セビージャ“奥さま”な日々
ブログをはじめて
2008年5月8日
このHPのコラムを始めたのが、約2年前、そのころは “ブログ” なんて言葉はそんなにメジャーじゃなかったように思います。
どちらかというと、ブログが原因で殺人が、とか、そういうマイナーなジャンルだったようなイメージでした。
それがあれよあれよという間に日本人の半分くらいがブログをやっている世の中に。
ブログ検索のTechnoratiが発表したレポートによると、2006年末で日本語のブログ数は7000万以上。日本の人口が、老人や新生児を合わせても12000万人強なわけだから、それはすごい数です。
私も以前はインターネットなんか滅多に使わなかったし、
“ちょっと文字を書いて、メールをするだけには、パソコンは高いなー”と思っていました。
それがいつの間にやら、今夜のレシピを検索したり、辞書を引いたり、飛行機のチケットを取ったり、ADSLが必然の生活になってしまいました。
そして、ブログ。
友人がつぎつぎにブログを始めるのをみるにつけ、
“なんのためにその労力を使うんだろう”
と疑問でならなかった私。
しかし、中には非常にいい文章を書く友達もいて、
“お、これは物書きの端くれとして自分も鍛錬しないといけないぞ”
と思うようになりました。
お金をもらって文章を書いているということを真摯に受け止めるためにも、
ブログという媒体を使って勉強してみようかなと思ったわけです。
ブログは印刷物と違って、〈読んでもらう〉というより、〈書きたい〉という方向に傾いている部分もありますが、それでも、それなりに読者がいるところで、毎日文章を書く、という行為はある程度の緊張感をもって行われており、少しでも向上したいと思って、書き続けています。
そして、コメント欄をもうけたことで、ささやかな交流が生まれつつあるのも非常に面白いところです。
本当に普通に地に足をつけた人々が、普通にコメントを残してくれます。
バーチャルな世界ではなく、結構普通な世界です。
そして、コメントを残してくれる方のほとんどが、自身のブログを持っています。
ネットに疎かった私にとって、それは結構な驚きでした。
「スペイン」というキーワードでつながる人たちから学ぶこともあり、
今後が楽しみでもあります。
このコラムを読んでくださっている方の中にも、ブログをやっている方はたくさんいらっしゃるんでしょうね。
みんな頑張ってください!
私のブログアドレスはこちらです。→
http://yaplog.jp/rieten/
Rie
マリア・デル・マル・モレノ
2008年5月1日
マリア・デル・マル・モレノをずいぶん久しぶりに観ました。
私と一つ違いの彼女。7、8年前は
“ずいぶん若く見えて美人だけど、ヘレスのおばちゃんキャラだよな”
と言う感じだったのが、もうすっかり
“心も体もヘレスのおばちゃん”
になりました。
つまりすごく太ったわけです。
こんなにスタイルが変わったのに、サパテアードの音は相変わらずブレがなく軽やかないい音。
貫禄はすごく増し、ヒターノたちをぐいぐい引っぱってゆく頼もしい舞台でした。
ものすごく当たり前のことだけど、昨今忘れがちになっているのが、
『フラメンコは一つの表現方法としての芸術だ』
ということ。
表現したい何かをフラメンコを通して、観客に伝えていく。
それは、劇やストーリー、役などがない、クワドロフラメンコでも同じこと。
いや、基本は常にここにあります。
踊り(あるいは肉体)という目で観てわかりやすい媒体を使うことによって、ギターやカンテでは届きにくい部分も表現することができる。
そこに一つの世界をつくることができる。
昔の人はみんなこういうフラメンコを踊ったものでした。
いい意味で。
テクニック的には現代のものを持ち合わせながら、カンテをその気にさせていくマリアデルマル。素晴らしかったです。
短期間で世界的芸術への階段を駆け上っているフラメンコ。
多様性に溢れているのは、ある意味スペイン人の民族性なのかもしれません。
ただ、少なくともある一つのスタイルは、ベースとして世界の人がついて来れるために残っていないといけないと思います。
オペラ然り、クラシックバレエ然り、歌舞伎然り。
それが叩き台となって新しいものが生まれるにせよ、世界の人が観たい時にいつでもみれるように、ベーシックなものの存続というのは、どの芸術にも必要なのです。
そういう意味で、現代フラメンコ界に確かな位置を築いていってくれそうな、マリアデルマル。
いい踊り手さんになりました。
**私のHPコラム公演レビューはいつも、曲目など詳細はパセオ本誌に譲っています。
Rie
ビエナルチケット発売開始!
2008年4月24日
みなさんビエナルチケットは購入しましたか?
先週、17日から発売が開始され、私も翌18日にはいくつかチケットを購入しました。
ところが、いい席はもうほとんど残っていません!!!!
インターネットを通じて全世界の人が買えるわけですから、発売当日に売り切れチケットがでないことのほうが、不思議かもしれません。
でも、私の5回のビエナル体験で、こんなに早く席が埋まったことはありませんでした。
逆に言えば、非常に簡単にチケットが購入できるようになったとも言えます。
自宅にいながらチケットが買えるんですものね。
便利になったものです。
参考:www.generaltickets.com にアクセスし、provinciasのところにsevillaと入れてもらえば、ビエナルの項目がでてきます。そこをクリックし、希望の公演を探してください。
Rie
フェリア終了!
2008年4月17日
2008年のフェリアも終わってしまいました。
今年は本当に雨に始まり雨に終わったフェリア。
実際のフェリアが終わっても、遊園地の部分は約1週間残っていて遊ぶことができるのですが、この1週間も結構雨が降りました。
雨じゃない日もとても寒くて、
“フェリア行こうよ!!”
というような気分にはなりませんでした。
こういう気持ちだったのは私だけではなかったようで、
ここ数年で一番来場者数が少なかったと言われています。
フェリアの場合、入り口や出口、チケットがあるわけでもないので、来場者数のコントロールは非常に難しく、正確な数字というのはもちろん不可能です。
でも毎年、ゴミ回収業者がゴミの量は発表します。
今年は1.254.303キロのゴミを回収し、昨年よりは13%少なかったとのこと。
また、今年はいつもの年より早い時期にフェリアがやってきたため、(1*)
フェリア用の衣裳の売れ行きも悪かったようです。(2*)
来年は天気も良く、大いに盛り上がるフェリアを期待してます。
お金もためて、衣裳も買いたい!
みなさんも遊びにきてくださいね。
1*フェリアは聖暦で毎年同じ時に行われるため、通常の暦では毎年日程が異なる。
2*フェリア衣装は通常simofというファッションショー後にその年のモデルの販売を開始する。simof は通常暦で毎年同じ時期のため、フェリアが早まると販売期間が短くなる。
Rie
ちょっと、そこまで。
2008年4月10日
自分の話題について語る時、世の中には2種類のタイプの人がいる。“不幸のほうが話しやすい人”と“幸せのほうが話しやすい人”である。
もちろんどちらもたくさん話す人もいれば、自分についてあまり語らない人もいるし、人間のタイプなんて分類化できるものではないのだが、このへんは今日は流してもらって、話を進めよう。
「もう、確定申告で課税されちゃって大変だよー」とか「また彼氏と喧嘩しちゃったよ」とか、「最近腰が痛いんだよねー」などなどは不幸組。「うちの子、浪人しないで済んだんだー」とか「夫婦水入らずで温泉行ってきたの」とか、「リクルートしたら給料倍になってさー」なんていうのは幸せ組であろう。
ただ、こういうのは単なる癖、あるいは習慣であって、
不幸な話題ばかりしている人が、幸せな話題ばかりとしている人より不幸である、
かと思うとそうではないのである。ちょっと笑いをとりたい、とか、謙遜の一種として不幸な話題を出している場合が多いと思う。幸せな話ばかりすると、感じが悪いと思っているのかもしれない。
でも、本当に不幸な話、っていうのは普通はしづらいものだ。
家族の誰かや、最愛の人が亡くなった、なんて言う場合、その場ならともかく、その死を乗り越えたあとに、誰かにわざわざ話すようなことはないであろう。
そういう意味で、私たちは常に、人の表面的なところを見ているに過ぎない。
もっと相手の人生に踏み込んでみたら、誰だって、不幸な思い出や、底なし沼のような闇をもっていたりする。
そしてそういう部分に触れた時、相手に対して優しくなれる場合もある。
いちいち詳しく語らない「ちょっとそこまで」という日本文化を私は愛しているけど、これは相手を思いやっての「ちょっとそこまで」だからこそ、素敵なんだと思う。
つまり、いつも通りの「ちょっとそこまで」だったら普通に送り出してあげるけど、なんだかいつもと違う「ちょっとそこまで」だったら「あら、今日はどちらまで?」って聞けるコミュニケーションがあってこそ。
そこで、
“実は母が急に倒れて、入院したので病院へ”なんて返事が来たら、
“あら、大変。じゃあ、とりあえず子供達はうちでご飯食べさせておいてあげるわよ”なんて言えるような関係でこそ、普段の“ちょっとそこまで”が生きてくるんだと思う。
『お互いに踏み込まないのが礼儀』っていうような距離感を持っている日本人をよく見るにつれて、少し不安になる今日この頃である。
Rie
山小屋でゆっくり。
2008年3月27日
今週の日曜日は、山の中のレストランでご飯を食べてきました。
暖炉のある広い山小屋の中で、素朴だけどおいしいご飯が食べられます。
台所にも何度も入れてもらったことがあるのですが、いつ入っても非常にきれい。
これも私にとっては、魅力の一つです。
狩りをするために犬をたくさん飼っていて、レストラン内は犬がうろうろしています。
この前行った時には子犬が8匹生まれていて、暖炉の横で暖をとっていました。
小さくて柔らかい彼らを触りたい放題の我が子達。
今日も子ども達は子犬をみるのを楽しみに行きました。
ところがなんと、全部持っていかれてしまったとのこと。
店内をふらふら歩いているので、お客様が持っていってしまうそうです。
そんなルーズな雰囲気が何とも我が家のようで居心地が良く、この日も5時間も時を過ごしてしまいました。
Rie
今年もセマナサンタです!
2008年3月20日
右端のカーキ色のジャケットの女性が左端のマリア様に向けて、サエタを歌っています。
みなさんご存知の聖週間。
今年もやってきました。
セビージャでは55,000人が、行列に参加。
教会離れが叫ばれている今日この頃ですが、
少なくともセビージャは安心な感じです。
今年は忙しい中、いくつかパソ(行列)を観に行く事ができ、サエタも聞くことができました。
サエタを聞くと、
フラメンコはやっぱりアンダルシアのものなんだな、
と思います。
ヒターノの力はあるにせよ、
この土地で育ったから、フラメンコという形に昇華できたものなんだと、確信できます。
こちらの宗教の主役であるマリア様に向かって、
敬意をこめて歌います。
カトリックでない私でも、
聞いていると、それはもう神妙な気持ちになります。
もちろんアカペラです。
Rie
愛すべきフラメンキートたち
2008年3月13日
最近立て続けに、日本でフラメンコを続けている友人がセビージャへ来た。
そして、私が感じたのが、フラメンコに疲れる幸せである。
日本ではフラメンコというのは探すものであって、飽きるものではない。
こっちでいると、溺れて苦しくなるほどのフラメンコがある。
私の場合は、たまたまフラメンコと縁の深い家族と結婚した。
「俺はフラメンコは全然駄目なんだ、コンパスもないし……」と恥ずかしそうに笑う夫と恋に落ちて、それはフラメンコの奥深さを知っている人の謙虚さだったんだ、と知るのに数年かかった。
年中我が家にやってくるフラメンキートたち。
その多くは死んでしまったし、その多くは麻薬の常習者であった。
取り締まりが厳しくなった現在では、我が家としても麻薬には厳しく接したい。
夫は、フィエスタの途中に麻薬取引の電話をしているアーティストに怒ったこともある。それで逆切れしたアーティストもいれば、謝ったアーティストもいるし、語ればきりがないけど、本当にいろんなことがあった。
DV(夫による家庭内暴力)被害者の手続きをして補助金をもらい、夫に見つかるのを恐れつつ公演を続けているアーティストもいる。家族が謎の死を遂げているアーティストもいる。
そこには殺人やクスリや、映画みたいなことが現実に起こっているようなニオイがする出来事もたくさんあった。
それを記事にしたくて詳細を聞きにきた無知な記者もいる。
名前を書けば誰もが知っているようなアーティストばっかりなので、名前は書かないけど、彼らが大舞台にたち喝采を浴びるたびに感じるもやもや感は、言葉にできない。
何にも本質をつかんでいないのに、聞きかじったことを適当につなげて、それなりに仕上がった記事を読む時も同じようなもやもや感はある。
私も知らないところで、メディアにだまされているんだろうなあ、と思う。
ジェームス・ブラウンやレイ・チャールズが麻薬で捕まっても、ミュージシャンだもんね、っていう風に思えるのに、フラメンキートたちが麻薬を使って舞台に立つと、がっかりする自分がどこかにいる。
それは単に距離感の問題だと思う。
赤の他人だったら、麻薬で死んでも関係ないけど、身近に感じる彼らだからこそ、そういうことで消えてほしくないと思う。
また彼らの真のキュートさが正確に一般の人に伝わるといいと思う。
ここ数年たくさんのペルソナッヘ*が亡くなっている。
時代は進化しているけど、また新世代のペルソナッヘがたくさん出てくるといいなと思う。
*ペルソナッへ=ものすごく個性のある人。
Rie
ナサレ・レジェス
2008年2月28日
フアナ・アマジャの公演に行きました。
“あー、フラメンコはやっぱりヒターノのものなんだなー”
と思わせるにふさわしい、力強く爆発的なスタート。
ただ結果的には、正直、フアナがどうこうではなく、舞台として、多少不満もある公演でした。
でも行ってよかった!!!
なぜなら娘のナサレが観れたからです。
良かった!!!
若いころのフアナに生き写しだけど、彼女にしかないキュートさもあって、何とも好感度の高い踊り手。
しばらくみないうちに、踊り手として立派に成長していたのにも目を見張りました。
本当にいわゆるヒターノの溌剌とした踊り手。
“技術が”とか、“スタイルが”とか、そういうところではなく、人を引きつける魅力にあふれている踊り手。
すべての動きが“自然”の延長線上にあって、不自然な部分が全くない。頭も手も足も体も、すべてが一つの形に流れていく。
母と娘の二人の間の愛情も伝わってきて、なんとも温かい気持ちにさせてくれました。
最近はフラメンコも多様化してきてしまって、すべての観客が喜ぶような舞台作りというのは困難を極めていると思います。
そんななか、訓練でスポイルされていない(ようにみえる)彼女のような存在は貴重です。このまま彼女はこのラインで彼女の世界を作っていってほしいものです。
Rie
パストーラ・ガルバン――ラ・フランセサ
2008年2月21日
私は主婦で小さい子が二人います。
しかも夫がレストラン経営のため、夜はほとんど家にいません。
結果として、夕ご飯は子供たちと3人で食べるような感じになります。
こういう状況下で劇場に行くのはなかなか大変。公演というのは通常夜なので、家を空けるのが難しいんですね。
午前公演があったら、主婦とか年金生活者とかうちの夫みたいに午後から仕事の人とか、結構行く人はいるんじゃないかという気もするけど、そんなの聞いたことない。
ともかく、そんなわけで、劇場にフラメンコ公演を見に行くのは、月1回が限度という感じです。子供がいなければ、月に5回くらいは行くと思うけど、まあ、それを我慢するに値するくらいには可愛いな、子供たち。
というわけで、月に一度の公演は結構選んで、本当に観たいもののチケットを握りしめて行くような感じになります。
それで、あんまり面白くなかったりすると、本気でがっかりします。
すっごく楽しみにして、やっとの思いでベビーシッターも頼んできたのに!!!
なんて思ってしまう。
先月選んだ公演は丁寧につくってあったにもかかわらず、とてもつまらなくって、すごく残念に帰ってきました。
そして、今月のパストーラ・ガルバンの公演はおもしろかった!
やっていることは“フラメンコ”というカテゴリーからはだいぶはみでちゃってるし、センスという意味では私とは相容れないものもある。
でも、あんなにentregarな踊り手は久しぶりにみた。entregarというのは“差し出す”というような意味で、舞台に関していえば、本当に自分のすべてを差し出す、さらけ出すというようなものである。ハリウッドなんかだと、汚れ役をやったら賞がもらえたりする傾向があるけど、まあ、そういう意味では、賞に値するような感じ。
自分がやっていることを信じ、真剣にそれと向き合い、自分がきれいに見えるとか、どういう風にみえるか、ということではなく、その作品を通して表現したいものを追求するという姿勢。
まっすぐな彼女が、ものすごく印象に残った。
最近、なかなかこれだけ強烈な印象を残せる踊り手は少ない。
しかも、やったことのほとんどは、高い技術がないとできないこと。
これだけの表現力と技術があるんだから、ベーシックなフラメンコでその力を出してほしいというふうに思う人がいても当然なのだけど。
今回はこの試みに拍手を送った。
ともかく、たまの劇場公演が満足なもので、個人的にもとてもうれしかったです。
Rie
Día de enamorados (バレンタインデー)
2008年2月14日
スペインでも一応バレンタインデーはあります。
男性が女性にバラの花を贈るのが一般的ですが、日本みたいにほぼ100パーセントの人がその日を意識させられている、という感じではありません。
よく見れば、バレンタインデーの飾り付けをしているお店もありますが、その多くは普通に営業しているし、花屋さんでさえ、そんなに張り切っていません。
また“この日に告白する”という風習は全くなく、普通は恋人や夫婦間でやりとりがあります。
私もいつもは忘れているのですが、今年はたまたま贈りたい帽子があったので、バレンタインにかこつけてカードをそえて渡しました。
彼はそのプレゼントでバレンタインデーを思い出したという状態で、特におかえしはなかったのですが、でも、プレゼントは楽しいですね。
今月末は息子の誕生日、来月は夫の誕生日です。
12月娘、1月私、クリスマスやバーゲンなど出費が続いて苦しいときなのですが、なんとかプレゼント資金は捻出しなくちゃ、とまた心を新たにしました。
Rie
スズメ
2008年2月7日
我が家は隙間がたくさんあるので、よくスズメが落ちてきます。
だいたいはまだ上手に飛べないヒナで、人間の匂いがつかないようにガーゼなどで捕まえて、屋上へ持っていって離します。
子供たちもワクワクついてきます。
ただ、バタバタと落ち着きのない野生のスズメを触るのは怖いようで、見てるだけ。「もうすぐママがきてくれるからねー」なんて声はかけています。
離してあげると、だいたいはすぐに鳴きながら飛んで行きます。
ただ、今日は死にかけたスズメが落ちて来て、拾って10分もすると死んでしまいました。知り合って10分で死んでしまったので、そんなにすごく悲しいというわけではありませんが、やっぱり残念ですね。
去年は 私のまわりで、いくつかの若い命が消えました。
そんなわけで、生と死についてとても考えた年ではあったのですが、やっぱり、人類は強いなーと思います。もちろん病気や怪我で無くなる人はたくさんいますが、それでも、動物の死亡率には全然追いつかないのではないでしょうか。寿命に換算したらおなじなのかな。
家族みんな元気で長生きできますように。
↓プライベートブログはじめました。良かったら覗いてください。
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最近はまっている飲みもの
2008年1月31日
スペインには『cala-cao』(コラカオ)という飲み物があります。
日本でいえば『ミロ』みたいなもので、ココアに近いけれどもう少しさっぱりした味の、栄養たっぷりの飲みもの。粉末で売っていて、牛乳に溶かして飲みます。
『ミロ』が商品名であるのと同じように、『cala-cao』も商品名です。類似品に『nesquick』(ネスクイック)などもあります。牛乳に溶けやすいので、私なんかは『nesquick』のほうが好きですが、世の中の主流はもちろん『cala-cao』です。
さて、先日友人に入れてもらってから猛烈にはまっているのが、これに蜂蜜を溶かして飲むもの。
私は甘いものはそんなに好きじゃないのですが、蜂蜜は大好き。
牛乳を温めて、『nesquick』を溶かし、蜂蜜をたっぷり溶かして飲みます。
味はものすごく濃厚で、冷えきったカラダがぽかぽか暖まってきます。
それでもチョコレート味はそんなに濃くないので、口のなかはあまりまったりせず、なかなか飲みやすい。
いつもは仕事をしながら飲むことが多いのですが、これソファーで足をなげだして一人でぼーっと飲んだら、本当に心もくつろぐ飲み物に間違いありません(まだやったことがない……)
こういう楽しみがあると、寒い冬も素敵に思えてきます。
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サハラ砂漠へ行ってきました。
2008年1月24日
旅について短く語るというのは非常に難しいのですが、旅行の感想を一言でいうならば、「いますぐにでも戻りたい」です。
“広さ”というものが、ものすごく心良いものだったということが、それを失ってからひしひしと心に響きます。
360度、見渡す限りなんにもない砂漠の真ん中で眠り、午前中いっぱい車で走って、やっと三家族程度でできている一つの部落があり、また午後いっぱい車で走って、小さな町に着く。時速は60~70キロくらい。
会う子供たちにキャンディーを配り、部落ではきれいに包装したおもちゃを配り、道を聞いた人にはタバコを渡す。洋服やウイスキーは結構欲しいと言われたので、次回は準備していこうと思います。
お礼にお茶をごちそうしてくれた人もいたし、石を投げようとしてきた子もいたし、もらったものをみんなで分け合っている子もいれば、こっそり隠して逃げる子もいました。知的な目をした美しい娘もいれば、男性にモノ扱いされている女性もいました。故障したトラックを修理場まで牽引した時も、お礼をするかしないかで、彼らの間でもめていました。(結果はお礼なしでした。ありがとうくらい言ってくれてもいいと思ったけど)
私は自分の国籍とは違う国に居住者として住んでいます。働いたり暮らしていないと見えないこと、気づかないことはたくさんあるし、旅行者や留学生の視点から見えるものとのギャップは常に感じています。
だから、短期の旅行で見えたものなんて、その国を感じるとっかかりにもならないということは重々承知しています。それでもそんな気楽な旅行者を受け止めてくれる確かなホスピタリティーは感じられる国でした。
“貪欲”という言葉が頭をよぎる瞬間もたくさんありましたが、アンダルシアにもそんな人はたくさんいるので、そんなに疲れるほどでもありませんでした。
そして、すべてを超えて思うのが、空間の贅沢です。
モロッコで3つの指に入る砂丘を上り、自分の周囲360度に地平線が見える贅沢。
それだけの広さに自分たちの車とハイマ(立派なテントみたいな寝床)しか見えない贅沢。
今回は夫と二人だけで行ったので、その贅沢は同時に恐ろしいまでのロマンティシズムでもありました。
二人で助け合って砂漠を横断する贅沢。
帰りにマラケッシュによったときは、人との距離が近くてどっと疲れてしまったくらい。お土産も買いたかったのに、物欲も消え失せてて何も買ってこず、今になって後悔しています。
あ、お菓子と乾燥バラだけ買いました。お菓子はもう食べてしまったけど、バラは石けんをつくりました。しばらくは思い出の品になりそうです。
Rie
カバルガタとクリスマス
2008年1月10日
こちらでは1月5日にセビージャのカバルガタかあり、1月6日の朝、目が覚めるとプレゼントが置いてあって、そのまま急いで街へ出ると、トリアーナ地区のカバルガタがあります。
カバルガタっていうのは、ディズニーランドのパレードのようなもので、山車がたくさん出ます。
今年は例年人気のハリーポッターに加え、ナルニア物語や、チャーリーのチョコレート工場、などが登場しました。
全部で20台以上の山車が出て、ダンサーはいませんが、音楽隊はたくさんいます。
小さい子もたくさん参加しています。
この山車からは飴が雨のように降ってきて、(降っているのがみえますか?)それをたくさんもらうのが、みんなの楽しみであります。
セビージャ市のカバルガタは、ほとんどが飴ですが、トリアーナ地区のカバルガタはおもちゃも結構降ってくるので、より興奮します。
そして、家ではこの“ロスコ”というものを食べます。
ブリオッシュとスポンジケーキの間くらいの軽い台生地で、生クリームを挟んだだけのものです。ショボッ。
でも、一つのロスコに一つずつおまけが入っていて、それに当たった人はその年幸せになるといわれています。
おみくじみたいなものですね。これは生クリームの部分に入っています。
それが目当てでついつい毎年買ってしまいます。
たくさんの主婦に混じってファミリーサイズのロスコを買うときが、私が一年で一番主婦を感じる時でもあります。
そんなわけで、スペインでは1月6日にクリスマスが終わり、1月7日から怒濤のバーゲンシーズンが始まります。
Rie
謹賀新年
2008年1月3日
みなさま、あけましておめでとうございます。
初夢、おみくじ、いかがでしたか?
今年の目標は決まりましたか?
2007年、私は自分のために一度も泣きませんでした。
決して涙を我慢したわけではなく、それほど悲しいことがなかったのです。なんて幸せなんだろうと思います。
ある程度安定した生活ができている今、人のためになにかできる余裕をつくり、実行する時が来ているのかな、と思います。
昨年までは基本的にいつも抽象的な抱負ばかりかかげてきて、努力はするものの、達成できたのかどうかという点が、いつも不明確でありました。
そこで、今年からは達成期間別に目標をたてることにしました。
3年くらいを目安に形にする長期目標---“人の役に立つこと”
上記の目標に対しての一年目の抱負、年間目標---“体力をつける”
その他、毎月、月間目標を立て、翌日の予定も必ずつけること。
これが私の今年の目標です。
仕事が忙しく、けじめをつけないと、日曜祭日も全くないため、予定をたて、計画的に日々を暮らす必要性を感じています。
自分のことで手一杯ではなく、人のためにも使えるような時間的、金銭的、体力的余裕を持つようにしたいです。今年はまず第一歩。3年後には何かに貢献できているよう頑張ります。
今年もよろしくお願い致します。
皆様の一年が楽しい日々になりますように。
Rie
クリスマスです。
2007年12月20日
今年は師走という言葉がひしひしと胸にせまる12月を過ごしておりますが、皆様はいかがお過ごしですか?
子供がいると、クリスマスは一大行事で、それだけでも忙しい。
学校では毎年この時期に学芸会があり、子供達はクリスマスにちなんだ劇を披露します。うちの子供達は、今年は幼稚部158人全員でイエス様誕生のクリスマス劇をやりました。そしてなんと、兄が主役に抜擢されました。うちの息子は非常に落ち着きと忍耐力があり、とてもいい子ですが、先頭に立ってなにかをやりたい子ではありません。授業でも手を挙げるのが嫌なくらい。今までの学芸会でも、いつもその他大勢で、舞台の上でぼーっとしていました。
そんな彼が主役というので、家族一同びっくり。それでも、大役をうまくこなしてもらいたい、と思ってしまうのが家族で、毎日みんなで台詞を練習して、3歳の妹を含む家族一同が、彼の台詞を覚えてしまったくらい。
ちなみに妹は牛役でした。
母の私は、生地や材料を買い、衣装を縫い、なんだか、大忙し。牛のかぶり物も縫いました。
家ではクリスマスツリーを飾り、ポインセチアを飾り、その他のクリスマスグッズを飾り、ベレンを飾ります。
ベレンというのはイエス様誕生のシーンを再現した人形の飾りで、みんなところどころ手作りしながら、それぞれのベレンを作ります。人形自体を作る人は少なく、この時期になると出展するベレン出店で購入するのが主流です。
我が家も12月頭には行ってきました。

子供達は大喜び。
買ってきた人形を、自分たちで作った家に飾ります。ちなみにうちはフラメンコ靴箱と、ワインの栓などでつくりました。井戸はトイレットペーパーの芯。
来年は卵や肉やテーブルなどをつくって、村人の人形を買い足し、村を拡大する予定です。アンダルシアのベレンでは、必ずうんちをしている人が目立たないように置いてあるのですが、我が家はまだ彼を買うところまでいっていません。先は長いです。

まだ背景を作れていないのですが、一応参考までに。
12/25にイエス様を置いて、1/5にプレゼントを持ってきてくれる賢者達を置きます。この4人の人形はそれまでは箱の中で待機。
というわけで、なんだかわらわらしておりますが、なにはともあれクリスマス。日本はお正月もありますね。
皆様楽しくお過ごしください!
Rie
やっぱり海が好き
2007年12月13日
またしても海行ってきました。
もうさすがに寒くて、海に入るのなんて犬とうちの夫くらいだろう、と思っていたら、結構いました。ウインドサーファーが。
行った日はわりと良く晴れて、砂浜で水着になってのんびりしました。
宿は取らず、適当に野宿(といっても車の中なので、わりと快適。テントを張る訳でもないので、キャンプという感じでもない)をしたわけなのですが、野宿のいいところは、早寝早起きですね。
朝の8時ごろには日が昇って目が覚めちゃうし、夜の8時くらいには日が落ちて眠くなってしまう。
これくらいたっぷり眠れると私はとってもうれしいです。
帰ってきたばかりですが、早くもまた行きたいです。海。
**写真は我が家の犬たち。ニューファンドランドという海難救助犬種なので、海は大好き。もちろん、何の訓練もしてないうちの犬たちは、波が荒くなってくると助けを求めて私に抱きついてくるレベルですが……。
Rie
不屈精神の謎
2007年12月6日
先日このコラムで紹介した、“不屈精神”のステッカーを貼った車を今日はスタジオの近くで見つけ、持ち主がいたので“なぜこの言葉を選んだのか”聞いてみました。
回答
「“母親への愛”っていう意味だと聞いて、いい言葉だと思ったから」
だって。
ひどい。それはひどすぎる。
意味全然違う。中国ではそういう意味なのかしらん。
と思ったので、中国語が母国語の台湾人の友達に聞いてみたところ、意味はやはり日本語と同じとのこと。
なんとも知らないとは恐ろしいですね。
知らないから、言われたものをそれと信じるしかないわけです。
これって、フラメンコにも通じますよね。
“フラメンコに興味あるけど、実際どんなものか知らない”という人は、これがフラメンコよ、と差し出されたものを、ああ、これがフラメンコですかって受け止めるしかないわけです。
それでもここ15年くらいで、日本の本物フラメンコの量はぐっと増えたと思います。CDやDVDはもちろん、スペイン人アーティストのコンサートやタブラオ、クルシージョまで日本に住んでいて受けられるし、なにより、日本人フラメンコアーティストの裾野がものすごく広がりました。
このフラメンコ認識がフラメンコファンだけでなく、日本全国に広がると嬉しいですね。好きにせよ嫌いにせよ、興味があるにせよないにせよ、とりあえず、フラメンコがどういうものなのか、だいたいの人が知っている。いいなー。そんな日本。
あと何年くらいでそうなるかな。
Rie
忍耐力
2007年11月29日
今月はアンドレス・ペーニャのブレリアクラスに通っています。クラスは毎日なので、楽しい日もあればそうでもない日もありますが、この1ヵ月で私はアンドレスに惚れてしまいました。
なんていい人!!!
私のクラスは初級クラスなのですが、いくら初級でも最近のスペインでこのペースはありえないだろう!っていう、のんびりペースでクラスが進んでいます。
体を動かす時間よりパルマを打っている時間の方が断然長いし、当たらなければ踊らなくていいし、なんとも気楽。個性の強い人も多く、なかなか楽しいクラスです。
でも、このクラスを引っ張る、先生のアンドレスは大変だと思う。
どんなレベルの人にも、その人の良さを引き出し、励ましながら、1時間歌いっぱなし。(この前の上級中級と合わせると3時間歌いっぱなしらしい)その忍耐力は熟練の助産婦さんみたい。
適当にあめと鞭を使い分けながら、なんとか産ませようとする。
ほとんどの生徒のアルテが花開いていないなか、なんとか引き出そうとする。これが毎日同じテンション。
輪になって一人一人順番に自由に踊ることが多いのですが、クラスですから、全員で踊ることも当然ある訳で、彼が歌って、みんなバラバラに踊る。すごいクラス。誰一人同じに踊っていない。そんなみんなを率いてがんばるアンドレス。
いい人過ぎる!!
毎回彼の温かさに感動して帰ってきます。
でも、昨日の靴を脱いでのレッスン。“上半身を使う練習だ!”と靴を脱がされたのですが、いつになく静かなレッスンに「ほっとするなー」と漏らしていたアンドレス。やっぱり大変なんだなー。
**注**
私は彼のレッスン最終月の今月だけの参加なので上記のようなクラスを体験していますが、最初の頃はもちろん、みんなで同じ振付けを練習したりしていたようです。
Rie
ホアキン・グリロ
2007年11月22日
このコラムもずいぶん長いこと書かせていただいているのですが、なんと、グリロについて一度も書いていないことに気づいたので、今日はグリロについて。
うちの夫はフラメンキートに囲まれて育った割には、バイレフラメンコを観ることはあまりなく、やはり歌が一番好き、という普通のスペイン人です。毎日毎日何時間もフラメンコCDを聴いているのですが、やっぱり生で聴いた方が楽しいんですね。
そんな夫が唯一、仕事を休みにして、ヘレスまで車を走らせてでも観に行くのがホアキン・グリロです。
彼のことが大好きで、先日も広いマエストランサ劇場で、一人でハレオをかけていました。(劇場の広さに反比例してハレオが少なくなるのはなぜ?)
もともと酔拳のような踊りにコメディーの要素は多分に含まれていたのですが、最近のグリロはそのあまりの自由さに、ぐいぐい惹き込まれます。
コンパス感はもちろんのこと、体のすべての部分をあれだけ自在に操れるようになると、もう、できることに際限がないんですね。
私たちが日常的にすること、例えば、会話。
自分の思っていることを正確に表現できたらいいなーと思ったことはありませんか。話すという、毎日している技術でさえ、100%使いこなせているとは言えない私たち。
それを体を動かすという、基本的にものすごく難しいジャンルにおいて、いともたやすくやってのける人がいると思ってください。
それはもうたまらんです。
どこまでも自由にのびやかにコミカルに、コンパスの中を泳ぐグリロは、観ている人にフラメンコの楽しさを伝えてくれる人。
ペナ(痛み、悲しみ)がフラメンコの基本だという人がいます。私も基本的にはそう思うのですが、ペナってなんでしょう。
明日食べるものがなくたって、住むところがなくたって、笑っているようなスペイン人はたくさんいます。自給自足が成り立っている国の人々の危機感っていうのは、自給自足がままならない島国の人たちの危機感とは違います。
だからこそ、家族の死を悲しんで、1ヶ月働かないようなこともできるわけです。死は当然悲しいことですが、そこにどっぷり浸かれるのも一種の贅沢ではあります。
そういう国にいて、フラメンコの楽しさをこれだけダイレクトに伝えてくれるエンターテイナーは貴重な存在です。
Rie
素敵な恋人に出会う確率。
2007年11月15日
先日久しぶりに友人のルルデスに会いました。
彼女はセビージャ出身ですが、世界を飛び回ってスペイン語を教えているので、会えるのは年に1、2回。ここ何年かはいつもイタリア人の彼が一緒だったので、彼女と二人きりで会ったのは本当に久しぶりでした。
女の子同士ですから、やっぱり話は、仕事と恋。仕事は比較的順調ですが、恋はやっぱり出会いがないと言います。
いや、出会いはあるんですね。でも、素敵な人との出会いがない。
彼女の言う“素敵”というのは普通のことを普通にいいな、と言えること。例えば、子供がいるっていいな、とか、一人の人をずっと好きでいるっていいな、とか。
あまりにも、不倫だとかアバンチュールだとか、子供を作らないのが新しいスタイルだとか、そういうふうになってしまっている人が多すぎる。それはそれでそういう人がいてもいいとは思うけど、例えば国民の80%が浮気をしている社会があったとしたら、やはりなにか問題があるような気がします。
じつは我が家はかなりラブラブな夫婦です。
お互いに相手のことが大好きなので、まあ、端から見たらすごくラブリーな夫婦なんですね。ただ、お互いにあまり束縛するタイプではないので、夜飲みに行ったりもわりと自由にできるし、うちの夫なんかはよく砂漠に冒険旅行に行ったりします。
みんなにいい人に出会ったと言われるし、私も出会った時は宝くじに当たったようなものだわ、と思っていました。
でも、今日ルルデスに「やっぱりみんなが幸せな結婚ができるとは限らないのよ。そういう人に出会えるって、宝くじに当たるようなものなのよ」
と言われた時は、本当にそうなのかしら。と考えてしまいました。
確率から言っても、私の周りで宝くじで大金に当たった人は一人しかいないけど、幸せな結婚生活をしている人はたくさんいます。
幸せの形も個性化してきているし、なにを持って幸せというのかという幸せの定義も難しくはなってきていると思います。
それでも好きな人と少しづつ何かを築いていく、っていうことは、誰にでも遅かれ早かれ訪れるものなのではないでしょうか。
結婚適齢期(っていう考え方自体は私は好きではありませんが)という年代になったりそれを過ぎたりしたら、焦る気持ちはわかります。特に女性は出産の年齢的上限もあるので、難しいとは思います。
でも、焦らなくても必ず相手は現れると思います。
それまでは、本当に、どういう相手と一緒に生きていきたいのか、というビジョンを明確に持つように暮らしていけば、おのずとそれに適した相手が現れるものではないかと思います。
独身で、今、恋人が欲しいのにいない、という人。
絶対いつかは適した相手がみつかります。
それを信じて、がんばってください。
Rie
フラメンコを育てるのは観客です。
2007年11月8日
日本にもっと増えて欲しいなあと思うのは、純粋なフラメンコファンである。
フラメンコが好きで、その存在を愛し、各公演には足を運び、フィエスタがあると聞けば飛んでいき、吐くほど飲んでもフラメンキ-トをあとに残しては家に帰れないような、そういう人。アーティストたちを愛し、彼らに対して寛大で、かつフラメンコへの造詣が深く、正しく評価ができる。そして、自分は決して表舞台には立とうとしない人である。
たとえば、お笑いにしろ、アイドルにしろ、クラッシックバレエにしろ、ピアニストにしろ、オペラにしろ、普通の芸能と言われるものは、たくさんのファンがいる。劇場やコンサート会場に足を運び、見る目を肥やし、でも決して自分が舞台へ立つための参考として見ているわけではない。チックコリアのコンサートへ来ているうちの何%がチックコリアの技を盗もうと思ってきているだろうか。そんなの5%にも満たないであろう。ジャズピアノも弾いたことがない人がほとんどだと思う。「あんな風にピアノがひけたらいいなー」とは思うかもしれないけど、別にそれだけである。
ところが、フラメンコはどうだ。
タブラオだって、テアトロだって、ほとんどの観客がバイレ練習生で、手の位置だの、サパテアードだのを目を皿のようにして観察している。そして、終了後、批評家のように、ここの足がちょっとばらついてたねーなんて話したりしている。
そういうのはフラメンコが好きとは言わないんじゃないかな、と思う。自分還元のための一つの投資であって、フラメンコにたいする投資ではない。
仮に批判するところがあったにせよ、「この子もこの方向性でいけば、そのうちなんとかなるかもなー。もうちょっと投資してあげよう」なんて気持ちでチケットを買ってあげたりする普通のファンが、日本には少ないのである。
これは今のスペインでもいえることだけど。なんせフラメンコ留学生が多いからね。
フラメンコ練習生とフラメンコを全く知らない観光客を相手に踊っている最近の若手たちは、やたら足がうるさい。みんなスーパーテクニックでうまいんだけど、そんなに足が必要か、と思う。
でも、お客さんを見ると納得する。
激しいサパテアードが出れば出るほど、観客が盛り上がるのだ。サパテアードというのは他のたくさんのフラメンコの要素と違って、練習すればしただけ、上達するものだから、踊るほうも観客の注意を惹こうと、そればっかり練習する。(センスのいいサパテアードについてはこの場合は除く)
こういうのはフラメンコの品質に対しては逆効果だと思う。
まだスタイルが確立されていない若手を育てるのは、観客なのである。観客が真のプーロフラメンコを求めれば、アーティストはそれに答えてくる。それなのに、アメリカナイズされた、見た目だけ派手なものばっかりもてはやされると、若手もそっちに流れてしまう。なにせ、明日のパンを買うお金のほうが大事だもの。
古いフラメンコが今でも根付く日本だからこそ、フラメンコ鑑賞を楽しみ、アーティストを育てた、そういうスペイン古き良き時代のファンであり続けるようであって欲しいと思う。
Rie
モンストロたちのつどう夜-------(モンストロ=monstruo/怪物)
2007年11月1日
10月29日 マエストランサ劇場 ミゲル・ポベーダ/シン・フロンテーラ
たった6年前。2001年の2月15日。1100席所有のロペ・デ・ベガ劇場を半分しか埋められなかったボベーダ。(このときはチクエロと二人だけの出演)
ここ数年の知名度アップは著しく、今回は全1800席がわずか数日で完売。
歌がメインの、“シン・フロンテーラ”という、ひとつの作品を披露した。
モライート、ホアキン・グリロ、エル・サンボ、によるブレリア・デ・ゴルペから幕が開いた。続いて、ボベーダとチクエロでレバンテを奏でる。
ボベーダの成長ぶりに度肝を抜かれた。それは単なる巧い歌い手の一人という域からは完全に逸脱していた。
声を聞けば、誰もがボベーダだと認識できる個性。その歌声が、歌の中で、これでもか、これでもか、というほどに変化を見せる。
一人のモンストロ(怪物)の誕生に、手が震え、心が震え、鳥肌がたった。
そこに往年のモンストロ、モライート、やはりモンストロに変化中のホアキン・グリロが加わり、この夜の公演は激しい興奮を胸に残す、なんともコージャスなものとなった。
ポベーダの歌を最大限に引き出す、チクエロの温かく正確で、気持ちのいいギターについても、一筆しておこうと思う。
出演者たちがお互いにお互いを讃え、感動し、楽しんでいるのも、たまらなく良かった。なかなかこれだけ刺激のあるメンバーがつどうのは難しく、彼らにとってもゴージャスな夜だったに違いない。
しかし!!!!
こういうのは読んでもしょうがないです。
とにかく機会があったら観てください。生で聴いてください。
モンストロがモンストロである所以を、そこで感じてください。
感無量。
Rie
学校
2007年10月25日
我が家の子どもたちは日本人の母がいるのに、全く日本語を話しません。日本語は理解しているようですが、それでも時々“ママ、それよくわかんないから、スペイン語で説明して”なんて言われます。
寂しいのですが、仕方がないのかな。
というわけで、せめて単語だけでも、、ということで、夜、本を読むときなどでも、日本語を付け足します。
「これなーに?」
「カサ!」
「そうねー。日本語だと“家”ね」
「いえー!!」
なんていう風にささやかながら日本語を教えているわけです。
そんな具合に今日、「学校」を教えると、
「ガッコー、うひゃひゃひゃひゃひゃ」と大爆笑。
順番に
兄「ガッコー」
妹「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
妹「ガッコー」
兄「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
という感じで飽きずに笑い転げています。
響きがツボだったのだとは思うのですが……。
日本語教育の壁を感じる今日このごろです。
Rie
フアン・マヌエル・カニサーレス(10月11日カハソル劇場)
2007年10月18日
いやー。久しぶりの生カニちゃん、すっごく良かったです。演奏最後には爪が折れて宙を舞う程の熱演でした。
名前が長いので、私の中ではカニちゃんと読んでいますが、スペイン語で“カニー”はあまり良い表現ではないので、間違っても本人に使ったりしないでください。
三揃いのスーツにパニュエロを巻き、ブレスレッドまでつけてスタイリッシュに現れたカニちゃん。最初は少し硬く、緊張が伝わってくるようでした。客席に空席が目立ったのが影響したのかも。
弦を短く押さえて、硬くはっきりした音で弾くのがカニちゃんの特徴なのですが、新譜イベリアの曲の中でも、それはふんだんに生かされていて、その辺の硬さと粋なマイナーの使い方で、何を聞いても、海の香りがします。でも、カディスの海みたいにひたすら明るいんじゃなくって、もっと磯の香りと空が見えるような感じ。特に「el puerto」なんてとっても爽やかでカニちゃんらしくて、聞いてて、とても気持ちよかったです。ひたすら音を詰め込むギタリストが多い中、カニちゃんは弾かない時間も大切にします。普通に休みがある、音の紡ぎかたなんですね。音の正確さも相まって、すごく透明感があって、素敵。上品なんですね。
カニちゃんの場合、いろんな意味で録音とライブに違いがある人なので、こういう人は生で聞くと生きた音が聞けて嬉しい。今日は弦楽器とパーカッションだけの構成で、暖かで真剣な感じが本当に良かったです。技術ももちろんだけど、特に後半は楽しくやっている感じで、聴いてる私も楽しめました。
ただちょっと残念だったのは、選曲。今年は待ちに待った新譜がでたので、ワクワク聞きに行ったのですが、新譜イベリアからはたったの4曲。しかも、我らがトリアーナは入っていなかった。
そして、後半の殆どの曲がファーストアルバムの「noches de imán y luna」からの選曲。私がカニちゃんを好きになるきっかけとなった“lluvia de cometas”をトリに持ってきてくれたのは個人的にはとっても嬉しかったけど、でももう10年近く聴いている曲をまたここで聴くのはどうかと思いました。
カニちゃんに選曲の理由を聞いたら、“セビージャの人はフラメンコが好きだから”という答えだったけど、割合は逆で良かったんじゃないかと思います。やっぱりもうちょっと新譜を聞きたかった。
次回に期待するか。

折れた親指の爪を押さえるカニちゃん
Rie
日本語ブーム
2007年10月11日
ここ数年、スペインにもオリエンタルブームが降り立ち、インドネシアやタイの家具を専門に売るお店は大繁盛。インド料理店や日本料理店。洋服やアクセサリーにもアジアンテイストがよくみられるようになりました。
そんななか、やはり根強い人気が「漢字」。いままではインチキな漢字や、中国にしかない漢字などが多かったのですが、最近は普通に日本語として読めるものが増えてきました。また平仮名も大分進出してきています。
銀座、魂、能(これは能力という意味で選んでいるらしい)、愛、太極拳、歌舞伎などに加えて、最近みかけたものでは、こけし、安都二男(多分アントニオだと思う)、万歳などなど。
これ、どこでみかけるかというと、その殆どが入れ墨や車のステッカー。そして今日はこれ。
この立派な明朝体は結構日本のヤンキーに通ずるものが。
これはどうやって選んだんでしょうか。わざわざこれを選ぶくらいだから意味から選んだんだろうけど、売った人はなんて訳で売ったんでしょう。不屈精神って。すごい。なんかスペイン人に似合うような似合わないような言葉。自分を曲げない、って言う意味では、合っているような気もするけど。
今日も3歳児を二人連れたおばあさんが赤信号を大闊歩。
通り過ぎる車に「なによ。あんた私を轢こうって言うの??」
なんて叫んでいる。「セニョーラ。信号赤ですよー」って言ったら、「あら、気付かなかったわ」
あのーみんな信号待ちしてるんですけど。というわけで、さすがスペイン。ある意味不屈な人は結構います。
ちなみに私の好きな漢字は「庭」です。日よけがあって、テーブルがあって、ブランケットも敷いてあるような感じがする。あたたかい日曜の午後の香りが漂うので、好きな漢字です。
Rie
タブラオを作ろう!
2007年10月4日
前に使っていたタブラオがだいぶ老朽化し、友人のカセタ(フェリア)に譲ってから早1年。フラメンコをやる必要に迫られて、タブラオを作ることになりました。家庭で練習する時も使えるし、お店をやる予定がある方にも参考になると思うので、今日は作り方を紹介します。

木のパネル板と、角木材を買ってきて、木材をパネルの縁取りの長さに切ります。

角木材が切れたら、パネル板に並べてみます。衝撃を軽くするため、マットを切って角木材に貼ります。この場合はキャンプ用の保温マットを利用しました。この写真の部分で2枚のパネル板をあわせています。

まず木工用ボンドで木を貼付けてから、釘を打ちます。釘は少ない方が踊りやすいです。

次に防音のためにウレタンマットを貼ります。音がひび割れするのを防ぎ、綺麗な乾いた音(セコ)がするようになります。
まず、ウレタンを必要サイズに切り、

ウレタン用ボンドで貼付けます。
裏返して、黒(あるいはお好きな色)で塗れば、簡単タブラオの完成です。我が家のタブラオはこれを2つつなげて作っています。

ちょっとわかりにくいけど、ステージの様子。写真の人はカンタオーラ ナタリア。

今日のメンバー。
ウニオン優勝者のダビなど、それぞれタブラオなどで活躍中のアーティストです。
Rie
祝! 同棲!
2007年9月27日
大親友ミシェルはとても美人。スタイルも抜群で、性格も明るく恋のアバンチュールも大好き。金髪に巨乳で軽いので、頭が悪く見られることもあるけど、実は大卒で翻訳のライセンスを持つ才女でもあります。
マリリン・モンローのルックスに、“セックス・イン・ザ・シティー”のサマンタの性格と思ってもらえばわかりやすいかも。
というわけで、彼女とは毎日のように夜遊びに出掛けていました。そのルックスとサービス精神旺盛な性格で、行く先々、どこでも彼女は人気者。二人で一晩中笑ってばかりいました。
そのうち、私には彼ができ、子供ができ、いつの間にか、家族のいる幸せというものが日常的なものとなりました。彼女と夜遊びに行くのも、年に4.5回がいいとこ。そのかわり、ランチで彼女を励ますことが多くなりました。
彼女だって、結婚願望や出産願望はあります。でもそれに見合う男性に出会えないだけなのです。でも、仕事のトラブルや、経済的な問題、年齢的な焦り、おまけに太ってきてしまって、ここ数年はなんとなくアンハッピーな時期が続きました。
ところが、去年。14歳年下の学生の男の子と出会って、なんとなくつきあいを始めた彼女。私は彼が完璧にミシェルの好みだっただけに、ひたすらうまくいくことを祈る日々。会う度に幸せそうな彼女を見ているうちに、楽天家の私は“信じてよさそうじゃない!!”なんてことを簡単に言っては、彼女に“そんなにうまくいきっこないわよ。あとで傷つかないように気持ちセーブするのが精一杯”なんて言われていました。
でも、なんと!
今週の月曜日から一緒に暮らし始めたんです。二人。
ミシェルにとって、恋人と住むのは40歳になって始めて。もちろん彼にとっても始めての同棲。
“今までずーっと一人に慣れているから、心配” というので、「二人で暮らすことを選んだんだから変わらなきゃ」と、私が夫と暮らし始めた時に彼女に言われた言葉をそのまま返しました。どんなに大好きな人だって、一緒に暮らすといろいろあります。でも、やっとみつけた大事な人。なんともうまくいって欲しいものです。
週末にはシャンパンを持って、お祝いに行こうと思っています。
本当に嬉しい。
Rie
恋愛のスタイル
2007年9月20日
恋とか、愛っていうのはなんなのかなあ、と時に思う。
目に見えるものではないだけに、信じるしかない部分はある。
例えば、ある男性が貴方に会いに来た時に、大きな花束を持ってきたとする。別の男性は何も持ってこなかった。
さて、この二人のうちどちらが貴方をより愛しているでしょう。
これは実際わからないのである。
前者の男性は、毎日数ある女性に花束を贈っているかも知れないし、あるいは、なんとか貴方を喜ばせたくて、 少ないお給料の中大きい花束を買ってきてくれたかも知れない。後者の男性は、貴方に興味がなくて何も持ってこなかったのかも知れないし、あるいは、嘘っぽくなるのをおそれてのことだったかもしれない。
愛というのはそういうことでは、測りきれないのである。
そうはいっても、心というものが目に見えないものである限り、相手の言動で判断するしかないのが、恋愛のややこしいところ。
なので、私は自分が相手を好きだったら90%は恋愛に満足してしまう。相手の気持ちを測ってたら、キリがないからである。
ところがうちの夫は、目に見えるところで愛情を感じると喜ぶ。
コップに水を注ぐのでも、ついであげたいし、つがれたいのである。
最初の頃はそういうことが割に面倒であった。
ぺぺがトリートメントがなくなったときに、トリートメントくらい買っておいてくれてもいいじゃないか、というので、私は トリートメントなんて使わないし、なくなったの気付かなかったもん。というと、俺もリップは使わないけど、君のがなくなってれば買っておくじゃないか。という。
私は、私のリップは私が買うから、あなたのトリートメントはあなたが買ったらいいじゃない!と思ったけど、その時は黙っていた。
そして、次の日、その話を友人ミシェルにすると、“その考え方は、一人で生きていく考え方よ。二人でやっていこうと思うなら、彼の考え方に近付くべきだわ”と言われた。一人で気楽にやってるミシェルなら笑い飛ばしてくれると思ったのに。
私は私の賛同者をみつけるため、数人の友人にべつべつにこの話をしたのだが、誰もが彼の考え方に同感であった。口の悪い友人フアナも、“トリートメントとか言うから、マリコン(オカマという意味だか、男性をけなす時にも使う)みたいだけどさ。ベースの考え方は正しいよ”
ふむ。
そして、ここは彼の(あるいは友人達の)意見に折れて、そういう方向で試してみようと始めて今に至る。
結果は正解である。
マッサージだって当然してもらった方が気持ちいいし、どうせ、服を買うなら、お互いにプレゼントしあった方がなんか 気持ちがいい。
基本的に、常に相手に何かしてあげよう、という姿勢になると、相手のことをよく観察するし、心に余裕がでてくる。
当然、してもらったら嬉しくなるし、また何かしてあげようという気持ちになる。
してあげる、してもらう、という小さな積み重ねが、愛情を育てていってるのかなあと思う今日この頃なのである。
Rie
赤ワインはお好き?
2007年9月13日
私は基本的にどんなお酒も好きですが、日本のお酒以外は色の付いている(あるいは色の濃いめの)お酒が好きなんですね。ワインなら赤、ラムならゴールド、ヘレスワインならドゥルセ、ウイスキー系ならバーボン。と言った具合で、こういうことを書き続けるとキリがないですが、まあ甘味とコクのあるお酒が好きです。焼酎でも、芋焼酎なんかがやっぱり一番好きですね。日本酒は辛口が……とやはりキリがない。今日はワインのお話でした。
日本にいた頃はメルロー種を使った、チリワインやフランスワインが好きで、フランスボルドー産のいくつかは結構気に入って飲んでいました。
ところが、スペインに来てスペインワインを飲んだら、目からうろこ。もちろんフランスワインだって、フランスで飲んだら、とっても美味しかったけど、美味しさが違う。
私は好きなだけで通ではないので、落ち葉の香りだの、オーク樽の香りだの、っていうのはよくわかりませんが、スペインのワインはなんと言っても元気! 太陽をサンサンと浴びてすくすくと育ったぶどうの味がする、とっても真っ直ぐなワインなんです。
こういうのはもちろん好みの問題で、人間だってちょっと陰のある人に惹かれる人もいれば、天真爛漫な人に惹かれる人もいます。私はわりと、当たり前に正しいものを正しいって言えちゃうような、真っ直ぐな人が好きなんですね。で、スペインのワインはそういう味がする。スペイン産のテンプラニージョだけで勝負しているワインもあれば、私の好きなメルローを多めに混ぜたワインもあります。1産地であるリオハ県(県総面積5045k㎡)だけでもその数600種以上もあり、全国区でのワインのバリエーションは計り知れないのですが、どんなワインを飲んでも、太陽の恵みに溢れてて、明るくて、元気をもらえます。
最近は暑くてビールばかり飲んでいたのですが、久しぶりにワインが飲みたくなって、ボトルをあけたら、その元気な香りと味に、新鮮に驚かされてしまいました。
スペインワイン万歳!
Rie
動物園!
2007年9月6日
郊外ですが、じつはセビージャには動物園もあります。
車で園内をまわれるようになっているサファリパークタイプ。その長さは10キロメートル。広さは230ヘクタールになります。
危険な動物たちは一応ネットがありますが、あとの動物たちは基本的に放し飼い。
どの動物ものびのび暮らしています。区切られている動物たちだって、その敷地の広さに驚きます。例えば、象は3匹で、サッカー場5つ分くらいのところをフラフラ歩いています。バッファローなんて川とその水辺が全て彼らのスペースで、トリアーナより広いくらい。とてつもなく広いので、なかには出会えない動物もいましたが、それでも充分すぎるほどの動物に会えました。動物園が広すぎて動物がみつからないって、なんかいいですよね。それなりに自由があるようでほっとする。
アシカのショーもあるし、鳥のショーもあります。1km先の塔から6匹のハゲ鷹が空を飛んできたのは壮観でした。のんびり下降してくるその様は優雅。ハゲ鷹たちはそろって客席に降りたったのでお客さんたちはびっくりでしたが、モニターの人はスペイン人お得意の「no pasa nada(大丈夫)」を繰り返していました。「顔が白い時は精神的に落ち着いている時なんです」って言った途端に、2匹が真っ赤になって喧嘩をはじめて、近くに座っていた人たちは一斉に叫んで立ち上がり、大騒ぎ。
スペイン人って、自分がサービスする側の時はなんでも「no pasa nada」でのんびりとした対応なんだけど、自分がサービスされる側になると、急に大声で叫んだり、反応が激しくなります。このハゲ鷹はお客さんの反応も含めてとっても面白かったです。
で、一番驚いたのは。ラクダ。
モロッコではラクダに乗りますが、ラクダはつないでおくと、なにをするかわからないので、休憩の時は足を折り畳んで、膝上で縛るんですね。つまり太ももとふくらはぎを重ねて一緒にしばるわけです。そうでもしないとなにするかわからない。という。そんなに扱いにくい動物なのかしら??という疑問に今日は答えがでました。
「ラクダは人間を馬鹿にしている!」
車で走っていたら、道路の真ん中にラクダの集団がいたので、スピードを落としてトロトロと進む私たち。普通の動物はゆっくり待っていれば、道をあけてくれるんです。ところがラクダたちは「あらみて。来たわよ、人間」「あらーほんとー。ちょっといってみましょうよー」(ラクダにはオカマ言葉がピッタリです。これオカマ風に読んでください)ってな感じで、退くどころか迫ってくる。あっという間にラクダに囲まれる私たち。更にラクダが車に顔をつっこんでくるので、慌てて窓をしめる私たち。どうしようどうしようとしている間に、雨よけのプラスティックなどをかじり始めるラクダ。窓をべろべろなめるラクダ。完全に馬鹿にされている。
大型動物の前では人間なんて小さなモンです。結局クラクションを鳴らしまくって、ラクダの群を通り過ぎました。
「なによ、つまんないわねー、もうクラクション?」「なによ、弱虫ー」「はいはい、どいてあげるわよー」なんて感じでつまんなそうに道をあけるラクダたち。ガルシア一家(我が家)完敗。
しかし、このラクダを乗り物にしてるモロッコ人って,,,,,,,すごい。
Rie
今年も猛暑です!
2007年8月30日
スペインのフライパンっていうくらいですから、セビージャの夏はとっても暑いです。毎年50度を超す日が何日かあります。
ちなみにこの“スペインのフライパン”っていう表現、こちらでは一度も聞いたことがなかったのですが、つい先日、やっと似たような話を聞きました。“日光とフライパンで卵焼きができるか”という話。
これ、テレビの企画ものでやってたらしいのですが、(やらせかもしれないけど、)なんと、目玉焼き、できたそうです! 太陽光線の目玉焼き! すごい! フライパンを日光で充分に温めたところに卵を落とせばできるそうです。
というわけで、そりゃーもうじりじりと暑いです。ただ、日本の暑さより楽なのは湿気がないこと。日陰に入ったり、風が吹けばまあまあ、爽やかです。
ドイツやフランスでは気温が40度を超えただけで、人がばたばたと死んでニュ-スになりますが、セビージャはこんなに暑いのに、滅多に人が死にません。アル中とかでフラフラ道ばたに暮らしているような人でも、普通に夏を乗り切っています。
やはり湿気の違いなのでしょうか。
一瞬、頭の片隅を“馬鹿は風邪引かない”という言葉がよぎりましたが、生について考えることが多かった今日この頃、暑さに負けないセビージャの人たちを、頼もしく感じます。
さあ、今年の夏もあとちょっと、がんばって乗り切ろう!!
Rie
el bulli
2007年8月23日
うわー。行ってきました。エルブジ。(日本ではエルブリというらしい)ご存知ですか?
ミシュラン*はもちろん三ツ星。毎年発表されるレストランランキングでも、2002年、2006年、2007年、と一位を獲得。
つまり、今“世界で一番美味しい、行く価値がある”と言われているレストランなのです。
エルブジはフランス国境に近いある岬にあるので、とても遠くて行けませんが、ここ我がセビージャにはそのエルブジ直営店があります。というわけで、行ってきました。
いくらくらい取られちゃうんだろう?? というのが不安で今まで一度も行けなかったのですが、今回は食にお金を惜しまない大事なお友達、踊り手の石原理江ちゃんが日本から来ていたので、思い切って二人で行ってきました。いや、行って良かったー!! セビージャからのタクシー代が往復で75ユーロ、食事が250-300ユーロくらい、(食事は理江ちゃんが払ってくれたので、正確に値段を覚えていない)決して安くはないですが、その価値はあります。(食事は二人分、飲み物込みです)全ての料理が驚きの連続、見て楽しい、食べて美味しい、至福の時間。ウエイターの人たちもすごく丁寧だけど気取っていなくて、素晴らしいサービスでした。以下、この日のコースメニューです。メニューは日替わりで、これ、全部出てきます。カッコ内はその品を始めてエルブジで出した年。
sangría en suspensión(2005)--小さな小さな色とりどりのフルーツ粒ゼリーが入った透明なサングリア。
aceitunas esféricas(2006)--見た目は本物オリーブなのに、食べると薄い袋が破けて、なかからジューシーなオリーブジュースが。美味しくておかわりした。
camarones fritos al limón(2006)--白魚揚げ。さっくりサクサクなのに、レモンの味もする。不思議。
cortezas de cerdo al mentol(2004)--さっぱりとした豚の油揚げを甘ーいソースで食べる。
corte helado de queso parmesano(1997)--チータラみたいな感じだけど、段違いに美味しい。
“quicoguaca" (1998)--薄いはちみつの皮に包まれたアボガドディップ。これ、最高に美味しかった。甘味と酸味とモッタリ感のバランスが絶妙で、しかも見た目がお菓子のコロンみたいで可愛い。
canutillo de oliva negra (2004)-黒オリーブのスナック。さっくりしてるのに、噛むとジューシー。袋詰めで買って帰りたい旨さ。
cubilete de mango, pistacho y yuzu (2003)-カラメル味の袋をかじると、なかに緑の小さなラミナードがぎっしり入っている。これ、トロピカル味。
nube de aceite de oliva (2004)--オリーブオイルのマシュマロ。
cornete de huevas de trucha(2000)--三角コーンにいろいろ入っている。全部食べるといくら丼の味。わさびも入ってる。
croqueta esférica de jamón (2006)--薄い皮にハムジュースが入っていて、上に衣が載っている。食感は全然違うのに、味はハムコロッケそのまま!
bocaito de jamón--小さいマフィンハムサンド。全てが柔らかく繊細で、イベリコハムも切れやすく口溶けも良く、ものすごく美味。
brocheta de coliflor con frambuesa(1996)--フランボワーズの酸味と、カリフラワーマリネの酸味に、甘いソースがぴったり。
melón a parrílla con ficoide glaciale (1998)--写真の一品。メロンステーキです。
atún confitado con mayonesa de atún (2003)--ツナマリネのマヨネーズ和え。
rape con cassis y eucalipto (1998)--鱈焼き。鮮度抜群。
solomillo de buey empanado al pesto(1989)--牛ステーキ。やはり品質がいい。
borracho de mandarinas y lavanda (1999)--チョコ、オレンジ、ハーブをつかったカステラ付ムース。素朴だけど、砂糖ではない甘さが心地よかったです。
そして、最後にチョコフレークとか、キャンディーとか、いろいろ小さいお菓子も出てきました。
はー。思い出してもうっとり。
はやく、もう一度行きたいです。
いま、支払いも滞る極貧生活……。なんとか挽回して美味しいもの食べにいくぞ!!
*ギド ミシュラン。
タイヤ会社のミシュランが発行するガイドブックで、通常ミシュランと言えば赤い表紙のレストラン編を指す。星の数は最高3つで、三ツ星は毎年紹介されるレストランの0.5%にも満たない。
Rie
トリアーナ万歳!
2007年8月16日
vela de trianaという夏祭りが今年も開催されました。これはトリアーナ地区で行われる、ものすごく規模の小さいフェリアのようなもので、約1週間、飲んだり踊ったりして楽しみます。基本的にカセタはすべて商業用で、どこのカセタも自由に出入りができます。子供用の小さな乗り物もあるし、仮設会場では日替わりでフラメンコやポップ、ロックなどの無料コンサートも行われます。その他、その年活躍したトリアーナ出身の人に贈られるtrianero/a del año賞の授賞式や、旗とり大会、セビジャーナスコンテストなども催され、街はにぎわいます。
しかし、この頃になると、もう、ばか騒ぎはいいんじゃないか、という気にもなります。だって、つい先月には、コルプスがあり、その前の月にはロシオ祭がありました。その前月はみなさんご存知のフェリア(セビージャの春祭り)。
ロシオ祭は宗教関係のお祭りですが、1週間飲んだり歌ったり踊ったりし続ける、というのはフェリアと同じですね。ただ、場所がセビージャではなく、ロシオで行われ、各都市の人々がロシオまで騒ぎながら歩いていきます(一応これ、巡礼です)。
セビージャチーム、カディスチーム、という具合に各都市のパソ(巡礼の列)がロシオにむけて出発しますが、重ねてなぜか県でもなんでもないセビージャの1地区のトリアーナのパソというのも出発します。
コルプスも宗教関係のお祭りでセビージャのコルプスのパソがでるのですが、この2、3日後にトリアーナのコルプスもでます。
しつこいようですが、トリアーナというのは私たちが住んでいる地区の名前です。ここは独自国家の気持ちが強く、その昔は独自の市長がいたほどです(今もいるのかもしれない)。
私たちはSevillano(セビージャ人)ではなくて、Trianero(トリアーナ人)だし、セビージャ(県)がロシオのパソを出すなら、トリアーナ(地区)もトリアーナのパソを出さないといけないし、セビージャ(市)がカバルガタ(クリスマスの子供たちのパソ。ディズニーランドのパレードに似ていて、飴やおもちゃがパレードから振りまかれる)を出すなら、我らがトリアーナも出さないといけない。という感じ。セビージャ県/市がやることはトリアーナも独自にやらないと気が済まない。というわけで、ここトリアーナでは、パソだのお祭りだのが2回ずつ繰り返され、年中行事が続きます。
そしてお祭りの度に“ビバ!トリアーナ!(トリアーナ万歳)”と叫ぶ人々も、8月は街から消えます。避暑にでかけるのです。
残っている私たちは……。暑いですねー。やっぱり。
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死ぬ気で挑む遊園地
2007年8月9日
今年も恒例のイスラマヒカへ行ってきました。
イスラマヒカとは、水に濡れるアトラクションが満載の、セビージャ唯一の遊園地。しかもオープンは夏だけ。うちは子供がいるので、年に一度くらいはここに行かないといけません。しかし、これが毎回生死を彷徨うような一日。
というのも、暑い。本当に暑い。
日中40度を越すなか、ほぼ一日中屋外にいるわけですから、大人はもちろん子供にもかなりの消耗が課されます。みんな水分を沢山とって、水をあびたりしながら一日を過ごしていますが、そういうレベルじゃなく暑い。「これ、日射病で倒れるような人いないのかしら?」と、行くたびに思います。
今日も途中でクラクラしてきてカフェに入ったらクーラーが効いていて、下の娘はあっという間にお昼寝。よっぽど暑かったんでしょうね。1時間弱で目が覚めたので、再びアトラクション巡りに繰り出しました。
8時間近く遊園地にいて、本当に本当にぐったりして帰ってきたのに、シャワーを浴びたら、早速走り回っている子供たち。子供ってなんでこんなに元気なんでしょうか。
また行きたい! と言われるのですが、あの暑さを思うと、なかなか勇気が出ない私です。
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花のある生活。
2007年8月2日
小学校3年生くらいまではとても真面目にピアノを弾いていました。その頃事情があって、ピアノの先生が替わりました。一応更にレベルの高い先生に替わったはずだったのですが、この先生、技術的には素晴らしい先生だったのですが、やる気は全然なかった。
「どんなに賞とったって、ピアニストで生きていけるのは一握りなのよね。結局教えないと生活していけないし」なんて感じで、廃退ムード炸裂。家にも普通にドラッグがあって、「芸術家は心が弱い人が多いのよ」なんて言っていました。私のピアノへの意欲はどんどん下がっていきましたが、30分のレッスンの後の、1時間以上のお茶の時間が楽しくて、レッスン自体は休まず通っていました。当時彼女は不倫していて、不倫話もよく聞いたものです。(ちなみに私は小学生)
彼女とはその後長い付き合いになるのですが、彼女の家にはいつも花が途絶えたことがありません。当時もいつもおしゃれな花が活けてあって、「30(歳)過ぎて、いまだに仕送りしてもらってるのよ。情けないわ」といいながら、月に3、4万も花に使っていました。この先生のおかげで、私は“花を飾る=廃退、散財”というかたよった認識がインプットされ、いままであまり家に花を飾ることがありませんでした。
ところがこの写真の花束、いくらだと思います?
5ユーロです!!
10日くらいは持つので、月15ユーロくらいで、毎日花のある暮らしができます。この安い花屋さんを見つけてからは、花が急に日常的なものになりました。もっと高いお花もあるけれど、とりあえずはこの辺から始めてみます。
Rie
やっぱり楽しい夏休み!
2007年7月26日

この夏はこんな家に滞在しました。

砂で彫刻を彫ったり

フライサーフの試合を見に行ったり

こんな山道を20分以上歩いて

やっとついた人のいない砂浜で

犬と泳いだりしてきました。
とってもリフレッシュして帰ってきました。
気持ちも新たに頑張るぞ!と。
Rie
tela
2007年6月28日
今月は辞書には載っていないようなスペイン語表現を紹介してきました。こうやって考えてみると、辞書に載ってないような言葉ってたくさんありますね。もちろんこれらはいわゆる隠語(英語でいうところのfuck.bitchなど)ではありません。逆にそういう言葉は辞書に載っていますよね。そういう言葉の一般的な訳は“畜生!”とか“あばずれ!”だったりするんですが、これってもっと他に適切な訳ってないのでしょうか。“あばずれ”って。使っている人いるんだろうか。今の日本で。
さて、今日はtelaという単語をとりあげます。telaというのは普通にいえば“生地”という意味ですが、“めっちゃ”という俗語表現に使われます。
例えば、
「どうしたの? 具合悪そう」
「いや。多分どこも悪くないと思うんだけど。Estoy tela de cansada.(=めちゃめちゃ疲れてるんだよねー。)」
「あ、それ暑さだよ。Es que hoy hace tela de calor.(だって、今日すごい暑いもん)」
なんていう風に使えます。
というわけで、スペイン語夏期集中講座も今日でお終い。
私は夏休みで家族4人+大型犬2匹を連れて海へ行ってきます。
また来月お会いしましょう!!
Rie
※次回の更新は7月26日です!
salir
2007年6月21日
今日はsalirという単語を見てみましょう。これは“外へ出る、出掛ける”という場合によく使われます。例えば先週使ったmarchaと組み合わせて、「voy a salir de marcha」と言うと、“夜遊びに行く”という意味になります。
さて、今日はそれ以外の使い方も見ていきましょう。
まず、結果的にこうなっちゃった……っていう言い方です。例えば、
「あ、その靴安かったって言ってたやつ? 初めて見たけど、かわいいねー。掘り出しもんだね」
「いや、それがさー。買ってすぐ足首のベルトが両方壊れちゃって、直すのに18ユーロもかかっちゃったんだよねー」
「Al final. te salieron caros.」(=じゃ、結局高くついちゃったね/靴は二つで1足なので、複数形です)
なんていうふうに使えます。
他に“つきあっている”という言い方もあります。
例えば昨日うちの従業員、パウラと話していたとき。
「恋は盲目、っていうけどさ、みんな自分の好きな人は格好良く見えるものなのかしら」と聞くと、(私はわりと突拍子もない質問をよくする)
「そうねえ。私はナッチョはそんなに格好いいと思わないけど」と、突然別の従業員の名前が。
「なんで、突然ナッチョなの? あなたたち仲はいいけど、だからってどうにかなる可能性があるの?」と笑うと、パウラは目点に。
数秒の静寂の後。
「No me digas! ¿Estas saliendo con él?」(=嘘!! 彼とつきあってんの???)
「うん。知ってると思ってた……」
なんていうふうに使えます。
最後に発情期といういい方を紹介しておきます。これはもちろん犬とか動物に使うわけですが、たまには人間にも使えます。たとえば、みんなでクラブなんかに行った時。友達が、ひたすら、男の子品定めばっかりしてたりすると、「Déjalo ya! parece que estas salida!」(やだもう止めなよー。発情期みたいじゃん)
というわけで、また来週!!
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marcha
2007年6月14日
うちの甥っ子16歳(180cm・90kg)は週末は必ず夜遊びにでかけています。この子はもう9歳くらいから“お勉強”は駄目だったので、変な“社会勉強”をする前に、「体もでかいし歌もうまいんだから、スポーツとか芸能で道を探したらどうか」と何度も言ったのですが、結局“夜遊び好きな普通の学歴のない男の子”になってしまいました。もちろんタバコも吸うし、軽くお酒も飲んでいるようです。このままディスコで働く、とかではなく、“昼間は勤労な夜遊び好きな男の子”に育って欲しいものです。
こちらには8時から12時までは子供時間、として、未成年者が入れるクラブ(ディスコ)もあります。アルコールは販売していません。
この間も夜中に彼に会ったので、「なにぶらぶらしてんの?」と聞くと、これから子供用ディスコに行くと言います。その時すでに深夜2時。「こんな時間に?子供用?」と聞くと、なんと我が家の子供たちの学校だそう。学校の校庭で、毎週金曜日の夜10時から明け方まで、ディスコが開かれるんだそうです。アルコール、ドラッグなし。14-25歳まで。“子供に安全な環境を!” ってなんだそれ。アルコールとかドラッグが嫌なら、子供を夜中に家から出さなきゃいいんじゃないでしょうか。夜中の2時に14歳の子供が学校の校庭でノンアルコールドリンクを飲んで仲間と遊ぶのはどのへんが健全なんだ?
「Bueno, una pequeña marchita, ¿no?」(ま、ちょっと夜遊び雰囲気を楽しむって感じでいいんじゃない?)とは甥っ子の母の弁。
「No, no hay marchita para pequeños, marcha es marcha」(小さい子供用の夜遊びなんてないの。夜遊びは夜遊び)と私。子供が夜遊びするのは仕方がないといえば、仕方がないのですが、そこで、子供用の夜遊び、なんてカモフラージュするのではなく、夜遊びは危険を伴うものなんだ、とはっきり教えたほうがいいと思います。
というわけで、今日のスペイン語は“marcha”でした。これは普通、出発するとか、何かが進んでいる状態(車とか企画とか)、行進などを指す言葉ですが、ここでは夜遊び、という使われ方をしています。割と良く使われますので、覚えておくと便利です。
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間違いない-esta más claro que el agua
2007年6月7日
今日は題名の表現を紹介したいと思います。これは非常に古い言い回しで、“それは澄んだ水より明らかなことだ”というように解釈します。基本的には明らかに当たり前のことを,更に強調するような時に使います。
例えば「自分にとってなにより大事なのは家族だよ」なんて言葉に続けて、「esta más claro que el agua.」を使うことができます。
基本的には自分の言っていることを強調するために使うので相づちには向きませんが、次のような場合はありえます。
トリアーナに住んでいる人のなかには、トリアーナを愛してやまず、自分たちのことをtrianeroと呼んでいるような人がいます。(普通は外の人たちが、あまりにもトリアーナっぽい人を、あいつはtrianeroだから、みたいに使います。自分で自分をtrianeroって呼ぶのはよっぽどです)
このトリアーナ人の気質に惹かれてか、ここは外国人が多い地区でもあります。そこて自称他称trianeroが「ここは他の土地の人も気に入るんだ。トリアーナにしかないものがあるからね。トリアーナ以外に住む気はないね」などと言うと、同類のtrianeroが「esta más claro que el agua.」なんて答えたりする。これはつまり“そんなことアッタリメエじゃねえか”ということですね。
おかげで人気地区トリアーナの地価高騰は凄まじいものがあります。私の友人の家も330ユーロから450ユーロへ突然の値上げ。
「私、契約書もあるし、絶対そんな家賃払わない。値上げは年率物価上昇率しかあげちゃいけないはずだもん。esta más claro que el agua.(絶対値上げには応じないわ)」
「契約書って来年までじゃなかったっけ? それ、絶対同額更新してくれないよね」
「desde luego」(もちろん、絶対)ここで「esta más claro que el agua.=間違いないわ」も使えます。ちょっとしつこいけど。
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麻薬中毒
2007年5月31日
うちの近所に麻薬中毒の女性がいます。見た目なんかは普通なのですが、年中家族とその件で喧嘩しているので、“相変わらず中毒なんだなー”と思っているわけです。
彼女には小さな娘がいるので、親などもそりゃあ心配だと思います。祖母、母、彼女とその娘、がみんな近くに住んでいるのですが、年中大声で怒鳴りあっています。おばあちゃんもすごいお年なのに仲裁に入って罵倒をあびていたりして、本当に気の毒。
麻薬中毒というのは、使用している間、責任のあることはできない、当然体にもよくない、という面がありますが、結果的に一番の問題は金銭的なことだと思います。薬のためのお金欲しさに、より悪い環境に身を染めていく可能性がある、というのが家族にとっては一番怖いことのように思います。
ちなみに、こちらは自宅などで薬を使用する分には違法ではありません。私の友人なんかでも、“ちょっとコカイン”っていう感じで、飲みに行ったりすると、普通に使用している人もいます。中毒ではありません。(“ちょっとヘロイン”はさすがにいない)
この、“たまに使うよ”っていうのと“中毒です”っていう差が出るきっかけはなんなんだろう……と、よく思うのですが、やっぱり“たまに使うよ”っていうところでコントロールするのは、結構難しいのではないかな、とも思います。
ところで、スペイン語では「麻薬中毒=adicto de drogas」といういい方は普通しません。通常は「麻薬で問題を抱えている=tiene problemas de drogas」といういい方をします。
さて、来週から夏休みまでは、スペイン語の表現をご紹介しようと思っています。それでは また。
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海大好き!
2007年5月24日
先週、今週と2週続けて海に行ってきました。どちらも日帰りです。セビージャからだと、1時間くらいでウエルバ県の海へ、2時間半くらいでカディス県の海へ行けます。一般的にはやはり近さのウエルバ県の海が人気です。でも、我が家はカディス県の海が好きなので、少し遠くてもそちらを選びます。細かくて軽い白い砂が、風でさらさらと流れる美しい砂浜が延々と続きます。水は冷たいけど青く、どこまでも澄んでいます。夕方は水の中に沢山の魚が見えます。海辺の街では、犬や猫はもちろん、牛や馬、羊などが歩いていて、ほのぼのとした気持ちになります。私たちがいつも行くのはカディス県の中でも田舎の海なのでこんな感じですが、カディス県の中にももっと都会でお洒落な海もたくさんあります。いずれにしても、砂浜の広さと海の蒼さは、共通して美しく保たれています。
今日は寒くて泳げなかったけど、それでも砂浜でごろごろしているだけで、随分リフレッシュできるものです。海大好き!
*写真は2歳半になる娘と、ほぼ同じ大きさになってしまった生後2ヶ月半のうちの仔犬。
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ギネスに載りたい!
2007年5月17日
私はものすごく寝付きが良く、寝起きが良い。血圧は非常に低いのですが、あまり関係ないみたいです。
夫と一緒に暮らし始めた頃は、私があまりに寝付きが良くて、彼が眠れなくなってしまったくらい。“おやすみ”と言ってから、それこそ2秒くらいで寝てしまうので、もともと寝付きの悪い彼は、私の寝息もプレッシャーになり、益々眠れなくなってしまうそう。この話題はしばらく、彼の中では愚痴半分笑い半分、私の中では言い訳半分笑い半分、の話題として、友人たちに語られていました。
友人と旅行をしても、誰より先に寝てしまうので、みんなが驚きます。飲みに行ったりして、飲んでる分にはあくびもしないし、とっても元気。部屋でも普通に会話をしているのですが、じゃあ寝ようか、“おやすみ”と言った途端、眠りに落ちるんですね。
先週も数回友人が泊まりに来てくれたのですが、彼女も「ホントに寝付き早いよねー。そりゃー彼も眠れないよー。なんか“おやすみ”とはいったものの、“でもさー”なんてうっかり会話が続くのかな、と思いきや、ほんとに言った瞬間寝息が聞こえてくるんだもん。」というので、「そうねえ。家族のなかでは一番寝付きが早いかも」というと、「いや、世界レベルの早さだと思う。ギネスに載れるよ」と爆笑されました。
でも、言い訳をすれば、私としてはいつも夜の10時くらいからは眠いなー眠いなー、というなか、頑張って普通の生活を続けてるんです。だから、“はい、もういいよ”と言われたら、もう、すぐ眠りに吸い込まれるんですね。だいたい、“おやすみ”って言ってから眠るまでの時間って言うのは基本的には非合理的ですよね。寝ると決めたら早く寝付いた方が時間を有効に使っていると思うのですが……。
どんな言い訳をしても能天気扱いされて笑われている私。それならいっそのことギネスにでも載せてもらおうかしら。そしたら、ちょっとは私の寝付きの良さも重宝がられるかも。ああ、こんなこと書いている今も、実は眠気と戦っている……。深夜1時。
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ファルキート近況
2007年5月10日
今、スペインではイサベル・パントッハが刑務所に入るかどうか、というのが大きな話題になっています。彼女は非常に有名な歌手で、若い時一世を風靡し、今でもそれなりに人気があります。日本で言ったら、森昌子さんとか、山口百恵さんが引退していないような感じかな。恋人が横領事件でつかまったので、その関与が疑われています。彼女は先日保釈金を90.000ユーロ払って、壁の外で、裁判が終わるのを待っています。
その陰で、我らがファルキートは刑務所暮らしをそつなく送っているようです。
というのも、このまま何の問題もなくゆけば、9月からは週末は刑務所からでられるとの報道。(月~金は刑務所/週末は自宅という制度がある)となると、公演の予定なんかも組まれるでしょう。案外早く彼のステージがみれそうですね。
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短すぎ!!
2007年5月3日
セビージャは今でも個人営業のお店が多く、特にトリアーナは自営業の小さなお店ばかりが並びます。
ここ数年で地価が恐ろしいほど高騰したため、これを機会に店を売り、隠居生活に入った商売人もたくさんいます。予想を超えた地価高騰も、彼らにとってはいい退職金につながりました。
そして、その空いた場所にたくさんの新しい経営者が入っているわけなんですが、これがなかなか続かない。“半年持たなかったねー”なんていうところがたくさんあります。それこそ丁度春と秋ごとに、『店舗貸します』の看板がかかるお店もあります。驚くのは、それでも長く空いたままの店舗というのはなく、すぐに借り手がみるかること。そんなにたくさんの人が“お店を持ちたい!”と思っているのかと思うと、重ねて驚きます。
そんななか、最近の最短記録は3日!!!!!
ある日、ずっと賃貸の札がかかっていた果物屋さんからその札が消え、4日もすると、新しい果物屋さんが登場しました。特売の張り紙なんかたくさんあって、やる気のある感じ。毎朝の通り道なので、買い置きの果物が食べ終わったら寄ってみようかな。なんて思っていたら、なんと4日目には閉まっていました。まさか、3日で閉まるとは思っていないので、なにかあったのかなー、なんて思っていたら、翌週には再び『貸します』の看板が!
なにか事情があったのだとは思うけど、3日っていうのはあまりにも短すぎる。
さすがにこの記録は今後も破られないと思います。
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甘いもの食べよう。
2007年4月26日
スペインに暮らしていると、やはり一番身近な料理はスペイン料理になります。意外にも日本料理に似たものが沢山あり、調理も食べるのもあまり違和感はありません。ポジョ エン サルサ(鳥の煮込み)、パタタ ギサーダ(肉じゃがスペイン風)、アトゥン エンセボジャーダ(マグロのさっと煮)などなど、味付けが違うだけで、見たことのあるような料理が多くあります。
味付けで一番違うのは、料理に砂糖をいっさい使わないことです。だから、ずーっとスペイン料理を食べ続けていると、時々無性に甘いものが食べたくなります。日本にいた時には考えられないような、甘いお菓子を食べたりします。
そう考えてみると、日本食は、お砂糖が入った料理が沢山あります。甘味のある食事が多いんですね。煮物とか、お寿司とか。そばつゆとかトンカツソースなども。
だから、そんなに甘いものが欲しくならない。
というわけで、甘味が欲しい時。ケーキ屋さんに行っても、特に変わり映えもなく、あんまり美味しくもなさそうなものばかり並んでいると、家に帰っていそいそ日本風味の煮物を作ったりします。
甘くて美味しい。この甘味がビールに合うのがまた不思議。
今日は肉じゃがをつくりました。
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今日この頃
2007年4月19日
我が家はあまり裕福ではなく、バッグも靴も滅多に買わないし、欲しい車も我慢しています。それでも決して貧乏でもなく、美味しいものを食べたり飲んだりはわりとよくするし、映画なんかもしょっちゅう観に行きます。
今から3年ほど前、当時は今よりも経済的に厳しい頃。ボルトガルの海辺に遊びに行った時、(もちろん車の中で野宿の旅です)町中のキッチュで小さなレストランに入りました。私たちは入ってすぐの窓際に座っていたため、窓から何人もの人にお金をせびられました。全部断っていたところ、小さな女の子がお店に入ってきて、お金をちょうだい。と手を差し出しました。お母さんは外で待っています。夫は、ちょっと待ってて、というと、ポケットから5ユーロ札を取り出し彼女にあげました。女の子は嬉しそうに、そして、ちょっと恥ずかしそうにお金を持ってお母さんのところに駆けていきました。私はびっくり。レストランのチップだって1、2ユーロ程度しか置かないのに(それでもうちは多く置く方)、5ユーロもあげるなんて。
「どうして5ユーロもあげたの?」と聞くと、
「だって、子供だし、可哀想じゃないか」と夫。
「でも外でお母さん待ってるし、お母さんがそういう風に思ってくれることを見越して、彼女にやらせたのは見え見えじゃない」と私。
「でも、5ユーロももらえば、きっとあの子だって1ユーロ分くらいはなにか買ってもらえるよ」と夫。
それを聞いて、私は自分がなんて卑しいんだろうと思いました。5ユーロは当時の私には結構なお金で(お財布にはいつも20ユーロくらいしか入っていなかった)びっくりしたのはびっくりしたけど、でも冷静に考えれば、そこで5ユーロあげたからって生活に困窮するような額ではありません。子供を使うなんて汚い、なんて、お金をあげない理由みたいなものにすぐ考えがいってしまったけど、女の子に罪がないのは明白。少しでも彼女の糧になればこしたことはないのです。
あの時そう思ったにも関わらず、今でも時々同じような想いをすることがあります。お金のことはともかく、最近は体力が衰えてきて、労力をケチったりすることが増えてきました。ちょっと立ち上がればいいことが面倒くさかったり。人のために労力を惜しまない、うちの70過ぎの義理母をみる度、頭がさがります。今日も犬たちのお掃除、手伝ってもらっちゃった……。
今年の目標は“清い心”だったんだけど、そこに“広く温かい心”も追加したいと改めて思う今日この頃です。
Rie
ツッコミ
2007年4月12日
子どもたちの言うことは、突っ込みたくなるようなことがたくさんあります。でも、ツッコミを入れると“馬鹿にされた”と思って、傷つく場合が多いので、ぐっとこらえることがよくあります。
最近の一番のヒットはこれ。
息子と二人で街をあるいていたら、異様に臭い匂いが。
息子「ママ、なんかすごい匂いがする」
私 「本当だ。臭いねえ。何の匂いだろう…」
私が “車とか、なんか金属の焼ける匂いだわ” と言おうとすると、
息子が先に「昨日食べたガムと同じ匂いがする」
私(心の中で)“ええー。どんなガム食べたんじゃー!!”と思うが、こらえる。
私 「あ、そうなの? 同じ匂い? 何のガムだったの?」
子育てってなかなか難しい。
Rie
蜂蜜
2007年4月5日
我が家は蜂蜜を良く食べます。
12キロ入りの蜂蜜を買って1年もたないので、月1キロ以上は食べていることになります。子どもたちはあんまり食べないので、たまーに料理に使う以外は、夫と二人で食べていることになります。私はほとんど紅茶に入れて使います。夫は、シリアルに入れたり、牛乳に入れたり、パンに塗ったり、いろいろ使っているみたいです。
あまりよく