意味で宗教・思想・倫理は賢い美人によく似てるが、私に道徳を求めることはゴキブリに飛ぶなとお願いするぐらいに空しいことだと思う。

 青春時代の価値基準の優先順位は“真善美”もしくは“根性”だったが、いつの頃からかその一番手は“ユーモア”に変化している。
 これはどこにも就職できなかった奴が出版社などをデッチ上げ俺は社長だと開き直るような変化によく似てるが、この件については他言無用に願いたい。

 さて、ユーモアはアートの一部だと思っていたのに、いまではその逆だと感ずることも多い。
 生命力の果てた既成概念を破壊し豊かさの本質に迫ろうとするユーモアの、その機能性の高さと表現ジャンルの多様性には今さらながら感嘆せざるを得ない。
 古くは聖徳太子から現代の関川夏央や土屋賢二に至るまで、意外にもわれら日本はユーモアの宝庫であることにも気づかされる。
 しかしながら、そうした私の心境の変化がいわゆる単なる老化現象だとハタと気づくのには今しばらくの時間を要するであろうと、私自身は分析推測している。


 それはさておき、連戦連敗・悪戦苦闘の境遇ながらも、そのよーな私にあまりある幸いをもたらす愛しき仲間や友や犬や同居人などよ。
 そして、不肖の子孫に目をそむける、おそらく代々ビンボーだったであろう御先祖さまよ。
 さらに、佳き時代に生まれた幸運、すぎゆく愛しき日々などよ。
 年にいっぺんだけれども、不肖このわたくし、ユーモア豊かなあんたらに心からの感謝を捧げたい。




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2/20水(その256)

★スーパー・フラメンコ+新日本フィル





 5月19日すみだトリフォニー「トマティート&ドランテ第二夜/+新日本フィル」。

 トマティートは独奏に近いほど“フラメンコ”を発揮し、ドランテは編成が大きくなるほど“音楽”を発揮した。前者は日本初演、後者は世界初演。
 どちらも一流オケに位負けしない“スーパー”の看板に偽りなしの貫禄を示したが、特にドランテと新日本フィルの見事なアンサンブルはたまげるほどの大収穫だったな。

 限りなく透明に近いヴァイオレットの響き。
 染み入る抒情と揺るがぬコンパス。
 ほとんどが何百回もCDで聴いた音楽だが、ライブはやはり別物だ。
 美と癒しを伴いながら、じんわり加速するライブならではの音楽的快感。
 オケと溶け合いながら、大胆かつ緻密に音楽全体を構成する現場的感性が何よりすばらしい。
 生聴き四度目となるドランテだが、彼は明らかに進化(深化か)していた。



 ホセ・マジャが踊った初日の満席状態に比べ、客席は范文雀、つまり50%未満の入りだった。
 フラメンコの顔見知りはちらほら見かけるのみで、かわりに多くの懐かしい音楽関係者たちと顔を合わせた。
 「フラメンコの歴史的瞬間だというのに、フラメンコの人たちは無関心なんだね」
 ビセンテ・アミーゴのフラメンコギター協奏曲初演の時と同じことを口々に云われちまった。
 フラメンコの人たちは音楽を愛さないと、古くからの音楽仲間に刺され続けて25年。
 そんな冷笑には慣れてるつもりだが、今回はちとこたえた。
 要するに、これからだ……と思うことにした。




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1/28月(その250)

棒に当たった




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 FLAMENCO曽根崎心中でもおなじみの宇崎竜童さんが総合プロデューサーを務める、昨夜のお茶の水JAZZ祭。

 名だたるジャズ系ソリストたちが大集結するスーパー・ビッグバンド。
 一方にはわれらが鍵田真由美・佐藤浩希率いるアルテ・イ・ソレラ。
 水と油の結果がアタボーなこの積極果敢なコラボは、いってえどんなことになったのか?

 はらはらドキドキ見守る興奮のドツボの中、ジャズ寄りの土俵で展開するフェスティバル大トリの最終ナンバー。
 一糸乱れぬ強烈・濃厚なビッグバンドの巨大なサウンドに、まったく位負けすることなく毅然と立ち向かうわれらがフラメンコ。
 余裕をもって溶け合いながらも、堂々と自己主張し合うバトルは圧巻だったと云ってよい。
 満席の大ホールのほとんどは目耳の肥えたJAZZファンだと思うが、鍵田・佐藤らが魅せたフラメンコが大きなインパクトをうならせながら彼らの心にダイレクトに到達する様子を、あちこち見回しながら私は確認した。

 ほっと胸をなでおろすというより、この場に立ち会えたことを光栄に思った。
 この先こんなレベル同士の豪華コラボにお目にかかれる保証はどこにもねーしな。
 この日の午後は家でゆっくり過ごす予定だったが、ひきこもってるよーじゃ、やはり運はつかめない。犬も歩けば棒に当たるのであった。
 フェスティバル特有のご愛嬌とも云うべき内容のない長いトークには閉口させられたが、それによって、同じく内容がないのにやたらと長い私の文に閉口させられる人たちの切ない心情が少しだけわかったことも収穫だ。(TT)

 で、あいかわらず矢野のよっちゃんもカッコよかったなあ。


 それにしても……
 ジャズカルテットをバックに自作「山口百恵のイミテーション・ゴールド」に挑んだ62歳男性(←宇崎竜童さん)のアイレびんびんの熱唱には、その音程はともかくも、フラメンコで云う○○○○○みてーのが降りてたな。




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1/19土(その248)

★不敗伝説





 運がいいとかー悪いとかー
 そーゆーことってー確かにあーるとー
 あなたを見ててーそお思うー




無縁坂.JPG



 さだまさし歌うところのこの『無縁坂』は、残り少ないカラオケ・レパートリーのひとつである。
 文京区に実在するこの無縁坂は、偉大なる森鴎外自身、そして傑作『雁』の主人公の散歩コースでもあり、びんぼーパセオの本郷時代、お気に入りのこの坂をよく歩いた。
 坂下には「忍ぶ忍ばず」上野・不忍池の絶景が広がり、激務と失意に明け暮れる当時の私は、雁といっしょによくこの池で泳いだものだ(うそ)。



不忍池(1).JPG



 “運”というのは確かにあるなと、私もそう思う。
 人生ほとんど実力通りと云い切ることも可能だが、もう一方で、生い立ちなんぞを筆頭にほとんど運じゃねえかとも云えてしまうところに、この議論を楽しくさせる理由がある。
 若き日の一時期、身の程知らずにも勝負の世界に暮らしていた私は、いまでも“運”については敏感である。
 自分は運が悪いなどと嘆く人は多いが、それは運の性格を正しく把握していないためだと思う。

 運はほぼ平等に与えられるものであること。
 それをつかむか、つかまぬかは好みの問題に委ねられていること。
 運を育てる方法は確かにあること。
 ……などなど、運の性格について、犬やゴキブリや人は充分に理解を深めておく必要がある。

 にも関わらず、私の人生戦歴が3勝997敗であるという事実は私自身を驚愕させる。
 どこでまちがったのか?………たぶん私は運が悪いのだろう。
 もうひとつにはおそらく、「運よりも直感に頼って生きたい」傲慢タイプの人間だからかもしれない。
 つまり私は、自分の瞬時の判断に大きな過信を持っているのだ。
 これまでも人生を左右するような重大な決断は迷わず三秒以内に下してきた。
 これこそがゴキブリや私がコンピューターに優る最大の豊かさなのだ!という大きな納得を胸に。


 その堂々たる確信の目映いばかりの成果はたまたま“千三つ”であったが、これは「運に対する私の研究」それ自体に運がなかったためかもしれない。
 そんなわけで、私が買った馬を外して馬券を買えば必ず当たるという不敗伝説は、三十年以上を経過した今現在もクラス会の酒席を盛り上げつづけている。









7/29日(その243)

草を枕の旅路かな





 小田急の線路をまたいだ富ヶ谷小学校へ、朝一番で参院選挙に出かける。
 連れ合いとジェー(←選挙大好き犬)とともに国民の権利を行使(投票)してから、みんなでブランチ。

 その後は全員自由行動ということになり、やり残した仕事を片づけに私はパセオへ直行。早く終われば、グールドと先代小さん師匠をお供に神田川をぶらつくつもり。



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 さて、格調高さが売りの「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は、前回にひき続きブンガク路線である。

 『草枕とグールド』。


 この意外な組み合わせにビックリされる方も、そのあんまりのオチにガックリ肩を落とされるであろうことを、筆者であるこの私が保証しよーじゃないか。




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7/13金(その234)

雪は降る





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 ほぼ一年前に書いた『雪は降る』。

 やれば出来るんじゃねーか、と思わせるほどに途中まではちゃんと書いているではないか。

 そしてやがて訪れる内容的破綻。
 実に惜しい、てゆーかまたコレかい。
 猛省を促したいと感じるのは私だけではないだろう。









6/12火(その216)

僕を見つめて





 「僕を見つめて」。



 こう私に云われて、鳥肌を立てながらプッと吹き出すあなたに人類愛を語る資格はない。


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 さ、気を取り直して、本日は日本のフラメンコ史を側面から語るシリーズ、その最終回だ。

 『星のフラメンコ』『ジプキン』に続く第三弾は『僕を見つめて』。
 いよいよ、ブッチーこと、あの大渕博光の登場である。




大渕博光アルバム.jpg









6/11月(その215)

ジプキン





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 日本のフラメンコの歴史を側面から語るシリーズ、その第二回目。

 前回の『星のフラメンコ』に続くのは『ジプキン』(その①その②)だ。
 私の輝かしいキャリアを汚す、数少ない失敗のひとつを赤裸々に語る勘当もんのドキュメントであるってほんとかよ。









6/8金(その214)

星のフラメンコ





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 廃物利用シリーズとは云え、世界各国、その一部へき地で沢山の人々(約三名、犬含む)に大ウケしている「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。

 今日から三回連続でご紹介するのは、日本のフラメンコの側面史である。
 このことを知ってるのと知らないとでは、それほど変わらないところが辛いところだが、当時(去年)は気合いを入れて書いたよーな気もする。

 では、そのオープニング、『星のフラメンコ』(その①その②その③)からどーぞ。








4/7土(その179)

我が良き池よ





 忘れもしない本日4月7日は、池沢俊男の誕生日だ。
 だあれも知らんだろーが、このタコは私の兄弟分なのであった。
 そんなわけで、今日は「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『我が良き池』を。




★皇居のお堀.JPG










3/26月(その174)

熟睡のすすめ





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 ありがてえことにご多忙続きである。
 なわけで、明日からしばらく社長室はお休みだ。

 ああ、よかったあ!

 小さな胸を、そう撫で下ろしたあなたよ。
 安心するのはまだ早い。
 私を甘くみてはいけない。
 また、私をナメてもいけない。
 汗かきの私は、意外としょっぱいからだ。

 つーことで、本日みなさま方にお届けする試練は、例によって「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より、熱狂的な私のファン(犬を含め計三名)の間でも「駄作の中のチョー駄作」と絶賛される超大作(全6回)の完全読破である。
 そう、そのあまりのつまらなさに、書きながら筆者自身が冬眠してしまったと語り継がれるあの幻の長編ヨタ話である。

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 『バッハの無伴奏チェロ』


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[その①] ソレアみたいな
[その②] 孤独
[その③] 転機
[その④] 奇行
[その⑤] 再会
[その⑥] 廃物利用

 ――――――――――――――――――――――――

 たしかに[その①]を読み始めたあなたは、あまりの退屈にウトウトし始めるかもしれないが、続く[その②]を開いた途端、いきなりの爆睡が約束されているのである。
 体調バッチリで目覚めたあなたが[その③、④、⑤]をパスしちまうことは無理からぬことだが、最後の気力をふりしぼって[その⑥=最終回]を10秒かけてナナメ読みし終えた充実感たるや、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読破した時の達成感に匹敵するであろう、ってほんとかよ。




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3/21水(その170)

最初は何聴けばいいの?





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 先週更新したパセオHP「社長のとりあえずこれ聴いてみ?」。
 ようやくマイテ・マルティンの登場である。

 以前書いたやつの完全流用だが、それがどーした。
 どーせ誰も読んじゃねえのだから、まったく問題ねーのである(TT)。









2/13火(その146)

本質の見極め





 ふと思い立ったことがあり、平日だというのに明日は会社をさぼることにした。
 なので、明日アップしようとしてた分(バレンタイン含み)を、フライングでアップしたい。

 不評にもめげず、怪進撃をつづける廃物利用シリーズである。
 本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『本質の見極め』。
 二回に分かれているがチョー短いので1分で読める。
 去年の今ごろはこんなこと書いてたんだと、情けない思いで読み返したが、自分でも笑ろた。




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2/4日(その141)

月とスッポン





 ここしばらくは稼業が忙しくなりそうなので、ブログ関連の時間的負担を軽めにすることにした。

 そこで思いついたのが、時間のないときなどに私の外部ブログ『フラメンコ超緩色系』から何か過去ネタを引っぱってきて、ここにさらすという手だ。
 ばっかじゃねーの、みたいな、自分で読み直しても力なく笑えてしまう駄作中の駄作をセレクトしてお届けしたい。
 手抜きと云うよりは廃物利用に近い、地球の未来を見据えたリサイクル精神なのである。ほんとかよ。


 とゆーことで、そのシリーズ第一弾は『月とスッポン』。



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 パセオにさえロクすっぽ文章を書いたことのない、記念すべき私のデビュー作文である。









1/7(その122)

じゃあな、ユリさん




 カンタオーラの大木ユリさんが、昨年12月の末に逝去された。

 その訃報がパセオに届いたのはおとつい金曜の朝。
 先ほど通夜(所沢)から戻って、パセオでこれを書いている。



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 私より幾つか年上のはずだが、ほとんど同世代と云っていい。
 食えない時代を共有した同期の仲間の死はなによりこたえる。



 大木ユリさんは、昨今のカンテフラメンコの隆盛を準備した数少ないパイオニアの一人である。
 ステージや教授活動における、その貢献の大きさには計り知れないものがある。精力的に全国をまわり、また若い学生たちを積極的に指導した。自ら踊る人でもあったから、踊リ唄の指導にも定評があった。

 その昔、打ち上げの席などで何度かご一緒したことがあるが、明るい華があって、前向きなエネルギーに満ちあふれる女性だった。
 口説く度胸は私にはなかったが、若き日の彼女はドキドキするような野性的魅力を発散させる素敵なフラメンコウーマンだった。



 「病気しちゃったんだけど、まだまだこれから頑張らなくちゃね。小山さんも体は気をつけなきゃだめよ」

 数年前、協会新人公演会場に向かう道すがら、後から追いついた私にユリさんはこう云った。
 笑わせながら彼女を励ます言葉を返す必要のある瞬間なのに、極度に痩せて面変わりしたユリさんに動揺した私は、結局ありきたりの返答しかできなかったことをほろ苦く想い出す。
 そんな最後の会話の回想の上にふんわり、おだやかな光を湛えたユリさんのやさしい笑顔が浮かび上がった。


 あんたのことは忘れないよ。

 ユリさん、さようなら。









11/14火(その91)

落塵拾い




 「結局はさっ、目の前に落ちてるゴミを拾うかどーかなんだよなっ


 近ごろは金欠ですっかりごぶさたしてるが、芸能関係に人気のご近所の寿司屋さん。そこの大将がある日私にこう云った。

 さんざ語り合ったお題は、「仕事について」である。
 ネタ、技術、接客、料金がコンスタントに納得できる店の主の言葉なので、ぜんぜん説得力が違う。


 あの日から私は、眼前のゴミを拾う人になった。





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10/31火(その82)

経験論




 つまずきは落下を防ぐかもしれない



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 定期購読する週刊将棋最新号にこんなコトワザが載っている。
 さすがは“経験論”の国、イギリスのことわざは味わい深い。


 一度もつまずいたことなどないチョー優秀な私だが、一方で毎日のように落下している原因がおぼろ気ながらわかった。








10/28土(その79)

人間未満




 このクソ忙しいのに想定外の風邪っぴきで、いつものように予定が狂った。
 今日明日はこの二、三日の敗戦処理だ。ま、こいつもいつもどーりか。



 “社長業”っていうのは、そもそも人間未満のショーバイだからな。人並みに仕事休んで治す、ってわけにもいかねえ業種だ。早えー話、社長って「組織を維持する本能」を最優先する“ケダモノ”なんだよな。
 今の若い世代が社長業はかんべんって気持ちはよくわかる。私も起業が目的じゃなくて、やりたい仕事だけが目的だったから。



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 商売柄いろんな社長さんと会うことも多いが、やはりみんなケダモノだ。
 ただ私は、私より低レベルのケダモノにはまだ出会ったことがない。
 そういう意味で私は、いろんな社長さんに絶大な安堵感を与える希望の星なのかもしれない。
 …………さ、珈琲飲んでこ。








10/26木(その77)

2℃熱い人生




 「3℃熱い人生」。

 これは昔のパセオフラメンコの編集コンセプトだ。


 「2℃熱い人生」。

 これは現在の私の体温(38.5℃)とその状況である。
 意識はもうろうとして、ややフラつく感じで酔っ払いに近い。
 3℃熱い人生というのは、もうあと150%強烈なのか?ということに気づいた時、あのコピーがイマイチ受けなかった理由がよくわかった。



 「キミも歳なんだから、風邪ひいたら休む。わかる?」
 定期健診でお世話になってる気さくなヤブ医者がそう云った。

 やりてー仕事は山ほどあるが、午後からは強制休養の予定。
 みなさんも風邪にはご用心!




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 9/24日(その53)

新記録




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 ジェーと連れ合いとともに、ご近所の代々木公園を闊歩し、公園前の犬caféで皆して朝食にありつく。
 そのあと、連れ合いはすぐそばのマイスタジオへ練習に出掛け、ジェーと私はNHK将棋トーナメントを観戦。

 と、これが日曜午前のわが家のお約束だ。
 だが現在はあいにく一家離散中(あと二日)なので、たまには変わった日曜を過ごそうかと、とりあえず超アサイチで会社に出る。


  まずはパソコン(家にはない)で、久々に世界最強(アマ四段以上)の将棋ソフト“ボナンザ”と対戦。
 早指し勝負は1勝1敗だったが、実はきゃつの方が断然強い。私の唯一立派な肩書き(日本将棋連盟認定アマ六段)はとうとうコンピューターに敗れたが、コンピューターにはこれほどヘボい文章は書けまい、どーだっって…………パソコンが困っちゃってるよ。

 たまったメールに返事を書いてから、ガッと二時間で平日残務を片付け、そのあと「もうひとつの社長ブログ」の原稿を書く。
 一時間たらずで三回の続きものが書けたので、その一回目を今しがたアップした。
 おれ的には大ウケなんだが、それが読者評価と一致することはまずない。


 おっと、もう一時半だ。  またしばらく休暇が取れそうにないので、今日はこれからお気に入りコースをたっぷり歩きたい。
 飲み会つづきだったので晩メシは家で食おう。
 仕込みものはパスしたいし……そうだっ、チャンコ鍋にでもすっか!
 “神が宿る”とわが家でも評判の入魂メニューだが、買い出し含め一時間で出来上がる。勝負は“だし汁”の取り方に尽きるが、私の決め手はにんにくとトリ皮。
 連れ合いの実家が寄こした越乃寒梅で、ひとりチャンコを決めこもう。


 てなわけで、今日は記念すべき新記録を達成した。
 一年に二回以上も日記らしい日記を書くのは、これが生涯初めての快挙なのである。ばんざ~いってちっともうれしくないが、ま、記録は記録だ。
 記念にディエゴ・アマドールでも聴きながら(な、なんで? いや、なんとなく)、大江戸散歩に出掛けよう。



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ディエゴ・アマドール/プーロの風








7/23日(その3)

どっぷり




 昨日は朝イチから営業企画の大詰め作業。
 5時間もありゃやれるだろうとタカをくくってたら、結局8時間ガチンコでがんばって、ようやく半分片付いた。
 目測を誤ることが近ごろ多いのは、老眼が進んだせいか。

 夕方からは通夜に参列。
 パセオフラメンコの人気執筆者Kの、そのお連れ合いが前日の金曜日に他界されたのだった。
 享年56歳。私と幾つも違わない。
 気丈なKもさすがにボロボロだったが、横に並んだふたりの息子の面構えが妙に頼もしく見える。
 弔問客の対応に追われる大忙しの受付には、業界の名物プロデューサーNの沈んだ顔が。

 スタジオオズ寺田社長に、野島(実質副社長、いや社長か)と谷口新編集長と私、うなだれまくる総勢四名組は駅前の呑み屋でよったり献杯。
 しんみりした会話の合い間にちらほら吹き出る業界のアブねー話は割愛するが、帰路の足取りはいやに重かった。


 今日は日曜日。
 朝も早よからご近所の代々木公園を一家(連れ合いと守護犬ジェー)で散歩するのがお決まりだ。
 帰り際に公園前の犬OKのカフェで朝食。私のオムレツを半分平らげるのが最近のジェーのトレンド。
 そのあと彼の中には、私に対する熱い忠誠心が芽生える。
 そしてそれは、およそ30分も永続するのだ。

 NHK将棋トーナメント(中川七段×平藤六段)の観戦もそこそこに、昨日の残りを片付けにパセオへ。ジャスト8時間でようやく完了。
 このあと約束もないので、ちんたらこれを書くことに。


 明日からは次のヤマが大口を開いて待っている。
 故障した足を執念で完治した岡田昌巳さんとの打ち合わせの後は、そのプロジェクトに突入する。


 この数ヶ月、“休日”からはすっかりお見限りされてる状況だが、こうした若干のしんどさを忘れちまうと、休日の醍醐味が薄まったりもする。
 どっぷり仕事に浸かれるうちが花というのは、ひと通りは経験してきたおじさん世代の本音でもあるのだ。








10/25水(その76)

アイレ




 フラメンコにおける“アイレ”というものに対して、私たち日本人は比較的敏感といえるだろう。

 というのも、私たちの文化においても“気”というのは、極めて重要な役割を果たしているからだ。
 ものは試しだ、具体的に挙げてみようか。


 「空気」「気分」「気性」「気質」「気配」「雰囲気」「気高い」「気心」「気力」「やる気」「気合い」「気迫」「色気」「男気」「血気」「霊気」「狂気」「鬼気」「殺気」………。


 出るわ出るわで、フラメンコのアイレ的なものもたくさんある。
 パコ・デ・ルシアは「気高い」し、ドゥケンデは「鬼気」迫るし、ホセ・メルセーは「男気」充分だ。


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ホセ・メルセー/アイレ]VIRGIN 2000年


 まだまだあるな。

 「元気」「病気」「天気」「気候」「気象」「気圧」「ノー天気」「気位」「短気」「根気」「和気」「大気」「気運」「気苦労」「山っ気」「内気」「むら気」「邪気」「気障」「気孔」「何気」………。ま、キリがないからやめた。

 目に見えないのに、私たちの生活の中にかくも重大な位置を占めている“気”もしくは“アイレ”。

 一流の面接官は、何よりそれを重視するという。
 三流の面接官(私)も、何よりそれを重視したつもりだが、結果はすべて大失敗だったという。


 http://blog.goo.ne.jp/paseo1984/d/20060418









★10/24火(その75)

虹よ、冒瀆の虹よ





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 [丸山健二/虹よ、冒瀆の虹よ]新潮文庫





 ここ十年で読んだ文庫(1200冊位)の中で、「もっともフラメンコ的」と、私的には感じた一冊。
 昨日のむちゃくちゃな任意抜粋は、その主人公・銀次のスケッチだ。


 もともと丸山健二さんの作品は私の好みには程遠く、しかし世界に通用する数少ない本格作家であろうことはかなり以前から認識していた。

 重たすぎるテーマをストレートに受けとめるその文体の骨格と筋肉。加えてあまりに濃厚な表現。
 この作品も例外ではなく、いつもの私ならすぐに逃げ出しそうな内容なのだが、二晩の半徹夜で上下巻をイッキに読みきった。

 で、その一週間後、今度は仕事をフケて丸一日かけて二回目を読んだ。
 ラスト部分に大好きな作曲家の傑作が重要な役回りを演じることにも大いに惹かれたが、この小説は兎にも角にも私にとって全篇フラメンコだった。

 銀次は私の憧れそのものであり、だが残念なことに彼は実際の私の対極に位置している。
 うかつに近寄ろうとすればバッサリ斬られるであろうこともわきまえている。
 すたこら逃げ出しちまえば一番安全なのだが、それでは自分が“人間のクズ”になっちまうようなヒケ目を負いそうだ。
 少なくとも私は現状“生ゴミ人間”ぐらいのレベルはキープしていたいのだ。
 だから静かに対峙するよりない。


 仕事が落ち着けば、三回目を読むことになるだろう。
 たぶん鉛筆片手に、私だけの空想映像用のキャスティングと演出、そしてラストに登場する作曲家だけの作品で統一する映画音楽の構想をメモりながら……。

 そして、四度目に読むときは、そのメモ書きによって完成された映像を音楽とともにじっくり鑑賞することになるだろう………って、このように、ほんとに私は金のかからぬ男なのである。









10/23月(その74)

銀次について





 鋭角的な渡世。
 寸法の狂った人生。
 前途有望な極道者。
 純粋過ぎて有害なもの。
 不敵な面魂と人並み外れた胆力。
 走るための走りを楽しんでいる。


 人生の醍醐味は深入りと突入しかあり得ない。


 彼は若くして“自由”を発見していた。
 その自由は光に充ちていた。
 その光の前では、どんな苦難も何ほどのことはなかった。迷ったことなど一度もなかった。
 迷えば倒れることも本能的に知っていた。
 その光源に向かって、自主自立の道をひたすら突き進めばよかった。

 この世に生きるための行為は何もかも善であり、同時に悪であるという、さもなければ善と悪のどちらでもないという、生まれながらにして銀次の魂の根幹にどっしりと横たわる基本の尺度。


 銀次は常に銀次自身に帰依している。



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 [丸山健二/虹よ、冒瀆の虹よ]新潮文庫




 って、銀次っていったい誰なんだよっ? (つづく)








★10/13金(その68)

癒し系




 『カラヤン/アダージョ』に始まったわけでもないが、ここ十年以上(もっとか)、癒し系の音楽は全盛期を迎えている。
 あの手この手で実にさまざまな切り口から繰り出される魅力的な癒し系企画ディスクが、続々と世に出てくることになる。

 昔から私はこの手のものが好きで、次から次へと購入するのだが、実は買う前からその結果はわかっている。
 それぞれ耳ざわりはとても気持ちいいのだが、効力は一回限りのものがほとんどなのだ。
 あちゃー、またやっちゃったよ、という後悔は百や二百ではすまないはずだ。


 音楽情報が豊富な私たち現代人は、それなりに耳も肥えてわがままになっているので、単純に耳あたりのよい音楽によって癒しを得ることが難しくなってきている。
 つまり、“癒しプラスα”が必要なのだ。


 そう、ここにもフラメンコの出番がある。


 深い癒しにあふれ、またそれと同じくして、前向きな気分に導いてくれるようなフラメンコ。
 辛さから逃げるというより、それと向き合い語らい合うことで、心のつっかえを砕き、ザラつく破片をしっかり洗い流してくれる“癒しプラスα”を充たすフラメンコの音楽。

 とそう来れば、私の場合はやはりマイテ・マルティンとなるわけで、月並みだが『ヴィダリータ』(「愛のあるところ」の二曲目に収録)あたりが、具体的にはその最右翼となるだろう。

 極端なところでは、マヌエル・トーレフェルナンダ・デ・ウトレーラ等のコテコテのプーロ(純粋)フラメンコで癒されてしまうあの佐藤浩希あたりはド変態(あわわ)と云えるだろうが、そろそろ曽根崎が忙しくてこれを読んでる暇もねーだろう。



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[★速報!
 “Newsweek”(10/18号)「世界が尊敬する日本人」に、ぬあんと、われらが鍵田真由美と佐藤浩希が選出された。とりあえず買って読んでみようかあ。








★10/8日(その63)

日曜スペシャル「ぷかぷか」




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 天高くさわやかに晴れあがる秋の日曜日。

 メンコファンのみなさま、いかがお過ごしでしょうか。
 ゆうべの私はスルメを食い過ぎて、現在「イカがお過ごし」状態のまっ最中でえす。って我ながらひどいねこりゃ、仮面の忍者赤恥だよ。

 そんなこんなで今日はこちらへ(↓)。

   フラメンコ超緩色系(その159)ぷかぷか









★10/6金(その62)

不足なし




 昨日載っけたロシュフコオが生まれる三年前に世を去った我らが徳川家康(1542~1616年)。
 天下統一の覇者によるアフォリズム(金言)は、さすがにスケールがでかい。



 人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし。
 急ぐべからず。
 不自由を常と思えば不足なし。
 心に望み起こらば、困窮したる時を思い出すべし。
 堪忍は無事長久のもとと言えり。
 勝つことばかり知りて負けることを知らざれば、害その身に至る。
 己を責めて、人を責めるな。




 永きにわたり日本をまとめ上げ、同時にその国際化を遅らせたとされる哲学だが、どん底のある時期、真っ赤に染まった会社の帳簿のそのオモテ表紙にこの家康を、ウラ表紙にはロシュフコオのアフォリズムを貼っ付けていたこともある。

 ストイックな開き直りというか、気持ち的にはずいぶん助けられたものだが、せめて、たまさかのドンチャン騒ぎの最中ぐらいは、きれいサッパリ忘れてしまいたいお言葉でもあった。


 それにしても、不自由を常と思えば不足なし……ですかあ……(^_^;)


 こうアッサリ五七五でやられた日にゃあグーも音も出ないが、遺伝子的には不思議とノスタルジーを感じたりもする。




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                    コメントはこちらへ








★10/05木(その61)

情熱の覇者




 野心や恋愛のように激しい情熱ばかりが、ほかの情熱に打ち克てると思うのは誤りである。
 なまけ心は、どんなにだらしなくはあっても、しばしば情熱の覇者たらずにはいない。
 それは、人生のあらゆる企図とあらゆる行為を蚕食し、人間の情熱と美徳とを、知らずしらずのうちに破壊し、絶滅する。




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 [ラ・ロシュフコオ/箴言と考察]より
 岩波文庫(1976年当時で定価200円)





 容赦のない辛口分析でマキャべリと並び、私ら世代には人気のあったパリ生まれの貴族ロシュフコオ(1613~1680年)による比較的有名なアフォリズム。

 若い頃に肝に銘じたはずの金言だが、折をみて、今の私にもみっちり聞かせてやりたい。




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 9/22金(その52)

美しい革新





 うれしいのは
  光を必要としない踊り手に出会ったとき



 たとえば、悲しみをイメージした同じ踊りを、2人のダンサーが踊るとします。
 一人は、自身では悲しみを表現しきれないから照明で暗い光を使って「悲しみ」をある程度演出してあげる必要がある。
 ところが、もうひとりは、ただ夏のようにまぶしい光をぶつけると、彼女の表情が見えて、汗が見えて、複雑な哀歓がより伝わってくる。
 このように、ダンサーの力量があればあるだけ、支えの力は必要でなくなってくるものです。

 照明は「見せる」はできても「魅せる」ことはできません。
 だから自分を光り輝かせるのは、あなた自身だということを伝えたいですね。
 照明は、みなさんの輝きを助けるためにあるものだと僕は思っています。


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[文:平瀬菜穂子/写真:川崎栄/レイアウト:吉田稔]



 滅多に表に出て来てくれない私の大好きな照明家が、パセオフラメンコ誌上で語ってくれた。
 これはそのほんのワンシーン。
 ひっぱり出して大正解だよっ、エラいぞ編集部!
 飲めばとほほなヨタ話がお決まりだから、こんなマジな話は私もはじめて聞いたよ。
 こんど爪のアカください。



 夏の新人公演の長丁場をブレることないテンションで創りあげる、あのファンタスティックな明かり。
 多くの有力アーティストが心底からの信頼を寄せるセンスと技巧、そして人間性。
 うるさい評論家たちを唸らせる洗練と完成度。

 フラメンコの照明に “美しい革新” をもたらした名匠井上正美。
 男純情を地で往くタフガイだが、ふだんはチョーゆるい。









 9/17日(その48)

決断力




 人には二種類ある。


 即座に決断できるタイプと、ぐずぐず迷ってようやく決断するタイプだ。


 江戸ッ子の私は、断然前者である。


 ぐずぐず迷ってようやく決断する人は決まって後悔するタイプだが、私の場合はその逆で、迷わず決断して決まって後悔するタイプだ。




               本日更新、フラメンコ超緩色系




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 9/16土(その47)

淡きがゆえに





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 「あまり可愛いもんだから。よかったらこれ」

 私たちのテーブルにさらっとジェーの絵を置き、風のように去っていった粋な身なりの老紳士。
 洗練されたすばやい振る舞いに、きちんと礼を云う間さえなかった。


 「いい絵だね。けっこう凄い絵描きさんかも…」

 うれしそうに連れ合いが笑う。
 さっぱり絵のわからん私の目にも好ましく映る。


 散歩帰りのいつものカフェ。
 思いがけない他者とのふれあい。
 淡きがゆえに刻まれる記憶。

 また少し、この街を好きになった。








 9/8金(その41)

風の夢




 「なにか手伝わせてもらえませんか」


 創刊時代のある日、ドン底パセオを訪ねる深い眼をしたあの娘。
 なぜか私には“マッチ売りの少女”のように見えた。
 二十年も昔の話だ。

 当時のパセオでは交通費さえ出せない有り様だったのに、OLの彼女は、仕事がひけたあとほとんど毎日のように、町田から文京区本郷の編集部に通ってきてパセオの手伝いをした。

 それからしばらくして単身スペインに渡り、かの地にて踏ん張りつづけ、やがて志風恭子は、スペインと日本のフラメンコを結ぶ架け橋として開花する。

 パセオや一般メディアで執筆者として活躍する一方、大物アーティストの来日コーディネーターとして、私たちフラメンコファンに数え切れないほどの幸福をもたらし続けるフラメンコウーマンとなった。




 若い彼女はナマイキだったが、見返りを期待する以前に、自分の人生をスパッと丸ごと賭けた。
 後出しジャンケンで勝てるほどフラメンコは甘くないことを、すでに彼女は見抜いていた。
 だから「運命の女神の前髪をつかめ!(後ろ髪はないから)」という、やたら冒険と忍耐を強いられる必勝法則を選択したのだろう。

 口先ばかりで何の実りも残さずに去ってゆく人も多い世界だけに、志風恭子の存在は否応なく際立つ。

 若い人を観るとき、志風のようにハラを決めたがゆえの生意気タイプなのか? それとも何のヴィジョンも持たない単なる偉がりタイプなのか? 情けないことにいまだに私はそれらを識別することができない。

 ま、ナマイキなくせに臆病なために、逃げ出したくとも腰が抜けちまって逃げ出すことさえ出来ず、ついつい居残ってしまうというケースもあるからな。………あーそーだよ、おれのことだよ、大当たりだよ。

 いったん逃げても、また戻って頑張るというケースもあるし、この手の予想は意外と難しい。




 今年に入ってから、その志風を囲んでパセオの仲間とご近所で飲んだ。

 昔より若干太ったようだが、ふた皮ぐらいはむけたようで、随分いい女になった。
 スペインの大学で“フラメンコ博士”の資格をとるために、仕事のすき間をぬって猛勉強中らしい。

 ……ふ。相変わらずだ。
 一所懸命という月並みすぎる陳腐な戦略。
 それが自分にふさわしい幸福を発見する鍵であることを思考でなく本能で感知している。


 懐かしすぎる昔話のあい間に、彼女はポツリこうつぶやく。

 「OLの仕事がもっと面白かったら、フラメンコに飛び込むことはなかったかもしれない……」

 けっ、笑わせるなっ、おめえがOLに治まるタマかよっというホメ言葉を、辛口のうまい冷や酒とともに呑みこむ。



         「しかぜきょうこのこの一枚




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 8/29火(その33)

だからフラメンコ?




 技術の飛躍的進歩によって人類は経済的に豊かとなり、個人は生存のために集団に帰属する必要がなくなったのである。

 個人が勝手に行動しても生きていけるようになり、集団の存在理由が薄れてきた。
 家族も学校も会社も大きく変質し、個人は集団の束縛から解き放たれて、ついに、不本意ではない生活を送ることができるようになった。

 だが、このときになって初めて人類は、「不本意ではない生活」がどんな生活なのかが分からないことに気がついた。
 集団に向いていないだけでなく、個人として生きていくことにも向いていないことが分かったのだ。

 これが幸い中の不幸だった。

 自由には代償がある。
 自由な人間はすなわち孤独であり、人間は孤独が嫌いなのだ。
 現在、集団の秩序は回復不可能なまでに瓦解し、個人は何をしたらいいのか分からないまま自立を求められている。

 こうしてみると、人類も私と似たような運命をたどっているように思う。




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[土屋賢二/汝みずからを笑え]文春文庫より




 これは、私が仏と仰ぐ、お茶の水女子大学の土屋賢二教授(哲学科)のありがたい教えである。特におしまいの二行などは鋭すぎる分析と云えるだろう。

 「この五百万年をふりかえって」というエッセイの抜粋なのだが、数年前初めてこれを読んだとき、青春まっ盛り(1970年代)の自分がなぜフラメンコに惹かれたのか、その理由の一端がポロリわかったような気がした。


 1980年~90年代の日本において、フラメンコのファン人口は急増し、またそのステータスは急速に高まった。文頭のようなプレッシャーを解決する鍵として、私を含めそのほとんどが無意識的だったにせよ、多くの人々がフラメンコに注目し始めたからだ。
 現代日本におけるフラメンコの普及浸透はその意味で必然だった……という説はどうだろう……乱暴か。


 現代を生きる不安と緊張のストレスにあえぎながら、それをいかに克服して心の安らぎに達するか?
 こうしたテーマに対しフラメンコは、強いヴィジョンと忍耐を示しており、同時にそれは生きる勇気を高揚させる機能を持っている。


 と、こう云っちまったら、ま、さすがにヒイキの引き倒しだろーが。








8/24木(その30)

履歴書




 きのうの晩、例によってギターの若林雅人がぶらりパセオにやってきて、こんなCDを置いていった。
 ディレクション、撮影、デザイン、制作実務を担当したのだと云う。そういえばパセオの新しい号にそんな記事が載ってたっけ。……で、二度聴いた。



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[東田マサミ/シルクロ]2006年 CANTE JONDO
         (アクースティカにて入手可能)




 治療法が見つからない進行中の難病。
 バイレ(踊り)の続行が不可能となり、車椅子の上でカンテ(歌)に光を見い出すが、それもいつまで歌えるかどうか。

 そこで東田マサミは勝負に出た。
 自分の履歴書を創ろうと。


 彼女のカンテの師匠、瀧本正信がプロデュースとギターを担当してくれた。
 巧さの聴けるディスクではないが、忘れ得ぬ生き様を履歴するアルバムは産まれた。

 マイナスの要因は、新たなときめきを展開させる手下と化した。



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8/21土(その27)

逆用




 物心ついたころから、すでに臆病な性質だったように思う。

 私の本性ともいえるセッカチな性格も、その臆病さゆえ、周囲にとり残されるのを恐れるあまりに形成されたものだと分析できる。
 周囲にキャンキャン吠えまくることで己を守ろうとする防御戦略よりも、セッカチという玉砕戦略の方が自分向きだったのだろう。

 もちろん今も直っちゃいないが、若い頃は食えなかったこともあるし、それなりの野心もあったから、いつでも本格的に焦っていた。
 結果としては「生き急ぎ」の典型タイプである。

 だから量やスピードを要求される忙しいジャンルでは大いに適性を発揮したし、今の仕事でどうやら食えるようになったのもこのセッカチさに負うところが実に大きい。
 怖くてジッとしてることができないだけの話なのだが、ま、好意的に見てやれば、性格の欠陥が世渡り上の長所になり得た一例と云えないこともない。


 才能というのは、最初から「有る」ものではなくて、むしろ「何かが欠乏してる」状態から発するものではないか?


 そんなわけで、このようなテーマにはとても興味がある。
 数年先、営業現場で使いものにならなくなったあかつきには、ぜひ編集現場で突っ込んでみたいテーマだ。
 見事にボケてくれそうなアーティストを今から物色中である。




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8/6木(その14)

とんがりやま




 「いいねあのライター、マリア・パヘ書いた人」

 「お、気づいたか」

 「誰なのあれ?」

 「オレもよく知らねーんだよ」



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[パセオフラメンコ06年8月号]


 この可愛らしい表紙の8月号が出まわったころ、こんなやりとりが三、四度交わされた。
 公演レビューの巻頭に置かれたマリア・パヘスの来日公演評。
 担当したユニークな名前の執筆者が、業界の中でちょっとした話題になっている。


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 ライターの名は“とんがりやま”氏。
 まさか“屯賀(とんが)理矢麻(りやま)”のよーな本名であるとは考えづらいので、たぶんペンネームだろう。
 非凡な感性を背景とするやたら腕の立つ謎のライターである。


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 今年の二月、マリア・パヘスの一般的認知度を探るためにネットをぐぐっている時、偶然網にかかったのが『踊る阿呆を、見る阿呆。』なるブログに掲載された次の一文だった。

 『マリア・パヘスは進化している(1)』

 『マリア・パヘスは進化している(2)』


 前回04年のマリア公演について書かれたレビュー。
 そのあまりに唐突なクオリティの高さに腰を抜かしながらも、その日のブログに私は、いつものようにヘソが茶を沸かすような一文を書いた。

 『踊る阿呆を、観る阿呆。(マリア・パヘス)』


 てなことをきっかけに、その後幾度かメールや互いのブログにコメント交換したのが“とんがりやま”さんと私のささやかな交流のすべてだ。

 そうしたネット上のやりとりをチェックしていた当時のパセオ編集長・野島(現在は統括プロデューサー)が、直接とんがりやまさんにメールでアプローチしたことで(私はノータッチ)、冒頭の執筆依頼へとつながっていったという話である。

 パセオのレビューとは別に書かれたブログ・ヴァージョンもあるので、こちらもどうぞ。
 あの夢のような“セビージャ”の情景が蘇るようだ。

 『マリア・パヘス、走り続けるダンスの化身』



 この正月にブログを始めて以来、ヒョウタンからコマみたいなことが次々に起こるのだが、この一件などはその最たるもののひとつかもしれない。

 一時期の2chなどに現われた人間の業に少なからず失望し、ネット時代に乗り遅れることを覚悟した旧式人間の私だが、この出来事などをきっかけにつまらぬこだわりから開放されたことは、まさしくラッキーだとしか云いようがない。


             (こちらもどーぞ)








7/27木(その7)

一長一短




 「人間も犬のようになんのてらいもなく、素直に死ねるといいと思うが、そうは問屋がおろさないのは、われわれが精神という厄介なものを背負いこんでいるせいだろう。」

 「だが、それを嘆いて犬のほうが幸せだと言ってみてもはじまらない。
 人間には人間の死にかたがあるのであり、その本質はただ一つでありながら、その現れかたは千差万別であることが、われわれの世界を豊かなものにしているのは否定出来ない。」




 ずっと前に、詩人の谷川俊太郎さんが『単純なこと複雑なこと』というエッセイの中で、こんな一長一短について書いておられた。

 「その本質はただ一つでありながら、その現れかたは千差万別」

 その言葉に触発されて、フラメンコにおける“さまざまなタイプの実り”について想い浮かべる。

 パコ・デ・ルシア、フェルナンダ・デ・ウトレーラ、エンリケ・エル・コホ、アントニオ・ガデス、カマロン・デ・ラ・イスラ、マノロ・カラコール、フアン・モハーマ、フアン・タレーガ、マイテ・マルティン、マリア・パヘス………。

 うん? 意外と片寄ってないじゃん。

 てゆーか単に分裂症っぽいだけだよ。








7/21金(その2)

今日という日は




 今日という日は、残り少ない人生の最初の日


 誰が云ったか知らないが、云われてみれば確かにそう思う名言だ。

 この私もフラメンコ・シーンにおいて大失敗をやらかした時などには、この言葉をしみじみ噛みしめつつ自らを励ます。
 その頻度は、プライベートな大失敗を除き、だいたい週五、六回のペースである。









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