「フラメンコ」であるということ。
2009年6月29日
こんにちは。
実はこの連載は今日で最終回です。
約150回に及ぶなかなかの長期連載でしたが、ずいぶん楽しく書かせてもらいました。
今まで読んでくださったみなさまに、今一度心からお礼を申し上げます。
励ましの言葉を贈ってくださった方々にも、本当に沢山元気をいただきました。
本当に本音の言葉を綴ってきたこの連載。
いいところも悪いところも含めて、誠意を込めて書いてきたので、なんとも清々しい気持ちです。
私は言葉で「フラメンコ」について語ったりしてきましたが、読者のみなさまの多くは「フラメンコ」という伝達方法を使って自分を表現しようとしているのだと思います。
フラメンキートにとっての「フラメンコ」というのは
日本人にとっての「日本語」のようなもので、
ごく当たり前の表現方法であります。
つれづれに、セビージャや私たち家族のこと、フラメンコやヒターノのことなどを語ってきましたが、
みなさんが「フラメンコ」を当たり前の表現方法と感じるためのエッセンスに役立てば、非常に嬉しいです。
スペイン人も日本人もフラメンキートも、心にあまり差はありません。
みなさんが自然に気楽に「フラメンコ」でありますように。
Rie
スペイン情報ウエブマガジン創刊!
2009年6月22日
このたび、スペインに関する情報やコラムを掲載したウエブマガジンを発行することになりました。
「elTrastero」エルトラステーロと読みます。
本日創刊です。
困った時に頼りになる、聞きたいことも気軽に聞ける、ヒマな時にも読んで、聞いて楽しい、そんなコミニュケーション型ウエブマガジンです。
URL:
www.spaintrastero.com “エル・トラステーロ”。ぜひ覗いてみてください。
さて、日本は梅雨のようですが、セビージャは夏が到来して、すごい日差しです。
『スペインは皮膚ガンの発生率が多いので、気をつけましょう』という広告を最近よくみかけますが、みんなおかまいなし。ガンガン肌を焼いています。
スペインでは日焼けしているほうがお洒落。昔から何年も変わらず、色黒が流行なのです。
そんなわけで、日焼けサロンはすたれないし、塗るだけで黒くなるクリームもよく売れています。
美白対策にやっきになっている日本人とは正反対です。
ちなみに私は日焼け止めを塗っているけど……真っ黒です。
Rie
トレスミル・ビビエンダから逃げ出したパジョ
2009年6月15日
私の友人にトレスミル・ビビエンダで育ち、フラメンコが大嫌いになったパジョがいます。
トレスミル・ビビエンダといえば、“ヒターノが多い=フラメンコが盛んな場所”として外国メディアに載ることが多い場所ですが、元はと言えば、都市計画の地区に住んでいた人々の立ち退き先として用意された一般居住区であります。
毎日コツコツ働いて小銭を稼ぎ、家賃を払い、住民税を払って暮らしていたパジョも、
ゴミ箱を漁りながら、空き地にごろごろ暮らしていたヒターノも
みんな一緒くたにトレスミル・ビビエンダに入れられたのです。
私の友人一家もそんな風にして、新居住区、トレスミル・ビビエンダへ住むようになりました。
そして、家賃も税金も踏み倒し、生活保護をもらい、家の床まで剥がして売りさばき、家の中で山羊を飼い、団地の通路やいたるところにその糞をそのままにしているヒターノの横で、
引き続きコツコツと働き、家賃も税金も払って暮らしていた私の友人の父。
たまに外国人が来て、そのヒターノたちに大枚を払って、彼らのブレリアを写真に撮って帰っていく。夜中でも平気。
逆恨みされて、仕事に行っている間に家のものを全部盗まれても困るので、夜中の騒音にも文句を言わず耐えていた我が友人一家。
私の友人の小さい時からの夢は
「なんとかしてトレスミル・ビビエンダを脱出して、違う場所に住むこと」
だったそうです。
外国人低所得者が多く住むようになってきたトレスミル・ビビエンダを、
今もなお取材したいという人々がいて、情報を求められるたびに、
「情報の発信者であるはずのマスメディアの人々も、結局は過去のメディアの情報に踊らされているんだよなー」と思います。
遠い外国の真の姿をメディアを通じて知ることは非常に難しい、とひしひしと感じる今日この頃です。
Rie
萩原淳子さんウブリケコンクール決勝進出決定!
2009年6月8日
昨年は5位に終わったウブリケコンクール。
今年は決勝進出の3名に選ばれました! おめでとう!
曲目は去年と同じ、ソレアとアレグリアス。
今年のライブの曲目もいつもソレアとアレグリアスだったので、相当踊りこんでの挑戦だったと思います。
決勝に残ったのは、萩原さんの他は、様々な舞踊団にも参加し、現在はアントニオ・カナーレスやロシオ・モリーナと踊っている「エル・チョーロ」と、映画出演の経験もあるという「マカレナ・ラミレス」の二人。
実は「エル・チョーロ」は芸達者でなかなか好きな踊り手なのですが、同じ日本人として、萩原さんの優勝を願ってやみません。
AMIさんがコルドバコンクールで優勝してから14年。
◯○コンクールで日本人初のセミフィナリスト、別のコンクールで日本人初のフィナリスト。という感じで、嬉しいニュースはいろいろありますが、「優勝」というのはなかなか聞けません。
スペイン人にとっての各コンクールは、日本での日本人にとっての新人公演や、CAFコンクールのようなもの。
賞をとっているのととっていないのでは、知名度やその後の仕事に差が出るけど、
賞をとったからといってそれで仕事がどんどん舞い込むわけでもありません。
いわゆる、「プロとしてのスタート地点にたった」と認められるための賞といって過言ではないと思います。
だからこそ、いろんなコンクールで普通に沢山の日本人をみれるようになると嬉しいと思うのですが、
居住者が少ないので難しいのかもしれないですね。
日本には日本を拠点にしている素晴らしいアーティストがたくさんいるので、
そういう人たちがこっちでどんどん活躍してくれると嬉しいなあ、と思います。
いつかお金持ちになって、日本人がスペインで活躍できるような基金でもつくりたいものです。
Rie
サッカーシーズン終了!
2009年6月1日
5月31日にてスペイン最終リーグも終了しました。
優勝は日本にもファンの多いバルサことバルセロナ。スペインリーグ初の三冠を達成しました。
2位はあのレアルマドリッド。僅差で優勝を逃しました。
そして3位が我がセビージャ!
セビージャには『セビージャ』及び『ベティス』の2チームがあり、どちらも優勝経験のある強いチームで、常に第一リーグにいます。
特に最近のセビージャは強く、ヨーロッパカップでも活躍しています。
強くなれば当然ファンも増え、ファンクラブの会員になるための待ちリストがあるくらいです。
我が家はベティスチームのファンなのですが、なんと、なんと、なんと、今年はリーグ18位。。。。
第2リーグ落ちが決まってしまいました。
ファンの人たちは会場外で抗議デモを行いましたが、それで順位が変わるわけでもないし、チームオーナーからの謝罪もいまのところはありません。
“人生の趣味がサッカー観戦”という人も多いスペイン。
自分のチームの成績が悪いのは非常にフラストレーションになります。
暴動がないといいけど。
Rie
価格高騰 そして 不況――プラマイゼロ!?
2009年5月25日
スペインでは通貨がユーロに変わった2002年あたりから様々な価格が高騰し、
住居などにいたっては2.3年で倍、などというケースも見られ、
スペインバブルなどと騒がれました。
その後ガソリンの高騰を経て、バブルは崩壊し、今は価格が下がってきています。
ユーロ対円も1ユーロ/145円程度だった2006年夏よりあがり続け、2007年夏には175円程度までいったものの、現在はなんと130円台。
さて、今日は市場のお値段。
2006年夏とどれくらい変わっているかの報告です。
本マグロ 13.20€→24.80€
スイカ 0.60€→1.25€
アボガド 3.20€→3.20€
トマト 1.00€→1.00€
バナナ 1.75€→1.75€
鶏胸肉 5.43€→6.40€
(すべて1キロの価格。左が2006年右が2009年です)
スイカは真夏にはもう少し下がると思うので、
基本的に野菜の値段は変わっていないようです。
肉、魚は高くなったようですね。
いずれにせよ、ジュース用オレンジが5キロで3ユーロ。
まだまだ日本よりは安いですね。
Rie
崖の上のポニョ
2009年5月18日
去年の夏日本で見た『崖の上のポニョ』がやっとスペインに上陸しました。
スペイン題は「Ponyo en el acantilado」
『マエストロ・ハヤオ・ミヤザキが描いた新しいかたちの人魚姫』
として、テレビCMもガンガン行われ、4月24日に全国一般上映となりました。
ディレクトール(監督)ではなくマエストロ(巨匠)と呼ばれるハヤオ・ミヤザキのこの作品は2週間で売上げが26万ユーロ。
ディズニーアイドル映画「ハナ・モンタナ」は200万ユーロ弱は売り上げるだろうと言われていますが、その15%強にあたるこの売上げは、シンプルなアニメ作品としては素晴らしいのではないでしょうか。
私も日本語が不自由な我が子たちが「スペイン語で見たいー」と言うので、連れていきました。
よりシンプルにわかりやすくなっている感は若干ありましたが、いつもながら吹き替えはなかなかオリジナルに忠実で、気持ちよく見れました。
唯一残念だったのは両親。
所ジョージの父は、もう少ししっかりした人になっていたし、
(他のアニメもそうなのですが、日本ではわりと多い、頼りないけど人間味のある父親像は、スペイン吹き替え版では逞しくて強い父に変えられてしまっている場合がほとんどです)
天海祐希の色っぽい母も、微妙に暖かい母になっちゃっていました。
日本ではもうすぐDVDがでますね。
買おうかな。スペイン語がでるまで待とうかな。
Rie
渋滞緩和!
2009年5月11日
セビージャには『SEVICI』という、自転車貸し出しサービスがあります。
セビージャ内の好きな停留所で自転車を借り、
どこでも好きな停留所で返却でき、30分以内の利用なら無料(年会費10ユーロ)です。
このSEVICI創立に際して、セビージャではヨーロッパで最長のサイクリングロードをつくり、市内を円滑に自転車で移動ができるようにしました。
2008年には停留所の数が当初計画の250ヶ所となり、
便利さ、知名度が市民にも充分浸透した感があります。
旅行客でも保証金を払えば利用できるので、街では自転車で観光している人の姿も良く見かけます。
地下鉄開通、SEVICI浸透にともなって、相変わらずマイカー族の私には車の数が減ったように感じます。
相変わらず駐車状況は悪いし、渋滞もあるけど、でも絶対前よりは少ないです。
不景気で失業した人もいるだろうし、ガソリン代を減らしたいという人もいると思うし、他にも原因はあるかもしれません。
でも、『交通渋滞をなくすために地下鉄とSEVICIをつくろう!』とお役所が決めて、
本当にその通りになったりすると、たいしてお役所仕事に期待していない私はすこしびっくりしたりします。
ふむ。この調子で路上駐車をなくす計画を成功させてくれないかな。
Rie
フェリア終了!
2009年5月5日
不景気まっただなかの今年。
フェリアは大盛況でした。
不況の時こそ、パチンコや競馬が流行るというのは通説ですが、
フェリアもそんな感じなのかな。
普段を忘れてドンチャン騒ぎ。
不況を忘れてどんちゃん騒ぎ。
また逆に、“いつもはフェリア休暇を利用して旅行に行く”という人たちが、
不況で旅行には行けずフェリアに残ったというのもあると思います。
とにかくどこにいっても人・人・人!というフェリアでした。
でも、やはり不況の影響を感じたのはファッション。
毎年数人はみかける、うっかりため息をついてしまうようなエレガントなお洒落をしている人を、今年は週末の夜になってもみかけませんでした。
オリエントな香りが今年のフラメンコファッションのモードだったのですが、
実際に見かけたのは、水玉のオーソドックスなスタイルばかり。
ファッションが定番に戻るというのは不況の象徴だと思います。
個人的には、
お天気にも恵まれ、衣裳も新調し、友達や家族との予定もうまくたち、
とっても楽しいフェリアを過ごしたので、
私にしてはめずらしく来年のフェリアが楽しみです!
みなさんのGWはいかがですか?
Rie
闘牛観戦。
2009年4月27日
めったに行かない闘牛に3年ぶりくらいに行ってきましたが、
今日のはいかにも“動物愛護協会”に訴えられそうな試合で
あまり楽しめずに帰ってきました。
どういうわけだか、最近の牛はあまり元気がなく、
『猛獣との死闘の末に勝つ』
という感じではなく、“ショーとしてでてきた牛を殺す”という感じが漂います。
こうなると、やっぱりかなり可哀想です。
闘牛用の牛は闘牛場で死ぬために生まれて育っているわけで、
それは、時期が来たら殺されて肉になる牛と基本的には変わりません。
それでも殺生の瞬間を見て歓声を上げる、というのはどうにも不快なものです。
1匹の牛に、何人もの人間がよってたかって死に導く過程も不快感をあおります。
本来は、
“人間がよってたかってかかっても,みんなまとめて殺されちゃうくらいの、
恐ろしく強い牛と戦って勝つ”
というところにロマンがあるスポーツだと思うのですが、
どうもそんなにやる気のある牛が少なくなってきたように思います。
ま、こんな牛でも危険なことには変わりないのですが。
『闘牛士が闘牛で死んだ』というとその勇姿が頭に浮かびますが、
『ある男が牛に戦いを挑んで死んだ』というとちょっとおバカな男の姿が頭に浮かぶのは私だけでしょうか。
Rie
やっと開通! メトロセビージャ!
2009年4月20日
2006年開通予定だったセビージャの地下鉄。
やっと、やっと、1ラインが今月2日に開通!
サンフアン市からセビージャ市内を通ってドスエルマナ市まで移動が可能。
最小区間の回数券だと一回の乗車が80センティモ。(シニア料金はさらに安い)
“この金額で、時速70キロで移動できて、かつバスと違って時間に正確”
ということで、なんと、毎日4万人もの利用者があるという人気ぶり。
(セビージャ県人口は70万人)
車両数はまだ少ないので、かなりの満員状態で運行しているようです。
利用の必要のない私も、やっぱりちょっと気になって家の近くの駅に行ってみました。
駅はとても綺麗で近代的で、すごくヒマそうにしていた3人の案内係員も
非常に親切に案内してくれました。
でも、駅のエスカレーターが異常に揺れたのが印象的で、
「やっぱり乗るのは怖いなー」と思って帰ってきました。
というのも、地下鉄工事にあたってはいろんな不安をあおるニュースがたくさんあったのです。
なかでも、工事中に地上にあったキオスコが地下に崩れ落ちてしまった事件は家の近くだっただけに印象的でした。
しかも二次災害を恐れてそれをそのまま埋め立てて封印。
いまは、まだ囲いがされていますが、そのうち、何ごともなかったように、その地面の上に何かがたてられるのかと思うと、それも不安です。
でも、やはり日常的に移動する人には便利な様子。
利用している友人も、「ちょっと不安はあるけど、やっぱり早くて安いもの。仕事があるから通勤はしないといけないし、不安とか言ってられないよ」と言っていました。
フェリアの時期にも時間と本数を拡大して運行するそうですので、
興味のあるかたは乗ってみてください。
Rie
チャノ・ロバート逝く。
2009年4月13日
4月5日夜。
数日の昏睡状態のあと、セビージャの自宅にて息をひきとったそうです。
享年82歳。
また一人フラメンコの巨匠が逝ってしまいました。
パジョで金髪のチャノはカディスのサンタマリアに生まれ、若くして孤児となったため、‘とにかく歌で生活費を稼ぐ’というところから彼のキャリアをスタートさせました。
そして、60年。
彼は本当にたくさんの歌詞や曲目を知っていて、それでも80歳になってもまだ新しい歌詞を勉強しているような、謙虚で照れ屋で勉強家な人で、
しかも、何を歌ってもカディスの海の音が聞こえてくるような、
爽やかで明るくて暖かい歌を歌ってくれる人でした。
本当に、ソレアだってシギリージャだって、彼が歌うと救いがある。
“もう、絶対に心が澄んでいる人なんだなー”と思わせる、
優しい人柄がにじみでる、類い稀なカンタオールでした。
冥福を祈ります。
追記:長生きしてくれたおかげで、彼は2枚の録音を発売しています。「la nuez mosca」(1996)と「azucar cande」(2000)です。
Rie
セビージャファッション!
2009年4月6日
セビージャの人はお洒落な人が多いです。
もちろんどこの都市でもお洒落な人やダサイ人がいますが、そのお洒落比率は非常に高く、70万人小都市とは思えません。
Devil wears zaraなどのELLEコラムを始め、スペイン全体のファッションリーダーとなっているカルメロンもセビージャ出身だし、
定期的にミススペインを輩出している有名モデル事務所DobleeRReもセビージャにあります。
そんなお洒落な都市で目立ちまくっているのが、ビーチリゾートファッションの外国人観光客。よれよれ半袖Tシャツに短パンにビーチサンダルというような人が、本当に沢山います。
中にはビキニのトップにパーカーとか、海パンとTシャツっていう人もいて、本当にどこへ行くだ????と聞きたくなるほど。
だって、セビージャは海のない街なんです。
暑いことは暑いけど、ビーチリゾートではないんです。
色の白いそんな彼らを見るたびに、相当寒い国から来てるのかなー。と思います。
アフリカとかいっちゃうと、夏でもみんな長袖だしね。
Rie
どうしても慣れない時間移行
2009年3月30日
今週末は3月最終週ということで、冬時間から夏時間に移行しました。
具体的にいうと、土曜日から日曜日になる夜中の3時が2時になったのです。
つまりこの日は一日23時間しかなかったことになります。
もちろんこの1時間はなくなったままではなく、
10月の最終週には一日25時間の日があって、また冬時間に戻ります。
そして、1日25時間の日はそんなに問題はないのに、
1日23時間の日はからだがとてもしんどいです。
この時差というのは基本的には電気代などの節約のためと言われています。
たしかに夜10時まで明るいほうが、9時まで明るいよりは、電気代が節約できるかもしれません。
でも日本に生まれ育った私には、9時まで明るいだけでも充分だと思うのです。
ちなみに「9時まで明るい」というのは「9時に夕日が落ちる」ということです。
だから子供も普通に公園で遊んでいたりするし、生活リズムを作るのが大変で、
セビージャには睡眠の少ない子供が沢山います。
夏時間、冬時間、というのはヨーロッパ全体のことで、それが必要な都市もきっとあるんだと思います。
それでも、この制度を廃止してもらいたいと思ってしまうくらい、
この1時間の時差は肉体的に結構しんどいものです。
セビージャで生まれ育ったひとたちもこぞって愚痴っているので、
いつかは改善されるかもしれませんね!
Rie
海開き!
2009年3月23日
海に行ってきました!
わがガルシア家の海開きです!
私は(もちろん家族も)海が好きなので冬でも普通に海に行きますが、
ビキニでごろごろできたのは今年初です。
だいぶ暖かくなりました。
息子は犬たちと海で泳いでいましたが、残りの私たちは砂浜のみ。
泳ぐにはちょっとまだ水が冷たく、勇気が出ませんでした。
それでも海をみて、波の音を聞いて、ビールを飲む幸せは満喫!
この時期の海は、他にほとんど人がいなくて、
犬も放し飼いにできるし、
へんな日焼けのあとがつかないようにトップレスでいることもできるし、
静かだし、
海を独り占め(一家族占め)できて、
真夏の海より好きです。
またすぐ行けるといいなぁ。
Rie
セビージャに暮らす日本人名簿
2009年3月16日
私はセビージャに暮らして約10年ですが、在西日本人の知り合いが意外に少ないと最近思います。
というのも、最近「○○ちゃん(下の名前)っていう子が妊娠してるんだけど、知ってる?」というようなシリーズで、あっちこっちで日本人女性が結婚したり出産したりしている噂を聞くのですが、だれひとり知らないんです。
なかにはすごく近所に住んでいるらしい人もいて、“そんなにご近所さんで、なぜ会わない?”と不思議でなりません。
このあいだ、街で日本人女性と思われる女性が子供といたので話しかけてみたら、ロシア人でした。ロシア南部にはモンゴル民族の人が多くて、顔では見分けがつきません。
逆にロシア人の女性に母国語で話しかけられたこともあります。
ロシア人よりは日本人のほうが絶対多いと思うのに、なぜ会わないのでしょう。
人数が少なくてなかなかつくれなかった『トリアーナ・日本人ママの会』ももしかしたら可能なのかもしれない、と思う今日この頃。(セビージャママの会だと、距離が広すぎて、定期的に会うのは難しい)
誰かに「○○ちゃん知ってる?」と言われるたびに、
「知らないけど、電話番号聞いといて」と答えています。
いつか名簿ができたら、ガーッと電話して、サクッと『ママの会』できないかなー、と思ってのことなのですが、まだ一件も電話番号は回収できていません。
『ママの会』ができる前に、我が子が親離れしてしまいそうです……。
Rie
カーニバル終了!!
2009年3月9日
毎年恒例のカディスのカーニバルが終わりました。
カディスのカーニバルは全国的に有名なお祭りで、
2週間にわたって、街じゅうが仮装お祭り大会になります。
セビージャの春祭りの時に、みんながフラメンコ衣裳を着るように、
カディスではみんなが仮装して街を歩いています。
劇場では毎晩、一般人のグループによる仮装ミュージカルが披露され、
会場が笑いに包まれます。
すべてが笑いを誘うコメディーなのですが、
それが全部歌って表現されるのが、カディスのカーニバルのすごいところ。
カディスでは“結果的にカーニバル芸人”という人が何人もいて、
「このカーニバル的笑いの達人たちは、この2週間働くだけで、1年生活ができる」と言われています。
「ウソだー」と思うのですが、
カディス出身の誰に聞いても、「ホントだ」と言います。
いまいち信じがたいですが、まあ、それくらい集客力のあるお祭りではあります。
セビージャからもたくさんの人が遊びにいきますが、
その誰も彼もが、たくさん笑って幸せになって帰ってきます。
カディスのカーニバルの悪評というのは聞いたことがなく、
さすが、“笑いの祭典”だと、納得させられます。
だいたい毎年2.3月のこの時期なので、
機会があれば、ぜひ、遊びに行ってみてください。
Rie
ヘレスフェスティバル開幕!
2009年3月2日
雪だの太陽だの書いていたら、なんと日本では大雪とのニュース!
びっくりしました。
セビージャも相変わらず寒い日もありますが、
気候はだいぶ暖かめに落ち着いてきました。
しかし、今週の天気予報は1週間雨!
昨日からフラメンコフェスティバルが始まったヘレスも、
今週は雨の予報。
講師の約40%がセビージャのアーティストだと思うと、
「わざわざセビージャから習いにいく必要はないな」
とひがみたくなるくらい、
ヘレスのフラメンコフェスティバルは素晴らしいです。
“レッスン代”と思うと高い参加料も、
“毎晩の公演チケットが込み”と思うとだんぜんお得。
またレッスン及び公演が「踊りメイン」というのも、
最近のニーズにうまくマッチしていて、商売上手だと感心します。
狭いヘレスの街に世界各国のバイレ練習生、愛好者、プロが集まり、
あっちにいってもこっちにいっても、
朝から夜までフラメンコ。
なんて楽しい2週間!
私はセノビージャという質が良くて、デザインが可愛く、比較的リーズナブルなフラメンコ靴の販売のお手伝いもしているのですが、
そこのオーナーも毎年この時期は靴を持ってヘレスに行きます。
「来年は私が代わりに行こうかな」と密かに画策中です。
みんなでヘレスで楽しみたいですね!
Rie
ちょっと春。
2009年2月23日
やっとセビージャにも太陽が帰ってきました!
昼間は半袖でも大丈夫な日が続き、心も明るくなります。
セビージャの冬は本当に「耐える」という言葉がぴったりです。
夏用に作られた、レンガと大理石の家は非常に寒く、
暖房設備もシンプルなものしかありません。
ガスストーブとコタツだけで冬を越している人もまだたくさんいます。
そんななか、やっと日差しが帰ってきたセビージャでは、
ひなたに人が集まっています。
特に何をするでもなく、ただひなたにいる人がたくさん。
なんとなくひなたを散歩する人がこれまたたくさん。
そして、日の当たるバーやカフェは人で溢れています。
私も例に漏れず、この週末はひなたのバーで飲み、
ひなたを散歩しました。
お日様バンザイ!!
Rie
冬休み!
2009年2月16日
遅ればせながら12日ほど冬休みをとりまして、グラナダのシエラ・ネバダ山脈へ行ってきました。
美味しい水が取れることでも有名なシエラ・ネバダですが、なんと言ってもその目玉はスキー場です。
ヨーロッパで最も南に位置するスキー場として、ヨーロッパ各地からの観光客が途切れることのないシエラ・ネバダ。真冬でも日中は明るく日の射すこのスキー場の雪の質は非常に良く、作り物のように粒の大きい柔らかな丸い雪で覆われているコースは、最長がなんと4kmもあります。緩急のある傾斜といい、申し分のないスキー場です。
ただ、やはり21世紀。スペインでも主流はスノーボードで、お洒落に楽しく滑っている人がたくさんいました。
私も来年はスノーボードにチャレンジしてみようかな、と思っています。
難しそうだけど。
Rie
続・幼稚部ラブストーリー
2009年2月9日
前回の幼稚部ラブストーリー(2007年3月22日編)から早2年。
息子のクラスはクラス全員エスカレートで小学部一年生になりました。
いろいろあるかのようの思えた息子のクラスですが、
幼稚部時代に出来たカップルは結局2組。
〈AちゃんとPくん〉と〈LちゃんとAくん〉でした。
この2組、ちゃんと2年以上続いていたのですが、今学期の始めに波乱が。
Aちゃんがやっぱり我が息子が好きだと言い出し、Pくんに別れを告げました。
Pくんのお母さんに、「もう、よりが戻って欲しいんだけど、どうしていいのか」と言われたので、
「えー。まだ小さいんだし、そんな恋愛のことばかり考えてないほうがいいじゃない!」と言うと、
「いや、そりゃーそうなんだけど、もう、毎日泣いてばかりで、食事もしないし宿題もしないし、これなら彼女がいるほうがいいわよ」とのこと。
「はー。それは大変だわ。大丈夫よ。うちの息子は絶対誰ともつきあわないから」
「そうねえ。そうだといいけど。息子も、自分のほうが背が低いとか、いろいろ気にして可哀想なのよねー」
「それは可哀想だわ。より戻るといいわね」
ってこれが小学校1年生のクラスの母親の会話なんだろうか。
それから1ヵ月。ことは思わぬ展開に。
Pくんはなんともう一つのカップルのLちゃんとつきあうことになったんだそう。
そんなわけで、現在クラス内のカップルは〈PくんとLちゃん〉の1組のみ。
息子に、「Pくん彼女ができて、元気になった?」と聞くと、
「うん、とっても元気だけど、勉強は全然してないよ」というので理由を聞くと、
「っていうか、席がLちゃんの隣なんだよねー。だからLちゃんばっかり見て、全然勉強に身が入ってないよ」とのこと。
なんか微笑ましいけど。
一方、かねてから、“まだ恋愛する年頃じゃないのでPくんと別れて欲しい”と思っていたAちゃんのママに
「別れたんだってね。良かったねー」と言うと、
「あー。もうその話しないで!!!」と顔を真っ赤にして言われた。
「どうしたの?」と聞くと、
「うちの娘、今はリカルドに恋してるのよ」
「リカルドって誰?」
「小学3年生で、食堂で一緒になるんですって」
「…………」
「…………」
クラスで一番おませなAちゃん。
年上の彼との恋、なるか?
実は密かに楽しみにしています。
Rie
顔が日本人なバイラオーラ
2009年2月2日
先日、la yunko(萩原淳子)というスペインで活動の幅を広げている踊り手をみてきました。
首から下は完璧でした。
というと聞こえが悪いかもしれませんが、褒め言葉です。
いままで見た日本人の踊り手の中で、これだけ「顔が日本人だ」ということに違和感があった踊り手はいなかったと思います。
つまり、それだけ首から下が普通のスペイン人なんです。
よく使われる闘牛スタイルの振付けがありますが、
これだけ、その意味がにじんでくるように踊りこなせる日本人はちょっといないんじゃないかと思います。
これは一例で、
一貫して彼女の踊りは、スペイン人の踊り手を見慣れている私にも自然に映り、
顔を見るたびに、「あー。日本人なんだー」とびっくりするような感じ。
逆に、“今まで見た、顔が東洋でも違和感がなかった東洋人の踊り手は「東洋のフラメンコ」だったのかもなー”とさえ思いました。
スペインらしさ、というものが、体や心に染み付いてくるのもひとつの才能で、
『長く住んでいればいい』というわけではありません。
la yunkoは長くスペインに暮らし、且つ、スペインらしさを存分に吸収し、
それが自然ににじみ出てくる、日本人としては稀有な踊り手と言っていいと思います。
しかし、これだけ踊れるようになっても、まだ上がいるんだから、
フラメンコの世界は厳しいなーと改めて思いました。
頑張れ、la yunko!
Rie
今週末はモードなセビージャ
2009年1月26日
パセオ読者にはおなじみの『SIMOF(シモフ)』(フラメンコ・モード国際展示会)が、今年もセビージャで行われます。
SIMOFは、“これを見れば流行最先端がわかる”という、フラメンコモードのショーウィンドー的な存在で、今まで本誌でも何度も取材してきました。
約7200平方メートルにも及ぶ展示会場内には所狭しとブースが並び、
最新のフラメンコ衣裳や美しいアクセサリー、繊細な作りの髪飾りや、贅沢な手刺繍がほどこされた大判ショールが飾られ、ミシンや化粧品のブースには試用コーナーも設置されています。会場中央にはバーが常設されているので、シェリー酒を片手にファッション談義も可能。
でも、やっぱり一番の見どころは、ファッションショーです。
30人以上の個性豊かなデザイナーたちがラウラ・サンチェスやエバ・ゴンザレスなどのスペイン人のトップモデルを使い、各30分のショーを行います。間近で見る美しいモデルのウォーキングや、洗練された新しいデザインに観客が総立ちで拍手を送る瞬間など、ドキドキやワクワクがいっぱいです。
セビージャによる予定のあるかたはぜひ行ってみてください。

記者会見にて:モデルクラブ‘ドブレエレ’代表のラケル・レブエルタと、会場責任者のフィリペ・ルイス。

去年のSIMOFの一枚
(データ)
開催場所:PALACIO DE EXPOSICIONES Y CONGRESOS DE SEVILLA
住所:Avda.Alcalde Luis Urnuela,1 Sevilla
開催期間:2009年1月29日~2月1日Tel:34-954-478700
Rie
ヒターノにホッとする妙
2009年1月22日
セビージャの大部分の地域においては、パジョとヒターノは違う人種として認識されています。
セビージャの場合、ヒターノによる犯罪率が非常に高かったのもその垣根ができてしまった原因だと思います。
また、都市部であり、地方から出てきた人々によって人口が増えるに連れ、生活レベルによって居住区が別れる傾向にあり、結果として、ヒターノ居住区が出来てしまったことも原因の一つです。
また、ヒターノがヒターノだというだけで、(レベルはひどいにせよ)無料で居住や医療が保証されていたりするのも、パジョの反感を買ったのかとは思います。パジョの払った税金でヒターノを保証しているということになりますから。
でも昨今。これだけ異国の人が入ってきてしまうと、パジョの私にとってもヒターノが一番の味方のような気がしてくるから不思議です。
このあいだも、友人のヒターノがロマーナ(ルーマニアのジプシー)にモノを盗まれそうになってるパジョを助けた場面に出くわしました。
彼は
「オレはヒターノだぞ、馬鹿にすんなよ」
つまり、“おれは悪だぞ。盗んでも盗まれないぞ!”というような意味。
とルマーノに言い、ルマーノが去って行くと、
「駄目だよ、パジョは甘いんだよ。もっと目を光らせて……」とその盗まれそうになっていたパジョに説教し、そのパジョも去って行くと、
私に、「リエは盗まれないよな。中国人はヒターノよりヒターノだからな」
つまり、“中国人はヒターノより人を騙すのが上手い”という意味。
と言うので、
「いや、盗まれないようにはしてるけど、私経済大国の日本人だよ」と言うと、
「ははは。まあ、リエはトリアーナ人だからな。まあまあヒターナだな」
つまり、“まあ気にするな、リエもまあまあ賢いぞ”という意味。
と言いました。
確かに、ヒターノと話す度に、“ヒターノはヒターノだなあ”と思うし、ライフスタイルの違いも感じますが、でもやっぱり気心知れたスペイン人の仲間だな、と思います。
言葉も普通に通じるし、思考パターンもだいたいわかるし、ヒターノのほとんどの人がフラメンコの話で盛り上がれます。
なんか、「トレスミル・ビビエンダは危険だ」という通説も、もうすぐなくなるかもなー、と思いました。
ちなみに「トレスミル・ビビエンダ」はフラメンコが盛んなヒターノ居住地区としてその名を馳せ、
いつのまにやら、フラメンコ好きな人が、「一目見てみたい!」という地区になっていました。
その他のヒターノ居住区よりは安全でもあります。
というか、その他のヒターノ居住区は、いまや、ヒターノもパジョも関係なく、危険な人々が住む地区になりつつあります。
Rie
あけましておめでとうございます。
2009年1月15日
新年明けましておめでとうございます。
本年も本誌とともに当コラムをよろしくお願いいたします。
私は新年早々、恐ろしく忙しい日々を送っております。
皆さんもときどき感じていらっしゃると思いますが、
現在の私はまさに、
「完全に私の許容範囲を超えているわ」
という状態です。
1日の時間は限られているし、削る時間にも限りがあります。
シャワーを浴びることや食事をすることに罪悪感を感じるくらい、
“やっつけないといけないコト”が多すぎるのです。
それもこれも新年の目標がいけなかったのかもしれません。
やはり、日本人の私。
年始にはいつもその年の目標とサブ目標を立てます。
去年の目標は「体力をつける」でした。
ジムにもいったし、検査もしたし、1年健康に留意して、
すこしは体力がついたかと思います。
こちらも持続しながら……
今年は
「お金を稼ぐ」
というのを目標にしました。
先祖代々江戸っ子の私は、まさに「宵越しの金は持たねえ」という家訓のもとに育ち、「金は天下の回りもの」と心から思っていました。
ところが昨年は、
「お金というのはコントロールしたり、動かしたり、自分の手でつくっていくものなのだ」
ということを学んだ一年であり、今年一年はちょっとお金と向き合ってみようと思ってみたのです。
そんなわけで、新年早々、“仕事”で忙しかったのはなによりなのですが、
これをどうやって許容範囲内に収めていくのか、というのが現時点では疑問です。
まあ、こうやって日々成長していくんでしょうね。
皆さんの今年の目標はなんですか?
Rie
!Felices Fiestas!
2008年12月25日
師走を乗り切って早くものんびりモードに入っている今日この頃、
みなさまいかがお過ごしですか?
スペインは12月30日まで働いて、これまた1月2日から働くため、
日本のようにビッグバケーションをとるところは少ないのですが、
今年は31、1日が水木曜日にあたったため、
金曜日休んで5連休にしているところは多いようです。
私もなんだかいつもの年よりはのんびりしているように思います。
さて、2008年はビエナルもあり、日本でフラメンコを観る機会もあり、
フラメンコについていろいろ考えた年でもありました。
このコラムにもいろいろ書いてみましたし、
そんなこんなで100回記念も行うことができました。
みなさまのご愛読のおかげです。
ありがとうございました。
フラメンコに限らず、
来年がみなさまにとって、たくさんココロ震わせられる年になりますように。
感動の多い2009年を過ごせますように、心よりお祈り申しあげます。
それでは また
un saludo flamenco!
天野里絵
セビージャとヘレスのヒターノ
2008年12月18日
ここのところ数度にわたって、ヒターノとパジョの相違点、溝、みたいなものを書いてきました。
それは、日本人のみなさんがフラメンコをやるときのベースに、役立てて欲しいと思ったからです。
別にパジョがヒターノを差別しているということではなく、ヒターノもパジョを差別している部分があるということ。それはお互いが「差別」という枠を越えて、「異」のものであるという認識があるということ。
でもここで一つ伝えておかないといけないことがあります。
スペインにも、ヒターノとパジョが普通に共存している場所があります。
ヘレスです。
ヘレスにいると、誰がパジョで誰がヒターノなんだかわからなくなるようなことがあります。
それくらい、みんな一緒くたになっています。
私はヘレスに暮らしていないので、まあ、奥深くまでは語れませんが、
でもみんな普通。
ヒターノもパジョもみんなセビージャよりは気さくだと思います。
フェリアもたいていどこのカセタにでも入れるし、
なんとなく居心地を良くさせてくれる人々が多い街です。
Rie
日本人がフラメンコを踊ることについてどう思いますか?
2008年12月11日
私が結婚する時、義理父に
「そうか、同胞と結婚するのか」
と言われました。私が
「同胞? えっと、私日本人なんですけど」
と言うと、彼は
「日本人て言うのはパジョだろ?」
と言いました。ずっとヒターノの世界で生きてきたパジョの彼にとっては、
世界はパジョとヒターノの二つに分かれているのでしょう。
(ちなみに彼は多くのヒターノに“パジョ”だと思われてて、
多くのパジョに“ヒターノ”だと思われていました)
フラメンコに従事するパジョの多くが、
「ヒターノではない」
ということを受け止め、乗り越えてきました。
「日本人がフラメンコを踊ることについてどう思いますか?」
という質問をよくみかけます。
日本人アーティストにとっては普遍的な質問なのでしょう。
この質問は、
カンテに関しては“言葉の壁”という面で違う意味を持つと思いますが、
踊り手、ギタリストに関しては、
「パジョがフラメンコを踊ることについてどう思いますか?」
の延長線であると私はとらえています。
もちろん、オランダにもルーマニアにもポルトガルにも……世界各地にヒターノがいるにも関わらず、スペインのヒターノだけがフラメンコをやるわけですから、フラメンコはヒターノのものではなく、パジョも合わせてスペインのものだと思います。
それでも、多くのパジョが「フラメンコ=ヒターノ」の図式の前に悩んできました。
今、たくさんの東洋の顔を持つパジョが「フラメンコ=ヒターノ」「フラメンコ=スペイン」の壁を前に悩んでいます。
でも、それはかつてスペインパジョも乗り越えてきた壁です。
フラメンコの魅力であり、最大の欠点でもあるのは、
『非常に寛容な文化だ』
ということ。新しいものを受け入れる懐が深いということです。
普通に、自然に、フラメンコを踊ったり弾いたりする日本人アーティストを見るたび、
「うーん。この良さを世界に知らせたい」と思います。
みなさんがんばってください!
Rie
バランスについて
2008年12月4日
フラメンコというのは、生活の中から生まれた文化です。
よくアンダルシアの人が、「あれは、学校で習ったフラメンコだよな」なんて
“上手いけどなにかが足りない”人に言う定番の言葉があります。
それは学校で習うことが悪いということを言っているのではありません。
“その人となりがみえる説得力に欠ける”ということを言っているのです。
その人となり、というのは、思想ではありません。
三島由紀夫が最終的に“思想”を切腹という“実演”で表現したように、
踊り手も、現実に近いところで表現しないと、一般の民衆には伝わりません。
歩く、泣く、叫ぶ、怒る、憎しむ、愛する、
そういうことを、どれくらい本気でやりながら人生を生きているのか。
その人間としての成熟、厚みが観客を動かします。
精神的に成熟していないスペイン人アーティストもたくさんいます。
でも、彼らは、精神的成熟度と、技術的成熟度が同じバランスで進んでいきます。
ただ、大人になってフラメンコを始めるケースが多い日本人の場合、
そのバランスをとるのが難しいように思います。
エバのように、人間として厚みがある哲学的な踊り手は、スペインでは稀少です。
でも逆に、大人になってから踊りを始める日本人だからこそ、
心が豊かな、人として深い状態で踊りをのばしていくことができるのではないでしょうか。
舞台上で“表現”したり“演技”したりしなくても、
踊っている人の心が泣いていれば、観客はそれを感じます。
踊っている人の心が笑っていれば、観客はそれを感じます。
舞台に出るときは、「恥」は自宅において、「心」は忘れずに持ってきてください。
日々の暮らしの中で、沢山経験をさせてあげた心を持ってきてください。
そして、舞台ではその「心」を惜しまず私たち観客に捧げてください。
私はそれが踊り手の務めだと思います。
Rie
下町! トリアーナ
2008年11月27日
今日、スポーツジムでアクエリアスを買いました。
1.20ユーロ。
私のお財布のなかには50ユーロ札が一枚と、20ユーロ札が一枚と1ユーロコインがひとつ。
20ユーロ札を出したらおつりがないと言われたので、1ユーロだけ払って、20センティモは“借り”になりました。
帰り道にかわいい帽子を発見!
10ユーロ。
今お財布のなかには、50ユーロ札が一枚と、10ユーロ札が一枚。
その後、子供のお友達のお誕生日プレゼントにネックレスを買って11ユーロ。
50ユーロ札を出すと、“おつりがないから支払いはいつでもいいよ”といわれたので、10ユーロだけ払って、1ユーロは“借り”に。
今お財布のなかには、50ユーロ札が一枚。
学校のお迎えまで時間が微妙に余ったので、ビールを飲みました。
1.20ユーロ。
50ユーロ札をだすと、またしても“おつりがないからいいよ。そのうち払ってくれれば”とのこと。
1.20ユーロ借り。
学校へつくと、募金のためのチョコボンボンを売っていました。10ユーロ。
50ユーロ札を出すと再び“おつりがないので、今度でいいよ”とのこと。
10ユーロ借り。
というわけで、
今日はいろいろお金を払わず帰ってきました。
トリアーナのこんなところが下町っぽくて好き。
しかし、いくら借りてるんだ?私。
Rie
アーティストを目指すのをやめて良かったこと。
2008年11月20日
私は一応それなりに、フラメンコの踊り手となる夢を持ってスペインに来たわけです。
でもまあ、いろいろあって、スペインで暮らす普通の女の子になりました。
踊りをやっていた頃は、踊りの舞台を見に行っても、
“なるほど、ブラッソは結構耳の前で止めていいもんなんだな”とか
“ああ、このソニケテはタンゴにも入れられるな”とか
“うわー。ブエルタであれだけ距離が出せるのはすごいなー”とか
まあ、そんなことを見ていました。
「フラメンコは表情をみるんだよ。踊り手の顔を見なきゃダメだ」
と大御所に言われたものの、つい気を抜くと、足に目がいったりしていたものです。“あ、顔だった顔だった”と思ってあわてて顔を見たり。
気づくとやたらコントラティエンポでリズムとってたり。(笑)
こういうことはプロの人でも同じなようで、
有名アーティストでさえ「新しいソニケテなんかは、自分では使わないけどあとでうっかり練習しちゃう」なんて言っています。
また、こういうのはどんな分野でも同じようで、
作家の高樹のぶ子さんもあるエッセイの中で、
「…久しぶりに文学云々ではなく誰かの小説を読み…」と書いてらして、
“ああ、やっぱりこの文章はうまいなあとか、構成を分析したりとか、しちゃうんだろうなあ”と思いました。
私は文章でお金をもらっているにも関わらず、こういう読み方を一切しないので文章力が全然上がらず、そりゃーもう、パセオの担当編集者塩川嬢にもいつも叱咤激励されています。
だから、ステージを見て、アーティストの一挙一動から学ぶというのは非常にいいことだと思います。
でも、それはビデオでもできるからね。
自分が「踊り手になりたい!」という立場から降りてフラメンコを見てみると、そこにはやっぱり深い世界があります。
それこそ、足がどうとか、手がどうとか、そういうこととは関係なく、その人の生き様が見える瞬間があります。
それは、手足などの細かいことに気を取られていると、逆に見えなくなってしまうものです。
せっかく生のアーティストを見るのですから、その時だけは、“練習生”という殻を抜け出して、アーティストと一緒に彼らの生きてきた軌跡をなぞってみるのも楽しいと思います。それくらい濃いものが、ステージから流れてくるはずですから。
Rie
自分のルーツを見つけよう
2008年11月13日
フラメンコアーティストというのは、どうしてもお国柄がでてしまうものです。
それはそのまま、スペインの風土、気質でもあります。
スペインはそれぞれの地域で自分たちの文化を非常に大事にする傾向があり、
その結果として、人から食まで、一つの国内で地域ごとにずいぶんとバリエーションがあります。
フラメンコアーティストもその例に漏れず、なんだかんだと言っても、結局
「やっぱりヘレス出身だな」とか、
「やっぱりカディス出身だな」とか、
「やっぱりウトレーラ出身だな」とか、
「やっぱりセビージャ出身だな」とか、
「やっぱりヒターノだな」とか、
まあ、限りなくそのルーツというものが見え隠れしてしまいます。
そんななかで、明らかに外国人の日本人はどうしましょう。
「やっぱり日本人だな」
というのはなんとも淋しい気がしませんか。
私は日本国内の自分のルーツを見つめた上で、
スペイン内での一つのルーツを貫くのがいいと思います。
パジョが「私ヒターノが好きだからヒターノになる」といっても無理なように、
日本人も、「そのスタイルが好きだから」というだけでは説得力に欠けたルーツしか築けません。
例えば、
「私はずっと掘っ建て小屋に親戚一同10人程度で暮らしてて、そのうち3人くらいは刑務所に入っているし、母親は新聞が読めないし、弟が麻薬の売人になる前に、カンテの仕事が見つかって良かった」
みたいな日本人が、ヒターノのスタイルに共感し、スペインでいつも彼らと行動し、
ヘレスなり、セビージャなり(ヒターノも土地によって、置かれている立場やカラーが異なります)のヒターノのスタイルを自分のルーツとして、そこに自分のフラメンコを確立していく。
ということであれば、それは充分説得力が持てます。
ヒターノに限らず、どの地域のスタイルにせよ、自分のルーツの一部、あるいは延長線上で感じられるスペイン内でのルーツを確立するべきです。
そうやって、スペインのどこか特定の地域の中で自分の存在が自然に透過されていれば、
その地域をルーツとして芸術を学んでも、
そこに、自分が生きてきた全ての経験が重みとして投影できると思います。
最近の日本人フラメンコアーティストの中には、そういうことが自然に出来ている人がだいぶ増えてきました。
彼らがスペインでも活躍してくれるといいな、と私はセビージャの片隅で思っています。
Rie
野外ステージのロサリオ
2008年11月6日
今日はセビージャ大学構内で、
フラメンコアーティストのロサリオ・トレドが踊るというので、
観に行ってきました。
バイクでプルーっと行って、
30分あまりのステージを観て、(無料)
またバイクでプルーっと子供を迎えに行きました。
なんか、こういう身動きのとりやすさはセビージャのいい所です。
ステージは中庭のオープンステージ。
観客はみんなコートにマフラーでしたが、
ロサリオはビスチェで登場。
ダビ・パロマと二人きりのステージでしたが、よく作られていました。
チュチュででてきてトゥシューズでちゃんとバレエを踊ったロサリオの底力に驚き、
そのチュチュを脱ぐ途中の過程で、バタが巻き付いたように魅せた演出に魅了され、
パンツで踊ったシギリージャに酔いしれ、
シージョを巻いて踊ったソレア・ポル・ブレリアに圧倒されました。
その中庭は普通に学生の通り道で、
立ち止まる人もいれば、通る過ぎる人もいて、
前から観てる人もいれば横から観てる人もいて、
ギターもなく、照明もなく、
ショーをやる環境としては決して良くないその環境で、
観ている人をぐいぐい引っ張って行く、
彼女の吸引力の強さに嬉しくなりました。
この踊り手さんは、ものすごく上手いけど、なんか親しみに欠ける。
というころからずーっと観ているので、
こういう風に観客を惹き込む力がどんどん強くなってゆくのをみるのは、
たまらなく嬉しいです。
Rie
フラメンコが普遍の共通語になることを夢見て
2008年10月23日
先週、
「大衆の中での個人へ向けられた助言の言葉というのは、届く人にしか届かない」
と書いた。
でもそれは純粋に個人へ向けられた言葉でも同じだ。
例えば、
“絶対二股かけられてるし、お金もせびられてる上に、ときどき殴られてるのに、なんであんなやつとつきあってるの???”
という状況にある親友に、どんなに「別れたほうがいい」と言っても無駄なように。
結局のところ、そういうことは本人が、本人の人生の中で気づいていくしかないのだ。
それでも私は言いたい。
今は通じなくても、いつか通じるかもしれない。
あるいは結果的に私が間違っていて、
例えば上の例なら、彼がいい人に変わって彼女が幸せになるかもしれない。
それでも、今の私で真っ直ぐぶつかることが、私の誠意だと思うので、私は言う。
それはフラメンコでも同じこと。
私はフラメンコにすごく精通しているわけでも、フラメンコの神様でもない。
それでも、みんながフラメンコに近づけるように言いたいことがある。
それが叩き台となってもいいから、みんながフラメンコを自分の人生の一部に、本当に心から身近に感じるエッセンスになってくれればいいと思う。
そんなわけで、最近のこのコラムはフラメンコのことばかり書いている。
“フラメンコ”というのが、世界においてひとつの普遍の価値観であるといいな、と思う。
“OK”がどこの国でも通じるようにね。
Rie
言葉の力
2008年10月16日
言葉の力は時に強いと思う。
駆け出しのアーティストが、著名な批評家のささやかな批判の言葉に将来をつぶされることもある。
また、逆に、たまたま新人を発掘して褒めたい風潮の時期にデビューして、大絶賛を浴びて、スターへの階段を駆け上る人もいる。
そういったチャンスや運も本人の資質の一部だとは思う。
問題は聴衆である。
結局のところ、“たいしてよくわからない”し、“たまにしかいかない”から、いいと言われたものは見に行ってみたい。
そして、たいしてわからないのに見に行くから、「なるほど、これがいいものか」と思って帰ってくる。
悪いと言われたものを見てしまった場合は、「ああ、あれは悪い例だったのか」と思う。
当然、それが大衆であるとは思う。
それでもひとりひとりが芸術を評価できる人間であって欲しいと思う。
「何が自分の心に刺さるのか」
いつも自分を見つめられる人間であって欲しいと思う。
でも、こういうときの言葉の力は時として弱い。
大衆の中での個人へ向けられた助言の言葉というのは、届く人にしか届かないからだ。
それでも私は繰り返して言いたい。
どんな時でも自分の価値観を信じられる聴衆でいてください。
そのために、自分の感性を磨いてください。
聴衆はアーティストを育てる大きなゆりかごだからです。
Rie
私が日本のフラメンコに求めるもの
2008年10月9日
私は日本のフラメンコはスペインのフラメンコにはまだかなわないと思っている。
そういうことを言うと、
“いや、日本のほうが裾野は広い”とか、
“日本だって、普通のスペイン人より上手い人がたくさんいる”とか、
“日本には古くからフラメンコが根付いている”とか、
まあいろいろいう人もいて、それはいちいち正論だと思う。
でも、日本にはエバ・ジェルバブエナに匹敵する人はいない。
“そりゃー。日本人だもん”とあなたは言うかもしれない。
そこで逃げてどうする。
私は心から、スペインをもリードするような日本人アーティストが登場して欲しいと思っている。
本当に心から思っている。
スペインに暮らしていて、年中腹がたつのはこんな会話だ。
「日本はフラメンコが盛んなんだよね」
「日本人が踊るのを観たことがあるけど、本当に上手いよね」
「でも、アイレはないね。やっぱりあれは持って生まれたものだからね」
“なにがアイレだ。
フラメンコもよく知らないくせによく言うよ”
と私はよく思う。
スペインにだって、フラメンコをわかっている人とわかっていない人がいる。
黒人にだって音痴がいるのと同じことだ。
日本人のほうがよっぽどフラメンコに愛情を持っている人が多いと思う。
でもスターがいない。
スペイン人をも感動で黙らせるようなスターがいない。
日本人の感動的なアーティストの出現をいろんな意味で期待している。
私の生きている間には可能なんじゃないかな。
みなさん、がんばってください。
よろしくお願いします。
Rie
マリオ・マジャ没す
2008年10月2日
2008年9月27日土曜日
長い闘病生活の末、セビージャの自宅で息を引き取りました。
ステージフラメンコに偉大なる貢献をしたマリオ・マジャ。
ヒターノで、バイラオールで、バイラリンで、偉大な振付け家、
そしてよき指導者でもあったマリオ。
71歳でした。
冥福を祈ります。
今週の月曜日、愛娘(血はつながっていないが、小さいときから思春期まで育てた)イサベル・バジョンのステージに立ったマティルデ・コラル。
“マリオ・マジャに捧げる”として、
今や一人のモンストロ(=怪物。極端に才能のある人)となったミゲル・ポベタのカンテに乗って踊った。
私は彼女を個人的に知っている、という部分ももちろんあると思う。
でもそれだけじゃない。
手が震え、思うように歩けないほどの老人となったマティルデが踊る。
大きく手を広げ、ささやかな動きだけで完璧なコンパスをみせてくれる。
今の若い人だって、あんなささやかな動きでコンパスのうねりを出せる人は少ない。
そのうねりは確かで大きく、そして優雅だった。
それだけでも、彼女が偉大なるアーティストであることを感じさせてくれる。
でもそれだけじゃない。
彼女の踊りには愛が溢れていた。
本当に愛が溢れていた。
その愛に、ミゲルが、イサベルが、全ての共演者が、そして全ての観客が応えた。
まだビエナルは終わっていないけど、多分一番「ビエナル」な瞬間だったと思う。
その場に居合わせたことを、本当に幸せだと思う。
フラメンコのステージを見て、泣きに泣いたのはずいぶん久しぶりだった。
そういえば、最後に軽く泣いたのは、ミゲル・ポベタのステージだった。その時、ステージの上のミゲルは私なんかよりもっと泣いていたけど。
うん。どちらもすごくいい夜だった。
Rie
外国人として。
2008年9月25日
アリコのビエナルプログラム初演をみてきました。
すばらしいステージでした。
正直に言って、改善するべきところはたくさんあります。
スペインでも通用する、真の踊り手の粋にはまだ到達していないことも確かです。
でも、向かっている方向性がはっきりと見えたこと。
1時間のステージを、単なるタブラオのクワドロではなく、
作品として昇華させようとしたことは称賛に値します。
スペインで外国人が活動していく場合、
オーソドックスなフラメンコをステージに乗せていくのがほとんどです。
それは、
劇場ではなく、タブラオなどのスペースで活躍するケースが多いこと、
良い固定メンバーにめぐり逢いにくいこと、
練習時間が多くなると、踊り手の経済的負担が高くなりすぎること、
外国人だからこそ、オーソドックスなもののほうが、観客に受け入れられやすいこと、
などの理由によります。
そういうなかで、チームを引っ張り、批判も恐れず、やりたい世界を貫きとおした彼女の逞しさに感動しました。
スペイン人の彼がいるわけでも、マネージャーがいるわけでも、監督がいるわけでもなく、
ここまでやるのはなかなかの精神力です。
こういうアプローチをしている外国人は稀有だということも含めて、
今後も精進し、新しい市場を築いていって欲しいと思います。
そして、もっとたくさんの日本人がスペインで活躍し、
いつか、エバのような踊り手が、日本人の中から登場することを、
心より望んでいます。
Rie
ビエナル開幕
2008年9月18日
ビエナル始まりました!
最近のフラメンコの傾向として、「劇作品を作る」というのがあります。
クリスティーナ・オヨスなどはずっとこのスタイルで作品を作ってきたわけですが、だからこそ、「フラメンコ度が低い」などの批判もうけてきたわけです。
作品のほうが批評家の評価が高い、一般の人も見やすい、などの利点はわかりますが、2年に一度のフラメンコの祭典です。フラメンコ漬けになりたいと思うのは私だけでしょうか。
どのチケットを買っても、全部普通のフラメンコでいいじゃないかと思います。
バリエーションというのは、アーティストの個性で彩られるものであって、作品の演出に彩られるわけではありません。
例えば、先日のロサリオ・トレドとアナ・サラサールの「pasos para dos」。
カディス出身の女性二人、今をときめく踊り手のロサリオと歌い手のアナ。
男運がない二人が、酔っぱらって二人でフィエスタをするところから始まったステージ。
水の通路が創られたステージに、カディスの海の音が流れ、可愛い酔っぱらいが歌い踊る。
もう私は一目で魅了され、続くミニスカートで踊ったコケティッシュなアレグリアスにも盛大な拍手を送りました。
しかし、それはこれが前座だと思っていたから。
そのうち、フラメンコが始まると思っていたから。
結果は、延々とフュージョンフラメンコの音楽に乗せて、コンテンポラリーなフラメンコを披露した二人。
しかも、踊り手としてはレベルに著しい差があるロサリオとアナが同じ比重で踊りを踊る構成。
1時間ちょっとの短い舞台がこんなに長く感じられるなんて思っていませんでした。
凄腕演出家のペパ・ガンボアの作品だっただけに、本当にがっかりして帰ってきました。
「なんでロサリオがいまだにテアトロ・セントラルなの???」と怒って観に行ったものの、
「うん、これはテアトロ・セントラルじゃないと駄目だ」とある意味納得して帰ってきました。
ものすごく練習して創ってきていたのもわかるし、
ロサリオのシギリージャも悪くはなかったのですが、
“アナが歌ってロサリオが踊る”オーソドックスな普通のフラメンコのほうが、
ずっと心に届いたと思います。
私はこっちに住んでいるから、いつでも見れるけど、たまにしかこれない外国人の立場だったら、もっと残念に思ったと思います。
でも、愛しのロサリオはさらに成長していました。
こんなにうまくて、まだ育つのか、と思うけど、育つんですねー。
カディスの風を感じさせる、明るくてキュートな踊り手。
カディス出身では一番の踊り手になったのではないでしょうか。
うーん。この最後の一文は今週末のサラ・バラスを見るまで保留にしておこうかな。
Rie
がんばってます。日本人!
2008年9月11日
パセオ本誌にて青柳裕久君が書いていますが、
萩原淳子さんにセビージャのペーニャの仕事が入りました。
屋良有子さんにも、ビエナルの補完プログラムで踊る仕事が入りました。
中田佳代子さんもバルセロナのタブラオで踊る資格をもらいました。
うわー。みんながんばってるなー。
と本当にうれしく思います。
とくに、本当に長く深く知っている屋良有子(以下アリコ)に仕事が入ったのはすごくうれしい。
ちょうどコンクールで良い結果が出せなかったときだったので、そういう意味でもとてもうれしい。
しかも、その評価を受けた舞台を子どもたちと一緒に観に行っていたので、よりうれしい。
「あの時観た、あの舞台が評価されたのか」とわかるのがとてもうれしい。
それはある会場で行われているフラメンコの催しで、毎週違うグループが踊っていた。
踊り手が一人の場合もあれば、2人の場合もあるが、そうやって毎週たくさんの人が踊っている中から、4人が選ばれた。
ビエナル期間中にこの4人が順番に4つの会場を回る。
つまり、アリコは4カ所で、ピンで舞台を務める。
踊り手一人で一時間の舞台である。
彼女が何のコネもなく(コネは結構大事な国です)
多々いた出演者の中から選ばれたというのは、本当にうれしい。
そして、毎回のチャンスをキチンと自分の糧にして、
いろんな意味で素直に成長しているアリコが、私は誇らしい。
次回もきっと成長が観られると思うから、また楽しみに観に行こうと思う。
Rie
祝! 100回記念。
2008年9月4日
おかげさまで、このコラムも無事100回を迎えることができました。
本当にありがとうございます。
幸せです。
毎週楽しみに読んでくださっている皆様。
こういう自由に書ける場所を与えてくださった小山社長。
お忙しい中、一番の読者として励ましてくださっているHP担当の塩川さん。
また、平素よりお世話になっている谷口編集長、野島元編集長。
本当に本当に、みなさんに感謝しております。
今後とも、より実のあるコラムになるように精進して参りますので、
何卒ご愛好ください。
本当に、ありがとう。
Rie
今ロエベが旬!
2008年8月28日
みなさん。ロエベ(Loewe)はお持ちですか?
ロエベはスペイン王室御用達と言われている、
スペイン最高級ブランドです。
ロエベの最大の魅力はその革。
皮と一口に言っても、実は何層にも別れています。
ロエベは内臓に一番近い部分の皮のみを使用しています。
対象動物全体の皮の量のなんと2%にしか満たない部分。
その柔らかい肌触りは革の認識をくつがえす滑らかさ。
そして、その軽さには目を見張るものがあります。
ちなみにロエベでもいろいろなタイプの革加工品を作っています。
ロエベ内でnapaと呼ばれている加工品がその柔らかさと軽さを一番満喫できます。
ただ、今までのロエベは「あくまで定番」というデザイン展開で、
「質は最高にいいし、コストパフォーマンスも非常にいいんだけど、デザインがねー。地味なのよねー」
というブランドでした。
ところが今年の頭から入った新デザイナー“スチュアート・ベバーズ”はすごい!
上品感溢れる繊細なものから、アバンギャルドなものまで、ありとあらゆるユーザーに対応できるようなデザイン展開!
とくにパーティーバックはどれもこれも可愛いです。
これは商品展開数がすごく少ないので、カタログやWEBには載っていません。
暇があったらショップを覗いてみてください。
ほんとに可愛いから!
今年の夏は、ロエベユーザーになって15年。
初めて一目惚れしたバックがありました!
たくさんの蝶々がバッグに止まったような、揺らすとふわふわ飛んでるような可愛いデザイン。
しかも、すべての装飾にベースと全く同じ素材の革を使った事で、すごく上品に仕上がっていました。
色は爽やかな薄い青に白が混じった色。
ワニ革系の加工が施してあるので、色に動きがあります。
1500ユーロ。
……買えませんでした……。
350ユーロのお財布買って帰ってきました。
(これだって結構思いきって買った)
風水で金回りが良くなると言う
「黄色の長財布」
を買ったので、これで金回りが良くなって、
買えるといいんだけどな。
久しぶりの物欲だったんだけどな。
Rie
ああ。スペインだ。
2008年8月21日
じつはしばらく日本に帰っていて、先日帰国しました。
一足先に帰国していた夫が迎えにきているはずだったのですが、
空港のロビーにでると夫の姿がありません。
私は立ち止まる事もなく、電話ブースへ直進しました。
すると、途中で、
「あ、奥さん! ご主人が探してましたよ」
と声が。
落ち着いて声の主をみてみると、なんとラファエル・カブレ(カンタオール)。
声のボリュームと、もう120%ヒターノ!というヒターノぶりでもっている彼。
歌い手としてはとくに好きではありません。
でも、普通にいい人ではあります。
「あ。こんばんは」
と答えると、“ちょっと待ってて”と自分の荷物は置いたままで、
夫を呼びにいってくれました。
もちろん、街まで乗せていって欲しいという下心があっての行動。
でも、荷物を車にあげるのも手伝ってくれたし、言葉遣いもあくまで紳士的。
おまけに、帰り際には「スパイダーマン2」のDVDまでくれました。
子ども達は大喜び。
まったくもって、帰ってきた途端「スペイン」です。
タクシーに乗っても25ユーロ程度の距離。
私たちを手伝う労力や、DVDに匹敵する金額とも思えません。
でも、そこがスペイン。
お金を払うより、モノを交換したほうが楽なような価値観がまだ残っています。
もちろん、タクシーにお金を払ったらそれまでだけど、
DVDならあとで「返して」ととりにくることも可能です。
でも、たぶんそういうことではないんです。
この国、とくにアンダルシアでは、
持ちつ持たれつ
というのが今でも普通に生きています。
こんな人との距離感が、私は好きです。
Rie
追伸:
ちなみにカブレはフィンランドでの仕事の帰りでした。
動詞の活用いりません!(2)
2008年8月7日
前回に続いて、
動詞の活用いりません! partⅡです。
このように、動詞の原形を後にとる言い回しというのは結構あります。
《欲しい》querer、一人称はquiero,二人称はquieres
「quiero comer」= 食べたい。(おなかすいた、という感じ)
《~しよう》という使い方(動詞 ir + aを使った表現)一人称はvoy,二人称はvas
「voy a comer」=食事するわ。
《できれば)~したいわ》
一人称「me gustaría ~」
二人称「 te gustarías ~」
など。
これらを使って、こんな例文が作れます。
「あああ。時間ない!」
tengo que
llegar allí a la 1.=あっちに1時に着かないといけないの。
¿quieres
comer algo? = 何か食べたい?
si, me gustaría
comer algo.= そうね。(できれば)何か食べたいわ。
¿vamos a
comprar una bocata? =ボカタ(スペイン風サンドイッチ)でも買う?
全て動詞の原形を流用しているのがわかるかと思います。(赤字部分)
これと全く同じ流れで、動詞だけを変更してこのような例文もつくれます。
「具合悪くなっちゃった!」
tengo que
tomar pastillas=薬を飲まないといけないの。
¿quieres
sentarte algún sitio? = どこかに座りたい?
si, me gustaría
sentarme un poco.= そうね。(できれば)ちょっと座りたい。
¡vamos a
coger este banco! = このベンチにしましょう。
いかがですか?
これなら、動詞の原形さえ調べれば、ずいぶん会話に応用できます。
それでは また!
Rie
動詞の活用いりません!
2008年7月31日
一夜漬けでスペイン語を話そうと思って、何が大変って、動詞の活用です。
現在形で6種類変化する上に、時制の種類もたくさんあります。
変則動詞もあるし……。
「あ゛ーーもう絶対無理!
真面目に勉強しとけばよかった……」
なんてことになりがちです。
でも大丈夫。
今回は動詞の活用が必要ないシリーズを紹介します。
たとえばこれ。
《tengo que ~》~しなければならない。
このtengoというのは直訳=“持つ”という動詞。
queをつけると上記のような意味になります。
旅する=viajarという動詞の原形をくっつけて、
「tengo que viajar」=旅行しないといけないの。
出掛ける=salirという動詞の原形をくっつけて、
「tengo que salir」=でかけないといけないの。
このtengoはtenerという動詞の一人称単数です。
相手に聞くときは二人称単数に変化します。
「tienes que salir?」=でかけないといけないの?
いろんな動詞をくっつけるだけで、帰らないといけないの、食べないといけないの……など簡単に話すことができます。
次回はこのシリーズ第2弾です。
Rie
ニックネーム
2008年7月24日
さて。毎夏恒例のスペイン語レッスンの時期が来ました。
今年はビエナルもありますので、スペイン語を学びたい人も多いかと思います。
さて、今日は、ニックネームです。
「ホセの家に遊びに行ったらさー、彼、家族にはペピートって呼ばれてるんだよね」とか、
「パコって、学校の友達にはフランって呼ばれてるらしいよ」なんていうのは良くあること。
スペインの人名はその名前ごとに数種類のニックネームが決まっています。
良く耳にする、パコ、ペペ、などは本名ではありません。
一覧にするとこんな感じ。
francisco-- fran, quico, paco, curro
jose -- pepe, pepote, pepíto
antonio -- toni
enrique -- quique
ignacio -- nacho, igna
manuel -- manolo, manú, lolo, manolito
alfonso -- fonsi
alejandro -- alex
この他に、最後が「~ito」や「~te」になるような、お決まりの変化もあります。
しかもスペイン人の場合、名前が二つ連なっている場合も多いので、場所によって全然違う名前で呼ばれている場合もあります。
たとえば、地元でみんなに「クーロ」と呼ばれている友人が、新しい勤め先では「ハビ」と呼ばれていました。
彼の本名はなんでしょう?
「フランシスコ・ハビエル」です。
日本にも同じ名前の人が、キリスト教を伝えにきましたね。
それではまた!
Rie
自転車
2008年7月10日
私の友人ヴィクトリアは、独身貴族である。
彼女は一度も働いたことがなく、親の残してくれたアパートの家賃収入で暮らしている。
というと、さぞお金持ちのようだが、
「子供もいないし、自分一人だから暮らせる程度の収入なのよね」
と彼女は言う。
「私は1963年生まれの45歳よ」というビクトリアだが、本当は絶対50歳を過ぎてると思う。
いつもおしゃれをして颯爽と街を歩いているけど、その持ち物が全部、偽ブランドものだという事を、私は知っている。
バッタもんに全身を包まれても、すごく上品に見える彼女がすごい。
そして彼女はわりと気前もいい。
運動のために飼った犬に引っ張られて転んで怪我をし、犬を手放したときは、
ペット同伴okのホテルガイドをくれた。
再び運動のために自転車を買ったら、転んで怪我をしたので、と今回は自転車をくれた。すごく立派な自転車。
自転車の鍵のキーホルダーを見て、私は笑った。
バッタもんのベンツのキーホルダーだったからだ。
私はこんなビクトリアが結構好きだ。
Rie
やっぱりすごい。山田康雄
2008年7月3日
スペインでは本当に毎日大量なアニメが放送されていて、そのほとんどが日本製です。
誰が訳をやっているのか、セリフは非常にスムーズで、その翻訳レベルはものすごく高い。
cariñoとか、hijoとか、mi almaとか日本語では訳がないような日常的な言い回しも上手く入っていて、もとの日本語がなんなのか気になるくらい。森高千里とか日本の著名人がでてきたときは、イサベル・パントッハとかクラウディア・シファー、とかわかりやすい有名人に変えてるし、ゴロ回しのギャグなんかは上手い具合にスペイン語のゴロ回しに変えている。思い切って直訳から離れて、スペイン人が笑いやすいように工夫した訳をしているのが非常にいい。
声も、あまり違和感のない声優があてられていて、オリジナルを知っている私も楽しめる作品がほとんどです。
ところが、最近始まったルパン三世。
声が全然違う。ルパンがただのクールな盗賊なのです…。
まだジャケットが緑色の初期の作品なので、そのハードボイルドな画風と相まって、なんともシリアス…。
「ふーじこちゃーん」とか「るぱーんさんせーい」なんていう軽さが全然ない。
っていうか、冷静に考えたら、ひとつのアニメのキャラクターをあれだけ個性豊かに演じた人は他にいなかったように思います。人気も出たわけですね。
改めて山田康雄さんのすごさを思いました。
Rie
再び砂漠へ行ってきました。
2008年6月19日
今回はラクダにものりました。
先頭が私。
いい経験でしたが、乗り心地は良くなかったです。
意外にも良く揺れ、左右だけでなく前後の傾斜も激しく、
気が抜けません。
動物にのるっていうのは、そういうことなのでしょうね。
素敵なホテルにも泊まったし
お星様の下でも眠ったし。(屋外)
砂漠で頑張る草木や
動物にも励まされました。
今回も車いっぱいプレゼントを持っていったけど、いくら持っていっても足りないなーと思いました。
日本でも、山間部なんかに行くと、こんな感じなのでしょうか。
ものをあげたら喜んでもらってくれる人がいるのでしょうか。
今回のトピックスは、生まれて初めて、
本当にお願いごとができるくらい長ーい流れ星を見たこと。
でも、あまりの美しさに呆然として、お願いごとはできませんでした。
そんなものなのかな、人生って。
また頑張って、砂漠に行こう!
Rie
ヒターナフアナが死んだ。
2008年6月12日
私にもヒターナの知り合いはいるが、そのほとんどはアーティストだったり、アーティストの家族だったり、普通の会社勤めだったりで、ヒターノの中でもエリートの部類である。
そんななか、フアナはただのヒターナだった。
毎日夫の作った籠や、カーネーション、ジャスミンを売って暮らす日々。
とても汚い格好で、ものを売って歩く。
私は独身の頃から彼女からは物を買ってあげていて、結婚してからは、夫がよく物を買ってあげていた。
籠なんか、たいして必要でもないのに、ずいぶん買ったと思う。
一度、もう使わないテレビをあげに自宅まで行ったら、意外に大きい、きれいな塗装のされた家に住んでいて、少しびっくりした。
彼女の夫は入り口に座って、黙々と籠を編んでいた。
昨日、彼女の姪っ子が来て、
「フアナが死んだ」と言った。
48歳。脳溢血である。
延々と働き続けた人生だったと思う。
一番下の子はまだ6歳くらいだと思う。
姪っ子は「伯母が良くしてもらっていたので、伝えておこうと思って」と言った。夫は彼女に2ユーロあげた。
この姪っ子は私たちの結婚式にも来てくれた。
フアナにジャスミンの花を配るように頼んだら、服がないから、姪をよこすと言って、彼女が来た。
ものすごいお洒落をして来てくれて、女性客にジャスミンを配ってくれた。私たちは1万ペセタ払った。
やれやれ。
人が死ぬときはなんてあっけないんだろう。
「私、最後にフアナに会った時、お金あげなかったかも……」と心が痛んで言ったら、夫が、
「俺は2ユーロあげたから大丈夫だよ」と言う。
少しすると、フアナの姉も来た。
“フアナが死んだから、なんか買ってくれ”と言う。
これがヒターナだ。
心から彼女の冥福を祈る。
Rie
太っ腹のススメ
2008年6月5日
我が家でフラメンコフィエスタをやっている時に、たまたま私の友人の知り合いだという日本人カップルがやってきた。
ギタリストとバイラオーラのカップル。
最初は普通に座って食事をしていた彼らが、ずーっとフィエスタをしている一角を見ていたので、紹介してあげると、彼らも輪の中に座った。
途中その日本人の彼がギターを弾くシーンなどもあり、楽しそうに過ごしていた。
そろそろ閉店の時間が近づいてくると、その日本人カップルは自分たちのお会計を済ませ、「すごく楽しかったです。短い期間でこんな経験ができると思いませんでした。ありがとうございました」とお礼を言ってくれて帰っていった。
正しい。
でも私は正直、とても驚いた。
アンダルシア人だったらこれはない。
なにが?
“アーティストに一杯もおごらない”ということがだ。
それは『フィエスタに入れてもらったから、おごらなくちゃいけない』っていうことではなくて、アーティストを目の前にすると、『うわー。すげえな、オマエ。Qué arte!! おごるからなんか飲めよ』っていう気持ちになっちゃうのが、この辺の人たちなのである。
だからこそ、フラメンコがここまで育ってきたとも言える。
先日某タブラオで日本人カンタオールが歌った時、(ごめんなさい。私はパストーラ・ガルバンを見に行ってしまいました…)
パセオ本誌でも活躍中の堀越千秋さんがいらしていたそうで、
みんなが帰る前に、カンタオールの知り合いのテーブルの支払いを済ませてくれていたそう。
私はこの話を聞いて、一気に堀越さんの好感度がぐわーっとアップした。
これくらい太っ腹の人だからこそ、フラメンコの本髄に触れられるのである。
太っ腹は絶対人間を大きくする。
(それで必要経費の支払いが遅れてしまってはいけないのですけど…)
というわけで、個人レッスン代を1時間分節約しても、時にはアーティストにごちそうしてあげてください。
スペインアーティストでも、日本人アーティストでも構いません。
特に日本の場合は、アーティスト、あるいはセミアーティストが、アフィシオナードの主流でもありますので、ときにはアフィシオナードになりきって、アーティストにごちそうしてあげてください。
そういう太っ腹な人は、絶対将来いいアーティストになります。
いいアーティストの人たちはほとんどが太っ腹ですもの。
Rie
伝説の男の最期
2008年5月29日
私の義理父は1950年代にセビージャ郊外にフラメンキートの集うバルをオープンした。
たくさんのヒターノで埋め尽くされた店内。ドラッグ、喧嘩、などなど、問題は尽きなかった。それでも義理父はフラメンコを愛し、ヒターノにも敬意をもって接し、その店は、当時は数少なかった生のフラメンコが体感できる場所として有名な場所となった。
セビージャはもちろん、他地区から公演に来たアーティストも必ず顔を出す店。
彼はフラメンキートの誰もが知る男となり、一時代を築いた。
80年代末には店をトリアーナに移し、90年最後の年に彼は倒れた。
以来、現在でも車いすに座ったまま、家から一歩もでない生活をしている。
私はアーティストと知り合いになる度に、義理父のことを聞くが、本当にみんながみんな知っている。ヘレスのパリージャのタブラオでは、「俺たちの仲人だよ!!」と家族みんなで、何者でもない私を歓迎してくれた。マドリレーニョのエル・グイト氏だって、「大親友だよ」と言ってくれた。
本当にカリスマがあった人なんだと思う。
そして今はただのくたびれた老人である。
私の日本の祖父は、大いに遊んだ人ではあったが、有名になったり、カリスマがあったりするような人ではなかった。
でも、92歳でその生涯を閉じるまで、毎日自転車で将棋をうちに遊びに出掛けていた。
運命というのは逆らえないものもあるんだな、と思う。
Rie
“自然”の定義
2008年5月22日
義理の父が、今週足を切断しました。
もう8年も車いすの生活で全く運動をしていないので、足に血液が回らず、壊死になったためです。
今のところ片足だけの切断ですが、もう片方の足も、あまり先行きは明るくありません。
“壊死の病原菌が血液に転移すると、体中に回った結果、死を招く”ということで、切断に至りました。
本人に切断の意志がなかったため、通常よりは遅い時期の切断となりました。
日本で足を切断している人がどれくらいいるのかわからないのですが、
こっちに住んでいると、膝下がない人は結構います。(本当は膝のちょっと上を切断します)
義足をつけて頑張っている人もいるし、車いすで生活している人もいます。
そういうわけで、周りの人の反応は
“あら、可哀想に。残念だったわね”
という感じで、
“えーーー。足を切ったのー!!!”
という感じではありません。
結構アドバイスをくれる人もいます。
どこに介護の人を頼むといい、とか
もう無いはずの足が痛んだりするから、そういう時はどのように対応したらいい、とか、
子供の学校の同級生の親も、心配して電話してくれたり、子供を預かろうかと声をかけてくれたりしました。
こういう
『本人や家族にとってはオオゴトだけど、現実的にはそういう環境の人はそれなりにいる』
というような状況に接した時のセビージャの人たちの反応は、
大げさにするでもなく、本当に自然でとてもほっとします。
これはいろんなことに共通していて、
ダウン症の人などを含む、身体障害者の人に対してもすごく自然。
精神障害者や、老人やその他、もろもろの弱い人に対しても同じ。
特別親切にすることもなく、でもできないことはいたわってあげます。
スラングを特別控えたりするわけでもないし、
その人の生き方についての意見なんかもするし、
でも、信号は一緒に渡ってあげたり、
食べるものを買ってあげたりします。
驕ったり、見下したり、というのが全然ないこの町に住んでいると、
そういう“自然に接する”というのがすごくいいなーと思います。
日本のように細かく別れた敬語がないのも、
こういう面では良さを発揮しているのかもしれません。
(念のため言っておきますが、セビージャはすごく敬語を使う街です)
嫉妬や妬みというのはそれなりにありますが、
人が人を裁くという意識はありません。
愚痴だって言いますが、基本的には
それぞれに与えられた運命を不公平もろとも受け入れて生きていくような逞しさがあります。
この街は、
“私も頑張ろう!”
と素直に思わせてくれる街です。
Rie
「凡人」バンザイ!
2008年5月15日
先週の続きで、他人のブログをいろいろ覗いてみて思ったことがあります。
それは、「ちょっとでも特別な存在になりたい」と思っている日本人が、割に多いのではないかということ。
そもそも生きるというのは結構普通のことです。
みんな働いて、みんな結婚して、みんな子どもを育てて。
そういう意味ではみんな「凡人」。
だからこそ習い事をしてみたり、趣味の世界で「凡人」からの脱出を試みた人々がいました。
「ケイコトマナブ」なんかが売れまくった時代ですね。
そして現在。
「仕事でも、主婦でも、母でも、趣味でも、結局のところどれも「凡人」ラインなのかもしれないけど、それを紹介することで、赤の他人が褒めてくれたり、評価してくれたりすると、すごく嬉しい」という、承認の欲求を満たしてくれる場所としてのブログ、という存在をとても感じます。
いまや、ブログも「凡人」アイテムですけど。
「凡人」が生きにくい世の中になっているのかもしれないですね。
スペインで暮らしいると、「凡人」で全然楽しく暮らしている人が沢山いて、
「普通が一番よー」なんていうのを心から言っている人がほとんどです。
家族が愛し合っていれば、それで充分。
だからこそだらけている部分も沢山ありますし、
ヤク中だとか、アル中だとか、あげくの精神障害だとか、物乞いだとか、貧乏不法移民なんかが沢山いると、別の意味で「普通が一番よー」となる部分もあります。
でもそれでも
「立派じゃなくてもいいのよ」
っていうのが社会的に浸透している、それなりに逃げ道の用意されている社会というのは組織としては健全なんじゃないかな、と思います。
人の精神は意外に弱いものです。
宗教観の薄い日本ではとくに大変だと思うし、
日本人は基本的には精神的にタフな国民だと思います。
だからこそ、壊れる人が沢山出てくる前に、
もっと気楽に生きられる社会になるといいな、と思います。
ところで。
韓国の高校は朝の8時から夜の10時まで学校があるのが普通らしく、
なんとその後塾に行ったりするそうです。
アジア人ってタフなんですかね。
Rie
ブログをはじめて
2008年5月8日
このHPのコラムを始めたのが、約2年前、そのころは “ブログ” なんて言葉はそんなにメジャーじゃなかったように思います。
どちらかというと、ブログが原因で殺人が、とか、そういうマイナーなジャンルだったようなイメージでした。
それがあれよあれよという間に日本人の半分くらいがブログをやっている世の中に。
ブログ検索のTechnoratiが発表したレポートによると、2006年末で日本語のブログ数は7000万以上。日本の人口が、老人や新生児を合わせても12000万人強なわけだから、それはすごい数です。
私も以前はインターネットなんか滅多に使わなかったし、
“ちょっと文字を書いて、メールをするだけには、パソコンは高いなー”と思っていました。
それがいつの間にやら、今夜のレシピを検索したり、辞書を引いたり、飛行機のチケットを取ったり、ADSLが必然の生活になってしまいました。
そして、ブログ。
友人がつぎつぎにブログを始めるのをみるにつけ、
“なんのためにその労力を使うんだろう”
と疑問でならなかった私。
しかし、中には非常にいい文章を書く友達もいて、
“お、これは物書きの端くれとして自分も鍛錬しないといけないぞ”
と思うようになりました。
お金をもらって文章を書いているということを真摯に受け止めるためにも、
ブログという媒体を使って勉強してみようかなと思ったわけです。
ブログは印刷物と違って、〈読んでもらう〉というより、〈書きたい〉という方向に傾いている部分もありますが、それでも、それなりに読者がいるところで、毎日文章を書く、という行為はある程度の緊張感をもって行われており、少しでも向上したいと思って、書き続けています。
そして、コメント欄をもうけたことで、ささやかな交流が生まれつつあるのも非常に面白いところです。
本当に普通に地に足をつけた人々が、普通にコメントを残してくれます。
バーチャルな世界ではなく、結構普通な世界です。
そして、コメントを残してくれる方のほとんどが、自身のブログを持っています。
ネットに疎かった私にとって、それは結構な驚きでした。
「スペイン」というキーワードでつながる人たちから学ぶこともあり、
今後が楽しみでもあります。
このコラムを読んでくださっている方の中にも、ブログをやっている方はたくさんいらっしゃるんでしょうね。
みんな頑張ってください!
私のブログアドレスはこちらです。→
http://yaplog.jp/rieten/
Rie
マリア・デル・マル・モレノ
2008年5月1日
マリア・デル・マル・モレノをずいぶん久しぶりに観ました。
私と一つ違いの彼女。7、8年前は
“ずいぶん若く見えて美人だけど、ヘレスのおばちゃんキャラだよな”
と言う感じだったのが、もうすっかり
“心も体もヘレスのおばちゃん”
になりました。
つまりすごく太ったわけです。
こんなにスタイルが変わったのに、サパテアードの音は相変わらずブレがなく軽やかないい音。
貫禄はすごく増し、ヒターノたちをぐいぐい引っぱってゆく頼もしい舞台でした。
ものすごく当たり前のことだけど、昨今忘れがちになっているのが、
『フラメンコは一つの表現方法としての芸術だ』
ということ。
表現したい何かをフラメンコを通して、観客に伝えていく。
それは、劇やストーリー、役などがない、クワドロフラメンコでも同じこと。
いや、基本は常にここにあります。
踊り(あるいは肉体)という目で観てわかりやすい媒体を使うことによって、ギターやカンテでは届きにくい部分も表現することができる。
そこに一つの世界をつくることができる。
昔の人はみんなこういうフラメンコを踊ったものでした。
いい意味で。
テクニック的には現代のものを持ち合わせながら、カンテをその気にさせていくマリアデルマル。素晴らしかったです。
短期間で世界的芸術への階段を駆け上っているフラメンコ。
多様性に溢れているのは、ある意味スペイン人の民族性なのかもしれません。
ただ、少なくともある一つのスタイルは、ベースとして世界の人がついて来れるために残っていないといけないと思います。
オペラ然り、クラシックバレエ然り、歌舞伎然り。
それが叩き台となって新しいものが生まれるにせよ、世界の人が観たい時にいつでもみれるように、ベーシックなものの存続というのは、どの芸術にも必要なのです。
そういう意味で、現代フラメンコ界に確かな位置を築いていってくれそうな、マリアデルマル。
いい踊り手さんになりました。
**私のHPコラム公演レビューはいつも、曲目など詳細はパセオ本誌に譲っています。
Rie
ビエナルチケット発売開始!
2008年4月24日
みなさんビエナルチケットは購入しましたか?
先週、17日から発売が開始され、私も翌18日にはいくつかチケットを購入しました。
ところが、いい席はもうほとんど残っていません!!!!
インターネットを通じて全世界の人が買えるわけですから、発売当日に売り切れチケットがでないことのほうが、不思議かもしれません。
でも、私の5回のビエナル体験で、こんなに早く席が埋まったことはありませんでした。
逆に言えば、非常に簡単にチケットが購入できるようになったとも言えます。
自宅にいながらチケットが買えるんですものね。
便利になったものです。
参考:www.generaltickets.com にアクセスし、provinciasのところにsevillaと入れてもらえば、ビエナルの項目がでてきます。そこをクリックし、希望の公演を探してください。
Rie
フェリア終了!
2008年4月17日
2008年のフェリアも終わってしまいました。
今年は本当に雨に始まり雨に終わったフェリア。
実際のフェリアが終わっても、遊園地の部分は約1週間残っていて遊ぶことができるのですが、この1週間も結構雨が降りました。
雨じゃない日もとても寒くて、
“フェリア行こうよ!!”
というような気分にはなりませんでした。
こういう気持ちだったのは私だけではなかったようで、
ここ数年で一番来場者数が少なかったと言われています。
フェリアの場合、入り口や出口、チケットがあるわけでもないので、来場者数のコントロールは非常に難しく、正確な数字というのはもちろん不可能です。
でも毎年、ゴミ回収業者がゴミの量は発表します。
今年は1.254.303キロのゴミを回収し、昨年よりは13%少なかったとのこと。
また、今年はいつもの年より早い時期にフェリアがやってきたため、(1*)
フェリア用の衣裳の売れ行きも悪かったようです。(2*)
来年は天気も良く、大いに盛り上がるフェリアを期待してます。
お金もためて、衣裳も買いたい!
みなさんも遊びにきてくださいね。
1*フェリアは聖暦で毎年同じ時に行われるため、通常の暦では毎年日程が異なる。
2*フェリア衣装は通常simofというファッションショー後にその年のモデルの販売を開始する。simof は通常暦で毎年同じ時期のため、フェリアが早まると販売期間が短くなる。
Rie
ちょっと、そこまで。
2008年4月10日
自分の話題について語る時、世の中には2種類のタイプの人がいる。“不幸のほうが話しやすい人”と“幸せのほうが話しやすい人”である。
もちろんどちらもたくさん話す人もいれば、自分についてあまり語らない人もいるし、人間のタイプなんて分類化できるものではないのだが、このへんは今日は流してもらって、話を進めよう。
「もう、確定申告で課税されちゃって大変だよー」とか「また彼氏と喧嘩しちゃったよ」とか、「最近腰が痛いんだよねー」などなどは不幸組。「うちの子、浪人しないで済んだんだー」とか「夫婦水入らずで温泉行ってきたの」とか、「リクルートしたら給料倍になってさー」なんていうのは幸せ組であろう。
ただ、こういうのは単なる癖、あるいは習慣であって、
不幸な話題ばかりしている人が、幸せな話題ばかりとしている人より不幸である、
かと思うとそうではないのである。ちょっと笑いをとりたい、とか、謙遜の一種として不幸な話題を出している場合が多いと思う。幸せな話ばかりすると、感じが悪いと思っているのかもしれない。
でも、本当に不幸な話、っていうのは普通はしづらいものだ。
家族の誰かや、最愛の人が亡くなった、なんて言う場合、その場ならともかく、その死を乗り越えたあとに、誰かにわざわざ話すようなことはないであろう。
そういう意味で、私たちは常に、人の表面的なところを見ているに過ぎない。
もっと相手の人生に踏み込んでみたら、誰だって、不幸な思い出や、底なし沼のような闇をもっていたりする。
そしてそういう部分に触れた時、相手に対して優しくなれる場合もある。
いちいち詳しく語らない「ちょっとそこまで」という日本文化を私は愛しているけど、これは相手を思いやっての「ちょっとそこまで」だからこそ、素敵なんだと思う。
つまり、いつも通りの「ちょっとそこまで」だったら普通に送り出してあげるけど、なんだかいつもと違う「ちょっとそこまで」だったら「あら、今日はどちらまで?」って聞けるコミュニケーションがあってこそ。
そこで、
“実は母が急に倒れて、入院したので病院へ”なんて返事が来たら、
“あら、大変。じゃあ、とりあえず子供達はうちでご飯食べさせておいてあげるわよ”なんて言えるような関係でこそ、普段の“ちょっとそこまで”が生きてくるんだと思う。
『お互いに踏み込まないのが礼儀』っていうような距離感を持っている日本人をよく見るにつれて、少し不安になる今日この頃である。
Rie
山小屋でゆっくり。
2008年3月27日
今週の日曜日は、山の中のレストランでご飯を食べてきました。
暖炉のある広い山小屋の中で、素朴だけどおいしいご飯が食べられます。
台所にも何度も入れてもらったことがあるのですが、いつ入っても非常にきれい。
これも私にとっては、魅力の一つです。
狩りをするために犬をたくさん飼っていて、レストラン内は犬がうろうろしています。
この前行った時には子犬が8匹生まれていて、暖炉の横で暖をとっていました。
小さくて柔らかい彼らを触りたい放題の我が子達。
今日も子ども達は子犬をみるのを楽しみに行きました。
ところがなんと、全部持っていかれてしまったとのこと。
店内をふらふら歩いているので、お客様が持っていってしまうそうです。
そんなルーズな雰囲気が何とも我が家のようで居心地が良く、この日も5時間も時を過ごしてしまいました。
Rie
今年もセマナサンタです!
2008年3月20日
右端のカーキ色のジャケットの女性が左端のマリア様に向けて、サエタを歌っています。
みなさんご存知の聖週間。
今年もやってきました。
セビージャでは55,000人が、行列に参加。
教会離れが叫ばれている今日この頃ですが、
少なくともセビージャは安心な感じです。
今年は忙しい中、いくつかパソ(行列)を観に行く事ができ、サエタも聞くことができました。
サエタを聞くと、
フラメンコはやっぱりアンダルシアのものなんだな、
と思います。
ヒターノの力はあるにせよ、
この土地で育ったから、フラメンコという形に昇華できたものなんだと、確信できます。
こちらの宗教の主役であるマリア様に向かって、
敬意をこめて歌います。
カトリックでない私でも、
聞いていると、それはもう神妙な気持ちになります。
もちろんアカペラです。
Rie
愛すべきフラメンキートたち
2008年3月13日
最近立て続けに、日本でフラメンコを続けている友人がセビージャへ来た。
そして、私が感じたのが、フラメンコに疲れる幸せである。
日本ではフラメンコというのは探すものであって、飽きるものではない。
こっちでいると、溺れて苦しくなるほどのフラメンコがある。
私の場合は、たまたまフラメンコと縁の深い家族と結婚した。
「俺はフラメンコは全然駄目なんだ、コンパスもないし……」と恥ずかしそうに笑う夫と恋に落ちて、それはフラメンコの奥深さを知っている人の謙虚さだったんだ、と知るのに数年かかった。
年中我が家にやってくるフラメンキートたち。
その多くは死んでしまったし、その多くは麻薬の常習者であった。
取り締まりが厳しくなった現在では、我が家としても麻薬には厳しく接したい。
夫は、フィエスタの途中に麻薬取引の電話をしているアーティストに怒ったこともある。それで逆切れしたアーティストもいれば、謝ったアーティストもいるし、語ればきりがないけど、本当にいろんなことがあった。
DV(夫による家庭内暴力)被害者の手続きをして補助金をもらい、夫に見つかるのを恐れつつ公演を続けているアーティストもいる。家族が謎の死を遂げているアーティストもいる。
そこには殺人やクスリや、映画みたいなことが現実に起こっているようなニオイがする出来事もたくさんあった。
それを記事にしたくて詳細を聞きにきた無知な記者もいる。
名前を書けば誰もが知っているようなアーティストばっかりなので、名前は書かないけど、彼らが大舞台にたち喝采を浴びるたびに感じるもやもや感は、言葉にできない。
何にも本質をつかんでいないのに、聞きかじったことを適当につなげて、それなりに仕上がった記事を読む時も同じようなもやもや感はある。
私も知らないところで、メディアにだまされているんだろうなあ、と思う。
ジェームス・ブラウンやレイ・チャールズが麻薬で捕まっても、ミュージシャンだもんね、っていう風に思えるのに、フラメンキートたちが麻薬を使って舞台に立つと、がっかりする自分がどこかにいる。
それは単に距離感の問題だと思う。
赤の他人だったら、麻薬で死んでも関係ないけど、身近に感じる彼らだからこそ、そういうことで消えてほしくないと思う。
また彼らの真のキュートさが正確に一般の人に伝わるといいと思う。
ここ数年たくさんのペルソナッヘ*が亡くなっている。
時代は進化しているけど、また新世代のペルソナッヘがたくさん出てくるといいなと思う。
*ペルソナッへ=ものすごく個性のある人。
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ナサレ・レジェス
2008年2月28日
フアナ・アマジャの公演に行きました。
“あー、フラメンコはやっぱりヒターノのものなんだなー”
と思わせるにふさわしい、力強く爆発的なスタート。
ただ結果的には、正直、フアナがどうこうではなく、舞台として、多少不満もある公演でした。
でも行ってよかった!!!
なぜなら娘のナサレが観れたからです。
良かった!!!
若いころのフアナに生き写しだけど、彼女にしかないキュートさもあって、何とも好感度の高い踊り手。
しばらくみないうちに、踊り手として立派に成長していたのにも目を見張りました。
本当にいわゆるヒターノの溌剌とした踊り手。
“技術が”とか、“スタイルが”とか、そういうところではなく、人を引きつける魅力にあふれている踊り手。
すべての動きが“自然”の延長線上にあって、不自然な部分が全くない。頭も手も足も体も、すべてが一つの形に流れていく。
母と娘の二人の間の愛情も伝わってきて、なんとも温かい気持ちにさせてくれました。
最近はフラメンコも多様化してきてしまって、すべての観客が喜ぶような舞台作りというのは困難を極めていると思います。
そんななか、訓練でスポイルされていない(ようにみえる)彼女のような存在は貴重です。このまま彼女はこのラインで彼女の世界を作っていってほしいものです。
Rie
パストーラ・ガルバン――ラ・フランセサ
2008年2月21日
私は主婦で小さい子が二人います。
しかも夫がレストラン経営のため、夜はほとんど家にいません。
結果として、夕ご飯は子供たちと3人で食べるような感じになります。
こういう状況下で劇場に行くのはなかなか大変。公演というのは通常夜なので、家を空けるのが難しいんですね。
午前公演があったら、主婦とか年金生活者とかうちの夫みたいに午後から仕事の人とか、結構行く人はいるんじゃないかという気もするけど、そんなの聞いたことない。
ともかく、そんなわけで、劇場にフラメンコ公演を見に行くのは、月1回が限度という感じです。子供がいなければ、月に5回くらいは行くと思うけど、まあ、それを我慢するに値するくらいには可愛いな、子供たち。
というわけで、月に一度の公演は結構選んで、本当に観たいもののチケットを握りしめて行くような感じになります。
それで、あんまり面白くなかったりすると、本気でがっかりします。
すっごく楽しみにして、やっとの思いでベビーシッターも頼んできたのに!!!
なんて思ってしまう。
先月選んだ公演は丁寧につくってあったにもかかわらず、とてもつまらなくって、すごく残念に帰ってきました。
そして、今月のパストーラ・ガルバンの公演はおもしろかった!
やっていることは“フラメンコ”というカテゴリーからはだいぶはみでちゃってるし、センスという意味では私とは相容れないものもある。
でも、あんなにentregarな踊り手は久しぶりにみた。entregarというのは“差し出す”というような意味で、舞台に関していえば、本当に自分のすべてを差し出す、さらけ出すというようなものである。ハリウッドなんかだと、汚れ役をやったら賞がもらえたりする傾向があるけど、まあ、そういう意味では、賞に値するような感じ。
自分がやっていることを信じ、真剣にそれと向き合い、自分がきれいに見えるとか、どういう風にみえるか、ということではなく、その作品を通して表現したいものを追求するという姿勢。
まっすぐな彼女が、ものすごく印象に残った。
最近、なかなかこれだけ強烈な印象を残せる踊り手は少ない。
しかも、やったことのほとんどは、高い技術がないとできないこと。
これだけの表現力と技術があるんだから、ベーシックなフラメンコでその力を出してほしいというふうに思う人がいても当然なのだけど。
今回はこの試みに拍手を送った。
ともかく、たまの劇場公演が満足なもので、個人的にもとてもうれしかったです。
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Día de enamorados (バレンタインデー)
2008年2月14日
スペインでも一応バレンタインデーはあります。
男性が女性にバラの花を贈るのが一般的ですが、日本みたいにほぼ100パーセントの人がその日を意識させられている、という感じではありません。
よく見れば、バレンタインデーの飾り付けをしているお店もありますが、その多くは普通に営業しているし、花屋さんでさえ、そんなに張り切っていません。
また“この日に告白する”という風習は全くなく、普通は恋人や夫婦間でやりとりがあります。
私もいつもは忘れているのですが、今年はたまたま贈りたい帽子があったので、バレンタインにかこつけてカードをそえて渡しました。
彼はそのプレゼントでバレンタインデーを思い出したという状態で、特におかえしはなかったのですが、でも、プレゼントは楽しいですね。
今月末は息子の誕生日、来月は夫の誕生日です。
12月娘、1月私、クリスマスやバーゲンなど出費が続いて苦しいときなのですが、なんとかプレゼント資金は捻出しなくちゃ、とまた心を新たにしました。
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スズメ
2008年2月7日
我が家は隙間がたくさんあるので、よくスズメが落ちてきます。
だいたいはまだ上手に飛べないヒナで、人間の匂いがつかないようにガーゼなどで捕まえて、屋上へ持っていって離します。
子供たちもワクワクついてきます。
ただ、バタバタと落ち着きのない野生のスズメを触るのは怖いようで、見てるだけ。「もうすぐママがきてくれるからねー」なんて声はかけています。
離してあげると、だいたいはすぐに鳴きながら飛んで行きます。
ただ、今日は死にかけたスズメが落ちて来て、拾って10分もすると死んでしまいました。知り合って10分で死んでしまったので、そんなにすごく悲しいというわけではありませんが、やっぱり残念ですね。
去年は 私のまわりで、いくつかの若い命が消えました。
そんなわけで、生と死についてとても考えた年ではあったのですが、やっぱり、人類は強いなーと思います。もちろん病気や怪我で無くなる人はたくさんいますが、それでも、動物の死亡率には全然追いつかないのではないでしょうか。寿命に換算したらおなじなのかな。
家族みんな元気で長生きできますように。
↓プライベートブログはじめました。良かったら覗いてください。
http://yaplog.jp/rieten/
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サハラ砂漠へ行ってきました。
2008年1月24日
旅について短く語るというのは非常に難しいのですが、旅行の感想を一言でいうならば、「いますぐにでも戻りたい」です。
“広さ”というものが、ものすごく心良いものだったということが、それを失ってからひしひしと心に響きます。
360度、見渡す限りなんにもない砂漠の真ん中で眠り、午前中いっぱい車で走って、やっと三家族程度でできている一つの部落があり、また午後いっぱい車で走って、小さな町に着く。時速は60~70キロくらい。
会う子供たちにキャンディーを配り、部落ではきれいに包装したおもちゃを配り、道を聞いた人にはタバコを渡す。洋服やウイスキーは結構欲しいと言われたので、次回は準備していこうと思います。
お礼にお茶をごちそうしてくれた人もいたし、石を投げようとしてきた子もいたし、もらったものをみんなで分け合っている子もいれば、こっそり隠して逃げる子もいました。知的な目をした美しい娘もいれば、男性にモノ扱いされている女性もいました。故障したトラックを修理場まで牽引した時も、お礼をするかしないかで、彼らの間でもめていました。(結果はお礼なしでした。ありがとうくらい言ってくれてもいいと思ったけど)
私は自分の国籍とは違う国に居住者として住んでいます。働いたり暮らしていないと見えないこと、気づかないことはたくさんあるし、旅行者や留学生の視点から見えるものとのギャップは常に感じています。
だから、短期の旅行で見えたものなんて、その国を感じるとっかかりにもならないということは重々承知しています。それでもそんな気楽な旅行者を受け止めてくれる確かなホスピタリティーは感じられる国でした。
“貪欲”という言葉が頭をよぎる瞬間もたくさんありましたが、アンダルシアにもそんな人はたくさんいるので、そんなに疲れるほどでもありませんでした。
そして、すべてを超えて思うのが、空間の贅沢です。
モロッコで3つの指に入る砂丘を上り、自分の周囲360度に地平線が見える贅沢。
それだけの広さに自分たちの車とハイマ(立派なテントみたいな寝床)しか見えない贅沢。
今回は夫と二人だけで行ったので、その贅沢は同時に恐ろしいまでのロマンティシズムでもありました。
二人で助け合って砂漠を横断する贅沢。
帰りにマラケッシュによったときは、人との距離が近くてどっと疲れてしまったくらい。お土産も買いたかったのに、物欲も消え失せてて何も買ってこず、今になって後悔しています。
あ、お菓子と乾燥バラだけ買いました。お菓子はもう食べてしまったけど、バラは石けんをつくりました。しばらくは思い出の品になりそうです。
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カバルガタとクリスマス
2008年1月10日
こちらでは1月5日にセビージャのカバルガタかあり、1月6日の朝、目が覚めるとプレゼントが置いてあって、そのまま急いで街へ出ると、トリアーナ地区のカバルガタがあります。
カバルガタっていうのは、ディズニーランドのパレードのようなもので、山車がたくさん出ます。
今年は例年人気のハリーポッターに加え、ナルニア物語や、チャーリーのチョコレート工場、などが登場しました。
全部で20台以上の山車が出て、ダンサーはいませんが、音楽隊はたくさんいます。
小さい子もたくさん参加しています。
この山車からは飴が雨のように降ってきて、(降っているのがみえますか?)それをたくさんもらうのが、みんなの楽しみであります。
セビージャ市のカバルガタは、ほとんどが飴ですが、トリアーナ地区のカバルガタはおもちゃも結構降ってくるので、より興奮します。
そして、家ではこの“ロスコ”というものを食べます。
ブリオッシュとスポンジケーキの間くらいの軽い台生地で、生クリームを挟んだだけのものです。ショボッ。
でも、一つのロスコに一つずつおまけが入っていて、それに当たった人はその年幸せになるといわれています。
おみくじみたいなものですね。これは生クリームの部分に入っています。
それが目当てでついつい毎年買ってしまいます。
たくさんの主婦に混じってファミリーサイズのロスコを買うときが、私が一年で一番主婦を感じる時でもあります。
そんなわけで、スペインでは1月6日にクリスマスが終わり、1月7日から怒濤のバーゲンシーズンが始まります。
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謹賀新年
2008年1月3日
みなさま、あけましておめでとうございます。
初夢、おみくじ、いかがでしたか?
今年の目標は決まりましたか?
2007年、私は自分のために一度も泣きませんでした。
決して涙を我慢したわけではなく、それほど悲しいことがなかったのです。なんて幸せなんだろうと思います。
ある程度安定した生活ができている今、人のためになにかできる余裕をつくり、実行する時が来ているのかな、と思います。
昨年までは基本的にいつも抽象的な抱負ばかりかかげてきて、努力はするものの、達成できたのかどうかという点が、いつも不明確でありました。
そこで、今年からは達成期間別に目標をたてることにしました。
3年くらいを目安に形にする長期目標---“人の役に立つこと”
上記の目標に対しての一年目の抱負、年間目標---“体力をつける”
その他、毎月、月間目標を立て、翌日の予定も必ずつけること。
これが私の今年の目標です。
仕事が忙しく、けじめをつけないと、日曜祭日も全くないため、予定をたて、計画的に日々を暮らす必要性を感じています。
自分のことで手一杯ではなく、人のためにも使えるような時間的、金銭的、体力的余裕を持つようにしたいです。今年はまず第一歩。3年後には何かに貢献できているよう頑張ります。
今年もよろしくお願い致します。
皆様の一年が楽しい日々になりますように。
Rie
クリスマスです。
2007年12月20日
今年は師走という言葉がひしひしと胸にせまる12月を過ごしておりますが、皆様はいかがお過ごしですか?
子供がいると、クリスマスは一大行事で、それだけでも忙しい。
学校では毎年この時期に学芸会があり、子供達はクリスマスにちなんだ劇を披露します。うちの子供達は、今年は幼稚部158人全員でイエス様誕生のクリスマス劇をやりました。そしてなんと、兄が主役に抜擢されました。うちの息子は非常に落ち着きと忍耐力があり、とてもいい子ですが、先頭に立ってなにかをやりたい子ではありません。授業でも手を挙げるのが嫌なくらい。今までの学芸会でも、いつもその他大勢で、舞台の上でぼーっとしていました。
そんな彼が主役というので、家族一同びっくり。それでも、大役をうまくこなしてもらいたい、と思ってしまうのが家族で、毎日みんなで台詞を練習して、3歳の妹を含む家族一同が、彼の台詞を覚えてしまったくらい。
ちなみに妹は牛役でした。
母の私は、生地や材料を買い、衣装を縫い、なんだか、大忙し。牛のかぶり物も縫いました。
家ではクリスマスツリーを飾り、ポインセチアを飾り、その他のクリスマスグッズを飾り、ベレンを飾ります。
ベレンというのはイエス様誕生のシーンを再現した人形の飾りで、みんなところどころ手作りしながら、それぞれのベレンを作ります。人形自体を作る人は少なく、この時期になると出展するベレン出店で購入するのが主流です。
我が家も12月頭には行ってきました。

子供達は大喜び。
買ってきた人形を、自分たちで作った家に飾ります。ちなみにうちはフラメンコ靴箱と、ワインの栓などでつくりました。井戸はトイレットペーパーの芯。
来年は卵や肉やテーブルなどをつくって、村人の人形を買い足し、村を拡大する予定です。アンダルシアのベレンでは、必ずうんちをしている人が目立たないように置いてあるのですが、我が家はまだ彼を買うところまでいっていません。先は長いです。

まだ背景を作れていないのですが、一応参考までに。
12/25にイエス様を置いて、1/5にプレゼントを持ってきてくれる賢者達を置きます。この4人の人形はそれまでは箱の中で待機。
というわけで、なんだかわらわらしておりますが、なにはともあれクリスマス。日本はお正月もありますね。
皆様楽しくお過ごしください!
Rie
やっぱり海が好き
2007年12月13日
またしても海行ってきました。
もうさすがに寒くて、海に入るのなんて犬とうちの夫くらいだろう、と思っていたら、結構いました。ウインドサーファーが。
行った日はわりと良く晴れて、砂浜で水着になってのんびりしました。
宿は取らず、適当に野宿(といっても車の中なので、わりと快適。テントを張る訳でもないので、キャンプという感じでもない)をしたわけなのですが、野宿のいいところは、早寝早起きですね。
朝の8時ごろには日が昇って目が覚めちゃうし、夜の8時くらいには日が落ちて眠くなってしまう。
これくらいたっぷり眠れると私はとってもうれしいです。
帰ってきたばかりですが、早くもまた行きたいです。海。
**写真は我が家の犬たち。ニューファンドランドという海難救助犬種なので、海は大好き。もちろん、何の訓練もしてないうちの犬たちは、波が荒くなってくると助けを求めて私に抱きついてくるレベルですが……。
Rie
不屈精神の謎
2007年12月6日
先日このコラムで紹介した、“不屈精神”のステッカーを貼った車を今日はスタジオの近くで見つけ、持ち主がいたので“なぜこの言葉を選んだのか”聞いてみました。
回答
「“母親への愛”っていう意味だと聞いて、いい言葉だと思ったから」
だって。
ひどい。それはひどすぎる。
意味全然違う。中国ではそういう意味なのかしらん。
と思ったので、中国語が母国語の台湾人の友達に聞いてみたところ、意味はやはり日本語と同じとのこと。
なんとも知らないとは恐ろしいですね。
知らないから、言われたものをそれと信じるしかないわけです。
これって、フラメンコにも通じますよね。
“フラメンコに興味あるけど、実際どんなものか知らない”という人は、これがフラメンコよ、と差し出されたものを、ああ、これがフラメンコですかって受け止めるしかないわけです。
それでもここ15年くらいで、日本の本物フラメンコの量はぐっと増えたと思います。CDやDVDはもちろん、スペイン人アーティストのコンサートやタブラオ、クルシージョまで日本に住んでいて受けられるし、なにより、日本人フラメンコアーティストの裾野がものすごく広がりました。
このフラメンコ認識がフラメンコファンだけでなく、日本全国に広がると嬉しいですね。好きにせよ嫌いにせよ、興味があるにせよないにせよ、とりあえず、フラメンコがどういうものなのか、だいたいの人が知っている。いいなー。そんな日本。
あと何年くらいでそうなるかな。
Rie
忍耐力
2007年11月29日
今月はアンドレス・ペーニャのブレリアクラスに通っています。クラスは毎日なので、楽しい日もあればそうでもない日もありますが、この1ヵ月で私はアンドレスに惚れてしまいました。
なんていい人!!!
私のクラスは初級クラスなのですが、いくら初級でも最近のスペインでこのペースはありえないだろう!っていう、のんびりペースでクラスが進んでいます。
体を動かす時間よりパルマを打っている時間の方が断然長いし、当たらなければ踊らなくていいし、なんとも気楽。個性の強い人も多く、なかなか楽しいクラスです。
でも、このクラスを引っ張る、先生のアンドレスは大変だと思う。
どんなレベルの人にも、その人の良さを引き出し、励ましながら、1時間歌いっぱなし。(この前の上級中級と合わせると3時間歌いっぱなしらしい)その忍耐力は熟練の助産婦さんみたい。
適当にあめと鞭を使い分けながら、なんとか産ませようとする。
ほとんどの生徒のアルテが花開いていないなか、なんとか引き出そうとする。これが毎日同じテンション。
輪になって一人一人順番に自由に踊ることが多いのですが、クラスですから、全員で踊ることも当然ある訳で、彼が歌って、みんなバラバラに踊る。すごいクラス。誰一人同じに踊っていない。そんなみんなを率いてがんばるアンドレス。
いい人過ぎる!!
毎回彼の温かさに感動して帰ってきます。
でも、昨日の靴を脱いでのレッスン。“上半身を使う練習だ!”と靴を脱がされたのですが、いつになく静かなレッスンに「ほっとするなー」と漏らしていたアンドレス。やっぱり大変なんだなー。
**注**
私は彼のレッスン最終月の今月だけの参加なので上記のようなクラスを体験していますが、最初の頃はもちろん、みんなで同じ振付けを練習したりしていたようです。
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ホアキン・グリロ
2007年11月22日
このコラムもずいぶん長いこと書かせていただいているのですが、なんと、グリロについて一度も書いていないことに気づいたので、今日はグリロについて。
うちの夫はフラメンキートに囲まれて育った割には、バイレフラメンコを観ることはあまりなく、やはり歌が一番好き、という普通のスペイン人です。毎日毎日何時間もフラメンコCDを聴いているのですが、やっぱり生で聴いた方が楽しいんですね。
そんな夫が唯一、仕事を休みにして、ヘレスまで車を走らせてでも観に行くのがホアキン・グリロです。
彼のことが大好きで、先日も広いマエストランサ劇場で、一人でハレオをかけていました。(劇場の広さに反比例してハレオが少なくなるのはなぜ?)
もともと酔拳のような踊りにコメディーの要素は多分に含まれていたのですが、最近のグリロはそのあまりの自由さに、ぐいぐい惹き込まれます。
コンパス感はもちろんのこと、体のすべての部分をあれだけ自在に操れるようになると、もう、できることに際限がないんですね。
私たちが日常的にすること、例えば、会話。
自分の思っていることを正確に表現できたらいいなーと思ったことはありませんか。話すという、毎日している技術でさえ、100%使いこなせているとは言えない私たち。
それを体を動かすという、基本的にものすごく難しいジャンルにおいて、いともたやすくやってのける人がいると思ってください。
それはもうたまらんです。
どこまでも自由にのびやかにコミカルに、コンパスの中を泳ぐグリロは、観ている人にフラメンコの楽しさを伝えてくれる人。
ペナ(痛み、悲しみ)がフラメンコの基本だという人がいます。私も基本的にはそう思うのですが、ペナってなんでしょう。
明日食べるものがなくたって、住むところがなくたって、笑っているようなスペイン人はたくさんいます。自給自足が成り立っている国の人々の危機感っていうのは、自給自足がままならない島国の人たちの危機感とは違います。
だからこそ、家族の死を悲しんで、1ヶ月働かないようなこともできるわけです。死は当然悲しいことですが、そこにどっぷり浸かれるのも一種の贅沢ではあります。
そういう国にいて、フラメンコの楽しさをこれだけダイレクトに伝えてくれるエンターテイナーは貴重な存在です。
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素敵な恋人に出会う確率。
2007年11月15日
先日久しぶりに友人のルルデスに会いました。
彼女はセビージャ出身ですが、世界を飛び回ってスペイン語を教えているので、会えるのは年に1、2回。ここ何年かはいつもイタリア人の彼が一緒だったので、彼女と二人きりで会ったのは本当に久しぶりでした。
女の子同士ですから、やっぱり話は、仕事と恋。仕事は比較的順調ですが、恋はやっぱり出会いがないと言います。
いや、出会いはあるんですね。でも、素敵な人との出会いがない。
彼女の言う“素敵”というのは普通のことを普通にいいな、と言えること。例えば、子供がいるっていいな、とか、一人の人をずっと好きでいるっていいな、とか。
あまりにも、不倫だとかアバンチュールだとか、子供を作らないのが新しいスタイルだとか、そういうふうになってしまっている人が多すぎる。それはそれでそういう人がいてもいいとは思うけど、例えば国民の80%が浮気をしている社会があったとしたら、やはりなにか問題があるような気がします。
じつは我が家はかなりラブラブな夫婦です。
お互いに相手のことが大好きなので、まあ、端から見たらすごくラブリーな夫婦なんですね。ただ、お互いにあまり束縛するタイプではないので、夜飲みに行ったりもわりと自由にできるし、うちの夫なんかはよく砂漠に冒険旅行に行ったりします。
みんなにいい人に出会ったと言われるし、私も出会った時は宝くじに当たったようなものだわ、と思っていました。
でも、今日ルルデスに「やっぱりみんなが幸せな結婚ができるとは限らないのよ。そういう人に出会えるって、宝くじに当たるようなものなのよ」
と言われた時は、本当にそうなのかしら。と考えてしまいました。
確率から言っても、私の周りで宝くじで大金に当たった人は一人しかいないけど、幸せな結婚生活をしている人はたくさんいます。
幸せの形も個性化してきているし、なにを持って幸せというのかという幸せの定義も難しくはなってきていると思います。
それでも好きな人と少しづつ何かを築いていく、っていうことは、誰にでも遅かれ早かれ訪れるものなのではないでしょうか。
結婚適齢期(っていう考え方自体は私は好きではありませんが)という年代になったりそれを過ぎたりしたら、焦る気持ちはわかります。特に女性は出産の年齢的上限もあるので、難しいとは思います。
でも、焦らなくても必ず相手は現れると思います。
それまでは、本当に、どういう相手と一緒に生きていきたいのか、というビジョンを明確に持つように暮らしていけば、おのずとそれに適した相手が現れるものではないかと思います。
独身で、今、恋人が欲しいのにいない、という人。
絶対いつかは適した相手がみつかります。
それを信じて、がんばってください。
Rie
フラメンコを育てるのは観客です。
2007年11月8日
日本にもっと増えて欲しいなあと思うのは、純粋なフラメンコファンである。
フラメンコが好きで、その存在を愛し、各公演には足を運び、フィエスタがあると聞けば飛んでいき、吐くほど飲んでもフラメンキ-トをあとに残しては家に帰れないような、そういう人。アーティストたちを愛し、彼らに対して寛大で、かつフラメンコへの造詣が深く、正しく評価ができる。そして、自分は決して表舞台には立とうとしない人である。
たとえば、お笑いにしろ、アイドルにしろ、クラッシックバレエにしろ、ピアニストにしろ、オペラにしろ、普通の芸能と言われるものは、たくさんのファンがいる。劇場やコンサート会場に足を運び、見る目を肥やし、でも決して自分が舞台へ立つための参考として見ているわけではない。チックコリアのコンサートへ来ているうちの何%がチックコリアの技を盗もうと思ってきているだろうか。そんなの5%にも満たないであろう。ジャズピアノも弾いたことがない人がほとんどだと思う。「あんな風にピアノがひけたらいいなー」とは思うかもしれないけど、別にそれだけである。
ところが、フラメンコはどうだ。
タブラオだって、テアトロだって、ほとんどの観客がバイレ練習生で、手の位置だの、サパテアードだのを目を皿のようにして観察している。そして、終了後、批評家のように、ここの足がちょっとばらついてたねーなんて話したりしている。
そういうのはフラメンコが好きとは言わないんじゃないかな、と思う。自分還元のための一つの投資であって、フラメンコにたいする投資ではない。
仮に批判するところがあったにせよ、「この子もこの方向性でいけば、そのうちなんとかなるかもなー。もうちょっと投資してあげよう」なんて気持ちでチケットを買ってあげたりする普通のファンが、日本には少ないのである。
これは今のスペインでもいえることだけど。なんせフラメンコ留学生が多いからね。
フラメンコ練習生とフラメンコを全く知らない観光客を相手に踊っている最近の若手たちは、やたら足がうるさい。みんなスーパーテクニックでうまいんだけど、そんなに足が必要か、と思う。
でも、お客さんを見ると納得する。
激しいサパテアードが出れば出るほど、観客が盛り上がるのだ。サパテアードというのは他のたくさんのフラメンコの要素と違って、練習すればしただけ、上達するものだから、踊るほうも観客の注意を惹こうと、そればっかり練習する。(センスのいいサパテアードについてはこの場合は除く)
こういうのはフラメンコの品質に対しては逆効果だと思う。
まだスタイルが確立されていない若手を育てるのは、観客なのである。観客が真のプーロフラメンコを求めれば、アーティストはそれに答えてくる。それなのに、アメリカナイズされた、見た目だけ派手なものばっかりもてはやされると、若手もそっちに流れてしまう。なにせ、明日のパンを買うお金のほうが大事だもの。
古いフラメンコが今でも根付く日本だからこそ、フラメンコ鑑賞を楽しみ、アーティストを育てた、そういうスペイン古き良き時代のファンであり続けるようであって欲しいと思う。
Rie
モンストロたちのつどう夜-------(モンストロ=monstruo/怪物)
2007年11月1日
10月29日 マエストランサ劇場 ミゲル・ポベーダ/シン・フロンテーラ
たった6年前。2001年の2月15日。1100席所有のロペ・デ・ベガ劇場を半分しか埋められなかったボベーダ。(このときはチクエロと二人だけの出演)
ここ数年の知名度アップは著しく、今回は全1800席がわずか数日で完売。
歌がメインの、“シン・フロンテーラ”という、ひとつの作品を披露した。
モライート、ホアキン・グリロ、エル・サンボ、によるブレリア・デ・ゴルペから幕が開いた。続いて、ボベーダとチクエロでレバンテを奏でる。
ボベーダの成長ぶりに度肝を抜かれた。それは単なる巧い歌い手の一人という域からは完全に逸脱していた。
声を聞けば、誰もがボベーダだと認識できる個性。その歌声が、歌の中で、これでもか、これでもか、というほどに変化を見せる。
一人のモンストロ(怪物)の誕生に、手が震え、心が震え、鳥肌がたった。
そこに往年のモンストロ、モライート、やはりモンストロに変化中のホアキン・グリロが加わり、この夜の公演は激しい興奮を胸に残す、なんともコージャスなものとなった。
ポベーダの歌を最大限に引き出す、チクエロの温かく正確で、気持ちのいいギターについても、一筆しておこうと思う。
出演者たちがお互いにお互いを讃え、感動し、楽しんでいるのも、たまらなく良かった。なかなかこれだけ刺激のあるメンバーがつどうのは難しく、彼らにとってもゴージャスな夜だったに違いない。
しかし!!!!
こういうのは読んでもしょうがないです。
とにかく機会があったら観てください。生で聴いてください。
モンストロがモンストロである所以を、そこで感じてください。
感無量。
Rie
学校
2007年10月25日
我が家の子どもたちは日本人の母がいるのに、全く日本語を話しません。日本語は理解しているようですが、それでも時々“ママ、それよくわかんないから、スペイン語で説明して”なんて言われます。
寂しいのですが、仕方がないのかな。
というわけで、せめて単語だけでも、、ということで、夜、本を読むときなどでも、日本語を付け足します。
「これなーに?」
「カサ!」
「そうねー。日本語だと“家”ね」
「いえー!!」
なんていう風にささやかながら日本語を教えているわけです。
そんな具合に今日、「学校」を教えると、
「ガッコー、うひゃひゃひゃひゃひゃ」と大爆笑。
順番に
兄「ガッコー」
妹「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
妹「ガッコー」
兄「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
という感じで飽きずに笑い転げています。
響きがツボだったのだとは思うのですが……。
日本語教育の壁を感じる今日このごろです。
Rie
フアン・マヌエル・カニサーレス(10月11日カハソル劇場)
2007年10月18日
いやー。久しぶりの生カニちゃん、すっごく良かったです。演奏最後には爪が折れて宙を舞う程の熱演でした。
名前が長いので、私の中ではカニちゃんと読んでいますが、スペイン語で“カニー”はあまり良い表現ではないので、間違っても本人に使ったりしないでください。
三揃いのスーツにパニュエロを巻き、ブレスレッドまでつけてスタイリッシュに現れたカニちゃん。最初は少し硬く、緊張が伝わってくるようでした。客席に空席が目立ったのが影響したのかも。
弦を短く押さえて、硬くはっきりした音で弾くのがカニちゃんの特徴なのですが、新譜イベリアの曲の中でも、それはふんだんに生かされていて、その辺の硬さと粋なマイナーの使い方で、何を聞いても、海の香りがします。でも、カディスの海みたいにひたすら明るいんじゃなくって、もっと磯の香りと空が見えるような感じ。特に「el puerto」なんてとっても爽やかでカニちゃんらしくて、聞いてて、とても気持ちよかったです。ひたすら音を詰め込むギタリストが多い中、カニちゃんは弾かない時間も大切にします。普通に休みがある、音の紡ぎかたなんですね。音の正確さも相まって、すごく透明感があって、素敵。上品なんですね。
カニちゃんの場合、いろんな意味で録音とライブに違いがある人なので、こういう人は生で聞くと生きた音が聞けて嬉しい。今日は弦楽器とパーカッションだけの構成で、暖かで真剣な感じが本当に良かったです。技術ももちろんだけど、特に後半は楽しくやっている感じで、聴いてる私も楽しめました。
ただちょっと残念だったのは、選曲。今年は待ちに待った新譜がでたので、ワクワク聞きに行ったのですが、新譜イベリアからはたったの4曲。しかも、我らがトリアーナは入っていなかった。
そして、後半の殆どの曲がファーストアルバムの「noches de imán y luna」からの選曲。私がカニちゃんを好きになるきっかけとなった“lluvia de cometas”をトリに持ってきてくれたのは個人的にはとっても嬉しかったけど、でももう10年近く聴いている曲をまたここで聴くのはどうかと思いました。
カニちゃんに選曲の理由を聞いたら、“セビージャの人はフラメンコが好きだから”という答えだったけど、割合は逆で良かったんじゃないかと思います。やっぱりもうちょっと新譜を聞きたかった。
次回に期待するか。

折れた親指の爪を押さえるカニちゃん
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日本語ブーム
2007年10月11日
ここ数年、スペインにもオリエンタルブームが降り立ち、インドネシアやタイの家具を専門に売るお店は大繁盛。インド料理店や日本料理店。洋服やアクセサリーにもアジアンテイストがよくみられるようになりました。
そんななか、やはり根強い人気が「漢字」。いままではインチキな漢字や、中国にしかない漢字などが多かったのですが、最近は普通に日本語として読めるものが増えてきました。また平仮名も大分進出してきています。
銀座、魂、能(これは能力という意味で選んでいるらしい)、愛、太極拳、歌舞伎などに加えて、最近みかけたものでは、こけし、安都二男(多分アントニオだと思う)、万歳などなど。
これ、どこでみかけるかというと、その殆どが入れ墨や車のステッカー。そして今日はこれ。
この立派な明朝体は結構日本のヤンキーに通ずるものが。
これはどうやって選んだんでしょうか。わざわざこれを選ぶくらいだから意味から選んだんだろうけど、売った人はなんて訳で売ったんでしょう。不屈精神って。すごい。なんかスペイン人に似合うような似合わないような言葉。自分を曲げない、って言う意味では、合っているような気もするけど。
今日も3歳児を二人連れたおばあさんが赤信号を大闊歩。
通り過ぎる車に「なによ。あんた私を轢こうって言うの??」
なんて叫んでいる。「セニョーラ。信号赤ですよー」って言ったら、「あら、気付かなかったわ」
あのーみんな信号待ちしてるんですけど。というわけで、さすがスペイン。ある意味不屈な人は結構います。
ちなみに私の好きな漢字は「庭」です。日よけがあって、テーブルがあって、ブランケットも敷いてあるような感じがする。あたたかい日曜の午後の香りが漂うので、好きな漢字です。
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タブラオを作ろう!
2007年10月4日
前に使っていたタブラオがだいぶ老朽化し、友人のカセタ(フェリア)に譲ってから早1年。フラメンコをやる必要に迫られて、タブラオを作ることになりました。家庭で練習する時も使えるし、お店をやる予定がある方にも参考になると思うので、今日は作り方を紹介します。

木のパネル板と、角木材を買ってきて、木材をパネルの縁取りの長さに切ります。

角木材が切れたら、パネル板に並べてみます。衝撃を軽くするため、マットを切って角木材に貼ります。この場合はキャンプ用の保温マットを利用しました。この写真の部分で2枚のパネル板をあわせています。

まず木工用ボンドで木を貼付けてから、釘を打ちます。釘は少ない方が踊りやすいです。

次に防音のためにウレタンマットを貼ります。音がひび割れするのを防ぎ、綺麗な乾いた音(セコ)がするようになります。
まず、ウレタンを必要サイズに切り、

ウレタン用ボンドで貼付けます。
裏返して、黒(あるいはお好きな色)で塗れば、簡単タブラオの完成です。我が家のタブラオはこれを2つつなげて作っています。

ちょっとわかりにくいけど、ステージの様子。写真の人はカンタオーラ ナタリア。

今日のメンバー。
ウニオン優勝者のダビなど、それぞれタブラオなどで活躍中のアーティストです。
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祝! 同棲!
2007年9月27日
大親友ミシェルはとても美人。スタイルも抜群で、性格も明るく恋のアバンチュールも大好き。金髪に巨乳で軽いので、頭が悪く見られることもあるけど、実は大卒で翻訳のライセンスを持つ才女でもあります。
マリリン・モンローのルックスに、“セックス・イン・ザ・シティー”のサマンタの性格と思ってもらえばわかりやすいかも。
というわけで、彼女とは毎日のように夜遊びに出掛けていました。そのルックスとサービス精神旺盛な性格で、行く先々、どこでも彼女は人気者。二人で一晩中笑ってばかりいました。
そのうち、私には彼ができ、子供ができ、いつの間にか、家族のいる幸せというものが日常的なものとなりました。彼女と夜遊びに行くのも、年に4.5回がいいとこ。そのかわり、ランチで彼女を励ますことが多くなりました。
彼女だって、結婚願望や出産願望はあります。でもそれに見合う男性に出会えないだけなのです。でも、仕事のトラブルや、経済的な問題、年齢的な焦り、おまけに太ってきてしまって、ここ数年はなんとなくアンハッピーな時期が続きました。
ところが、去年。14歳年下の学生の男の子と出会って、なんとなくつきあいを始めた彼女。私は彼が完璧にミシェルの好みだっただけに、ひたすらうまくいくことを祈る日々。会う度に幸せそうな彼女を見ているうちに、楽天家の私は“信じてよさそうじゃない!!”なんてことを簡単に言っては、彼女に“そんなにうまくいきっこないわよ。あとで傷つかないように気持ちセーブするのが精一杯”なんて言われていました。
でも、なんと!
今週の月曜日から一緒に暮らし始めたんです。二人。
ミシェルにとって、恋人と住むのは40歳になって始めて。もちろん彼にとっても始めての同棲。
“今までずーっと一人に慣れているから、心配” というので、「二人で暮らすことを選んだんだから変わらなきゃ」と、私が夫と暮らし始めた時に彼女に言われた言葉をそのまま返しました。どんなに大好きな人だって、一緒に暮らすといろいろあります。でも、やっとみつけた大事な人。なんともうまくいって欲しいものです。
週末にはシャンパンを持って、お祝いに行こうと思っています。
本当に嬉しい。
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恋愛のスタイル
2007年9月20日
恋とか、愛っていうのはなんなのかなあ、と時に思う。
目に見えるものではないだけに、信じるしかない部分はある。
例えば、ある男性が貴方に会いに来た時に、大きな花束を持ってきたとする。別の男性は何も持ってこなかった。
さて、この二人のうちどちらが貴方をより愛しているでしょう。
これは実際わからないのである。
前者の男性は、毎日数ある女性に花束を贈っているかも知れないし、あるいは、なんとか貴方を喜ばせたくて、 少ないお給料の中大きい花束を買ってきてくれたかも知れない。後者の男性は、貴方に興味がなくて何も持ってこなかったのかも知れないし、あるいは、嘘っぽくなるのをおそれてのことだったかもしれない。
愛というのはそういうことでは、測りきれないのである。
そうはいっても、心というものが目に見えないものである限り、相手の言動で判断するしかないのが、恋愛のややこしいところ。
なので、私は自分が相手を好きだったら90%は恋愛に満足してしまう。相手の気持ちを測ってたら、キリがないからである。
ところがうちの夫は、目に見えるところで愛情を感じると喜ぶ。
コップに水を注ぐのでも、ついであげたいし、つがれたいのである。
最初の頃はそういうことが割に面倒であった。
ぺぺがトリートメントがなくなったときに、トリートメントくらい買っておいてくれてもいいじゃないか、というので、私は トリートメントなんて使わないし、なくなったの気付かなかったもん。というと、俺もリップは使わないけど、君のがなくなってれば買っておくじゃないか。という。
私は、私のリップは私が買うから、あなたのトリートメントはあなたが買ったらいいじゃない!と思ったけど、その時は黙っていた。
そして、次の日、その話を友人ミシェルにすると、“その考え方は、一人で生きていく考え方よ。二人でやっていこうと思うなら、彼の考え方に近付くべきだわ”と言われた。一人で気楽にやってるミシェルなら笑い飛ばしてくれると思ったのに。
私は私の賛同者をみつけるため、数人の友人にべつべつにこの話をしたのだが、誰もが彼の考え方に同感であった。口の悪い友人フアナも、“トリートメントとか言うから、マリコン(オカマという意味だか、男性をけなす時にも使う)みたいだけどさ。ベースの考え方は正しいよ”
ふむ。
そして、ここは彼の(あるいは友人達の)意見に折れて、そういう方向で試してみようと始めて今に至る。
結果は正解である。
マッサージだって当然してもらった方が気持ちいいし、どうせ、服を買うなら、お互いにプレゼントしあった方がなんか 気持ちがいい。
基本的に、常に相手に何かしてあげよう、という姿勢になると、相手のことをよく観察するし、心に余裕がでてくる。
当然、してもらったら嬉しくなるし、また何かしてあげようという気持ちになる。
してあげる、してもらう、という小さな積み重ねが、愛情を育てていってるのかなあと思う今日この頃なのである。
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赤ワインはお好き?
2007年9月13日
私は基本的にどんなお酒も好きですが、日本のお酒以外は色の付いている(あるいは色の濃いめの)お酒が好きなんですね。ワインなら赤、ラムならゴールド、ヘレスワインならドゥルセ、ウイスキー系ならバーボン。と言った具合で、こういうことを書き続けるとキリがないですが、まあ甘味とコクのあるお酒が好きです。焼酎でも、芋焼酎なんかがやっぱり一番好きですね。日本酒は辛口が……とやはりキリがない。今日はワインのお話でした。
日本にいた頃はメルロー種を使った、チリワインやフランスワインが好きで、フランスボルドー産のいくつかは結構気に入って飲んでいました。
ところが、スペインに来てスペインワインを飲んだら、目からうろこ。もちろんフランスワインだって、フランスで飲んだら、とっても美味しかったけど、美味しさが違う。
私は好きなだけで通ではないので、落ち葉の香りだの、オーク樽の香りだの、っていうのはよくわかりませんが、スペインのワインはなんと言っても元気! 太陽をサンサンと浴びてすくすくと育ったぶどうの味がする、とっても真っ直ぐなワインなんです。
こういうのはもちろん好みの問題で、人間だってちょっと陰のある人に惹かれる人もいれば、天真爛漫な人に惹かれる人もいます。私はわりと、当たり前に正しいものを正しいって言えちゃうような、真っ直ぐな人が好きなんですね。で、スペインのワインはそういう味がする。スペイン産のテンプラニージョだけで勝負しているワインもあれば、私の好きなメルローを多めに混ぜたワインもあります。1産地であるリオハ県(県総面積5045k㎡)だけでもその数600種以上もあり、全国区でのワインのバリエーションは計り知れないのですが、どんなワインを飲んでも、太陽の恵みに溢れてて、明るくて、元気をもらえます。
最近は暑くてビールばかり飲んでいたのですが、久しぶりにワインが飲みたくなって、ボトルをあけたら、その元気な香りと味に、新鮮に驚かされてしまいました。
スペインワイン万歳!
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動物園!
2007年9月6日
郊外ですが、じつはセビージャには動物園もあります。
車で園内をまわれるようになっているサファリパークタイプ。その長さは10キロメートル。広さは230ヘクタールになります。
危険な動物たちは一応ネットがありますが、あとの動物たちは基本的に放し飼い。
どの動物ものびのび暮らしています。区切られている動物たちだって、その敷地の広さに驚きます。例えば、象は3匹で、サッカー場5つ分くらいのところをフラフラ歩いています。バッファローなんて川とその水辺が全て彼らのスペースで、トリアーナより広いくらい。とてつもなく広いので、なかには出会えない動物もいましたが、それでも充分すぎるほどの動物に会えました。動物園が広すぎて動物がみつからないって、なんかいいですよね。それなりに自由があるようでほっとする。
アシカのショーもあるし、鳥のショーもあります。1km先の塔から6匹のハゲ鷹が空を飛んできたのは壮観でした。のんびり下降してくるその様は優雅。ハゲ鷹たちはそろって客席に降りたったのでお客さんたちはびっくりでしたが、モニターの人はスペイン人お得意の「no pasa nada(大丈夫)」を繰り返していました。「顔が白い時は精神的に落ち着いている時なんです」って言った途端に、2匹が真っ赤になって喧嘩をはじめて、近くに座っていた人たちは一斉に叫んで立ち上がり、大騒ぎ。
スペイン人って、自分がサービスする側の時はなんでも「no pasa nada」でのんびりとした対応なんだけど、自分がサービスされる側になると、急に大声で叫んだり、反応が激しくなります。このハゲ鷹はお客さんの反応も含めてとっても面白かったです。
で、一番驚いたのは。ラクダ。
モロッコではラクダに乗りますが、ラクダはつないでおくと、なにをするかわからないので、休憩の時は足を折り畳んで、膝上で縛るんですね。つまり太ももとふくらはぎを重ねて一緒にしばるわけです。そうでもしないとなにするかわからない。という。そんなに扱いにくい動物なのかしら??という疑問に今日は答えがでました。
「ラクダは人間を馬鹿にしている!」
車で走っていたら、道路の真ん中にラクダの集団がいたので、スピードを落としてトロトロと進む私たち。普通の動物はゆっくり待っていれば、道をあけてくれるんです。ところがラクダたちは「あらみて。来たわよ、人間」「あらーほんとー。ちょっといってみましょうよー」(ラクダにはオカマ言葉がピッタリです。これオカマ風に読んでください)ってな感じで、退くどころか迫ってくる。あっという間にラクダに囲まれる私たち。更にラクダが車に顔をつっこんでくるので、慌てて窓をしめる私たち。どうしようどうしようとしている間に、雨よけのプラスティックなどをかじり始めるラクダ。窓をべろべろなめるラクダ。完全に馬鹿にされている。
大型動物の前では人間なんて小さなモンです。結局クラクションを鳴らしまくって、ラクダの群を通り過ぎました。
「なによ、つまんないわねー、もうクラクション?」「なによ、弱虫ー」「はいはい、どいてあげるわよー」なんて感じでつまんなそうに道をあけるラクダたち。ガルシア一家(我が家)完敗。
しかし、このラクダを乗り物にしてるモロッコ人って,,,,,,,すごい。
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今年も猛暑です!
2007年8月30日
スペインのフライパンっていうくらいですから、セビージャの夏はとっても暑いです。毎年50度を超す日が何日かあります。
ちなみにこの“スペインのフライパン”っていう表現、こちらでは一度も聞いたことがなかったのですが、つい先日、やっと似たような話を聞きました。“日光とフライパンで卵焼きができるか”という話。
これ、テレビの企画ものでやってたらしいのですが、(やらせかもしれないけど、)なんと、目玉焼き、できたそうです! 太陽光線の目玉焼き! すごい! フライパンを日光で充分に温めたところに卵を落とせばできるそうです。
というわけで、そりゃーもうじりじりと暑いです。ただ、日本の暑さより楽なのは湿気がないこと。日陰に入ったり、風が吹けばまあまあ、爽やかです。
ドイツやフランスでは気温が40度を超えただけで、人がばたばたと死んでニュ-スになりますが、セビージャはこんなに暑いのに、滅多に人が死にません。アル中とかでフラフラ道ばたに暮らしているような人でも、普通に夏を乗り切っています。
やはり湿気の違いなのでしょうか。
一瞬、頭の片隅を“馬鹿は風邪引かない”という言葉がよぎりましたが、生について考えることが多かった今日この頃、暑さに負けないセビージャの人たちを、頼もしく感じます。
さあ、今年の夏もあとちょっと、がんばって乗り切ろう!!
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el bulli
2007年8月23日
うわー。行ってきました。エルブジ。(日本ではエルブリというらしい)ご存知ですか?
ミシュラン*はもちろん三ツ星。毎年発表されるレストランランキングでも、2002年、2006年、2007年、と一位を獲得。
つまり、今“世界で一番美味しい、行く価値がある”と言われているレストランなのです。
エルブジはフランス国境に近いある岬にあるので、とても遠くて行けませんが、ここ我がセビージャにはそのエルブジ直営店があります。というわけで、行ってきました。
いくらくらい取られちゃうんだろう?? というのが不安で今まで一度も行けなかったのですが、今回は食にお金を惜しまない大事なお友達、踊り手の石原理江ちゃんが日本から来ていたので、思い切って二人で行ってきました。いや、行って良かったー!! セビージャからのタクシー代が往復で75ユーロ、食事が250-300ユーロくらい、(食事は理江ちゃんが払ってくれたので、正確に値段を覚えていない)決して安くはないですが、その価値はあります。(食事は二人分、飲み物込みです)全ての料理が驚きの連続、見て楽しい、食べて美味しい、至福の時間。ウエイターの人たちもすごく丁寧だけど気取っていなくて、素晴らしいサービスでした。以下、この日のコースメニューです。メニューは日替わりで、これ、全部出てきます。カッコ内はその品を始めてエルブジで出した年。
sangría en suspensión(2005)--小さな小さな色とりどりのフルーツ粒ゼリーが入った透明なサングリア。
aceitunas esféricas(2006)--見た目は本物オリーブなのに、食べると薄い袋が破けて、なかからジューシーなオリーブジュースが。美味しくておかわりした。
camarones fritos al limón(2006)--白魚揚げ。さっくりサクサクなのに、レモンの味もする。不思議。
cortezas de cerdo al mentol(2004)--さっぱりとした豚の油揚げを甘ーいソースで食べる。
corte helado de queso parmesano(1997)--チータラみたいな感じだけど、段違いに美味しい。
“quicoguaca" (1998)--薄いはちみつの皮に包まれたアボガドディップ。これ、最高に美味しかった。甘味と酸味とモッタリ感のバランスが絶妙で、しかも見た目がお菓子のコロンみたいで可愛い。
canutillo de oliva negra (2004)-黒オリーブのスナック。さっくりしてるのに、噛むとジューシー。袋詰めで買って帰りたい旨さ。
cubilete de mango, pistacho y yuzu (2003)-カラメル味の袋をかじると、なかに緑の小さなラミナードがぎっしり入っている。これ、トロピカル味。
nube de aceite de oliva (2004)--オリーブオイルのマシュマロ。
cornete de huevas de trucha(2000)--三角コーンにいろいろ入っている。全部食べるといくら丼の味。わさびも入ってる。
croqueta esférica de jamón (2006)--薄い皮にハムジュースが入っていて、上に衣が載っている。食感は全然違うのに、味はハムコロッケそのまま!
bocaito de jamón--小さいマフィンハムサンド。全てが柔らかく繊細で、イベリコハムも切れやすく口溶けも良く、ものすごく美味。
brocheta de coliflor con frambuesa(1996)--フランボワーズの酸味と、カリフラワーマリネの酸味に、甘いソースがぴったり。
melón a parrílla con ficoide glaciale (1998)--写真の一品。メロンステーキです。
atún confitado con mayonesa de atún (2003)--ツナマリネのマヨネーズ和え。
rape con cassis y eucalipto (1998)--鱈焼き。鮮度抜群。
solomillo de buey empanado al pesto(1989)--牛ステーキ。やはり品質がいい。
borracho de mandarinas y lavanda (1999)--チョコ、オレンジ、ハーブをつかったカステラ付ムース。素朴だけど、砂糖ではない甘さが心地よかったです。
そして、最後にチョコフレークとか、キャンディーとか、いろいろ小さいお菓子も出てきました。
はー。思い出してもうっとり。
はやく、もう一度行きたいです。
いま、支払いも滞る極貧生活……。なんとか挽回して美味しいもの食べにいくぞ!!
*ギド ミシュラン。
タイヤ会社のミシュランが発行するガイドブックで、通常ミシュランと言えば赤い表紙のレストラン編を指す。星の数は最高3つで、三ツ星は毎年紹介されるレストランの0.5%にも満たない。
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トリアーナ万歳!
2007年8月16日
vela de trianaという夏祭りが今年も開催されました。これはトリアーナ地区で行われる、ものすごく規模の小さいフェリアのようなもので、約1週間、飲んだり踊ったりして楽しみます。基本的にカセタはすべて商業用で、どこのカセタも自由に出入りができます。子供用の小さな乗り物もあるし、仮設会場では日替わりでフラメンコやポップ、ロックなどの無料コンサートも行われます。その他、その年活躍したトリアーナ出身の人に贈られるtrianero/a del año賞の授賞式や、旗とり大会、セビジャーナスコンテストなども催され、街はにぎわいます。
しかし、この頃になると、もう、ばか騒ぎはいいんじゃないか、という気にもなります。だって、つい先月には、コルプスがあり、その前の月にはロシオ祭がありました。その前月はみなさんご存知のフェリア(セビージャの春祭り)。
ロシオ祭は宗教関係のお祭りですが、1週間飲んだり歌ったり踊ったりし続ける、というのはフェリアと同じですね。ただ、場所がセビージャではなく、ロシオで行われ、各都市の人々がロシオまで騒ぎながら歩いていきます(一応これ、巡礼です)。
セビージャチーム、カディスチーム、という具合に各都市のパソ(巡礼の列)がロシオにむけて出発しますが、重ねてなぜか県でもなんでもないセビージャの1地区のトリアーナのパソというのも出発します。
コルプスも宗教関係のお祭りでセビージャのコルプスのパソがでるのですが、この2、3日後にトリアーナのコルプスもでます。
しつこいようですが、トリアーナというのは私たちが住んでいる地区の名前です。ここは独自国家の気持ちが強く、その昔は独自の市長がいたほどです(今もいるのかもしれない)。
私たちはSevillano(セビージャ人)ではなくて、Trianero(トリアーナ人)だし、セビージャ(県)がロシオのパソを出すなら、トリアーナ(地区)もトリアーナのパソを出さないといけないし、セビージャ(市)がカバルガタ(クリスマスの子供たちのパソ。ディズニーランドのパレードに似ていて、飴やおもちゃがパレードから振りまかれる)を出すなら、我らがトリアーナも出さないといけない。という感じ。セビージャ県/市がやることはトリアーナも独自にやらないと気が済まない。というわけで、ここトリアーナでは、パソだのお祭りだのが2回ずつ繰り返され、年中行事が続きます。
そしてお祭りの度に“ビバ!トリアーナ!(トリアーナ万歳)”と叫ぶ人々も、8月は街から消えます。避暑にでかけるのです。
残っている私たちは……。暑いですねー。やっぱり。
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死ぬ気で挑む遊園地
2007年8月9日
今年も恒例のイスラマヒカへ行ってきました。
イスラマヒカとは、水に濡れるアトラクションが満載の、セビージャ唯一の遊園地。しかもオープンは夏だけ。うちは子供がいるので、年に一度くらいはここに行かないといけません。しかし、これが毎回生死を彷徨うような一日。
というのも、暑い。本当に暑い。
日中40度を越すなか、ほぼ一日中屋外にいるわけですから、大人はもちろん子供にもかなりの消耗が課されます。みんな水分を沢山とって、水をあびたりしながら一日を過ごしていますが、そういうレベルじゃなく暑い。「これ、日射病で倒れるような人いないのかしら?」と、行くたびに思います。
今日も途中でクラクラしてきてカフェに入ったらクーラーが効いていて、下の娘はあっという間にお昼寝。よっぽど暑かったんでしょうね。1時間弱で目が覚めたので、再びアトラクション巡りに繰り出しました。
8時間近く遊園地にいて、本当に本当にぐったりして帰ってきたのに、シャワーを浴びたら、早速走り回っている子供たち。子供ってなんでこんなに元気なんでしょうか。
また行きたい! と言われるのですが、あの暑さを思うと、なかなか勇気が出ない私です。
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花のある生活。
2007年8月2日
小学校3年生くらいまではとても真面目にピアノを弾いていました。その頃事情があって、ピアノの先生が替わりました。一応更にレベルの高い先生に替わったはずだったのですが、この先生、技術的には素晴らしい先生だったのですが、やる気は全然なかった。
「どんなに賞とったって、ピアニストで生きていけるのは一握りなのよね。結局教えないと生活していけないし」なんて感じで、廃退ムード炸裂。家にも普通にドラッグがあって、「芸術家は心が弱い人が多いのよ」なんて言っていました。私のピアノへの意欲はどんどん下がっていきましたが、30分のレッスンの後の、1時間以上のお茶の時間が楽しくて、レッスン自体は休まず通っていました。当時彼女は不倫していて、不倫話もよく聞いたものです。(ちなみに私は小学生)
彼女とはその後長い付き合いになるのですが、彼女の家にはいつも花が途絶えたことがありません。当時もいつもおしゃれな花が活けてあって、「30(歳)過ぎて、いまだに仕送りしてもらってるのよ。情けないわ」といいながら、月に3、4万も花に使っていました。この先生のおかげで、私は“花を飾る=廃退、散財”というかたよった認識がインプットされ、いままであまり家に花を飾ることがありませんでした。
ところがこの写真の花束、いくらだと思います?
5ユーロです!!
10日くらいは持つので、月15ユーロくらいで、毎日花のある暮らしができます。この安い花屋さんを見つけてからは、花が急に日常的なものになりました。もっと高いお花もあるけれど、とりあえずはこの辺から始めてみます。
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やっぱり楽しい夏休み!
2007年7月26日

この夏はこんな家に滞在しました。

砂で彫刻を彫ったり

フライサーフの試合を見に行ったり

こんな山道を20分以上歩いて

やっとついた人のいない砂浜で

犬と泳いだりしてきました。
とってもリフレッシュして帰ってきました。
気持ちも新たに頑張るぞ!と。
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tela
2007年6月28日
今月は辞書には載っていないようなスペイン語表現を紹介してきました。こうやって考えてみると、辞書に載ってないような言葉ってたくさんありますね。もちろんこれらはいわゆる隠語(英語でいうところのfuck.bitchなど)ではありません。逆にそういう言葉は辞書に載っていますよね。そういう言葉の一般的な訳は“畜生!”とか“あばずれ!”だったりするんですが、これってもっと他に適切な訳ってないのでしょうか。“あばずれ”って。使っている人いるんだろうか。今の日本で。
さて、今日はtelaという単語をとりあげます。telaというのは普通にいえば“生地”という意味ですが、“めっちゃ”という俗語表現に使われます。
例えば、
「どうしたの? 具合悪そう」
「いや。多分どこも悪くないと思うんだけど。Estoy tela de cansada.(=めちゃめちゃ疲れてるんだよねー。)」
「あ、それ暑さだよ。Es que hoy hace tela de calor.(だって、今日すごい暑いもん)」
なんていう風に使えます。
というわけで、スペイン語夏期集中講座も今日でお終い。
私は夏休みで家族4人+大型犬2匹を連れて海へ行ってきます。
また来月お会いしましょう!!
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salir
2007年6月21日
今日はsalirという単語を見てみましょう。これは“外へ出る、出掛ける”という場合によく使われます。例えば先週使ったmarchaと組み合わせて、「voy a salir de marcha」と言うと、“夜遊びに行く”という意味になります。
さて、今日はそれ以外の使い方も見ていきましょう。
まず、結果的にこうなっちゃった……っていう言い方です。例えば、
「あ、その靴安かったって言ってたやつ? 初めて見たけど、かわいいねー。掘り出しもんだね」
「いや、それがさー。買ってすぐ足首のベルトが両方壊れちゃって、直すのに18ユーロもかかっちゃったんだよねー」
「Al final. te salieron caros.」(=じゃ、結局高くついちゃったね/靴は二つで1足なので、複数形です)
なんていうふうに使えます。
他に“つきあっている”という言い方もあります。
例えば昨日うちの従業員、パウラと話していたとき。
「恋は盲目、っていうけどさ、みんな自分の好きな人は格好良く見えるものなのかしら」と聞くと、(私はわりと突拍子もない質問をよくする)
「そうねえ。私はナッチョはそんなに格好いいと思わないけど」と、突然別の従業員の名前が。
「なんで、突然ナッチョなの? あなたたち仲はいいけど、だからってどうにかなる可能性があるの?」と笑うと、パウラは目点に。
数秒の静寂の後。
「No me digas! ¿Estas saliendo con él?」(=嘘!! 彼とつきあってんの???)
「うん。知ってると思ってた……」
なんていうふうに使えます。
最後に発情期といういい方を紹介しておきます。これはもちろん犬とか動物に使うわけですが、たまには人間にも使えます。たとえば、みんなでクラブなんかに行った時。友達が、ひたすら、男の子品定めばっかりしてたりすると、「Déjalo ya! parece que estas salida!」(やだもう止めなよー。発情期みたいじゃん)
というわけで、また来週!!
Rie
marcha
2007年6月14日
うちの甥っ子16歳(180cm・90kg)は週末は必ず夜遊びにでかけています。この子はもう9歳くらいから“お勉強”は駄目だったので、変な“社会勉強”をする前に、「体もでかいし歌もうまいんだから、スポーツとか芸能で道を探したらどうか」と何度も言ったのですが、結局“夜遊び好きな普通の学歴のない男の子”になってしまいました。もちろんタバコも吸うし、軽くお酒も飲んでいるようです。このままディスコで働く、とかではなく、“昼間は勤労な夜遊び好きな男の子”に育って欲しいものです。
こちらには8時から12時までは子供時間、として、未成年者が入れるクラブ(ディスコ)もあります。アルコールは販売していません。
この間も夜中に彼に会ったので、「なにぶらぶらしてんの?」と聞くと、これから子供用ディスコに行くと言います。その時すでに深夜2時。「こんな時間に?子供用?」と聞くと、なんと我が家の子供たちの学校だそう。学校の校庭で、毎週金曜日の夜10時から明け方まで、ディスコが開かれるんだそうです。アルコール、ドラッグなし。14-25歳まで。“子供に安全な環境を!” ってなんだそれ。アルコールとかドラッグが嫌なら、子供を夜中に家から出さなきゃいいんじゃないでしょうか。夜中の2時に14歳の子供が学校の校庭でノンアルコールドリンクを飲んで仲間と遊ぶのはどのへんが健全なんだ?
「Bueno, una pequeña marchita, ¿no?」(ま、ちょっと夜遊び雰囲気を楽しむって感じでいいんじゃない?)とは甥っ子の母の弁。
「No, no hay marchita para pequeños, marcha es marcha」(小さい子供用の夜遊びなんてないの。夜遊びは夜遊び)と私。子供が夜遊びするのは仕方がないといえば、仕方がないのですが、そこで、子供用の夜遊び、なんてカモフラージュするのではなく、夜遊びは危険を伴うものなんだ、とはっきり教えたほうがいいと思います。
というわけで、今日のスペイン語は“marcha”でした。これは普通、出発するとか、何かが進んでいる状態(車とか企画とか)、行進などを指す言葉ですが、ここでは夜遊び、という使われ方をしています。割と良く使われますので、覚えておくと便利です。
Rie
間違いない-esta más claro que el agua
2007年6月7日
今日は題名の表現を紹介したいと思います。これは非常に古い言い回しで、“それは澄んだ水より明らかなことだ”というように解釈します。基本的には明らかに当たり前のことを,更に強調するような時に使います。
例えば「自分にとってなにより大事なのは家族だよ」なんて言葉に続けて、「esta más claro que el agua.」を使うことができます。
基本的には自分の言っていることを強調するために使うので相づちには向きませんが、次のような場合はありえます。
トリアーナに住んでいる人のなかには、トリアーナを愛してやまず、自分たちのことをtrianeroと呼んでいるような人がいます。(普通は外の人たちが、あまりにもトリアーナっぽい人を、あいつはtrianeroだから、みたいに使います。自分で自分をtrianeroって呼ぶのはよっぽどです)
このトリアーナ人の気質に惹かれてか、ここは外国人が多い地区でもあります。そこて自称他称trianeroが「ここは他の土地の人も気に入るんだ。トリアーナにしかないものがあるからね。トリアーナ以外に住む気はないね」などと言うと、同類のtrianeroが「esta más claro que el agua.」なんて答えたりする。これはつまり“そんなことアッタリメエじゃねえか”ということですね。
おかげで人気地区トリアーナの地価高騰は凄まじいものがあります。私の友人の家も330ユーロから450ユーロへ突然の値上げ。
「私、契約書もあるし、絶対そんな家賃払わない。値上げは年率物価上昇率しかあげちゃいけないはずだもん。esta más claro que el agua.(絶対値上げには応じないわ)」
「契約書って来年までじゃなかったっけ? それ、絶対同額更新してくれないよね」
「desde luego」(もちろん、絶対)ここで「esta más claro que el agua.=間違いないわ」も使えます。ちょっとしつこいけど。
Rie
麻薬中毒
2007年5月31日
うちの近所に麻薬中毒の女性がいます。見た目なんかは普通なのですが、年中家族とその件で喧嘩しているので、“相変わらず中毒なんだなー”と思っているわけです。
彼女には小さな娘がいるので、親などもそりゃあ心配だと思います。祖母、母、彼女とその娘、がみんな近くに住んでいるのですが、年中大声で怒鳴りあっています。おばあちゃんもすごいお年なのに仲裁に入って罵倒をあびていたりして、本当に気の毒。
麻薬中毒というのは、使用している間、責任のあることはできない、当然体にもよくない、という面がありますが、結果的に一番の問題は金銭的なことだと思います。薬のためのお金欲しさに、より悪い環境に身を染めていく可能性がある、というのが家族にとっては一番怖いことのように思います。
ちなみに、こちらは自宅などで薬を使用する分には違法ではありません。私の友人なんかでも、“ちょっとコカイン”っていう感じで、飲みに行ったりすると、普通に使用している人もいます。中毒ではありません。(“ちょっとヘロイン”はさすがにいない)
この、“たまに使うよ”っていうのと“中毒です”っていう差が出るきっかけはなんなんだろう……と、よく思うのですが、やっぱり“たまに使うよ”っていうところでコントロールするのは、結構難しいのではないかな、とも思います。
ところで、スペイン語では「麻薬中毒=adicto de drogas」といういい方は普通しません。通常は「麻薬で問題を抱えている=tiene problemas de drogas」といういい方をします。
さて、来週から夏休みまでは、スペイン語の表現をご紹介しようと思っています。それでは また。
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海大好き!
2007年5月24日
先週、今週と2週続けて海に行ってきました。どちらも日帰りです。セビージャからだと、1時間くらいでウエルバ県の海へ、2時間半くらいでカディス県の海へ行けます。一般的にはやはり近さのウエルバ県の海が人気です。でも、我が家はカディス県の海が好きなので、少し遠くてもそちらを選びます。細かくて軽い白い砂が、風でさらさらと流れる美しい砂浜が延々と続きます。水は冷たいけど青く、どこまでも澄んでいます。夕方は水の中に沢山の魚が見えます。海辺の街では、犬や猫はもちろん、牛や馬、羊などが歩いていて、ほのぼのとした気持ちになります。私たちがいつも行くのはカディス県の中でも田舎の海なのでこんな感じですが、カディス県の中にももっと都会でお洒落な海もたくさんあります。いずれにしても、砂浜の広さと海の蒼さは、共通して美しく保たれています。
今日は寒くて泳げなかったけど、それでも砂浜でごろごろしているだけで、随分リフレッシュできるものです。海大好き!
*写真は2歳半になる娘と、ほぼ同じ大きさになってしまった生後2ヶ月半のうちの仔犬。
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ギネスに載りたい!
2007年5月17日
私はものすごく寝付きが良く、寝起きが良い。血圧は非常に低いのですが、あまり関係ないみたいです。
夫と一緒に暮らし始めた頃は、私があまりに寝付きが良くて、彼が眠れなくなってしまったくらい。“おやすみ”と言ってから、それこそ2秒くらいで寝てしまうので、もともと寝付きの悪い彼は、私の寝息もプレッシャーになり、益々眠れなくなってしまうそう。この話題はしばらく、彼の中では愚痴半分笑い半分、私の中では言い訳半分笑い半分、の話題として、友人たちに語られていました。
友人と旅行をしても、誰より先に寝てしまうので、みんなが驚きます。飲みに行ったりして、飲んでる分にはあくびもしないし、とっても元気。部屋でも普通に会話をしているのですが、じゃあ寝ようか、“おやすみ”と言った途端、眠りに落ちるんですね。
先週も数回友人が泊まりに来てくれたのですが、彼女も「ホントに寝付き早いよねー。そりゃー彼も眠れないよー。なんか“おやすみ”とはいったものの、“でもさー”なんてうっかり会話が続くのかな、と思いきや、ほんとに言った瞬間寝息が聞こえてくるんだもん。」というので、「そうねえ。家族のなかでは一番寝付きが早いかも」というと、「いや、世界レベルの早さだと思う。ギネスに載れるよ」と爆笑されました。
でも、言い訳をすれば、私としてはいつも夜の10時くらいからは眠いなー眠いなー、というなか、頑張って普通の生活を続けてるんです。だから、“はい、もういいよ”と言われたら、もう、すぐ眠りに吸い込まれるんですね。だいたい、“おやすみ”って言ってから眠るまでの時間って言うのは基本的には非合理的ですよね。寝ると決めたら早く寝付いた方が時間を有効に使っていると思うのですが……。
どんな言い訳をしても能天気扱いされて笑われている私。それならいっそのことギネスにでも載せてもらおうかしら。そしたら、ちょっとは私の寝付きの良さも重宝がられるかも。ああ、こんなこと書いている今も、実は眠気と戦っている……。深夜1時。
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ファルキート近況
2007年5月10日
今、スペインではイサベル・パントッハが刑務所に入るかどうか、というのが大きな話題になっています。彼女は非常に有名な歌手で、若い時一世を風靡し、今でもそれなりに人気があります。日本で言ったら、森昌子さんとか、山口百恵さんが引退していないような感じかな。恋人が横領事件でつかまったので、その関与が疑われています。彼女は先日保釈金を90.000ユーロ払って、壁の外で、裁判が終わるのを待っています。
その陰で、我らがファルキートは刑務所暮らしをそつなく送っているようです。
というのも、このまま何の問題もなくゆけば、9月からは週末は刑務所からでられるとの報道。(月~金は刑務所/週末は自宅という制度がある)となると、公演の予定なんかも組まれるでしょう。案外早く彼のステージがみれそうですね。
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短すぎ!!
2007年5月3日
セビージャは今でも個人営業のお店が多く、特にトリアーナは自営業の小さなお店ばかりが並びます。
ここ数年で地価が恐ろしいほど高騰したため、これを機会に店を売り、隠居生活に入った商売人もたくさんいます。予想を超えた地価高騰も、彼らにとってはいい退職金につながりました。
そして、その空いた場所にたくさんの新しい経営者が入っているわけなんですが、これがなかなか続かない。“半年持たなかったねー”なんていうところがたくさんあります。それこそ丁度春と秋ごとに、『店舗貸します』の看板がかかるお店もあります。驚くのは、それでも長く空いたままの店舗というのはなく、すぐに借り手がみるかること。そんなにたくさんの人が“お店を持ちたい!”と思っているのかと思うと、重ねて驚きます。
そんななか、最近の最短記録は3日!!!!!
ある日、ずっと賃貸の札がかかっていた果物屋さんからその札が消え、4日もすると、新しい果物屋さんが登場しました。特売の張り紙なんかたくさんあって、やる気のある感じ。毎朝の通り道なので、買い置きの果物が食べ終わったら寄ってみようかな。なんて思っていたら、なんと4日目には閉まっていました。まさか、3日で閉まるとは思っていないので、なにかあったのかなー、なんて思っていたら、翌週には再び『貸します』の看板が!
なにか事情があったのだとは思うけど、3日っていうのはあまりにも短すぎる。
さすがにこの記録は今後も破られないと思います。
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甘いもの食べよう。
2007年4月26日
スペインに暮らしていると、やはり一番身近な料理はスペイン料理になります。意外にも日本料理に似たものが沢山あり、調理も食べるのもあまり違和感はありません。ポジョ エン サルサ(鳥の煮込み)、パタタ ギサーダ(肉じゃがスペイン風)、アトゥン エンセボジャーダ(マグロのさっと煮)などなど、味付けが違うだけで、見たことのあるような料理が多くあります。
味付けで一番違うのは、料理に砂糖をいっさい使わないことです。だから、ずーっとスペイン料理を食べ続けていると、時々無性に甘いものが食べたくなります。日本にいた時には考えられないような、甘いお菓子を食べたりします。
そう考えてみると、日本食は、お砂糖が入った料理が沢山あります。甘味のある食事が多いんですね。煮物とか、お寿司とか。そばつゆとかトンカツソースなども。
だから、そんなに甘いものが欲しくならない。
というわけで、甘味が欲しい時。ケーキ屋さんに行っても、特に変わり映えもなく、あんまり美味しくもなさそうなものばかり並んでいると、家に帰っていそいそ日本風味の煮物を作ったりします。
甘くて美味しい。この甘味がビールに合うのがまた不思議。
今日は肉じゃがをつくりました。
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今日この頃
2007年4月19日
我が家はあまり裕福ではなく、バッグも靴も滅多に買わないし、欲しい車も我慢しています。それでも決して貧乏でもなく、美味しいものを食べたり飲んだりはわりとよくするし、映画なんかもしょっちゅう観に行きます。
今から3年ほど前、当時は今よりも経済的に厳しい頃。ボルトガルの海辺に遊びに行った時、(もちろん車の中で野宿の旅です)町中のキッチュで小さなレストランに入りました。私たちは入ってすぐの窓際に座っていたため、窓から何人もの人にお金をせびられました。全部断っていたところ、小さな女の子がお店に入ってきて、お金をちょうだい。と手を差し出しました。お母さんは外で待っています。夫は、ちょっと待ってて、というと、ポケットから5ユーロ札を取り出し彼女にあげました。女の子は嬉しそうに、そして、ちょっと恥ずかしそうにお金を持ってお母さんのところに駆けていきました。私はびっくり。レストランのチップだって1、2ユーロ程度しか置かないのに(それでもうちは多く置く方)、5ユーロもあげるなんて。
「どうして5ユーロもあげたの?」と聞くと、
「だって、子供だし、可哀想じゃないか」と夫。
「でも外でお母さん待ってるし、お母さんがそういう風に思ってくれることを見越して、彼女にやらせたのは見え見えじゃない」と私。
「でも、5ユーロももらえば、きっとあの子だって1ユーロ分くらいはなにか買ってもらえるよ」と夫。
それを聞いて、私は自分がなんて卑しいんだろうと思いました。5ユーロは当時の私には結構なお金で(お財布にはいつも20ユーロくらいしか入っていなかった)びっくりしたのはびっくりしたけど、でも冷静に考えれば、そこで5ユーロあげたからって生活に困窮するような額ではありません。子供を使うなんて汚い、なんて、お金をあげない理由みたいなものにすぐ考えがいってしまったけど、女の子に罪がないのは明白。少しでも彼女の糧になればこしたことはないのです。
あの時そう思ったにも関わらず、今でも時々同じような想いをすることがあります。お金のことはともかく、最近は体力が衰えてきて、労力をケチったりすることが増えてきました。ちょっと立ち上がればいいことが面倒くさかったり。人のために労力を惜しまない、うちの70過ぎの義理母をみる度、頭がさがります。今日も犬たちのお掃除、手伝ってもらっちゃった……。
今年の目標は“清い心”だったんだけど、そこに“広く温かい心”も追加したいと改めて思う今日この頃です。
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ツッコミ
2007年4月12日
子どもたちの言うことは、突っ込みたくなるようなことがたくさんあります。でも、ツッコミを入れると“馬鹿にされた”と思って、傷つく場合が多いので、ぐっとこらえることがよくあります。
最近の一番のヒットはこれ。
息子と二人で街をあるいていたら、異様に臭い匂いが。
息子「ママ、なんかすごい匂いがする」
私 「本当だ。臭いねえ。何の匂いだろう…」
私が “車とか、なんか金属の焼ける匂いだわ” と言おうとすると、
息子が先に「昨日食べたガムと同じ匂いがする」
私(心の中で)“ええー。どんなガム食べたんじゃー!!”と思うが、こらえる。
私 「あ、そうなの? 同じ匂い? 何のガムだったの?」
子育てってなかなか難しい。
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蜂蜜
2007年4月5日
我が家は蜂蜜を良く食べます。
12キロ入りの蜂蜜を買って1年もたないので、月1キロ以上は食べていることになります。子どもたちはあんまり食べないので、たまーに料理に使う以外は、夫と二人で食べていることになります。私はほとんど紅茶に入れて使います。夫は、シリアルに入れたり、牛乳に入れたり、パンに塗ったり、いろいろ使っているみたいです。
あまりよく考えて食べていなかったけど、蜂蜜って花の蜜なんですよね。最近、そう認識する機会がありました。
親の仕事をつぐために実家に帰った友人を尋ねて、ウブリケという街に行ってきました。ここは革製品の街で、ロエベや、ルイヴィトン、など、大手ブランドの下請けをやっている工場もあれば、独自のブランドを展開している工場もあります。どれも小さな工場ですが、品質の良い商品が手頃な価格で購入できると言われている街です。行ってみると、意外に品質の良い商品は少ないことがわかりましたが、いくつかのブランドはとても気に入りました。
その街で食後の紅茶を頼んだ時、一緒にはちみつを頼むと、苦みの強い変な味の蜂蜜が出てきました。
「うわ、これ、美味しくない。何かの味に似てる」と夫に言うと、味見した夫も
「ホントだ。変な味だね」と言います。それじゃあ、私も、と味見した友人は
「え、すごく、美味しい。これこそ蜂蜜って味だよ」と言います。びっくりして何度も味見したのですが、どうしてもアザミのような苦みが残ります。
この味の違いは、花の違いだろうという結論にいきつきました。
蜂はもちろん彼らのテリトリーの花の蜜を集めてくるわけで、その範囲内に生えている花の種類によって、蜂蜜の味は違って当然なのです。友人は小さい頃からその蜂蜜の味に慣れているし、私たちは私たちの蜂蜜の味に慣れています。同じカディス県でも、ウブリケは山の地区ですが、私たちはいつもボロニアという海の地区の蜂蜜を買います。私たちの買う蜂蜜は、濃度が濃くて、寒くなると少しざらつき、ザラメのようになる、あまーいあまーい蜂蜜です。
そうかあ。蜂蜜って自然食品なんだなーと思った出来事でした。
*写真はウブリケで買ったバック。二つで150ユーロ! 安い。革製品で品質も良く、ルイヴィトンと同じ製法でつくられています。
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子犬化する子どもたち
2007年3月29日
子犬たちもすくすく育ち、27日目現在、半分以上が2.5キロ以上あります。足なんかもアンバランスに太くてすごくかわいい。
離乳食が始まり、1日4.5回はつくってあげないといけないし、うんちやおしっこも量が増えてきたので、その片付けだけでも大変です。なんだか、時間が足りないけど、それでもやっぱりかわいい。この子たちが巣立ったら、また子犬が産まれたらいいと思います(お母さん犬もそんなにすぐ産めませんが)。わが家の子どもたちも一生懸命世話をしてくれています。
歯も生えたし、じゃれたりもするようになったし、本当に人間とは違って、成長が早くておもしろいです。忙しくてそうもいきませんが、何時間見てても楽しい感じ。
そんなわけで、毎日子犬たちに夢中になっている私を見て、子どもたちが子犬化してきました。私が座っていると四つん這いで“わんわん”と言いながら寄ってきます。“おすわり”とか“お手”とかもやりたがり、ごほうびにクッキーなんかを持っていきます。最初は“あんまり構ってなかったからかしら。かわいそうに”と思ったものの、これが結構かわいい。最近はボールも取ってきたりします。あの、下から見つめてくる感じが犬にしろ人間にしろかわいいんでしょうね(猫は下から見上げられる時より、上から見おろしてくる時の方が可愛い)。
ちなみに我が子たちは今自分たちでボールを投げ合っています。今は妹が犬役。
写真はまだ2キロ弱の時です。
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幼稚部ラブストーリー
2007年3月22日
わが息子が某学校幼稚部に入学して早2年目。昨日、2学期の通信簿をもらいに学校へ行ってきました。父母会が終わり、扉が開くと、外で待っていた子供たちが一斉に入ってきます。
「オラ リエ。元気?」と真っ先に声をかけてきたのはSちゃん。クラスで一番の美人で、私は彼女が大好き。クラスで唯一私を名前で呼ぶ子でもあります。少し会話をしているとすかさずCちゃんがやってきて、「オラ、だりのママ、何話してるの?」と聞いてきます。このCちゃんもなかなかの美人で性格も明るく、話してて楽しい。二人と話していたら、やっとのんびり屋の我が息子だりがやってきました。だりが口を開く前にCちゃんとSちゃんは「だり!!」と話しかけています。
どうやら最近はこの二人が我が息子にご執心の様子。
というのも、今どきの4歳児。みんなすごい。
だりは3歳で幼稚部に入学しましたが、誕生日が遅い子は2歳で入学します。それなのに、まあ、何度となく幾人ものお母さんに、「うちの子、だりに恋してるんですって」と言われました。最初は嬉しかったものの、度重なると、なんて答えていいか微妙になってきます。そんななか、当初はだりのことが好きだった子たちも別に彼ができ、だりも最近、彼女をつくった方がいいかと思い始めたそうです。“っていうか、このあいだ5歳になったばっかりだから!!” と私は思うし、本人もそのようなのですが。
興味のある方はどうぞ。息子の周辺クラスメイトの恋路。
Aちゃん。-- クラスで一番年下の子。当初はだりのことが好きで、だりと名付けた人形と一緒に寝ていた。ところが、2年目からはクラスで一番の女好き、Pくんのことが好きになり、クラスで最初のカップル誕生。授業中も二人でひざまくらとかしているらしい。今、Cちゃんの欄ででてくるCくんとつきあうかどうか思案中なんだそう。
Vちゃん。-- 当初から今でもだりのことが好き。太っているが、聡明で大人びた子。だりも仲良くしているが、彼の友達を殴ったことがあるのがネック。
Lちゃん。-- 当初からだりのことが好き。快活で、いかにも幼稚園児、という感じの子。だりも好意を持っていたが、彼女の家に誘われるたび、“自分の家に来て欲しい(僕は行かない)”と断っていた。そしたら、なんと最近、だりの親友Aくんとカップルに。
Sちゃん。-- 当初からだりに好意を持っていたが、AくんやVちゃんに遮られてあまり話しができない、と言っていたそう(彼女の親からの情報)。席替えで同じテーブルになってから急接近。だりは学校に持ってきちゃいけないおもちゃを持ってくるところがあまり好きじゃないそう。
Cちゃん。-- だりの仲良し、Cくんの妹。“私の彼になって欲しい”と最近言われたそう。だりは、“なんの欠点もないけど、彼女にしていいのか……”と思っているそう。
Rちゃん。-- 体はすごく小さいのに、活発で利発な子。いい意味で臆せず何でも言うおもしろい子。彼女にも“彼になって欲しい”と言われたそう。だりはあんまり好みじゃないみたい。
すごいでしょ?? 私は学校のことにうといし、私からはあまり父兄にも話しかけないし、それでもこれだけいろいろあるんだから、もっと情報力のある人はきっともっとすごいんじゃないかと思います。我が息子のクラスは幼稚部設立以来の落ち着きのないクラスらしく、勉強も少し遅れているらしいので、標準じゃないのかもしれません。でも4歳でこれだけ恋愛のこと考えていたら、そりゃー勉強なんて無理だろうと思う。じつは、“息子に彼女ができる日が楽しみ” なんて思っていたけど、さすがに早すぎる気がします。しますよね??
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KOCHIKAME
2007年3月15日
スペインのテレビは異常に長い時間アニメをやっています。我が家は7チャンネル見られますが、そのうち1チャンネル(全国ネット)で13:00-18:00、別の1チャンネル(アンダルシアネット)で13:30-21:30まで、ほとんど休みなくアニメが放送されています。そのほとんどが日本のアニメで、ドラえもんやポケモン、ピンキーモモ、おそ松くん、ドラゴンボールZ、ミルモ、ドレミちゃんなど新旧ごちゃまぜに毎日放送されます。とにかく毎日なので、展開が早い。名探偵コナンなんてしょっちゅう主題歌が変わります。(日本だと多分3ヶ月クールで変わっているのでしょうが、こちらは3週間弱で3ヶ月分放送してしまう)
なかでも、クレヨンしんちゃんは、アンダルシアネット放送開始早々爆発的に人気がでて、全国区になりました。我が家もよく見ますが、スペイン語だと、"ちょっとおしゃまで妹思いのしんちゃん"の暖かいホームコメディです。というのも、このあいだ始めて日本語で見て、あまりの違いにびっくりしました。日本語だとかなりきついですね。しんちゃんがとてもふてぶてしい。
日本版しんちゃんとスペイン版しんちゃんにだいぶ差があったので、心配なのですが、最近始まった“KOCHIKAME”(こちら亀有派出所)はとってもおもしろくて家族で笑ってみています。ありえないんだけど、あまりにもスケールの大きい話ばかりで、気楽に笑えます。
次はどんな日本のアニメが登場するか楽しみです。
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スペインサイズになって来た。
2007年3月8日
私は海とか山に行くような感じのブランドが好きで、サーファーブランドも大好き。日本にいた時はROXY(オーシャンパシフィック)なんかが好きでした。今でも好きですけど。
スペインにはスペインのサーファーブランドもたくさん種類があります。軽くて着やすく、色づかいがかわいいものが満載。値段は割と高く、国産なのにアメリカンサーファーブランドと同じくらいの値段のものもたくさんあります。
そんななか、一番のお気に入りが、INDIANというブランド。素材が丈夫で、汚れが定着しにくく、デサインもとてもかわいい。値段も手ごろ。働いているお姉ちゃんたちも、華美ではないけど、細身で可愛い人ばかり。
ところが私のここのお店での服のサイズがだいたい、S。XSが何着かと、Mを1着持っていますが、あとは全部S。これはマズいです……。
というのも、私はあまり細いほうではない。体重は軽いのですが、随時体脂肪率が28パーセントくらいなので、見た目にそんなに細くないんですね(産前と産後、体重同じなのに、ウエストサイズが8センチも違う)。こっちに住んでいる日本人の女の子のほとんどが踊っていて、中国人のほとんどが休みなく働いているので、こっちでみかけるアジア人の子ってみんなすごく細いです。わたしより太いアジア人はなかなか見かけない。そんな私がこのブランドでSっていうのはすごいです。自分が細いんじゃないかと錯覚してしまいます。(ちなみに普通のお店ではたいていXSサイズ)
ファンデーションも滅多に塗らないし、(部分メイクはする、)毎日がぶがぶビールを飲んでも、スペイン人のみんなに、“肌きれいねー”とか“細いねー”なんて言われます。(もちろん日本人の友達には言われない)
ちょっと日本に帰って美意識の刺激を受けた方がいいんじゃないかと思う今日このごろです。
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誕生日
2007年3月1日
おとといの火曜日は息子の誕生日。学校でもお祝いしてくれるため、朝、お友達に配るプレゼントとケーキを持たせます。
そして、午後はお友達を呼んで誕生日パーティー。通常はマクドナルドや有料幼児遊技場で用意されている“お誕生日プラン”を利用することがほとんどですが、我が家は場所があるので、いつもパティオでやります。でも、自宅でやるということは、おやつとか飲み物、お土産とか、ピエロの手配とか、親の飲み物やつまみ、会場作りなど、全て自分たちでやることになります。しかもうちの子供は双子だの三つ子だの年子だののお友達が多くて、12人くらい招待したはずなのに、いつも24人くらいの子供たちが親と一緒に来ます。多い……。
そこで、お誕生日会の前当日は、買い物や準備に大忙し。みんなに楽しんでもらおうと、毎年、それなりに結構考えて準備をします。そして、今年の誕生日会。
なんと、うちの犬のモカが朝の8時から産気づいてしまいました。
じつはモカにとっても、わたしにとっても、初めての犬の出産。そばを離れるのも可哀想だし、子犬の数が多いときは、人間の助けが必要になるケースが多いと聞いていたので、たこ糸だの、はさみだの、必要なものは全部そろえて出産を待っていました。
時間は刻一刻と進み、ぎりぎりにお誕生日会の準備をすると、5時には招待客が来始めます。たくさんのプレゼントや挨拶、食べ物や飲み物のサービスをしている間に時間は瞬く間に過ぎ、7時に様子を見に行ったときはなんと3匹の子犬が!!!
一人で出産したモカをほめたたえ、そのあとは、夫に誕生日会のホストと片付けを任せ、10匹の子犬の出産が終わるまで立ち会いました。
そして、丸1日半。なんと2匹の子犬が死んでしまいました。1匹は先天性癲癇で(多分)、何度も発作を起こした後に、私たちに看取られて死亡。もう1匹は丈夫そうに見えたのに突然死んでいました。大型犬種なので、お母さんに埋もれて窒息したのかもしれません。(大型犬にはよくあるらしい)
獣医さんに電話したら、“子犬の数が多いから当然よ。気を落とさないで。さらに死んでも普通だから”と本当に普通のトーンで回答されました。
なんだか私って今まで幸せに生きて来たのかもしれないなあ。と思いました。
“10匹のうちの2匹が死んでも、自然というものはそういうものだ”というのは頭ではとてもわかるのですが、“その自然の壁をうちやぶるために、私たち飼い主がそばにいてあげているのじゃないか”という思いが捨てられないのです。“母犬が育てきれないような弱い子犬は(死んでも)しょうがないんだよ”という夫の意見も振り切って、一番小さくておっぱいが飲めない子を、母犬に内緒でこっそり育てています。母犬のおっぱいをしぼって子犬に飲ませ、うんちをさせて、温めて……。
おかげで2日で3時間くらいしか寝ていないし、子犬もあんまり元気にならないし、無事のりきれるかどうかとても不安。しかもいったい誰のためにこの子犬の命を守っているのかわからなくなってきます。
母犬も、獣医も、家族も、死んでも当たりまえと思っている犬を私が育てる意味はどこにあるのでしょう。『全ての生がまっとうされるべきである』というのは、正論だと思っていたのですが、それは人類のおごりなのかもしれません。
哲学はまた別の日にまわすとして、泣き叫んでいる子犬がいるので、様子を見てきます。朝の4時半、まだ寝れない……。
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!!!!
2007年2月22日
最近日本では耐震強度偽装事件の発覚をきっかけとして、耐震住宅が人気を呼んでいるようです。日本は頻繁に地震があるので、なんとも重要な事だと思います。
セビージャには地震は滅多になく、家も簡単につくられているものがほとんど。喫茶店などにいっても、壁にヒビが入っているようなところがたくさんあります。リフォームしても、そのヒビを綺麗に埋めて上からペンキを塗るだけなので、根本的な問題は全く解決していません。最初はいちいち驚いていましたが、本当に地震がないので、あまり気にしなくなりました。ましてや私が住んでいるトリアーナ地区は古い家が多いので、気にしているとキリがありません。先日も近所の古い家が突然崩れ落ちました。地震もなにもなくて突然崩れるんですから、その老朽化ぶりはすさまじいものがあります。
そんな環境にもすっかり慣れきっていた今日この頃。パソコンに向かっていたら、机が揺れに揺れ。しばらく様子をみていたものの、地震としか思えない。
びっくりして、下階に来ていた、夫の家族のところへ駆け下りました。“今、地震あったよねえ???”と聞くと、義理姉、義理兄、共に感じなかったとの事。夫と娘は寝っぱなし。義理母は“なんかめまいがしたけど” という返事。私は興奮したのが恥ずかしくなるようなその返答が腑に落ちないまま、上に戻って作業を続けました。
ところが、あったんです! 地震!
マグニチュード6.1、セビージャでは震度4。大きい。我が家も古いので、これは怖いです。こんなに大きい地震は1969年以来との事。この調子で次回は2050年くらいだといいのですが。それまでには耐震住宅つくれるかな。
Rie
歌だよ、やっぱり。
2007年2月15日
最近の私は、家事と育児以外では、少しの執筆と、夫の店の事務一般と店のケーキを作っています。
(広告:執筆一本でやってゆきたいと思って普通の仕事は辞めました! 書くお仕事あったらご連絡ください。)
これに誕生日会だの犬の出産だの子供の学芸会だの確定申告だのフィエスタだのいろいろ重なると、もう、週1回のフラメンコレッスンも億劫になります。
私の場合は週5あるレッスンのうち、4回休んで1回行く、という状態ですから、その1回も休んでしまうと、翌週は9回休んで1回行く、ということになってしまいます。だから……と自分で自分のおしりを叩いて頑張ってレッスンに通っています。
ところが今日は行って正解!!! なんと、ミゲル・ポベタが歌いに来てたんです!私なんて初級クラスだし、振りも完璧には取れてないし、クラスに存在する事自体が申し訳ないくらいなんだけど、でも!でも!楽しかったー!!!
この数ヶ月
タラントのリズムで踊って来て、今日始めて“ああ私たちタラントやってたんだわー”と思いました。他のみんなは週1はカンテがついているので、今日はいつもより良いカンテ、くらいだったかもしれないけど、私にとってはこの曲始めてのカンテ付きレッスン。しかも、ポベタでタラント! ああ、振りが取れてないことも手伝って、かなり自由に踊ってきました。
ほんとにカンテってすごい! 歌を聴いてたら、自然に“子供を抱えて今日も働く、それでもその汚れた手を洗う水がもったいない”ような、そういう気持ちになって、ぐいぐい踊ってきました。
はたから見たら、ちんちくりんだったかもしれないけど、でもいいの。こういう日があるから、フラメンコが辞められないんだもん。
本当に、こんな生徒にも親切なベタンソに感謝! 合掌。
Rie
ひなたぼっこ
2007年2月8日
今日はとてもいい日差し。
セビージャの一番の短所は気温差。朝家を出た時は5度だったのに昼間は25度だったりします。今日も朝はコートを着ても寒いくらいだったのに、お昼時にはぽかぽか。おつかいの帰りに日なたで娘とビールでも(娘はネスティー)と思ったのですが、今日は夫が家でペンキ塗りをしていたことを思い出し、ビールは我慢して家まで帰ってきました。フランス食材店で買ったチョリソなどを切って、ビールを入れ、夫にペンキ塗りを中断させ、屋上に連れ出しました。我が家で燦々と日が当たる場所は屋上しかないからです。
なんともぽかぽか。すっかりごきげんになった私は昼食も屋上でとることにしました。簡単な昼食を用意すると、屋上に椅子やテーブルを持ち込んで我が家でオープンカフェ気分。
我が家はものすごく広いのですが、住むために使っているのはごく一部。それ以外はすべて土埃が舞い上がる土間状態。夫が少しづつ片付けたりペンキを塗ったりしていますが、お金をかけて“改築”をしないと、使えるような状態にするのは難しい。屋上もその例にもれず、工事中みたいなところを、なんとかかたづけて、帆を張って、家にこれ以上ゴミが落ちて来ないようにしている程度。ムードというものは全然ありません。それでも、ぽかぽかのお日様が気持ちよく、子供や犬もいつもと違う環境に喜んでいました。
次回はもう少し大きなテーブルでゆっくり楽しんでみたいと思っています。
Rie
ロサリオ・トレド
2007年2月1日
先週の木曜日。この日は異常に寒く、天気予報は雪。山間部で雪が降ったかどうかはわかりませんが、街は冷たい雨が少し降り、そして、限りなく寒かった一日でした。そのせいかどうか、チケットは完売だったのに、空席がめだつエルモンテ劇場で、ロサリオの“エル・アイレ・デ・カディス”(セビージャ初演)が行われました。
ものすごく良かったです。ロサリオ万歳!! バンザイ!!
彼女は私が初めてライブを見た10年前から、ものすごく上手い踊り手だったけど、これだけ上手くて、まだ上手くなる。体の全ての部位がコントロールされている気持ちよさ、超絶サパテアード、そして、彼女の上手さの特徴は、前後に全く関係のない体の動きがいちいちピタッと一番きれいな位置に止まること。形状記憶合金みたいな感じ。さらに独自のリズム感で繰り出すサパテアードは新鮮で飽きさせない。シギリージャで披露したリズム感は、踊り手のサパテアードという域からは完全に逸脱し、歌い手が歌を歌うような淀みない継続的な流れ。しかも、ものすごいスタミナ。この日も4曲、1時間強くらいをテンションが下がる事なく踊りきりました。
でも それよりなにより良かったのは、題名の通り、カディスの風が感じられたことです。彼女はものすごく上手いけど、恥ずかしがりやな性格が影響するのか、舞台でもなんとなく冷たい感じや、観客とのコミュニケーションがはかりきれない感じが、昔はありました。ここ2、3年前からすこしづつ変わって来て、この日は本当に良かった。明るいカディスの空や、広々とした海、その香りが町中に漂う開放的な街、そういうところで育った澄んだ明るさに満ちあふれていたロサリオ。
公演の感想というのは“私は良かったなー”と言う人がいても、“私はいまいちだった”なんて人もいて、意見にばらつきがでてしまうのが普通ですが、この日は多分全ての人が“オレ!”とホクホク帰路についたと思います。
余談ですが、衣装。こんなに素敵な衣装、みたことありません。4曲全ての衣装がいい。すべて裾までピッタリとした縦長のシルエットで、髪型もアンティークに決めてものすごくお洒落。なかでも、キャラメル色のサテンの生地の上に、濃い茶のレースの生地が重なった衣装はものすごく素敵でした。
私は小さい子供が二人いるので、彼らを預けて夜の公演を見に行くのは、そんなに簡単ではありません。それだけに、こんなにいいものに当たると、本当に嬉しいです。もう一度。バンザイ!
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ファルキート 刑務所へ
2007年1月25日
先週の火曜日、午後5時15分。とうとうファルキートが刑務所に入りました。みなさんもご存知だとは思いますが、ひき逃げの罪です。被害者は死亡。無免許、保険の未加入、という基本的な罪に加え、被害者を助けずに逃げ自首しなかったこと、さらに、捜査の結果、彼が犯人として浮上したとき、未成年者の弟のせいにしたこと、など、たくさんの罪の加算がされた事件でした。
賠償金を支払うことで、刑務所行きを間逃れていた彼に対し、被害者の妻は執拗に刑務所行きを希望し、とうとう、その意が汲まれました。
話題性の豊富な事件で、ワイドショーでもよく話題にのぼっていたようです。
加害者は有名人。その上、自粛ムードがないということでずいぶん責められました。裁判の間も彼の公演が続けられたこと。(彼は“生活費のため働く。家具屋なら家具を作り続けるだろうし、自分は踊り手なので、踊り続ける”と説明)彼の結婚式も行われたこと。(“これ以上は遅らせたくない”と説明)事件後、彼は車の免許を取り、『4年間は運転を禁ず』という裁判所の決定のすぐあと、車を運転する姿が報道されたりしました。
また、被害者の家族も話題性が豊富でした。妻は離婚協議中だったと言う噂が飛び交い、兄はいわゆるオカマで、テレビ的には非常に面白い被写体となりました。被害者の妻はとにかくファルキートが刑務所に行く事を希望し、多額の遺族賠償金の判決が出た後も、“お金をもらっても死んだ夫は戻らない。人を殺しておいて、歌ったり踊ったりしているのが許せない”と、記者会見やインタビューで、連日抗議し続けました。
結果的には3年の実刑(9ヶ月目位から週末は外に出れる)と110,000ユーロの損害賠償金を遺族に払うということに収まり、先週投獄に至りました。
殺された方の遺族の気持ちとしては、まさに“あんたが代わりに死んでくれ”というものなのでしょうが、そうもいきませんので、せめて刑務所に……というところ。また、ファルキートの家族としても、彼は一家の大黒柱だから働いてもらわないと困る、という事情もあるし、ファルキートが有名人で、お金があるということを被害者側が利用しているんじゃないか、という気持ちもある。
世論もさまざま。“遺族の気持ちを考えたら、3年の実刑は短い”、“その場で車をおりて助けていたら死ななかったのかもしれないのに、なんてひどい”、“ファルキート、お前も所詮ヒターノか(ヒターノは実際法律に沿っていないことをしている人の率が高い)”、“ファルキートもずいぶんすごい奥さんがいる人をひいちゃったなー”、“逃げたんだから、車でも燃やしちゃえばバレなかったのに”、などなど、本当に人それぞれ。
いろいろな事情が交錯してなんとも言いがたいですが、私は刑務所に入って少しほっとしました。お金さえあれば、何をしても許される、という見本にならなかった事は良かったと思います。
事件発生から事件発覚までの間、何度か彼に会いました。その頃のインタビューがパセオに載ったので、ご記憶にある方もいらっしゃるでしょう。インタビューというのは、“これはオフレコね”なんていうものもあれば、これは書かないほうがいいな、というものもでてきます。あの時もそういう事柄はいくつかありましたが、まさか事件のことはでてきませんでした。ただ、やせ細った体や、その時ちょっと変だな、と思った会話などが、あとになって、ああ、あれを隠してたんだ、と思い当たったこともありました。いずれにせよ、大好きなアーティストだっただけに、非常に残念な事件です。本当に心が痛いです。
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久しぶりのアイススケート
2007年1月18日
なんと今日は15年振りくらいにアイススケートをしました。
セビージャにはアイススケート場もないし、“冬になったらスケートしよう”なんていう習慣もありませんが、毎年冬になると、ネルビオンというセントロコメルシアル(複合商業施設)に、氷のリンクが張られます。とても小さくて、10m×20mくらいかな。もっと小さいかも。氷の状態も、傷が沢山ついていてあまり良くないです。
でも、今日は4歳の息子がやりたがったので、一緒に入ってみました。彼は一番小さい靴を借りて(28サイズ。約20センチ)生まれて始めて氷のリンクへ出ました。最初は真っ直ぐ立つことも出来なかった彼ですが、20分くらいしたら、塀につかまって歩けるくらいにはなりました。
ほとんどの運動が苦手な私がスイスイ滑る姿を見て、子供たちは大喜び。“素敵!” “天才!” なんて言われて、ご機嫌で帰ってきました。(笑)子供って可愛い。
*料金は45分で6ユーロ。手袋が2ユーロ。これは装着が義務になっていて、持っていない人は購入します。
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なめても死にません
2007年1月11日
日本の禁煙社会はますます拡大されていますか?
鬼の喫煙国スペインにも、突然禁煙モードが広がりつつあります。一番の理由はやはり法律。飲食店に喫煙席を設けるための細かい規制ができ、とりあえずは禁煙にした方が楽、という状況になったのです。
タバコのパッケージにも大きく注意書きが書かれるようになりました。しかも、昔は「喫煙は健康を損なう恐れがあります」なんていう感じだったのが、「吸うと死ぬ可能性があります」(fumar puede matar)になり、今や「吸うと死にます」(fumar mata=直訳だと“喫煙はあなたを殺します”)と書いてあります。そんなのも毎日見てると慣れてしまうものなのでしょうが、私はタバコを吸わないので、たまに見ると、いちいちびっくりします。
そんななかみつけたのが、このチュッパチュップスのパッケージ。チュッパチュップスというのはスペインが世界に誇る棒つきキャンディブランドです。この箱は6本入り。タバコの箱に似せて作ってあり、「なめても死にません」(chupar no mata)とか、「なめるとリラックスできます」(chupar relaja)などと書いてあります。虫歯になるのでキャンディはあまり買わないのですが、パッケージの可愛さについつい買ってしまいました。しかも、リラックスできるハーブ入りで、キャンディのサイズもミニサイズ。可愛い。
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新年あけましておめでとうございます。
2006年12月28日
セビージャには特別正月休みというようなものもなく、おせち料理というようなものもありません。お年玉も福袋もおみくじもありません。しかも! 街はクリスマスムード一色!
こちらは伝統的にサンタクロースというものは存在せず、レジェス マゴスという3人の賢者がプレゼントを持ってきます。彼らはイエスキリストの誕生を聞いてから、プレゼントを持って旅を始めました。そしてやっとイエス様のところについたのが、1月6日だったんですね。その説話にちなんで、こちらではクリスマスプレゼントは1月6日に贈られます。そのためクリスマスが過ぎても、正月が過ぎても、まだまだ街はクリスマスプレゼントを買う人で溢れています。
それでもやっぱり年初め。スペイン人だって、今年の抱負(el propósito)
なんかを考えたりはします。
先日テレビで100歳を過ぎたお坊さんが、“今まで生きていて嬉しかったと思うのは何ですか?”という質問に対して、「これだけ長い間、清い心で生きてこられたこと」と答えていらっしゃいました。
なんて素敵なんだろう。
そういう風に生きてゆきたいな、と思いました。
今年はとりあえず、最初の一歩を踏み出してみたいと思います。
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今月号のパセオに載っています
2006年12月21日
エバ ジェルバブエナと会話をすることは、私にとってはひとつの癒しの行為である。
もう数年前になるが、始めてインタビューをした時に感じた感動を今でも良く思い出せる。ひとつひとつの回答がすべて確信を伴っていて、“踊り手”というよりは“思想家”といった方が近いような、その研ぎ澄まされた自己洞察力に深く共感した。
その後回数を重ねるごとに、彼女自身が飽きないよう、答えにくいような質問や、意表をつくような質問を少しづつ増やしているが、結局のところ、どんなところから責めても彼女らしさがより際立ってゆく彼女の確固とした生き方に、毎回惚れ直して帰ってくる次第なのである。
今回は最高潮に疲れている状態の彼女に会い、お宅にもお邪魔してコーヒーもいれてもらい、インタビューが嫌いだと聞いていたパコにもインタビューするという、
すごい企画(青柳氏は
すごい企画が好き)でいつになく緊張し、どっと疲れて帰って来たのだが、やはり心は温かいエネルギーで満たされていた。
1日がかりの仕事を数ページに押し込むのはこれまた大変だ。それでも青柳氏の腕もあがり、この文字数では最大限表現できていると思う。
読者の皆さんに少しでも、エバの自分を見つめるスタンスや、パコの存在の大きさ、愛情の充電と、舞台での放出、そういう彼女のひととなりが伝わると嬉しいと思う。
ちなみに青柳氏と私は小学校で4年間同じクラスだったという古い友人。一緒に仕事をするのも楽しいし、彼の私とは違った視点が私はとても好きである。そして、彼がこの異国の地で頑張っているのを誇りに思っている。
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冬到来!
2006年12月14日
セビージャもなかなか寒くなってきました。“秋”という情緒のある季節感は殆どなく突然冬がやってくるので、その変化についてゆけず風邪をひく人が増加する季節ではありますが、やはり東京なんかに比べると和やかな寒さだと思います。
また、東京だと2月くらいが一番寒い感じですが、こちらは12月が一番寒いので、寒くなったばかりなんだけど、“大丈夫、もうちょっとで暖かくなるから”という気持ちになれます。(私は寒さが苦手なので、励まさないと耐えられない)
私には数年前に買ったお気に入りのコートがあります。お気に入りのスペインブランド「CARAMELO」で買ったイミテーションムートンのロングコート。表はムートン裏皮風で、裏はたっぷりとした起毛がついています。柔らかなドレーブの感じといい、デザインといい、ものすごく上品な仕上がり。しかもとっても暖かい。日本語ガイドをやっていた頃は、このコートを着る度に、お客様に“高そうですねー”と言われて、値段を答えては驚かれていました。
すごく暖房の効いたレストランとか、絶対暖かいところに行くとわかっている時は、半袖ニットにミニスカートなどをはいて、このコートを着ていくのが、私の中での南国満喫度が高いコーディネート。東京に住んでいたころは、“このノースリーブとか、半袖のニットっていうのはどうやって着こなすんだろう??”と思っていたので、あまり工夫もせず、そのまま着れるのがとても嬉しい。
あと、男の人で、すごく素敵なバイクジャケット風革ジャンなどを脱いだら、ぴったり半袖Tシャツだったりするのも、結構格好良く見えます。
でも、こんなところで生まれ育った夫にしてみると、“冬はやっぱりセーターとかウールのジャケットとか着たいよね。今着ないと着る機会がないもんね”ということになります。それで、“ああ、この人東京だったらすごくお洒落だろうなあ”という格好をしては暑がって、“ちくしょう。この土地はこんなもん着れる土地じゃないんだ。いい服買ったって結局Tシャツが一番便利だったりするんだ”ということになります。
でもこの週末は本当に寒かったので、お洒落云々はさておき、夏を恋しがった我が家でした。寒い……。
*ちなみに、このコートは2002年の頭頃、バーゲンで180ユーロでした。
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家を綺麗に保つ秘訣
2006年12月7日
家を綺麗に保つ秘訣は、常に来客があること、と誰かが言っていましたが、本当にその通りだと思います。
先週末も夫の友人が二人泊まりに来て、家がだいぶ片付きました。我が家は来客にはいつも子供部屋を提供します。子供たちはダブルベッドに二人一緒に寝ているので、カップルなどが遊びに来た時は、これで充分。ところが今回のこの二人、一人は身長が206センチ、もう一人は体重が150キロ、という巨人。しかも、もちろんカップルではないので、ダブルベッドひとつ、というわけにもいきません。そこで、子供のサーキットのおもちゃを片付け、もうひとつダブルベッドを置きました。改築以来ついてなかったお風呂のドアも取り付け、クリスマスの飾り付けも終わらせ、家の掃除もはりきりました。(クリスマスの飾り付けはスペインでは普通、12月8日から始めます)
いつもはビニール袋に入れて冷蔵庫に放り込んであるパセリも、1本1本茎を切って、コップに差しました。水を吸って元気になったパセリはなんと1週間たった今でもぴんぴんです。
彼らが帰った今も、シーツもタオルもすぐに洗って、綺麗な生活を頑張って続けています。しかし、子供ってどうしてこういろいろ汚すんでしょうね。
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何でも作ります。
2006年11月30日
スペインに住んでいても、食事は結構日本食だったりします。あるいは日本洋食というのかな? ハンバーグだとか、オムライスとか、餃子、混ぜ寿司ご飯、さつま汁、タイ風カレー、パスタ、コロッケ、お好み焼きなど。純スペイン料理を食べている日の方が少ないくらい。
材料もそこそこはこちらで調達が可能です。それでも餃子は皮からつくるし、コロッケもパン粉からひきます。餃子の皮なんて、こっちに住まなかったら絶対作らなかったと思う。
そして、今、私の中で、“日本に住んでいたら絶対作らなかったレシピ”No.1はウスターソースです。
東京育ちの私にとって、ソースといえばブルドック。コロッケにはどうしてもブルドックの中濃ソースがかけたい……。ところが、最近こちらの日本食材店(正確には中国食材店です)には、おたふく焼きそばソースしか売っていないんです……。焼きそばならともかく、コロッケには使えない……。
というわけで、思い切って作りました。ウスターソース。本当はとろっとしたソースが作りたかったのですが、とろみがなかなかつきません。それでも、自分で作っただけあって、甘みは好みにぴったり。
ブルドックには勝てなかったけど、この労力を評価するべく、“美味しい、美味しい”と自画自賛でコロッケを食べました。
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男尊女卑??
2006年11月23日
職場の同僚に“ねえ。日本人の男ってすごいマチスタ(machista=男性優位主義の男性)じゃない?”と言われました。びっくりした私が理由を聞くと、“だってさ、ドアを開けても奥さんより先に出たりするしさ、買い物する時だって、奥さんが必ず旦那に買ってもいい?みたいに聞いてるじゃない”と言います。
確かに、年齢や地域によってはそういう光景も普通にみられるかと思いますが、それはスペインだって同じ。私たちの親の世代のスペイン人男性で料理ができる人なんて滅多にいません。今の若い日本人男性はとても優しいし、奥さんを大切にしていると思います。日本の友人宅に行ったって、ほとんどの家庭で、食後のコーヒーや紅茶を旦那さんが入れてくれました。しかも、ものすごく美味しかったりする。スペインだってそういう男性は多いけど、共働きの家がほとんどです。一緒に稼いで、コーヒーくらいは入れる、というのに比べると、経済的な負担を一手に担って、かつコーヒーも入れてくれる日本人男性は偉い、と私は力説しました。
ところが、言っている途中で、ちょっと待てよ、家事を手伝ってくれることがそんなに大事か??? という疑問が頭をよぎったのです。
うちの夫はとても働き者で年中動いていますが、これといって家事をすることはありません。ゴミ捨て以外では、たまに家の一部を掃除をしてくれるくらい。洗濯機やアイロンには触ったことがないし、料理は私が1日2-3食作っています。彼が料理してくれるのは年に1回、私がどうにも具合が悪いときくらい。でも、私はそれを不満に思ったことはありません。なぜなら、彼は私にはできないことをいろいろやってくれるからです。
雨漏りしているといえば、土砂降りの雨の中、屋根に上って屋根を修理してくれるし、天窓のガラスが古くて暗い、と言えば、ガラスを買って来て張り替えます。車で何の準備もないまま野宿した時も、朝寒くて、冷たい水しか持っていないので、顔も洗いたくないなーと思ってたら、お湯を持って来てくれました。“どうして暖かいの?”と聞くと、“寒いと思って、車のモーターの熱で温めておいたんだ”と言います。前に友人(踊り手の中田佳代子ちゃん)が夜中に電話して来て、“家に不法侵入者が入ってきそうだ”と言った時も、“警察に電話しろ”といいつつも、剣をもって佳代ちゃんが住んでいるところまで、走っていきました。
私はそういうこといちいちに男らしさを感じるし、私にはできないことなので、本当に感謝しています。
男尊女卑の中で私が家事のすべてを引き受けるわけではなく、肉体や能力が異なった二人が、それにともなった役割分担の中でお互いにできることをする。というのはとても理にかなっていると思います。
マチスタというのは非常にネガティブな言葉です。日本もスペインも今その言葉からの脱出を試行錯誤している時代なのかもしれませんね。
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マサパンが美味しい……。
2006年11月16日
スペインのお菓子やデザートを美味しいと思うようになったら、私も日本人としては終わりだわ……。と思っていたのですが、駄目です。とうとう、クリスマスのお菓子が美味しくなってきてしまいました。
こちらはどこのカフェに行っても同じようなケーキしかないし、一度凍らせてあるケーキがたくさんあります(もちろん中には違うところもありますが、こちらで最高に美味しいケーキが、日本でいったらまあ、普通ぐらいのレベル)。長持ちはしますが、生クリームの繊細な味わいはなく、フレッシュフルーツを使ったケーキも滅多にありません。もちろんショートケーキも通常ありません。
その他のデザートやお菓子も似たり寄ったり。季節限定!とか当店オリジナル!などというのもほとんどなく、スーパーのお菓子コーナーもいつもあまり代わり映えのない商品が補充されています。
○○のシュークリームが食べたいなーとか、○○のチョコクッキーが食べたいなーとか、○○の生チョコケーキが食べたいなーとか、○○の芋ようかんが食べたいなー、などと思いつつ、(これ書いているとキリがない……)スペインのお菓子は美味しくない、と思ってあまり甘いものは食べない暮らしをしていました。
ところが、これだけ甘いものに飢えていると、もうこの際なんでも美味しいんですね。
いまはクリスマスのお菓子が出始めて、これは毎年同じとは言え、一応期間限定だし(期間限定とか、季節限定、というのが結構好き)、お店によって、微妙に味が違います。なかでもマサパンはとっても美味しい。クリスマスのお菓子はアーモンド味のぼそぼそした感じのものが多いのですが、マサパンは、しっとりしていて、アーモンドの味もほとんどしません。(私はアーモンドが苦手。)なかにはこってりしたカスタードクリームが入っているものもあって、これまたとても美味しい。見た目も、小さいものは魚や月や星などなど、いろんな形があって、ツリーの飾りみたいですごく可愛い。量り売りで買えるのも、高級菓子っぽくってワクワクします。
お菓子後進国の味に慣れてきちゃったんだなーと思うと残念ですが、毎日マサパンを食べて、幸せな気持ちになっている今日この頃です。
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カフェで朝食を
2006年11月9日
ユーロが導入になってからの物価の高騰には目を見張るものがあります。
もちろん、高いもの、安いものの幅はありますが、いずれにせよ、全体のベースがあがっているのです。日本の物価が下がっている今日この頃、スペインとの物価差は本当に僅差と言っていいのではないでしょうか。
そんななか、これは安いよなー。と思うのが朝食です。
お好みのコーヒー(ミルク入りとか、カフェインレスとか……)と、お好みのパン(ミニバケット、柔らかパンなど……)を半分に切ったトーストに、バターやオイルとハムをのせて、これがだいたい1.70-2.20ユーロくらい。おまけにオレンジジュースがついてくるところもあります。座って食べられるところも多く、普通はその日の新聞が置いてあります。
私のお気に入りのところは、いつも同じウエイターがいて、(これは結構重要。コーヒーの好みとか毎日伝えなくても覚えてくれる。しょっちゅうウエイターが変わるところは毎回説明するのが面倒)、新聞が豊富にあり、テーブルが広々としていて、トイレまで清潔。しかも、オレンジジュースのおまけがついて金額は1.70ユーロ。すばらしい!
朝、支度をして台所を一切汚さず家を出て、カフェにゆっくり座って、新聞を読む。自分好みの朝食を持ってきてくれて、片付けもしてくれて、これで、2ユーロ前後。これはうれしい!
仕事がない日も、朝食を外で食べる誘惑にかられてしまう今日この頃です。
追伸:先週なかなか日が暮れないと書きましたが、なんと今週には7時半くらいには日が暮れてくるようになりました。あしからず。
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1時間長い夜
2006年11月2日
こちらには夏時間と冬時間というものがあります。夏時間の時は日本との時差が7時間で、冬時間の時は8時間になります。
毎年10月の最後の土曜日から日曜日にかけての夜中の3時が2時に変わります。
やっと8時pmくらいには日が暮れるようになってきたと思いきや、再び9時pm近くまで明るい日々……。小さい子供を持つ身としては、夕暮れ前に子供を寝かすのはなかなか大変です。
また家じゅうの時計を変更するのも一苦労。我が家は掛け、置き時計が4つ、腕時計や、電子機器(ビデオ、ファックス、などなど)をあわせると、かなりの数になります。(パソコンはかしこいので、一人で勝手に時間をかえてくれる)
そんなわけでセビージャに住んでいる限りは、時間を変えるメリットは全く感じません。他のスペインの都市や、ヨーロッパの都市ではきっと必要性があり、セビージャもそれに準じているのでしょうね。
それでも、毎日24時間で暮らしている中、“25時間の日がある”というのはとてもワクワクします。いつもは1時間長い夜を満喫しようと夜遊びにでかけるところなのですが、今年は病み上がりだったので、家にいました。
朝、今まで通りの時間に起きて、朝食を食べ、仕度をしてから、時計たちを順番に1時間戻します。するとあら不思議! 世界が目が覚めた時間に戻っている!! リアルに1時間得をして、その後の家事にもやる気がでます。
50年ぶりの大雨期で、毎日雨だったセビージャも、この日はよく晴れて、ワクワク日和。1時間なんてあっという間だけど、やっぱり嬉しい一日でした。
あ、もちろん3月の最後の週末は1時間少なくなります。あしからず。
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カプージョ・デ・ヘレス-10月6日 ホテルトリアーナ-
2006年10月26日
とうとう2006年のビエナルも終わってしまいました。カナーレスやサラ・バラスなどの常連の顔ぶれはなかったものの、終わってみればなかなか満足のラインナップ。それだけ良いアーティストが増えているんですね。
最後に一人だけ、少し印象に残ったので、書いておきます。
コンサートの週の頭に留置所に入れられてしまったカプージョ。喧嘩した相手の家族である22ヶ月の赤ん坊を焼き殺そうとした罪に問われたものの、全くのぬれぎぬということで釈放になりました。その間、コンサートは開催するのか否か、世間の注目の的。
当日は“最初から最後まで俺を信じて開催を公言してくれたビエナルプロデューサーと、世界の子供たちに捧げたい”と言って始まったコンサート。やはり、少し固く、真面目に歌って幕を閉じたという感じ。
それでも、いくつかアドリブがでたところもあり、カンテ1、ギター1、カホン1、パルマ1の4人の構成で、充分深みのある演奏を魅せてくれ、これ以上の音は余計だよな、などと再確認させてくれたあたりはさすが。
この人は、話すように普通に言葉を使って歌う。その自然さがたまらなくいい。曲の切り替え(ソレアからファンダンゴとか)も、あまりにも自然で気付かないくらい。本当にコンパスという枠の中で、自由におしゃべりをしている感じはいつもの通りでした。
素敵なアーティストはたくさんいるけれど、カプージョの個性は際立っています。良かったら聞いてみてください。
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ヒターナス-10月13日 ロペ・デ・ベガ劇場-
2006年10月19日
これだけの豪華メンバーを一つ舞台にのせてしまうという荒技のおかげで、観るほうも2時間休みなくのめり込み、どっと疲れて帰ってきました。(笑)
例のファルキートの事件以来、ファルーコ一族の舞台は一度も観ていなかったのだけど、今回は“一族の舞台”というわけでもないので、重い腰を上げて行ってきました。良かったです。
なかでもファルーカは舞踊レベルも非常に高く、素晴らしかった。
“美容師になりたい”と言っていた、サライの堂々とした踊りっぷりや、兄弟や夫の死を経たアンヘリータの人の良さの滲みでる踊り。兄の死、父の死、夫の死、そして息子の不祥事と、何かある度に表舞台へ引きだされてきたファルーカの責任感のある踊り。人生とは、と聞かれて、“耐え。耐えてるの”(es aguante, estoy aguantando)と答えていた彼女。
なんだか、みていて胸が一杯になってしまった。
でも、よく考えると、ヒターナ(ヒターノの女性形)たちって開けっぴろげだ。たいして親しくもない私にだって、会えばいろいろ人生を語ってくれる。いいことも悪いことも。特別見栄をはったり、困っているのにカラ元気をみせたりもせず、素のままの彼女たちがそこにはいる。
舞台の上でも同じである。ありのままの彼女たちが、ありのままをみせてくる。押し付けがましくなく、観客の反応に敏感で、かつ人に魅せることを意識している。観るほうも気取らず気楽に観れるようでいて、結局気付くと前のめりで観てる自分がいる。
またアンダルシアの観客の暖かさも感じた。日本のお笑いの舞台で、あまり面白くないと、東京だったら“つまんない”“寒い”と、どんどん観客が引いてしまうようなところで、関西だと、“面白ろいでー。頑張りやー”などと褒めて育ててあげるようなところがあるが、そんな感じ。多少なりともヒターノに対して差別感があったであろう時代に(今だってあるけど)、その人たちの文化であろうフラメンコに対して、心から素直に“素敵ねえ”と言えるおおらかさ。一緒に楽しんじゃおう、という人懐っこさ。こういう土壌でなければヒターノも根付かず、別の土地を探してしまっていたのではないだろうか。そして、どこの土地でもあまり評価されないまま、フラメンコの歴史は花開かなかったかもしれない。
今日は考え過ぎかな。
(踊り手はファルーカ、ファラオナ、アンヘリータ バルガス、カルメリージャ モントージャ、サライ デ ロス レジェス)
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エバ・ジェルバブエナ--10月6日 ロペ・デ・ベガ劇場--
2006年10月12日
やっと、やっと、待っていたエバが観られた。この人の本随はここにある。溢れる愛である。
美しい、白とオレンジのバタ・デ・コーラで登場したエバ。ミラブラスにのせて、心温まる空間を踊った。
その愛情に溢れた彼女こそ、私が長らく待っていた彼女であった。
エバはたくさんの愛情に包まれて育ち、良きパートナーにも恵まれ、幸せを充分に知っている人である。そんな彼女と話しをすると、ものすごく癒される。しかし、時に彼女は人生の暗い部分に焦点をあて、作品を作ってきたように見えた。
そして、今回のミラブラス。完璧にバタを扱い、温かい空間をなんとも優雅に上品に踊った。その真っ直ぐで健康な愛情は私の心を溶かし、生きることの楽しさを思い出させてくれた。観ている間中、抱きしめられているみたいだった。
この一曲は本当にすばらしかった。
変化し続けるエバがタイムリーに観られるだけでも、スペインに住んでいる意味があると思わせてくれた。感謝。
(ソニア、メルセデス、フアンマなどを筆頭に、群舞のレベルも非常に高い。それなのに、エバのことが好き過ぎるのかな。どれもがエバの出番への待ち時間のように感じてしまう。これは問題)
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ビエナル番外編-残念だったこと
2006年10月5日
今回は残念だったこと。
まず、音響が悪い作品が目立ちました。それから、演奏中、ずーっと話しをしている人たちや、話しかけてきた人。コンパスと全く関係のないパルマを叩いている人。あちこちに、ビデオやカメラ、携帯の明るい光・・・・・・などなど。ほかにもいくつかあったのですが、でも一番残念だったのはこれです。
みなさんご存知かと思いますが、こちらではアンコールを求める時に、ブレリア風3拍子を叩くのが常です。何を叫ぶわけでもなく、会場一体となってリズムでアンコールを求めるこのスタイルが、私は大好きです。
ところが、あるステージが終わってアーティストが登場した時。私たちが拍手を始めたところ、誰が始めたのか、ものすごい音量でアンコールを求める例の3拍子が始まったんです。ブレリアのリズムで足もどんどんならして、すごい迫力。感じとしては会場の半分くらいがやってた感じ。拍手の音がか細くしか聞こえない。
普通アンコールっていうのは、アーティストが引けた後、“もう一回でてきて!!”って言う感じで求めるものですよね。
順番にお辞儀しているアーティストに対して拍手もしないで、いきなりアンコールってそれはないんじゃないかな、と思いました。だって、まだメインアーティストのお辞儀も終わってなかったんですよ。
ともかく一番残念だったのは、すばらしかった!!! と伝えたい私たちの喝采の拍手が、アンコールの騒音に打ち消されてしまったこと。
本当にすてきだったのに、どうやって伝えていいかわからなくて、少し淋しくなってしまいました。
さて、次回は気をとりなおして、愛しのエバ・ジェルバブエナのレポートを送ります!
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次の時代を担う人 メルセデス・ルイス-9月26日 アラメダ劇場-
2006年9月28日
しばらくみないうちに、すばらしい成長を遂げていたメルセデス。
若年25歳でこれだけの作品を創りあげたことに、心からの、本当に心からの賞賛を送りたい。
彼女は非常にまじめな人なんだと思う。誠実、と言ってもいいかもしれない。
真っ直ぐ生きて来た彼女の人生を、そのまま真っ直ぐ観客にぶつけてくる。
そのたくましさと潔さに、観客は心を打たれた。
私だって震えたけど、私一人じゃない。会場に集まっているたくさんの心が震えているのが感じられるすばらしいひとときだった。
技術的な面では、言わずと知れた超技術である。
ただ、冷静に見ればスーパーテクニックが炸裂しているのだが、なんだかオーソドックスなことを丁寧にやっているような印象が残る。
その奥にあるなにかが強く迫って来て、技術の印象が薄れてしまうほどのだ。
また、マラゲーニャで見せたバタ・デ・コーラさばきにも好感が持てた。
誰のスタイルというのでもない、スタイリッシュに決める彼女なりの試みが見えて、おもしろかった。
どの瞬間を写真にとっても綺麗な感じの、デザイン的な使い方。まだまだ研究の余地はあるけど、方向性はなかなか斬新だと思う。
ともかく、私の感想はすっ飛ばして、見てください。機会があれば、必ず舞台の彼女を見てください。
10年後もこのまま成長していれば、一人の新しい歴史の誕生となるはずですから。
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ビセンテ・アミーゴと恋に落ちる-9月18日 ロペデベガ劇場-
2006年9月21日
こんなに官能的なギタリストは他にいないのではないだろうか。
ビセンテは時に優しく語りかけ、暖かく包み込み、そして、激しく貴方を求め、荒々しく抱きしめる。
その抱擁に答えようとした瞬間、彼は軽く身を引き、別の愛する人のためのメロディーをいとおしく奏で始める。
私の高まった熱は、行き場を無くし、熱く宙を彷徨う。
CDでの彼は、洗練されていて、音楽性に溢れ、優しくロマンチックにあたりの空気を柔らかくする。
でもライブでの彼は違う。あくまでも猛々しく、繊細のベールに包まれた強さをぶつけてくる。
アルテ(ARTE=芸術)とはなんであろう。
それは内的世界の解放である。
ギターは彼にとってのレングアッへ(Lenguaje=言語。伝達手段)である。
英会話を習っている人でときどき思い違いをしている人がいるが、言葉は純粋な伝達機能でしかない。
母国語で夢は何か、と聞かれて答えられない人は、どんなに異国語が上手くなっても、自分の夢を答えることはできない。
芸術も同じだ。
自分の内に、表現するものを持たない人間は、どんなに技術を学んでも表現することはできない。
ビセンテは彼の中にある芸術を表面化する。
彼のなかにある内面的世界を、いともたやすくギターで現実化する。
その表面化された世界に私は魅了され、結局一歩一歩、彼の中に足を踏み入れる。
そしてそこに広がる果てしない彼の深さ(profundidad=奥行き、深淵、人間としての厚み)に、感動と安心を覚える。
今日は本当に幸せ。
Rie
アラブ風呂に行ってきました!
2006年9月14日
セビージャに新しくできたアラブ風呂(baños árabes)へ行ってきました。
“アラブ風呂”というのは一般的に、アラブ建築の家を温泉に改築しているものを指します。
日本語ではよく“アラブ風温泉”と訳されていることがありますが、湧いた温泉のところは滅多にありません。
例えばセビージャの場合は、普通の水道水を温めて使っているんですね。
だからあのプール特有の塩素の匂いも少しするし、お風呂に入って肌がつるつるになる、というようなおまけもありません。
それでも泳げるような大きなお風呂にゆっくりつかるのは、なんとものんびりするものです。
ほの暗い照明もムードがあって、いい感じです。
サービスのお茶も中国茶でおいしいし、マッサージも高いけど、なかなかいけます。
また、水着で入るようになっていて、すべて混浴です。
ますますプールっぽいですが、カップルで一緒にいられるのは魅力的です。
いくつかあった驚きのなかの、一番の衝撃は、スリッパでした。
入り口で、バレエシューズのように小さいタオル地のスリッパをもらうのですが、なんとこれ、お湯のなかでも履いているのが義務なんです。
私はお風呂にスリッパというのがどうもなじめず、何度かこっそり裸足になってしまいました。
ぐっしょり濡れたスリッパをペタペタ言わせてサウナに入ると、なんとなく足だけ重い・・・・・・。
日本の温泉にはまだまだかないませんね。
Rie
映画撮影
2006年9月7日
今日はなんと、我が家に映画の撮影が来ました。
あのベンゴ(*1)の監督トニーガトリフ(*2)が新しい映画の一部の撮影に来たのです。
フィエスタ(*3)の様子を撮る、ということで、ボボテなど10人くらいのアーティストと、20人くらいの“その他”が来て、飲み食いしながらのんびりとフィエスタが始まりました。
我が家はボデガというバーを経営しています。
通常ボデガと呼んでいる室内部分と、自然光の入るパティオ(*4)から成り立っています。
撮影はこのパティオで行われました。
そして、なんと太っ腹トニー。
一般のお客さんも普通にパティオに通してくれて、飲み食いしながら、フィエスタを鑑賞することができました。
ところが、撮影は小さな家庭用ビデオ一台・・・・・・。本当に映画の撮影なんでしょうか・・・・・・。
映画は『3000vivienda(*5)』という題名の予定だそう。
公開されたらさっそく観てみたいと思います。
Rie
*1=vengo=来る、という意味ですが、ここでは2000年製作のカナーレス主演の映画の題名
*2=フランス人です
*3=fiesta=お祭り、またはお祭り騒ぎ
*4=patio=中庭
*5=トレスミルビビエンダ=ヒターノ(gitano=ジプシー)が多く住んでいるセビージャ市内のある地区
マロコ
2006年8月24日
今日はディエゴ カラスコの無料コンサートがあったので、子供を連れていってきました。
こちらは市が主催する無料コンサートが、わりと頻繁に行われています。
だいたいがアイレリブレ(*1)なので、子供も連れていきやすく、ビールを飲みながら観たりすることもできます。
場所に寄ってはあまり行儀のよい人ばかりではなく、喋っていたり、ステージ前に勝手に椅子を置いて座ったり、子供が走り回っていたりすることもあります。
でも、セビージャ市内ではあまりそういうことはないですね。
さて、ディエゴですが、相変わらずよかったですねー。
この人はコンパスの魔術師とか言われてますが、私の中では“初のフラメンコラッパー”だと思っています。
歌っていうよりは、日本に“叫ぶ詩人の会”(*2)というのがありましたが、そんな感じです。
フラメンコリズムに合わせて詩を読むという感じ。
このグルーブ感が私は大好きで、車などでもよく聞きます。
娘のマリナ(18ヶ月)もノリノリで踊っていました。
まあ、ここまではいつものことなのですが、今日の収穫は甥のマロコ。
まだ15、6歳くらいという噂ですが、その安定した歌いっぷりは貫禄充分。
ステージ上でもとてもスエルト(*3)で、すごくかっこいい!
声がちょっとハスキーなんだけど、甘い。もう声だけで大好き。
ルックスは遠くてみえなかったのですが、多分格好いいと思う・・・・・・。
今アルバム制作中というので、とても楽しみです。買うからねーマロコー!!
(マロコ情報はほとんど青柳氏によるもの)
Rie
*1=aire libre:戸外、野外(スペース)
*2=この会は絶叫詩人福島氏の影響を受けた当時の若者ドリアン助川などによって作られました
*3=suelto:いろんな意味がありますが、この場合は持っているアルテ(arte=芸術、才能)を自由にステージ上で解放している、ということ。
かなりの意訳ですが、“よい意味でのステージ慣れしている”という感じ
顔フラメンコ
2006年8月17日
夫の従兄弟がCDウォークマンを借りに来ました。
携帯にでさえMP3が搭載されている今日この頃、
CDウォークマンなんて過去の遺物かと思っていたのですが、当人たちはうれしそうにいじっています。
このウォークマン、実は新品なのです。
なにやらCDを入れて、イヤホンを1つずつ分け合い、2人で聞いています。
“聞こえないなー”“ボリュームあげてみたら?”“違うなー”“こっちに差し込むのかな?”などといろいろ試しています。
セビージャの人は滅多に説明書を読みません。
私だって滅多に読みませんが、困った時は読みます。でも、こっちの人は困っても読みません。
女の人の方がまだ少しは読むかな。あ、それは日本も同じかな?
というわけで、やっと音が出たようです。
“あ!!”というと、いきなり顔がフラメンコになった2人。
眉間にしわが寄り、口の横から耳にかけての筋肉ががんばっています。
ときどき手がものすごい重いヨーヨーでもしているように動きます。
これ全て無音。
手が握りこぶしになって少し落ち着いたので、
“あら、ファルセータになったのかしら?っていうか、絶対フラメンコのCD聞いてるよなー”
なんて笑って見ていたら、義理兄と義理姉が到着しました。
例の2人は相変わらず眉間にしわを寄せています。
義理姉がそれを見ていきなり「オレー、アサー」と冗談のハレオを飛ばすと、
私に“何? フラメンコしてんの?(笑)”と聞くので“みたいよ(笑)”と答えます。
観客の存在を感じた2人は急にジェスチャーが大きくなり、(しかし引き続き無音)義理兄が鬼のパルマを叩きます。
うちの義理兄、ものすごいコンパスをもっていて、口で裏打ちを入れながらすごいスピードのブレリアとかも叩けるのですが、問題はすぐにスピードを上げたがる点にあります。
その時もいきなり映画“バルセロナ物語”のカルメン・アマジャも失神するようなスピードでパルマを打ち、
“違う違う、この顔はブレリアじゃないでしょう”なんて、みんなで笑って、無音フラメンコショーは幕を閉じました。
ジェスチャーフラメンコ、たまにはいかがですか?
ちなみにこの日のCDはカプージョ(ヘレスのカンタオール)だったそうです。
Rie
ダーリンは外国人
2006年8月10日
“ダーリンは外国人” というマンガを志風さんからもらって読んでいます。
日本人である著者が、英語を母国語とする外国人トニーと暮らしていく中で起こる様々な事が楽しく綴ってあります。
とても楽しく読んだのですが、途中でふとトニーの気持ちでマンガを読んでいる自分に気づきました。
国際結婚の中での自分の位置づけというのは次の4つのうちどれかになると思います。
1.自分の国で、自分の国の文化に興味がある外国人と結婚する。(ダーリンは外国人の著者。私の夫など。共通語は自分の母国語)
2.自分の国で、外国の文化のまま生きている外国人と結婚する。(例えば日本でフラメンコ活動をしている日本文化をあまり知らないスペイン人と結婚するような場合。あるいは山田詠美さんみたいな感じ。共通語は相手の母国語)
3.相手の国で、相手の文化に理解を持って結婚する。(前出のトニーや、私。共通語は相手の母国語)
4.相手の国で、自分の文化に興味を持っている人と結婚する。(2の相手ということになります。共通語は自分の母国語)
1の立場にあたる日本人女性著者が、3の立場にあたるトニーの事をおもしろおかしく書くのですが、
3の立場にあたる日本人女性の私は、日本人として著者に共感したり、女性として著者に共感したりする反面、
多くの場面で“大丈夫よ。トニーがんばって!”となってしまったのです。
例えば、中にこんなエピソードがあります。
トニーが思い出せない言葉があって、
[えーと、何て言うんだっけ、アレ.../「踏む」...? 違う...「踏め」...? いやいや「踏み込め」? 「踏み込...み」?]
著者はさっぱり助けてあげられません。
やがてトニーが[あ。思い出した!「踏切」!!]となって
著者が[そんなのメチャ 名詞じゃーん]とツッコむのですが、
私は読んでで“妻なら「踏切」って気づいてやれー”と心の声を荒げました。
私は自分の夫が外国人である、という感覚があまりありません。
それもそのはず、彼はこの国では外国人ではないのです。
私が外国人なのです。
だから、当然、“わー彼って彫りが深ーい”なんて思う(←前出の著者の例..)コトは滅多になく、
ときどき鏡を見て、“うわ。私薄い!”ということになります。
言葉だって、日々鍛錬。
ときどき夫が“ねえねえ。estimado(~様の丁寧な言い方)で始まったらatentamente(文末の結びの言葉のひとつ)で終わるの? なんか組み合わせあったっけ?”とか聞いて来たりして、
“っていうか、奥さん外国人だからわかんないよそんなの……”と言いたい気持ちを抑えて、辞書を引いたりします。
こんな外国人を妻にした夫が偉い、と思う反面、いつか日本に暮らして、立場を逆にしてみたい。
なんて密かな野望も生まれたりする今日この頃です。
Rie
トロ
2006年8月3日
昨日は市場でトロを見つけたので買ってきました。
“大トロ”ではなくて“中トロ”くらいですが、ともかくトロはトロです。
トロは小分けに売ってくれないので、かたまりで買って、770gで7ユーロでした。高い・・・・・・。
最初は誰も保証してくれない魚を生で食べる事に抵抗がありましたが、
何回か日本人の友達のおつかいについていって、買える(食べられる)ものがわかるようになりました。
刺身になりそうな魚にしょっちゅう巡り会うわけでもないので、見つけた時は、思い切って買います。
今回も当日半分くらいお刺身で食べて、翌日残りをネギトロ丼にして食べました! 美味しかった!!!
私の旦那はスペイン人ですが、ネギトロ丼なんかは大好きです。醤油もかけずに食べていました。
さて、今日は市場のお話ということで、こちらの物価を書いてみようと思います。
全て1キロ単位の値段です。やっぱり日本よりは安いですよね。基本は全て量り売りです。
(2006年8月現在セビージャにて。1ユーロは145円くらいだと思います)
本マグロ 13.20ユーロ
スイカ 0.60 ユーロ
アボガド 3.20 ユーロ
トマト 1.00 ユーロ
バナナ 1.75 ユーロ
鶏胸肉 5.43 ユーロ
鶏もも肉 2.74 ユーロ
Rie
熱血! マヌエル・ベタンソ
2006年7月28日
私は家から一番近い、“マヌエル・ベタンソ フラメンコ教室”の初級にときどき通っています。
この“ときどき”というのが問題です。仕事の事情で行けなくなってしまう事もしばしばで、
週に1度しか行く予定にしていないにも関わらず、休む事があります。
毎日クラスがある、つまり週5日のクラスにたまにしか行かないので、
(1ヶ月で3回くらいのペース…)もちろん振りのほとんどはわかりません。
自分が教わったところしかできないのです。
それでも時間が空いたら行こうと思えるのは、マヌエルの人柄のおかげ。
こんな不真面目生徒の私にも、普通に対応してくれて、しかも褒めてくれる。
“あまり来ないから振りは取れてないけど、感情が入っててすごくいいよ”とか言ってくれるんですね。
授業はいつもエネルギッシュで休む暇がなく、生徒が飽きたり、ぼーっとしたりする暇がありません。
言葉ができない外国人の生徒にもとても親切だし、教え方もとても丁寧。
できるまで何度も説明して繰り返し練習させて、うまくなるまでがんばろう!という感じ。
私も思わずがんばってしまいます。
スペイン人はそんなに辛抱強い人は少ないので、習い事にしても、勉強にしても、
才能がないのに続けようとは思いません。
ちょっとやってみて、才能がないな、と思ったら、それ以上お金をかけようとは思わないんですね。
だから、教えるほうも、全くセンスのない人のレベルに合わせて教えるのではなく、
まあまあできる人に合わせて、クラスを進めていく傾向があります。
ところがマヌエルのクラスは、できない人をすくっていくクラスなんです。
だから、ああ、私ってなんて下手なのかしら…とか無駄な自己嫌悪に陥る事もなく、
楽しくレッスンが受けられます。
じつは今夏休みで、仕事は暇になったのに、レッスンがお休みなんです。
ああ。早く再開したいわー。待っててねー。マヌエル!!
Rie
はじめまして!
2006年7月21日
こんにちは。セビージャで奥様している天野里絵です。
というとなんだかとても優雅な響きですが、実は毎日生活に追われています。
自分の仕事に、夫の自営業の手伝い、2人の子供と私より体重のある犬をかかえ、なんとかフラメンコレッスンの時間を割く、といった状況。
それでも、日本とは違う、ゆったりした時間の流れのなかで、ストレスのたまらない生活を送っています。
今日から毎週、様々な小さなできごとを通して、みなさんにセビージャ(というよりトリアーナ:トリアーナの特殊性ものちのちお伝えします)の雰囲気を届けたいと思います。
住みやすいとはいえ、やっぱり異国。そんな感じが伝わればうれしいです。
それでは また来週。
Rie