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社長室/2007年7月
社長室/2007年7月
7/01日(その227)
シュタットフェルト
「
スペイン人なのにフラメンコがうまいっ!
」
ヒターノ特有のプーロはまた別物としても、フラメンコの国際的な普及発展のスピードに比例して、今世紀中にはおそらくこんな現象が発生することになるだろう。
そんなこんなで今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は、「
ドイツ人なのにバッハがうまいっ!
」という、まるで「
日本人なのに横綱だあ!
」みたいなピアニスト(
シュタットフェルト
)のリサイタル実況中継(2006年3月)である。
7/02月(その228)
シュタットフェルト再び
さっ爽と駆けぬける剛健なドイツ製ベンツ。
伝統に支えられるその安定した走りは、むしろ普遍的な輝きを帯びる。
時に道は曲がりくねり、細くでこぼこだったりするが、車はあくまでも滑らかに、実に心地よい走りをキープする。ゆっくり走ろうと200キロで走ろうと、そのリズムが滞ることはない。
ガードレールのない崖っぷちを突っ走る時も、わずかな隙間で対抗車とすれ違う時も、その間合いは完璧に見切られており、危さは微塵も感じさせない。
ちょっと熱いかなと感じるや否やそのドライバーは窓を開けて後部座席に陣取る私にさわやかな風を贈り、ああ喉が渇いたなと感じればよい具合に冷えたクラウスターラーを私に手渡す。
そしてその車窓には、研ぎ澄まされた美しい情景が広がり続けるのだ。
何てファンタスティックなドライビングテクニック!!!
そのドライバー、いやピアニストの名をシュタットフェルトと云う。
――――――――――――――――――――――――
「
スペイン人なのにフラメンコがうまいっ!
」
ヒターノ特有のプーロはまた別物としても、フラメンコの国際的な普及発展のスピードに比例して、遅くも今世紀中にはこんな現象が発生することになるだろう。
「
ドイツ人なのにバッハがうまいっ!
」という、まるで「
日本人なのに横綱だあ!
」みてーなシュタットフェルトに、この私がことさら注目するのはこうした妄想が伏線となっている。職業病とも云うべきヤジ馬根性なのである。
妥協なき審査で知られる(十年以上も優勝者を出さなかった)バッハ国際コンクールで、当時21歳のドイツ人ピアニスト、マルティン・シュタットフェルトが優勝したのは今から五年前のことだ。
昨年初来日した彼のゴルトベルクのライブについては、
面白くもなんともないレポート
を長々とブログに書き、読者諸氏の睡眠不足を一挙に解消したことは記憶に新しい。
すでに彼はバッハ中心に五枚のCDを全世界リリースしており、中でもバッハのキーボード協奏曲の録音は出色である。
[シュタットフェルト/プレイズ・バッハ]2004年SONY
他国のアーティストに追い抜かれっ放しだったバッハ演奏について、「やっぱ本場の演奏は格別だよな」という国際的評判を取り戻しつつあるこの本国ドイツ人ピアニストは、一体どのようなアプローチでそれを可能にしたのだろうか?
シュタットフェルトに再び臨む、今回の私の関心事はそこにあった。
――――――――――――――――――――――――
当レポート冒頭の寝言は、先々週の金曜に開催されたシュタットフェルトの協奏曲ライブ(↓)についての率直な印象である。
――――――――――――――――――――――
『
ザ・シュタットフェルト・ヴァリエーションズ
』
2007年6月22日/すみだトリフォニーホール
ピアノ独奏:マルティン・シュタットフェルト
指揮:ヴェルナー・アンドレア・アルベルト指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
[曲目]
◆バッハ『ピアノ協奏曲第一番ニ短調』
◆ベートーベン『ピアノ協奏曲第五番/皇帝』
――――――――――――――――――――――
「バッハ+チョー有名曲」という、ミーハーな私には何ともありがたいプログラミング。さすがは“すみだ方式”である。
で、当日の客席に大ウケしたのはプログラム後半「皇帝」の方だったわけだが、実際それは見事な快演だった。
「ピアノ協奏曲の皇帝」と呼ばれるにふさわしい、ベートーベンの壮大にして華麗なこの超難曲を、彼はまるで軽いエクササイズでもこなすかのようにプレイしたのである。
もちろんそれは技術面の話で、そこで余したエネルギーと集中力の全てを音楽そのものの豊かさに奉仕させるという、そうした至芸を強く印象づける名演だったと思う。
実演・録音ともに巨匠クラスの大名演が氾濫する「皇帝」だが、シュタットフェルトのそれは「ベートーベンの普遍性を謳う清冽な皇帝」という位置づけになるだろうか。
[シュタットフェルト/バッハ:ピアノ協奏曲]2006年SONY
さて、私のお目当てだった前半のバッハである。
この協奏曲は、高校生の私がはじめての肉体労働によってゲットしたLPレコードに収録されていた、云わば我が青春のバッハなのだ。
以来36年、大げさに云えば千回ほどは聴き込んだ懐メロなんである。
おまけに、シュタットフェルトの協奏曲CDにも収録されているため、ライブの十日前から楽譜片手に予習聴きするという念の入れようである。
チェンバロのために(原曲はヴァイオリンだったかも)書かれたこの協奏曲は、現代ピアノで演奏するには音量・音色等の物理的な(弦楽オケとのバランスやらかみ合いやらの)問題が大きすぎて、特にライブではあまり演奏されることはない。
現代の高度なミキシング技術をもってしても、ピアノによる録音で音楽的成功を収めた例(カツァリス盤、ペライア盤やこのシュタットフェルト盤など)は10種類を超えていない。
耳ダコで聴いたCDから予測出来たように、シュタットフェルトの実演は、これまで聴いたこの曲のライブの中でも傑出した名演だった。
完璧なテクニック、ベートーベンよりも数段骨が折れそうな一音一音を独立させるための粒立ちのよいタッチ、全体の構築性とここぞという場面の歌心、各声部の独立性とその相互協力性などなど、ライブでここまでやるかいっ!と仰天するほどに充実した内容だったのである。
だが、これもまた過去の経験値から予測出来たように、現実空間におけるピアノと弦楽のバランス・コントロールは困難を極めており、その音色・音量・余韻のかみ合いについては、やはり若干の問題を残したのだった。
ベートーベンでは理想的に響いたトリフォニーの極上な音響環境が、逆にバッハでは裏目に出た(響き過ぎてかえって濁る)とも云えるし、コンチェルト感を強調するためにあえて厚く布陣したと思われる弦楽奏者の数は、むしろ半数以下に押さえて各声部の透明度を重視した編成で聴いてみたかったような気もする。
てな贅沢すぎるゴタクは無視し、滅多に聴けないこの大好物コンチェルトのライブを最高のキャストで聴けたチョー大吉を純粋に慶ぶこととしよう。
――――――――――――――――――――――――
と、ここまで書いて読み返しているうちに、そのあまりのくだらなさから案の定いつの間にやら爆睡しとった。私の文章の安眠性には定評があるのだ。
さ、日も暮れてきたので、そろそろ本題に戻ろうか。
バッハ演奏とくれば本場のドイツ人に限る、と当然そう思う。
フラメンコと云えば本場のスペイン人、というのと同じ理屈だ。
ところが現状では、オランダ、ベルギー、日本あたりが現代のバッハ演奏の主流なのである。
ただ、別にドイツ人がバッハを下手になったわけではない。
ドイツに生まれてたかだか322年とは云え、もはや地球財産としてそびえ立つバッハという芸術ジャンルについて、情報化時代の加速を受けた他国のミュージシャンたちがあまりにも上手くなりすぎちまったという話なのだ。
地球上で最も人気のあるバッハ弾き、かのグレン・グールドもまたカナダ人なのである。
[グレン・グールド/バッハ:ゴルトベルク変奏曲]1981年SONY
そんな状況の中を彗星のごとく現われ、「やっぱドイツ人のバッハは凄え」という評判を盛り返しつつあるシュタットフェルト。
このピアニストは果たして、どんなアプローチをもって国際バッハシーンに躍り出たのだろうか?
[シュタットフェルト/バッハ:ゴルトベルク変奏曲]2004年SONY
はじめて彼のCDを聴いた時、昨年そのゴルトベルクの実演を確認した時、五枚のCDを改めてつぶさに聴き直した時、そして今回のこの協奏曲ライブ。
それらに共通する私の感想を要約すると、次の五点が浮上してくるのだが、強く感じた順にそれらを挙げてみよう。
(
1
)一聴ドイツ風ではない、クリスタルな躍動感。
(
2
)それが超絶技巧であることをほとんど聴き手に悟らせない位にナチュラルな、音楽そのものを語るためのテクニック。
(
3
)目先の誘惑には溺れない、インテンポ(一定の速度)のキープによる堂々たる構築性。自然な呼吸感のある鉄のコンパス。
(
4
)「私らしさ」を歌うのでなく、その「作品本来の魂」を歌いあげようとするアプローチ。作品の本質と一体化しながら普遍的表現をめざす姿勢。
(
5
)おおむね早めの速度をとりながら、全体的に透明かつ硬質な音色で弾き通すスタイリッシュな現代感覚。
(※余談だが、特にバッハにおいて、シュタットフェルトは要所要所で低音部をガツンとド派手に強調することがあるのだが、彼の志向性からすると、それは唯一例外的な違和感を感じさせる部分となっている。
だが同時にそれは「何てステキな!」とケレン好きな私をハッとさせる瞬間だったりもする。
それが音楽的な要求上必然的な技なのか、それとも若いシュタットフェルトの遊び心の成せる業なのか?
いずれにしても、この些細な細部には、実は彼の魅力に直結する何かがあるのではないかと私は直観しているって、単なる勘ちがいだろがあ)
この他にも特色はたくさんあるのだが、これを読む人類は私を含めせいぜい二、三名であるので今回は割愛させていただく。
で、さらに番組は続く。
(
1
)は彼の好み、個性、あるいはヴィジョンと云うべきものだろう。
(
2
)(
3
)(
4
)は西欧の本格派・正統派ミュージシャンに顕著に見られる特徴である。
(
5
)は近年のユニバーサルな傾向の中のひとつの方向性だ。
う~ん。
してみるとシュタットフェルトというのは、(
2
)(
3
)(
4
)に流れる血筋と伝統をきっちり継承した上で、(
5
)のユニバーサルな現代感覚を取り入れつつ、己の個性(
1
)を磨き上げたピアニスト、ということになるのか?
……うわっ、こりゃまるで若き日のパコ・デ・ルシアやアントニオ・ガデスにも共通するアプローチではねーか!
[パコ・デ・ルシア/魂]1972年POLYGRAM
これら要素を融合させるアウフヘーベン(本音でケンカさせることで一段高い結論を導き出す方法)を成功させた結果が、数々の国際コンクール優勝であり、5タイトルのCDの全世界リリースであり、「やっぱドイツ人はバッハうめえ」という評判の復活であったというわけだ。
どーよ、プロの評論家にぶっ飛ばされそーな分析・暴言ではないか。
いーか、皆さま方よ(←約三名。犬は含まない)、他言は無用である。
と、ここまで書いてふと私は、国際的ブレイクは時間の問題とささやかれる、若手ヒターノ“スーパー・バイレ”ホセ・マジャのインタビュー(パセオ7月号)を思い出した。
誇り高き名門ヒターノが、嬉々として「二年間徹底的にクラシックバレエを学んだ」というあの話である。
[ホセ・マジャ/パセオフラメンコ2007年7月号巻頭インタビューより]
豊かな血統的財産に甘んじることなく、他文化を吸収し血肉化しようとする貪欲かつ謙虚な姿勢。
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、って逆じゃんかよ。
まだ見ぬホセ・マジャと、その三歳だけ年上のドイツ人シュタットフェルトが、ほんの一瞬、私にはダブって見えたのだった。
はじけろ俺のポテンシャルと念じながら、ホセ・マジャが「クラシックバレエ」に着目したように、きっと修行時代のシュタットフェルトもまた他の何かに着目していたはずである。
それは一体何だったんだろう?
そして、みずみずしい魅力に充ちたあの「クリスタルな躍動感」の元素となったものは一体何だったのだろう?
もし私が彼のインタビュアーだったら、その部分の突っ込みだけは絶対に外せないところだって、おめーの結論は保留かいっ。
[私の名解説にがっくり肩を落とすマルティン・シュタットフェルト、なわけねーだろ]
――――――――――――――――――――――――
つーことで、今回もまた長いレポートになっちまったな。
しかも、書いてる本人さえをも居眠りさせちまう驚きの文章力である。
ラストのあと書きだけしか読んでねえくせに、「あー、あの本読んだわ」とふんぞり返るタイプのあなたよ。
今日もまた、最初の一行とおしまいのこの部分しか読んじゃいねえことは、すでにチャンチャラお見とーしである。
ま、タイトルだけ見てクリックもしねえ方々(全体の99.8%)に比べれば遥かに誠実ではあろう。
だがしかし、もう一度だけきっぱり云っておこうか。
そんなことでは、ぜんぜん睡眠時間が足らんと思うぞっ!!!(TT)
7/06金(その229)
まったくの偶然
今日は“偶然性”というものについて、実話をもとに考えてみたい。
参考テキストは「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『
まったくの偶然
』である。
7/09月(その230)
パセオの庭
えー、
パセオの庭
が無料で開放されてることをご存知ですたか?
7/10火(その231)
名語録
[パセオ1988年6月号/表紙はパコ・デ・ルシア]
忘れがたい1988年の四月は桜のころ。
やっとのことで、カンテ・フラメンコ最後の巨匠ラファエル・ロメーロ翁と、入魂の凄腕ギタリスト、ペリーコⅡ世が来日。
信夫編集長による来日レポートから、その名語録をいくつかご紹介。
――――――――――――――――――――――――
ペリーコⅡ世――――
「飛行機に乗り続けで、ちょっと疲れた。なにしろ飛んでは食ってるだけだからね。鳥と同じだよ。」
――――――――――――――――――――――――
ロメーロ翁――――
「税関の前の人がつっかえててな。ナンか書類の不備があったらしいんだが、役人がもたもたしてるから言ってやったのさ。『そんなこと、どうでもいいじゃないか!』ってね。」
――――――――――――――――――――――――
ペリーコⅡ世――――
「航空券を買うお金を送ってくれてありがとう。なにしろオレたちゃ宵越しの金は持ってないからネ……」
――――――――――――――――――――――――
(「受勲歴はありますか?」とのNHKのテレビ取材に対して)
ロメーロ翁――――
「そんなものはもらってない。でもフラメンコの黄金時代に生きてきたことがわしの勲章だと思ってるよ。」
――――――――――――――――――――――――
万事がこの調子だったな。
プーロ100%の衝撃ステージと、舞台後のゆるゆるシーンの連続。
その鮮やかなコントラストよっ!!!
ああ、豊かすぎる追憶。
7/11水(その232)
盗み聞き
[パセオ1988年7月号/表紙はリヤドロのアンダルシア人の行進]
パセオ1988年7月号。
ロメーロ&ペリーコⅡ世のインタビューからの抜粋を。
――――――――――――――――――――――――
―――現在のスペイン・フラメンコ界で注目に値する人はいますか。
ペリーコⅡ世
う~ん、ギタリストに関しては何とも言えないな。色々なスタイルでうまい人はいるが、純粋な味を出せるギタリストとなるとね……。カンタオールではミゲル・バルガスがいいよ。
ロメーロ翁
ああ、ミゲル・バルガスはいい唄い手だ。純粋なものを持っている。今度は彼なんか日本に呼んでみてはどうかね。
ペリーコⅡ世
彼は非常に個性的なんだ。しかも何でも唄いこなす。僕は彼をとても買っているよ。
ロメーロ翁
それとカマロンだ。私はもう彼が大好きなんだよ。凄いフラメンコの味を持っていて、本当に素晴らしい。
―――最後に日本では今、カンテ・フラメンコに関心が高まりつつあって、自分でも唄ってみようと思う人が増えつつあります。そういう人達にアドバイスをお願いできますか。
ロメーロ翁
まず、昔のアルティスタ達の唄を繰り返し聴くことだ。レコードでもテープでも何でもいいんだよ。彼らの唄った唄が、今の唄の元になっているんだから。もちろん、昔の人だって上手い人もいればヘタなのもいる。そういう区別も、いろんなレコードを何回も聴くことによってできるようになるのさ。
ペリーコⅡ世
昔は、フェスタが開かれている部屋の側に行って、盗み聞きしたものさ。今はレコードでもなんでもあるじゃないか。いくらでも勉強できるはずだよ。ギターだって同じさ。ギター教室なんて昔はなかったんだ。上手くなろうと思ったら、まず上手い人の弾く音を盗み聞きして一所懸命覚えるんだよ。
ロメーロ翁
さっきマヌエル・トーレのことを話したけど、あれだって、わしはドアの隙間から覗き見てたんだよ。大切なのは、なにが大事なのか、なにが必要なのか、なにがフラメンコなのかを知ることだ。
――――――――――――――――――――――――
そのまま現在・未来にも通用するスキルである。
ところでぜんぜん関係ねーけど、「後ろめたい感じ」って、どーしてエキサイティングなんだろ。
7/12木(その233)
スペイン事件帖
[パセオ1988年8月号/表紙はマノロ・マリンと小松原庸子]
今から19年前のパセオ1988年8月号。
プロフェソール荻内勝之(東経大教授)の『スペイン事件帖』の冒頭。
ほんとにこの大先生の観察力というか、誰にも思いつかないその独創的視点には、いつもビックリさせられたなあ。
――――――――――――――――――――――――
ご存知ソル広場。
マドリードのソル広場といえば、ちかごろ表情を一新し、落ち着いた雰囲気になって散歩者も増えたよう だが、僕がよく行くのは百貨店コルテ・イングレス。
ショッピングではない。避暑に行くのだ。
冷房のきいた広いところを散歩するわけだが、ときには人の財布をスってる人を見掛けたり、スりそうな 人を見つけて、今にやるぞとワクワクしたり、それもけっこう楽しい。
体が冷えてきたら玄関先の街路に出る。
そこにも余興はちゃんとある。
路上のイカサマ賭博の見事なチームワークを見て勉強し、ひったくりを目撃して涼しくなり、うつろな目の麻薬常習者の心理の研究もする。
同じ場所でテキヤが日に日に手をかえ品をかえて取り締まり当局を振り回しているのを観察するのも日課になる。
これに飽きたら、百貨店にもどるわけだが、こんな行動をする僕の後をつけるのも、また一興かもしれない。
人の行動はなんと重層的にできていることか。
――――――――――――――――――――――――
プーロフラメンコの化身、マヌエル・アグヘータの初来日を、奇跡的に実現させた“黒い皮ジャンの猛獣使い”とは、このお方のことである。
詳しくは『
パセオ今昔物語
』(その18/20/21)を参照されたし。
7/13金(その234)
雪は降る
ほぼ一年前に書いた『
雪は降る
』。
やれば出来るんじゃねーか、と思わせるほどに途中まではちゃんと書いているではないか。
そしてやがて訪れる内容的破綻。
実に惜しい、てゆーかまたコレかい。
猛省を促したいと感じるのは私だけではないだろう。
7/14土(その235)
フライング情報①濱田地蔵
[
地蔵に捧げるファンダンゴ/濱田塾長の画(↑)と文(↓)
]
(月刊パセオフラメンコ2007年8月号より抜粋)
さてさて、皆さん。
カンテ・フラメンコという不思議な世界の、余りと言えば余りな奥行き、ふところの深さを前にして、今回の塾長はダジャレのダも出ず、さながらお地蔵様のようにカタい人と化してしまいました。
ハマダジロウならぬ
ハマダジゾウ
と改名したほうがいい位です。
――――――――――――――――――――――――
(↑)ぷっ。どーよ、これ。
冷静に観て、ほとんど神業と云っていいだろう。
この一発ですっかり冷静さを失ったこの私が云うのだからほぼ間違いない。
苦しむことなくフラメンコの数々の法則を学ぶことができる絶好調パセオ連載『
痛快!?フラメンコ濱田塾!!
第19講/ファンダンゴのこと⑥』から、ラストスパート部分の一節である。
愛すべき尊敬すべきこの講座によって、ファンダンゴの何たるかをほぼ完璧につかみかけていた私の頭脳の中から、それらの全容がすっぽりこぼれ落ちてしまったことは云うまでもない。(TT)
7/15日(その236)
フライング情報②ギタリスト沖仁の挑戦
スペイン国内で最も権威のあるコンクールのひとつが『コルドバのコンクール』。
今年4月、一人の日本人がこのコンクールに挑んだ。
ギタリスト沖仁である。
彼はコンクールに何を求め、そしてコンクールは彼に何をもたらしたのか?
沖仁の挑戦の日々を追った。
[
文:志風恭子/写真:高瀬友孝
]
1956年に始まったコルドバのコンクール。
スペインにあまたあるフラメンココンクールの中でも、最も歴史が長い。
過去の受賞者にはパコ・デ・ルシア、マティルデ・コラル、フォスフォリートなど、当代きってのアルティスタたちの名が並ぶ、権威あるコンクールだ。
このコンクールに今年、果敢にも挑戦したギタリストが沖仁である。
昨年、日本でメジャーデビューを果たした彼が、忙しいスケジュールを調節してまで、スペインでコンクールに挑んだのだ。
――――――――――――――――――――――――
会えば気さくでやさしい王子さまのような沖さん。
その柔らかな外見や物腰からは想像もつかない、きりっとした内剛さと行動力に、日本のフラメンコ界はこの数年来びっくりさせられ続けている。
そして今回もまた、チョーびっくりもののチェレンジは続く。
さて記事中、実際にはなかなか云えないこの一言に私はシビれた。
「
コンクールに出る人はきっとみんな自分と同じようにプレッシャーと戦っているんだろうな、と自分の仲間のような気がしたんです。最初は敵だったのが、今は愛しい。向こうはどう思っているか知りませんが
(笑)」
フラメンコ界において、沖仁のように一見軟弱そうなのに、実はめっちゃ強え男は断然有利である。
私のように一見生意気そうなのに、実はもろ弱っちい男は断然不利である。
出来ることなら代わってあげたい。
私は心からそう思った。
7/16月(その237)
フライング情報③わが良き師匠よ
[
文:野村昌二/写真:清水知恵子
]
今週金曜日発売のパセオフラメンコ8月号。
人気連載『
夫婦のきずな
』には、フラメンコ舞踊の本間三郎師(日本フラメンコ協会副会長)と同じく本間牧子さんがご夫妻で登場する。
本間三郎。
元祖スターバイラオールと云えば、このお方のことである。
少年時代の私も何度かテレビで拝見している。
フラメンコだけではなく、あっち方面でも数々の伝説を残された方で、やっかまれた牧子さんはあっちゃこっちゃでいじめられたようだ。
ちなみに牧子さんはフラメンコギター出身のバイラオーラ(←カスタネットの名手)という特異な経歴の持ち主で、娘の静香ちゃんは現在スペインでバイラオーラ修行中だ。
さて三郎師は、私の人生の師匠でもある。
フラメンコ協会立ち上げのてんやわんやとそれに続くパセオの廃刊危機に、どん底めがけて一直線だったあの頃。
「どうだい、一杯やるかい」と、あちこちで豪遊させていただいたあの回想シーンは、いまでも心の宝だ。
いっつも自然体で裏表のないこの心やさしい大先輩と呑んでいると、各種ピンチにパンクしそうな私のノミの心臓は、なぜか無性に癒されたものだ。
もとは女好きのツッパリだったこの初代スターには、他の大人にはない何か超越した、深く柔らかなアイレがあった。
伝説(←笑えるほどに凄い)に聞く本間三郎は、私がお会い出来た頃にはすっかり人格者化されておられ、小心ゆえに前向きで、だがしかし破滅的に突っ走る若い私(←ほめられて育つタイプ)に対し、ひとつの説教もなしに、それとなく生きるコツのようなものを授けて下さったのである。
その後もご一緒させていただく機会は途絶えることなく、いまもフラメンコの仲間たちが師匠のもとに集結する定例下ネタ呑み会(木曜会←高円寺エスペランサ)は、ざっと計算してみると十六年、おお、な、なんと通算200回近くも続いていることになるのだ。
さて、本誌記事に目を戻すと、そこに載った写真が論より証拠という感じだ。
出逢いから37年。その愛は不滅……。そんなアイレがビンビン伝わってくるのだ。
そのアホらしいまでに美しい夫婦愛は、牧子さんのひと言でこう締めくくられることになる。
「
私は、本間三郎と一緒でいることが夢だったから、それだけで幸せ
」
だって。
どーよ、これ。
えーですか、牧子さんよ。
とりあえず、こらあああああ!!!!!
ま、こう云われる方もこう云う方も、まったくもって大したもんでがす。
7/17火(その238)
フライング情報④引退だあ?
[
インタビューと文:ハビエル・プリモ/訳:東敬子
]
…………。
うっそだろ。
………………。
だって、そりゃないだろ。
…………………………。
あんたの黄金時代はこれからじゃん。
ハビエルの突っ込みから、少しずつ事情はわかってくるのだが………。
7/18水(その239)
あさって発売!パセオ8月号
[
パセオフラメンコ2007年8月号/表紙:大塚友美、撮影:北澤壮太
]
舞台を観ていると、震えるほどの“予感”がすることがある。
変わろうとしている者、求める表現に近づこうとしている者、
“予感”を感じさせる4人のアーティストに迫る。
お待たせしました、あさって発売!パセオフラメンコ8月号。
今回は、特集『
予感
』の各扉ページを大サービス公開だあ!!!
[
文:塩川千尋/写真:大森有起
]
[
文:中谷伸一/写真:大森有起
]
[
文:西脇美絵子/写真:大森有起
]
[
文:菊地裕子/写真:大森有起
]
7/19木(その240)
踊る占い師のパセオ・デビュー!
さっき気づいたのだが、な、なんと、web仲間の売れっ子占い師マリィが、突然この8月号からパセオ・デビューしてるではないか。
彼女は、こんなすてきなホームページ「
西洋占星術/マリィ・プリマヴェラ
」を主宰する、もちろんフラメンコを“
踊る占い師
”なのである。
年令は明らかではないが、占星キャリア20年以上のベテランなので、たぶん20歳以上のチョー美人であると推測できるだろう。
私もご好意で占っていただいたことがあるが、その切り込み鋭い大当たりに、もろにドキリとさせられたことは記憶に新しい。
「web仲間にこんな人がいるぜ」。
この春あたりに、パセオ谷口編集長にこう一言伝えた覚えがあるのだが、いつの間にやら、その占いコーナーが実現しとったとゆーわけだ。
私の企画はまず99%、編集部に通ることはないと断言できるが、こんな事もあるのだと、この無欲の勝利を何だか私はうれしかった。
てなわけで、皆さま方が、読んでみてこりゃ面白いと思った場合は、読者ハガキで援護射撃を頼むぞ。
人気が出ればスペース拡大の可能性があるしな。
私的には、ヨランダのイラスト(ひとこまマンガ)とのコラボなんかが付くと、さらに面白くなるんではねーかと思ってるんだが、皆さま的にはどーよ。
7/20金(その241)
赤頭巾ちゃん
フライング情報もひと段落し、「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」にトンズラするのはいつものコースだ。
で、本日のお題は『
赤頭巾ちゃん
』。
私の中では、いっつもフラメンコとかぶってしまう、不思議で巨大な無頼派作家。
7/28土(その242)
フラメンコ七転八倒
久々にいつもの逆パターンで、mixi日記をほぼまんまこちらに転載。
ワケのわからん部分もあると思うが、どーかご容赦を。
――――――――――――――――――――――――
(今日のイラストはすべて
ヨランダ画伯
)
「パセオフラメンコ社長室」なるコミュニティの、人気トピックス紹介の最終回。
その大トリは、『
フラメンコ七転八倒
』の登場だ。
「七転び八起き」でないところに迫力がチラつく、フラメンコのお笑い投稿コーナーである。
私のチョーお気に入りコーナーだけに、今日の日記は「パセオホームページ/社長室」と「
フラメンコ超緩色系
」にも同時アップするという力の入れようなのだ。
さて。 公表するのはこれが初めてなのだが、実は………
じゃ~ん。
実はこのトピックスには、大いなる私の個人的野望が秘められているのだ。
何年先になるのかわからんけど、やがては
このフラメンコお笑いプロジェクトを一冊の本にまとめたいと願っているのだ、
まぢで。
フラメンコに惚れ込んだものの、何らかの事情でファンであることをリタイヤされてしまう方々の比率は意外と高い。
ありがたいことに現在もフラメンコファンは順調に増えつづけ、しかし一方で、それを若干下回る数のファンがフラメンコから離れてゆく状況がある。
休眠中のファンの総数は、現役フラメンコファン(約十万人)のおよそ8倍~10倍程度であろうと私は推測している。
いったい、何故なんだろう?
フラメンコの巨大さ深遠さに、良くも悪くも、あまりに生まじめに構えすぎてしまう結果なのではなかろうか?
いよっ!さすがニッポン人!とホメちぎりたくもあるが、私の立場としてはややビミョー。
ああ、もったいない話だよなあ、という想いが先行してしまう。
フラメンコはライフワーク。
巨大にして深遠ではあるが、生活の中で末永く親しみつづけたい等身大のアルテだ。
なので、上達だけを目標に、慎重に失敗を回避しながら、生まじめに張り詰めているばかりでは、やがてはポキリと折れてしまう可能性が高い。
車のハンドルみたいなフワッとした遊びがないと、永い道中、苦しいながらも楽しい旅を続けることはむずかしそうだ。
ならばこの世に、ちょいとユル目な爆笑フラメンコ本の一冊ぐらいは存在してもバチは当たらねえんじゃねーの。と、そんな想いが、冒頭のバカ殿ご乱心発言につながってゆくのであった。
フラメンコにおける人さまの失敗を、自分の失敗に重ね合わせてゲラゲラ笑うことで、自分の抱える不安や辛さやトラウマさえをも、ド~ンと吹っ飛ばしてしまうカタルシスを持った爆笑本。
フラメンコがあなたの生涯を通しての伴走者であることを、笑いとともに想起させてくれるよーな。肩は凝らないけど、ハラの底からじんわり元気がこみあげてくるよーな。
そんなアフィシオナード必携のフラメンコお笑いバイブルを、私の頼れるweb仲間たち(←パセオ社長室特殊工作部隊)とともに創り上げてみたい。
ま、要はそんなよーな野望なのである。
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さて、余計な悩みを抱えない動物やコンピューターとは異なり、好んで余計な悩みを抱え込む人間の生には、その痛みを和らげる何かが必要だ。
人間だけに与えられる神秘の特効薬。
それが“笑い”とゆーわけだ。
他人さまの失敗を笑うことは無条件に楽しいし、一歩進んで自分の失敗を笑うことはそれ以上の収穫をもたらすことも多い。
自分自身を笑う行為は、己の魂の救済のみならず、時にそのポテンシャルの炸裂を準備することもあるからだ。
他人に向ければ醜悪な毒針と化すあの“嘲笑”でさえ、勇気をもって自分に向ければ飛躍へのエネルギーと転じることも可能だ。
さらに、「失敗の第一人者」と絶賛されるドクトル小山(←私)の計算によれば、失敗を千回やらかすと、千回分のお笑いネタに加えて、もれなく三回分の成功が付いてくる、という結果が保証されているのだそうーである。
ただし、失敗や笑いには最初から豊かさ(ペーソスやら安らぎやら発展性やら)が宿っているので、むしろ成功なんぞはおまけにすぎないのである、ってほんとかよ。…で、おゐおゐ、出掛けちゃうのかよ。
ま、そうしたベタでヨレヨレな自己弁護はさておき、笑えるチョー迷作・駄作が300作くらい集まったところで、これを単行本として出版するために、あの有名な好男社やら慎重社やら文鯨春秋社やらに売り込みをかけたい。
まあ最悪の場合、欠陥ぱせお社でもよしとしよーか。社長がハンサムだからな。
いい作品がコンスタントに集まり始めたら、とりあえずパセオで連載するのもいーな。
で、あれだな、お笑い好きのアルティスタに登場してもらうのもありだな。
でもって、イラストは
ヨランダ
に頼もうぜ。単行本にする時には表紙まわりもな。あいつもボランティア続きだから、これはちゃんとギャラ払ってな。
ただし採用者(300名)のギャラは名誉だけっ!、ではあまりに申し訳ねーなので、現物本1冊とそれ用のオリジナル手ぬぐい一本進呈ね。
これなら定価を千円以内に押さえても、6千部も売れれば採算はとれるだろう、たぶんな。
で、もしもうんと儲かったら協力者集めて盛大に呑み会だあ、という魂胆は不滅である。
なお、皆さま方も筆者も、この時点では「取らぬ狸の皮算用」という有名な法則を、共に認識していないことを前提に筆を進めさせていただくので、どーかご了解いただきたい。
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[07年四月に完成した
幻のしゃちょ手ぬぐい
/
ヨランダ画伯作
]
さて、その肝心な作品の集まり具合である。
私より威張っているパセオの社員たちを説得するためには、まずは作品の安定供給が必要となる。
で、現在のところ、私をうならせた入賞作はこの三作だ(↓)。
パセオ社長室/フラメンコ七転八倒
(↑)ぷっ。な、凄えだろ。
もちろん、文句なしの手ぬぐいゲットだったことは云うまでもない。
これら名作を産み落とした美貌の凄腕作者は、
kiyo
に
AOI
に
深山苧環
の三名(←推定平均年齢は永遠の17歳)だ。
そんなこんなの現状は、目標のトータル300作品まで、残りわずか297作品となっている。
また、ありがてーことに、このトピックスへの投稿数もそこそこ多い。
さらにネタ自体は素晴らしいものがほとんどで、それらは云ってみれば金の卵状態だ。
だが惜しいかな、ネタは良くても作品としてのまとまり方がイマイチなので(←私の要望の伝え方がヘボだったので)、笑えるところまでは行けてねーのだ。
おそらく作者自身も笑えていないと思われる。
だが例えば、(4)RIE、(6)か るめん、(10)ひぃ、(14)et、(20)小さなMiki、(37)ビューティ、(45)あきら、(46)オラシオン、(47)みるく、(50)chaka、(52)けいこ、(54)きんた33、等々のネタなどは、磨き直せば大ウケ~採用まちがいなしの素材なのである。
さあ、どーする?
素材再生の道はあんのか?
あるんだな、これがっ!
んじゃまず、試しにそのイマイチの理由を分析してみるからな。
あっ、ただし、私が書きたいのは一般的に通用する技術論ではなく、あくまで「フラメンコ七転八倒の出版だけに通用する特殊ヘンタイ技術」なので、くれぐれも気を悪くすんなよな。
では早速そーした前提で、きびしく突っ込んでみよーか。
(
1
)無駄な説明が多すぎる。
(
2
)読み手を配慮してない。
(特に自分という読み手に対して)
(
3
)踏み込みが甘い。
「フラメンコ七転八倒」的には、おそらくこの三点が改善のポイントとなるだろう。
(………うっ。なぜ、そこで一斉に私を見るのだ? 有能なコーチが必ずしも有能なプレイヤーではないことを諸君らは知らんのかっ!
)
………ウォッホン。
では、どーすれば採用したくなるような(みんなが読みたくなるような)作品になるのか?
プリントアウトして神棚に飾りたいポイントは、以下の四点である。
(
1
)徹底的に不要な説明部分をそぎ落として、可能な限りシンプルにまとめる。たとえば、最初30行で書いたものなら10行ぐらいにシェイプアップする。1行になっちゃってもかまわない。この私でさえ、当初100行あった自信満々の文章が、無駄な部分を削ぎまくった結果、0行になっちまうことも稀にあるのだ。まあ、多くても10回のうち8回ぐらいのもんだが。
(
2
)書き終えたら、何度も何度も、何日もかけて推敲する。時には音読して文章リズムの快感性を確かめてみるといい。客観的な自分がそれを読んでぷっと吹き出すまで、その作業を延々と繰り返す。かけた労力と時間は、まんま実力(←なんの?)として身につくので安心して没頭していい。それを一年続けりゃ、速度も3~10倍になるしな。
(
3
)上記の基礎コンパスの厳守を大前提に、自分らしいアイレを思い切りぶちまけてみる。ぶちまけるのはヴィジョンでもかまわない。自分と完全に同化できるフィクションなら、それもオッケー。そこら辺はフラメンコと同じ。
(
4
)書き込むのは「タイトル」と「本文」だけ。「ブレリアをひと振り舞ってスッと退場」する潔さをイメージして、前後に余計な説明コメントは一切入れない。本線以外のコメントを入れたい場合は、別に改めてコメントを立てるといい。タイトルは重要なので、納得ゆくまでじっくり自分で考えよう。
以上、エラそーなわりに教養の感じられないポイント解説はここまで。
お笑いと云えども、そのタイトルは名にし負う「
フラメンコ七転八倒
」。
その製造過程は、やはりフラメンコなやり方に準ずるのがよろしかろーとも思う。
ギター、カンテ、バイレの上達にも直結するから無駄もねーしさ。
フラメンコ休眠中のお方にもバッチリもんのチャレンジだ。
あ、もちろん同じネタによる再チャレンジは何回でもオッケーだ。
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………と、
ここまで読んでこられた方は、すでに貴方ひとりである。
あるいは私ひとりかもしれない。
立派な誇大妄想には哀愁がつきものである。
想い出されるのは、パセオ創刊決意の頃。
聞こえてくるのは、夕焼け小焼けである。
きょろきょろ周りを見てもムダである。
みんなもう帰っちゃったよ。(TT)
カア、カアー。
(←効果音、無常に響く……)
……ん。
読者からの伝言かい。
うれしーね、
どれどれ。
「長文おつかれさまです。
でも、この程度の内容なら、
三行もあれば十分ではないでせうか」
※いねーとは思うけど、本日の社長室をお読みになって、投稿されたいと思った方は、
こちら
のコメント欄までどーぞ!
7/29日(その243)
草を枕の旅路かな
小田急の線路をまたいだ富ヶ谷小学校へ、朝一番で参院選挙に出かける。
連れ合いとジェー(←選挙大好き犬)とともに国民の権利を行使(投票)してから、みんなでブランチ。
その後は全員自由行動ということになり、やり残した仕事を片づけに私はパセオへ直行。早く終われば、グールドと先代小さん師匠をお供に神田川をぶらつくつもり。
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さて、格調高さが売りの「
フラメンコ超緩色系
/チョー駄作選」は、前回にひき続きブンガク路線である。
『
草枕とグールド
』。
この意外な組み合わせにビックリされる方も、そのあんまりのオチにガックリ肩を落とされるであろうことを、筆者であるこの私が保証しよーじゃないか。
7/29日その2(その244)
夏休み
発作が起きて突如書き出すかもしれんけど、とりあえずこの八月からはブログ(この社長室と
フラメンコ超緩色系
とmixi)の夏休みをとることに決めた。
主にビンボーを理由に、16歳の夏より夏休みというものから遠ざかっていたこの私にも、遅ればせながら反抗期がやってきたものとみえる。
人や火星人(←私)は、反抗しながら成長するのである。
現在3~5ヶ月くらいの大型バカンスを画策中であるが、私の計画の達成率とゆーのは、宝くじの特等当選率に匹敵するので、冒頭にも書いたように油断は禁物なのだ。
ま、しかし、みなさま方の
夏休みの宿題
も盛り沢山なので、極力計画通りに運ぶよう懸命に努力してみるつもりではある。
ところで……ブログを休んで私は何すんのか?
もちろん、これまでもヒマさえあればまぢで取り組んでいた私の本業に、迷わず没頭させていただくつもりである。(TT)
ヨランダ監督作『
しゃちょ物語
』より