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散歩、音楽、もろもろ


2009/4/28火(その322)

地中海の舞踏





「月とスッポン」パコ・デ・ルシア/アルモライマ.jpg
 [パコ・デ・ルシア/アルモライマ]



 「これは、まさしく宗歩の1八角!


 ジャンルを超えるスーパー・ギターデュオ『地中海の舞踏』!
 この世紀の名セッションに鼻血を飛ばさないギター少年はひとりもいない。

 片や、フュージョン系・国際的人気ギタリスト、アル・ディメオラ。
 片や、フラメンコギターの神さま、われらがパコ・デ・ルシア。
 『地中海の舞踏』は、ディメオラのアルバムに、彼のオファーでパコ・デ・ルシアが1曲だけ単身参加した、LP『エレガント・ジプシー』のチョー目玉的1曲だった。
 パコがアメリカに赴き、ほとんど即興一発でキメたという伝説のレコーディング。
 つまりこれが、後にラリーやマクラフリンを巻き込み、世界中を熱狂させることになる、あのスーパー・ギター・トリオ誕生の布石だったとゆーわけだ。



①エレガント・ジプシー.jpg
 [アル・ディメオラ/エレガント・ジプシー CBS 1977年]



 後に、この名曲『地中海の舞踏』を含むパコ・デ・ルシアのフラメンコギター楽譜集を、めっちゃめちゃ高い版権使用料を支払ってパセオから出版した。
 世界のギター少年が待ち望むこの楽譜集の発行によって億万長者になったろうという壮大なロマンは、元金も回収できぬまま絶版となる哀しい現実に敗北したものの、自分が欲しくて欲しくて仕方のなかった『地中海の舞踏』の楽譜だけは手元に残った。
 これがショーバイの基本なのである、ってホントかよっ(TT)。
 当時のパセオ編集長Sがパコのギターパートを、社長の私がアルのそれを担当し、締切前のパニックの合間にそのギターデュオをよく練習したものだが、それは音楽とゆーより“音が苦”に近いものだったと、当時の関係者は一様に証言する。



②パコ・デ・ルシア アルバム.jpg
 「パコ・デ・ルシア アルバム/
  編曲:飯ヶ谷守康、加部洋/パセオ発行1990年」



 さて、ギター弾きなら誰しもが夢中になったこの『地中海の舞踏』。
 初めてこの名演を耳にした時の驚愕こそが、冒頭のワケわからん私のセリフにつながる。
 「これは、まさしく宗歩の1八角!」
 (↑)な、なんのこっちゃい?

 『地中海の舞踏』を聴いて、この『1八角/遠見の名角』を連想することは、ヘボギターとヘボ将棋の二重苦をあまり苦にしないタイプの好青年(当時22歳の私)だからこそ可能だった美しき妄想だったのである。
 後にフラメンコギターの魅力を世界中に知らしめることになるこの国際ガチンコ名勝負『地中海の舞踏』の放つ異形な輝きは、今から153年前、時の最高権力者の前で指され、遠く未来にまで影響を及ぼすことになる宗歩の『1八角』の放つ異形な輝きに実にまさしく酷似していたのである。



③遠見の名角.jpg
 [1856年11月/江戸城・御前将棋にて/伊藤宗印 対 天野宗歩]



 この局面こそが、将棋界のパコ・デ・ルシアと称される(←たぶん私だけそう称す)お江戸のスーパースター天野宗歩が、百年に一度の歴史的名手『遠見の名角/1八角』を放った世紀の瞬間である。
 後に第九世名人となる天才伊藤宗印(現代の羽生善治名人は第十九世名人)を大天才宗歩がこてんぱにKOした将棋で、有段者なら誰でも知ってる有名な局面だ。
 敵陣(他ジャンル)に殺到する拠点たる5四歩の存在は、勇猛果敢なフラメンコの使徒パコ・デ・ルシアそのものであり、1八の地点から左斜め上方のパコを全面支援する遠見の名角の存在は、まさにフラメンコの神そのものではないか。
 って、誰が知るかよそんなこと。



④天野宗歩手合集.jpg
 [棋聖 天野宗歩手合集/内藤國雄九段著/木本書店発行]



 さて、学生時代にプロをめざした修業時代の私には、技術書で現代将棋を研究しつつ、詰将棋やシンケン(賭け将棋)で鍛える一方、江戸、明治、大正、昭和にかけての一流プロの棋譜(指し手の記録)を喜々として学んだ時期があった。
 音楽と体育と保健体育を除く学校の授業は、頭の中で詰将棋を解いたり棋譜を並べたり、または夜の勝負に備えて熟睡するための貴重な時間源だったことも懐かしく想い出す。

 明治維新前、将棋の名人家が幕府公認の家元だったころ、とりわけその幕末の大棋士、棋聖とも称された天野宗歩(あまの・そうほ)は私の憧れのアーティストだった。
 あまりの強さに実力13段と恐れられた宗歩は、世襲の家元派閥には属さず、主に賭け将棋や弟子筋(武士や豪商など)に対する将棋指南で生計を立てつつ、名著『将棋精選』なども出版した、孤高のアウトロー的存在だった。
 この遠見の名角『1八角』に代表される宗歩の独創的優秀性は、その後大きく発展を遂げた近代将棋の礎となったばかりでなく、現代の超一流プロ棋士たちにも大きな影響を与え続けているのである。

 棋聖宗歩が遠山の金さん(左衛門尉景元)らと共に永眠する東京・巣鴨の本妙寺には、ふと何かの構想をまとめたくなる時など、今でも都電に揺られてブラり訪れる。
 酒豪だった彼の墓に、日本酒を供え手を合わせると、また来たのかこのヘボが、という無遠慮な声が聞こえてくる。
 ……そう、まさしくそのとーりだす。
 ヘボだからこそ、あんたのインスピレーションをこっそり盗みに来るんだす(TT)。



天野宗歩.jpg
 [東京・巣鴨の本妙寺/棋聖 天野宗歩、ここに永眠す]



 天野宗歩とパコ・デ・ルシアに共通するものは、明快にして巨大なそのヴィジョン、そして、それを実現するための果敢なアドベンチャー精神である。
 その第一歩をめざし、男の子なら誰でも一度はやってみたいと思うのが、このパコ・デ・ルシアの『地中海の舞踏』であり、また、天野宗歩の『遠見の名角/1八角』なのである。

 思えば、パセオフラメンコ創刊から25年の間に、幾たびこの『1八角』をイメージした次の一手を敢行したことだろう。
 そして、それらすべてが玉砕の一手として、はかなく散ったことは記憶に新しい。
 現在では、それがどーした、と開き直れるほどに成長した私だが、ほんとうを云えば、死ぬまでに一度でいいから、勝負どころの局面でこの『1八角』を駒音高く盤上に打ちつけ、未来への布石を堂々築くことを、今も虎視眈々と狙い続けているのである。





「月とスッポン」パコ・デ・ルシア/熱風.jpg
 [パコ・デ・ルシア/熱風]


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2009/4/27月(その320)

週末はピリス!





 マリア・ジョアン・ピリス。

 マルタ・アルゲリッチと地球のピアノファンを二分する人気女流ピアニスト。
 どちらもマリア・パヘスみてーなんだよ、と云ったらわかり易いだろうか。
 彼女のモーツァルトにハマり、高校時代からずっと聴き続けている。
 もう37年も聴きつづけていることになるのか。
 聴くのが恥ずかしかったショパンを、普通に聴けるようになったのも彼女のおかげだ。



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 面識はないのだが、幾度か電話でお話しした俳優の森本レオさんとの話題には、なぜかいつもピリスが出てきた。
 「彼女は一度地獄を見たんだよ」
 ピリスの芸風が急変した時期の演奏を、レオさんはしきりに語りたがった。
 あのピチピチだったピアノが、凛としながらも深く内省的な演奏に激変したことは、ファンの間でもかなり大きな話題になったことを思い出す。
 私には理由はわからないが、だからアートは面白い。
 つよしがんばれっ!って関係ねーけど。

 今週金曜は、すみだトリフォニーでピリスのコンチェルトの夕べを聴く。
 なんと、ピリスの協奏曲は初めてなのだ。
 プログラムはベートーヴェンのピアノ協奏曲の第2番と第4番。
 第4番の人気は、近ごろ“皇帝”を抜いたとも聞く。
 私は颯爽とした5番(皇帝)と迫力満点の3番を好むが、ピリスだったら何番でもかまわないし、もとよりプログラムは何だっていい。

 合間には、パヴェル・ゴムツィアコフがシューマンのチェロ協奏曲を弾く。
 めろめろにロマンティックでデートなんかには最適の名曲だが、あいにく私は独りで聴くのが好きだし、また一緒に聴いてくれる女性ボランティアも皆無だ。
 共演は高関健指揮・新日本フィルハーモニー交響楽団。

 つーことで、現在は週末の遠足を夢見る小学生気分。
 おやつは300円まで。
 ただしバナナとゆでたまごはこれに含まない。




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2009/4/21火(その319)

バロメーター





「アートの仕事がしたいんなら、バッハだけはきっちり押さえといた方がいいよ」

 万年学級委員だった五つ上の従兄弟の勉あんちゃんは、高校生の私にこう云った。
 昨年の法事の席で、あのひと言でオレ助かったよと礼を云うと、すでに後光のまぶしさではあのザビエルを軽々と超える勉あんちゃんは、そのエピソードをまったく覚えてなかったが、そーか雄ちゃんが生きてんのはオレのおかげだったか、じゃあとりあえず今度寿司おごれ、目が回らないやつでさっ、と私を恐喝した。

 若い頃に、自分が好感を持つ人から自分に向けて発せられる言葉というのは、案外に強烈な影響を及ぼすものなのかもしれない。
 勉あんちゃんの冒頭のひと言で、私のバッハ好きには相当の拍車がかかったはずだ。


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 かつてはギターやリコーダーで自らバッハをプレイしたこともある。
 テクニックとリズムと音色と解釈と音楽性と暗譜の問題などを除けば、そんなに悪い演奏ではなかったと思うが、私がバッハを練習する時には、誰も私に近寄ることはなかったことを思い出す。
 ついでに、他の曲を練習する時にも、誰も私に近寄ることはなかったことを思い出す。

 本格的にバッハを聴きはじめたのは高校時代だから、そっちの方はすでに40年近い年季が入ってる。
 その当初から、バッハ関連のライブや楽譜・書籍やレコードに使った金だけはハンパじゃなかった。
 自らそれをハイレベルに体現できない以上、その道の専門家を縁の下から支えるのはファンの使命だと思いたい、ギブ安藤テイクな私なのである。
 そのためによく働いたし、よくメシも抜いた。


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 ヨハン・セバスチャン・バッハ(ドイツ/1685~1750年)。
 単純に生理的に好きなのだが、もちろんそれだけではない。
 この音楽をバックボーンに生きる限りは、いっくら世の中が厳しくてもそう簡単にはくたばらねーぞ的に、チキンなハートの内側に、じんわり勇気が湧いてくる感触がいかにも頼もしかった。
 また、日常的にバッハとふれあうことには、いつでも危なっかしい私が人の道を踏み外すのを辛うじて回避させてくれるお守り的効果もあったかもしれない。

 NASAが異星生命体との交信用メッセージとして選んだバッハの音楽は、数学的であり、かつ文学的であるとよく評される。
 数学と文学の行き着くところは結局は一緒なんだと誰かが云ってたが、バッハの音楽には、まさしくそんなファンタジーがある。
 感性その他もろもろに不足のある私のようなタイプの人に限って云うと、彼らが自分の心の中に確かなバロメーターを築きたいと願う場合、その製造手段としてのバッハは、なかなか有力であるかもしれない。


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[フィロメーナ・モレッティ/バッハ・アルバム
            ◇TRANSART 2004年]


 さて、バッハのお気に入りCDは、季節や天候や気分などでコロコロ変わるが、近ごろはギターやリュートのバッハを集中的に聴いている。
 端正なジョン・ウィリアムスや、名人アンドレス・セゴビアを現代風に後継するクリストファー・パークニングや、リュートのホプキンソン・スミスなんかを特に好んで聴くが、今もパセオに流れるように、ここ数日はイタリアの女流ギタリスト、フィロメーナ・モレッティ(1973年~)にハマっている。
 ライブ録音なのにほとんどノーミス、しかもノリノリのバッハなのである。

 バッハ演奏においては淡々とインテンポつーのが通常的なのだが、彼女のバッハは、自由奔放にほんとうによく歌う。
 だが、やりたい放題というのとはちがって、その強靭なテクニックの裏側には、それ以上に強靭な信念がみなぎっている。
 おざなりをよしとせず大胆な表現に踏み込む、その心意気そのものが何よりうれしい。
 最初は少なからず抵抗があったが、ここまで徹底的にやってくれんのなら、ま、いーか、バンザ~イ、みたいなことになりつつある。

 信念ある一貫性が、ハイレベルなある水準を充たしたとき、それが人々の好みなんかを楽々超えながら直接ハートに飛び込んでくるのは、何でもかんでもいっしょみたいだな。
 その昔の銀座・数寄屋橋あたり、ふと足を止めて聴いた赤尾敏さんの辻説法。
 右でも左でもない私だが、ふいに浮かんだその面影が妙に懐かしかった。




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[フィロメーナ・モレッティ/バッハ・アルバム2
              ◇TRANSART 2008年]









2009/3/30月(その316)

アランフェス協奏曲





 さあ、もうほんの少しで本格的な桜じゃあ!と意気込むその朝。
 ふと、アランフェスが聴きたくなって、その愛聴CDを5枚ばかりバッグに詰め込み、ぶらぶら歩きでパセオに向かう。
 ソリスタのマイベストは、お察しのとーり、われらがパコ・デ・ルシアである。


パコ/アランフェス.jpg
[パコ・デ・ルシア/アランフェス協奏曲 ポリグラム 1991年]


 「チャララ~♪」で始まる深い郷愁に充ちたメロディで知られる第二楽章アダージョが、世界中の人々に愛されるこのスペイン生まれのアランフェス協奏曲には、クラシックの超大物ギタリストによる名盤が目白押しだ。
 名盤でないのも多いが、最低レベルの演奏でも私より3億倍は上手いので、結局私はマイナーレーベルも含め、世界中のアランフェスCDを集めることになった。

◆ドスの効いた筋金入りのスペインが響く、初演者レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ
◆オケに負けない衝撃のライブが蘇る、堂々たるあの風格が懐かしいナルシソ・イエペス
◆軽々と国境を超える、名指揮者バレンボイムとのしなやかな名演、ジョン・ウィリアムス
◆あのサー・サイモン・ラトルのタクト、磨き抜かれた宝石のごときジュリアン・ブリーム
◆作曲者ホアキン・ロドリーゴが最も好んだという、鮮やかに颯爽たる快演のペペ・ロメロ
◆自由奔放にひたすら美しい音色で疾走する、フィジカルな快感に充ちたアンヘル・ロメロ
◆世界中を震撼させた超絶テクニックで、ギター協奏曲の限界を吹き飛ばした山下和仁
◆プラシド・ドミンゴのよく歌う指揮棒に、流麗さながら寄せては返すマヌエル・バルエコ
◆斬新な発想でアランフェスの妖しい魅力を引き出す、人気作曲家ローラン・ディアンス
◆抜群の色彩の厚みあるオケとのからみで、美しい録音を成功させたクレイグ・オグデン

 指揮者もオーケストラも音楽的アプローチもまるで異なる名盤たちだが、おそらく100回以上は聴いたであろうお気に入りの人気ディスクを挙げるだけで、こんな風にすぐに十指に達してしまう。
 そんな中にあって、パコ・デ・ルシアのアランフェスは、際立って異色である。

 クラシックギタリストではないから、という理由ではない。
 難しいアランフェスでは通常考えられないライブ録音だから、という理由でもない。
 作曲者ロドリーゴがすぐ後ろでそのギターを聴いている、という理由でもない。

 アランフェスを歌う、そのリズムのノリの素晴らしさが、ただひとり際立っているのだ。
 これ以上完璧に弾くことは無理だと思わせた名人たちの苦心のリズム処理を、パコ・デ・ルシアのギターが楽々と超えるのを聴いた刹那の衝撃は言葉にならない。
 ああ、アートには限界というものがないのだ、ということを思い知らされた。

 カンテやバイレ、他のさまざまな楽器、他のさまざまなジャンルとのアンサンブルによって鍛え抜かれた筋金入りの協奏センスが、オーケストラとの共演に実に豊かな充実をもたらしている。
 その演奏に現れる堂々たる風格は、超人アルフレート・ブレンデル弾くところの、国際的定番とも云えるモーツァルトやべートーヴェンのピアノ協奏曲を髣髴とさせる。
 ま、平たく云えば、ぶっち切りに楽しい純粋本格正統派のアランフェスなのだ。


 さて、近年のレコード不況で新録音の少ないアランフェスだが、ライブや録音で聴いてみたいギタリストが常に何人かはいる。
 これまで何度か書いてきたが、その筆頭は本来のクラシック畑のギタリストではなく、フラメンコギターのフアン・マヌエル・カニサレスである。
 オーケストラとの共演にも抜群の反射神経を発揮するビセンテ・アミーゴのそれももちろん聴いてみたい私が、真っ先にカニサレスのアランフェスを切望する理由は?

     カニサレス.jpg
  [フアン・マヌエル・カニサレス/イマンとルナの夜]

 パコ・デ・ルシアの“フラメンコ”、ビセンテ・アミーゴの“音楽”に対する、フアン・マヌエル・カニサレスの“ギタリスティックなギター”。
 ギターの魅力を最大限に弾き出すことのできるギタリストの演奏によって、最もギタリスティックなギター協奏曲“アランフェス”を存分に味わうことは、老い先短いこのギター少年(←53歳)の見果てぬ夢でもあるのだ。
 加えて彼特有の美質である、プロコフィエフなどを連想させる最高級の音楽的知性とユーモアのセンスが、ギターパートにある程度の冒険が許されるはずのアランフェスにどう反映されるのか?
 それらをあれこれ想像しながら脳内に響かせる妄想はめっちゃめちゃ楽しい。



 そんなこんなを想いつつ、本棚に目をやれば、学生時代にメシを抜いてはバイトで稼ぎ、やっとこさ手に入れたアランフェス協奏曲の楽譜をそこに発見することができる。
 そう、アランフェスは今もわが家の本棚の片隅に、青春の名残りをとどめているのだ。
 この難曲を数年間必死で練習した、その血のにじむような全盛期のアランフェス修業。
 その結果、この私がまともに弾けるようになったのは「休符の部分」だけだった。
 この事実検証は無性に哀しいが、いや、むしろそこに大きな意義があったと思いたい。
 その後の信じがたい大失敗の連続にも決してめげることのなかった私の、今も続くそのドン底の耐久性は、このアランフェスに培われた可能性は高いからだ。

 尚、東京東部の場末のパブで、一年間だけギタリストとして生計を立てたことのある私の、その輝ける若き日の名誉のために断言しておくが、テクニック、リズム、音楽性、音色などの諸問題を除けば、私のギターには何らの問題もなかったのである。(TT)




          とほほ3.jpg







2009/1/8木(その301)

うれしい色やねん





 大阪の海は
 悲しい色やね
 さよならをみんな
 ここに捨てに来るから




 年末朝の生ワイドショーで、あの上田正樹さんが名曲『悲しい色やね』を歌った。
 パセオを始める何年か前、カラオケの帝王の異名をとる20代の私が、この『悲しい色やね』をいきなりのハイテンションで爆唱し、毎度その場の空気をフリーズさせたことは耐えがたい犯罪行為だったと当時の関係者は一様に証言する。



上田正樹/悲しい色やね.jpg



 そんなこともあって彼は、昔から気になるシンガーのひとりだった。
 すでにパセオに向かう時刻だったが、定時出社の方をあきらめ、テレビの前にどかりと座り込みそれに聴き入る。
 近ごろは、本物に向き合うのが仕事じゃあと開き直る勘つがいおぢさんなのである。

 じゃんじゃん英語を交える、ほとんど原型をとどめぬくらいに自由奔放なシャウト。
 歌手が昔の持ち歌でこれをやると多くは失敗するとしたものだが、さすがに彼はそうはならず、逆に新鮮でスリリングな歌唱に終始し、私は息を呑みながらテレビに釘付けとなった。
 だが、さらに驚いたのはその直後の生インタビューである。

 「黒人でなくてもブルースが歌えることを、
  自分の歌で証明したい


 こんな意味合いのことを力強く彼は語り、私をドキリとさせるのだった。

 「スペイン人でなくともフラメンコが歌えることを、
  自分の歌で証明したい


 つまりは、こういうことだから。
 フラメンコだってあと数十年以内だと、私はそう勝手に予測しているけれど、彼の場合はすでにかなりの手応えの射程距離に位置してるような気がする。
 すでにアジア圏で大人気のシンガーMASAKI UEDAは、その夢を実現させる全世界ツアーが当面の目標だと、熱く真剣に話されていた。

 齢60前後のはずだが、魂が溌剌としていて、観ているだけでも気持ちがいい。
 その鮮やかな色彩のオーラに、朝っぱらから涙腺がゆるみそうになった。
 サボるのは死んでからでも間に合う、生きてる内に完全燃焼せんでどーする。
 そうは云わなかったが、ゆるい私にはそんな叱咤激励に聞こえた。





       月とスッポン.jpg










2008/12/14日(その299)

マリパヘにムターが響く





 ふだんから正常とは云えない私の脳に、突然の異変が生じたのはその時だった。



    マリア・パヘス/美と知性のスーパーバイレ.jpg



 今年5月のマリア・パヘス来日公演『セビージャ』。
 マリア・パヘスのつむぎ出す艶やかなバイレフラメンコから、唐突にあのアンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリンが聴こえてきたのである。

 弾力とボリュームに充ちた力強い重低音。
 シャープにして色彩豊かな中音部。
 とてもこの世のものとは思えぬ美しい高音ピアニッシモ。
 あらゆる要素に配慮しつつ、全体を前向きにひっぱる推進力。



ムター/四季.jpg



 そんなムターの艶やかなヴァイオリンが、マリパヘの踊りがピークに達するたびに、私の脳内に朗々と響きわたる。
 それがあまりにも突然でありかつ鮮明であったがゆえに、とうとうボケが本格化したかと私はうろたえた。

 はじめての体験にクビをひねりながら、終演後すぐにロビーのパセオブースに駆けつけ、まぬけな大声で呼び込みのおっさんをやりつつ、また、チョー美女のウェブ友さんたちと「わかめっ!」「ひじきっ!」の合言葉を交しつつも、私はこの不思議な現象を反芻していた。
 漱石を読むとグレン・グールドのバッハが鳴り出す、ややスノブな感じとは明らかに違っていて、それはもっと自然でフィジカルな感触だった。

 だが、その謎は意外にも簡単に解けた。
 ムターとマリパへには、実は物理的な共通項がたくさんあることに気付いたのだ。

 第一に、そのアートは完璧かつ明快であり、ド素人にもわかりやすいこと。
 第二に、その音色およびアイレに、むせかえるような色気が充ちていること。
 第三に、あらゆるテクニックがその音楽性(舞踊性)とひとつになっていること。
 第四に、チョー美人ではないけど、ステージでプレイ中の表情が飛びきりに美しいこと。
 そこには、女性のみならず、全人類の規範ともなるべき輝かしいヴィジョンが示されている。

 あー、そんなんで、ぼけぼけ頭の中で彼女たちが一緒くたになっちゃったわけなのね。
 ま、これは愛する美女Aを抱きながら、同じく愛する美女Bを想うのに似てなくもないわけで、清廉潔白で鳴らす私(←そ、それはどーゆー私?)には、ちょっとだけ後ろめたい感じも生じていたのかもしれない。



 そんなこともあって、この夏は久々にアンネ=ゾフィー・ムター(マリア・パヘスと同じ1963年生まれ/スイス出身)を集中的に聴いた。
 学生時代からメシや酒を抜いても彼女の録音はもらさず買ってたので材料に不足はないし、何度か観聴きした生ムターの感触をそれにかぶせ、さらに膨らませて聴くこともできるのだ。
 13歳でかのヘルベルト・フォン・カラヤンに見い出されベルリン・フィルと共演した早熟の天才だが、特に聴きたくなるのは見事に成熟したここ十年ほどの録音である。

 2000年のドイツ・リサイタル(特にプロコフィエフのソナタ)にはむせ返るような色気にメロメロとなるのだが、やはり繰り返し聴くのは自身で弾き振りするモーツァルトのコンチェルト集(2005年録音)で、これはあのアルテュール・グリュミオーの永遠の名盤に迫る凄みがある。
 そして、折りよくこの夏リリースされた『バッハ・ミーツ・グバイドゥーリナ』。
 私にとっては米のメシにも相当するバッハのヴァイオリン・コンチェルトの二度目の録音である。
 ただ美しいだけの若い頃の録音に比べると、情感の彫り込みが格段に深くなっており、そのクオリティは現代バッハのひとつの美的典型にまで到達している。
 マリパヘ同様、彼女はほんとうにいい歳のとり方をしてるな、と思った。
 何だかこの録音が、彼女のバッハ・無伴奏ヴァイオリンの全曲録音を心底待ち望む世界中の音楽ファンに対する、彼女らしいチャーミングなメッセージのようにも思えてきた。



ムター/バッハ.jpg
 【アンネ=ゾフィー・ムター/バッハ・ミーツ・グバイドゥーリナ】
        2008年/ドイツ・グラモフォン



 土曜日の早朝、ご近所代々木公園にジェーを遊ばせながら、単音でたっぷり歌うバッハの、そのゆっくりな第二楽章を目を閉じ心で聴く。
 するとどーだ!
 予感的中! マリア・パヘスのあの美を尽くしたブラソがしっかり視えたではないか。


 「ふへへ( ̄▽ ̄)  これでおあいこだあ」

(↑)三角関係上の色男になったつもりの変態妄想おやぢ



 ま、それはさておき。
 お茶の間でムターを聴きながらブラソ(腕)やマノ(手)なんかの練習をすると、その美しいイメージに自然と身体が反応し、ひょっとして、マリア・パヘスみたいなしなやかで美しい動きに近づくことが出来るんじゃねーか?
 これって私にしては、わりと自信のある推測。
 ムター持ってる人、誰か試してみっ?!










2008/12/9火(その297)

社長業





 社長業もそれなりにきびしい。

 日曜日だろうと何だろうと24時間体制で、会社の緊急時に備える必要がある。
 事件が起きたら、いつでも携帯に連絡するようにと社員には厳命してある。
 それが真夜中であったとしても、たたき起こしてもらうのが本望なのだ。
 それが重要な会議中であっても、たたき起こしてもらうのが本望なのだ。





             とほほ3.jpg





 社長業もそれなりに楽しい。

 第一に、フラメンコ界はどこに行ってもきれいな女性がわんさかいる世界だ。
 ただそれだけで何の恩恵もないのは期待ハズれだが、それがどーした。
 楽しいことは他にもいっぱいある。

 第二に、創業オーナーなので、どんだけ働くか、どんだけ給料を取るかも自分で決められる。
 予定の2倍働いたり、予定の半分しか取れないことがほとんどだが、それがどーした。
 楽しいことは他にもいっぱいある。

 第三に、どこにも雇ってもらえなかったので、しょーがなくて無一文の自分が作った会社だが、
 それがどんな会社であれ、こんな自分が入社できたことはラッキーだったとしか云いようがない。
 楽しいことは他にもいっぱいあるかもしれんけど、とりあえず、こんな幸運を噛みしめながら、今日も楽しくお仕事(主に各種雑用)にハゲもーではねーか!




                 共感②.jpg

                 (↑)うっ、共感しちゃうの?








2008/12/1月(その296)

秋の終わりに





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秋の終わりに①.JPG


秋の終わりに②.JPG


秋の終わりに③.JPG


秋の終わりに④.JPG


秋の終わりに⑤.JPG





 寂しいような
 懐かしいような

 しみじみと力が湧いてくるような


 人生はたまらんなあ




 ――――――――――――――――――――――――




 きのう日曜、晩秋の代々木公園に半日を遊び、
 その夕方、アニフェリア『ギター・カンテの祭典』に駆けつける。

 休憩中に会場ロビーのパセオブースで呼び込みの助っ人をやってたら、光栄にも、十名ほどのウェブ友さんにお声を掛けていただいた。
 中でも印象に残るやりとりがこれ。
 真実とゆーのは、隠しても隠しても浮き彫りになってしまうものだ。



「あのお……失礼ですけど、パセオの社長さんですか?」
「そーだよ」
「やっぱりっ! キアヌ・リーブスそっくりなので、すぐにわかりますたあっ!」






          秋の終わりに⑥.JPG
                         [筆者近影]









2008/11/28金(その295)

美人の母





百花園②.JPG




 なき母は美人だった。

 本人談である。
 本人以外から聞こえてきたことは一度もない。

 幼い頃から、周囲に母似と云われて育った。
 記憶力だけは抜群だった小学生のころ、
 そんな母の前で憶えたばかりの詩を、
 意味もわからずによく口ずさんだ。




 僕の前に 道はない
 僕の後に 道は出来る

 …………




 母 「それ、なんてーの?」
 私 「高村光太郎の "ドーテー(道程)" じゃん」
 母 「???……  ぷっ、ぎゃははは」





 本人がそー云うぐれえだから、母はきっと美人だったにちまいない。
 加えて、無教養の上にスケベだったにちまいない。
 母似と云われ続けたことのトータルな意味が、ごく最近理解できるようになってきた。(TT)





             とほほ3.jpg









2008/11/21金(その294)

パユのバッハ





 冴えわたるロ短調ソナタ。

 やっ、やるなソナタっ!
 ってそーゆー話ではない。



  パユのバッハ.jpg



 かれこれ二十年近くも注目しているエマニュエル・パユ(1970年生まれ/スイス)が、とうとう待ちに待ったバッハのフルート・ソナタ全集を録音した。
 超絶技巧を駆使してスタイリッシュに歌いまくるパユのフルートは、不健全で鳴らす私の好みとは異なるものの、注目せざるを得ない本筋的な魅力があって、ライブは一度聴いただけだが発表するアルバムはすべて押さえてきた。
 天下のベルリン・フィルの主席フルート奏者でありながら、人気ソリストとして世界中を駆け回るパユには、どこまでも成長を続けるような豊かに安定したポテンシャルがある。


 冒頭のロ短調ソナタ(BWV1030)は、私の大好き音楽ベスト10に常にランクインする想い出深いナンバーだ。
 学生時代に、フルートを吹く彼女と、チェンバロ・パートを自己流にアレンジした私のギターで、この名曲をデュオったことがある。

 「なんかぜんぜんちがう曲みたい。
  吹いてて恥ずかしいバッハなんてはじめて」


 私のアレンジとギターに対するあまりに的確すぎる彼女のこの一撃は、密かにミュージシャンに憧れる私の夢をイッパツで粉砕した。



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 そのリベンジと云ってはなんだが、深夜へべれけで家路へと向かう途中、このロ短調にテキトーな歌詞を即興でつけて歌い歩きするのが、ここ数年のマイブームになっている。
 こんな立派なことができるのは世界中で私ぐらいのものだが、もしも私がこんなのを聴かされた日にゃあバケツの水を頭からぶっかけてやりてーところだ。


 ま、そーゆーアカデミックな話はさておき、パユのバッハは予想以上に素敵だった。
 例によってかなり自由に美味しい音楽をやってるのだが、何をやっても重心が安定していて、どのフレーズをとってもその薫りとコクに格別な味わいがあるのだ。
 かつてはランパル、ニコレ、グラーフ、ゴールウェイ、リンデ、ブリュッヘン、クイケンあたりの名人芸で馴染んだバッハだが、そのどれとも異なる確固たる個性がある。
 その個性は、名を並べたフルートの国際的巨匠たち同様に、未来永劫人々の心を潤すであろう個性だ。
 過去の音楽遺産をしっかり継承しながら、明るい未来をイメージさせるような、いま現在をしっかり生きている人だけに吹けるバッハだと思う。



 「(共演相手との)時間の積み重ねによって生まれる、ある種の共感、人格の交わりのようなもの。それを僕はとても重視しています」

 ライナー解説にこんなパユ語録が載ってた。
 なるほど、そういう人なんだ。
 パユの芸風の変遷に想いを馳せながら、そう思った。
 ブレないパユの根底ヴィジョンは昔とちっとも変わってないけど、その表現は力と優しさと深みを増した。
 いろんな人と出会い、ある時は積極的に影響を受け、ある時は反面教師からも多くを学んできたであろうことが、このバッハ全集に聴き入っていると、それが鮮明なストーリー映像のように見えてきたりもする。
 反面教師として評価されることの多い私としても、たいへん鼻が高いことである。(TT)




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 『バッハ:フルートソナタ全集/エマニュエル・パユ』
  2008年/EMIクラシックス











2008/11/15土(その293)

バランスの華





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 こー見えても経営者の端くれである。
 私の場合、そのルックスや人格や経営手腕はともかくも、その卓越したバランス感覚を絶賛されることが多い。

 例えば、

 江戸っ子なので気は短いが、そのぶん胴体は長い。
 たしかに髪の毛の本数は少ないが、そのぶん借金は多い。
 たしかにオデコは広いが、そのぶん心は狭い。
 たしかに見た目は悪いが、胃が丈夫なのでそのぶん消化は良い。
 たしかに人にはきびしいが、そのぶん自分にはやさしい。
 たしかに器量は小さいが、そのぶん態度は大きい。
 …………

 ま、これらは一例にすぎないが、物事の大小、多い少ない、広い狭い、良い悪いなどが絶妙に配分されていることが一目瞭然である。
 私の中では、このような美しいバランスがいつでも保たれているのだ。
 ルックスや人格や経営手腕などに大きな問題を抱えながらも、これまで生き残ってこれたのは、こうした優美なバランス感覚によるところが大きいものと思われる。

 きっと皆さま方の中にも、私ほどではないにせよ、こうした美しいバランス感覚のひとつやふたつは備えておられるものと推測できる。
 フラメンコの明るい未来のためにも、どーかそうした長所をご遠慮なく伸ばしていっておくんなせえ。(TT)





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10/18土(その288)

類まれなるリズム感






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 こう見えても、関東格闘犬選手権(シェパード部門)や全国闘犬グランプリ(土佐犬部門)や国際無人島グランプリ(スーパーヘビー級)などでは、一度として負けたことのない犬なのである。
 まだ一度も出場したことがないからだ。
 大体からしてそんな大会あんのかとも思う。

 8時起床、朝風呂に飛びこんでからストレッチ、朝めしをがっつり食ってから、ジェーと共に代々木公園ドッグランで小一時間を遊ぶ。
 ジェーとの協定によって毎週土曜午前中、近ごろ定着しつつある習慣だ。
 いつかのノー天気な“バッハ歴”などもここで思いついたのだが、決まってロクでもないアイデアの源泉は、どうやらこの楽園における穏やかなひとときにあるらしい。



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 そのパラダイスから20分ちょい歩いて、代々木にある連れ合いのスタジオにジェーはそのまま出勤(=番犬担当)する。
 一方の私は、スタジオ入口にあるバル“エントラーダ”で薫リ高いエスプレッソをすすってから、多くはパセオに、まれに急ぎ仕事のない場合はゆくえ定めぬ大江戸ぶらり歩き(=のら犬担当)に出かける。
 で、夕暮れには家路につき、ひとっ風呂浴びて、スタジオから戻った連れ合いとともにご近所の行きつけで晩酌つーのが毎週土曜のお定まりコースだ。


 いわゆる隠居生活なるものを前倒しにして40代ですませてしまった私に、かしこまった休日はかえって鬼門だったりもする。
 四半世紀なじみ尽くしたフラメンコまみれの生活に、ストレスやマンネリを感じることはほとんどなくなったが、2日以上続けて休むとかえって体調を崩すことは何度も実証済みなのだ。
 近ごろ流行の老人力と云うべきものかもしれない。どーでえ! 凄えだろ。(TT)
 てなわけで、土曜日のこんなルーティンが、最近の私にはもっともリズミカルなペースをもたらすようである。
 かくして、定評ある私の類まれなるリズム感は、よりいっそう研ぎ澄まされることになる。



「そもそもキミにリズムはあんのか?」


 主に付点音符のとり方に独創的欠陥を発揮する十代の私に、何とかリズム調教しようとする優しいギターの師匠の、汗まみれのあきれ顔が、ふと懐かしく浮かぶ。






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 [自分が登場する回には、きびしい原稿チェックを入れるジェー]









10/13月(その286)

ダイヤモンドは傷つかない





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 若い頃までの私は、多感で傷つきやすい、愁いを帯びた青白きインテリだった。
 ほんのちょっとでもショックを受けると、それをかなり引きずるタイプのすらっとした美青年だったのだ。

 まるで逆の性格・風貌になってしまったのは、パセオ創刊以降の十数年、年間360日以上におよぶ卑屈にして強引グマイウェイな営業生活の結果であることは明白である。
 傷つき停滞しては次の号が出せない、という切羽詰った日夜の連続プレッシャーが、繊細にして優美な私のハートと体型を、鈍感にして鈍重なそれに変質させたわけである。

 何かを得れば何かを失い、何かを失えば何かを得る。
 この世はまったく“塞翁が馬”な構造なので、人類平等、総じてしんぱいゴム用ではある。

 もともとがノミの心臓なので、いまでも瞬間的なショックには弱いが、何が起きても3~8秒ぐらいで立ち直る。
 はんぱに雨に濡れるのがいやなら、頭からざんぶとプールに飛びこんぢめーばいーやという、得意の大江戸やさぐれ戦法。
 ビクビク、クヨクヨしないですむ分、その意味では生きるのが楽にはなった。

 ただそうした鈍感力の成長は、一方で感受性の衰退をともなう。
 私のようなショーバイに限らず、感受性の欠如はサバイバル上の致命傷にもなりかねない。
 日々の冒険や三度のバッハオラシオン連歌なんかでテコ入れしてるものの、ここら辺の自主トレ強化は逆に課題となりつつある。



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 ま、それはともあれ、あの泣き虫ユーちゃんの変貌ぶりには本人もびっくりだ。
 その要因の8割ほどは先の環境の変化によるものだろう。
 だが、残り2割はやはり元々のそうした資質に拠るものなのではなかろーか。
 自分で云うのもなんだが、やっぱりアレかな。
 そう、私の本質はあの輝かしい“ダイヤモンド”にちまいない。
 さらに云うと、じぇんじぇん未完成な私は、云い換えれば、無限のポテンシャルを秘めたダイヤモンドの原石なのである。

 じゃあ、磨いてみないことには、本当のダイヤかどうかわからんじゃないか?
 と鋭く突っ込むあなたよっ!

 じゃあこっちも云わしてもらうけどさっ、
 ほんとに磨いちゃったら、ダイヤじゃねーってことがバレちまうじゃねーかよプンプン。





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10/10金(その285)

セカンド・ラブ






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 アラフィフ未満お断りの仲良し連・二次会カラオケ。



 恋も二度目なら ♪~



 『セカンド・ラブ』を歌う、
 かつて美貌のスケ番として鳴らした早苗
 (仮名/江戸川区平井出身/推定51歳)の、
 今も美しいその口元に八重歯がキラリ光る刹那、
 なにげない歌詞は人喰い鮫と化した。



 少しはジョーズ









 って、
 コロす気かあああああ!!!!!

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7/6日(その272)

淡い夢だから





 「淡い夢だから 胸を離れない


 村下孝蔵さん『初恋』の曲中、特にぐっとくるフレーズだ。柄にもなくセンチメンタルな気分に逃げこみたい時なんかに、いまでも時おり聴く。

 好きになった女性には堂々とその旨を告げ、
 だからどーしたの?と返され、みごと砕け散るパターン。
 パコ・デ・ルシアのレコードから日常的な勇気を吸収しはじめていた高校時代後半には、こーゆーポジティブな玉砕スタイルをほぼ確立していた私なので、この曲の感傷をしみじみ味わうためには、それ以前の記憶をさかのぼらなければならない。


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 「好きだとも云えず初恋は

 その中学同級生をR子という。
 藤原紀香を小さめにして、ほどよい翳りを加えた感じのチョー美少女。
 学年を超え、全校男子のあこがれの的だった。勉強は上の中ぐらいでスポーツは万能。水泳自由形で区の常連チャンピオンだった。
 林間学校のフォークダンスの時に、あと2、3人のところで彼女との順番が回ってこなかった腹いせに、 夜の枕投げ大会で大暴れしたことを昨日のことのように思い出す。

 まぶしすぎる彼女の姿を、いつも遠くから眺めていた。
 胸というのはキュンと鳴るものだと、その頃はじめて知った。
 結局、一度たりとも目を合わせてまともに話すこともなく、別々の高校に進んだ。

 およそ十年後、地元の呑み屋でR子に偶然会った。
 それとわかった刹那、モノクロームな切なさに胸がはり裂けた。美しさと翳りの増した彼女には、長髪長身ハンサムの連れがいた。私の連れは地元札付きのおちゃめなアバズレ姐ちゃんだった。
 R子は伏目がちにニッコリ笑って私を認め、私はバツの悪いような笑みを目礼で返した。
 それっきり、だった。



 「淡い夢だから 胸を離れない

 ほんのひとつだけ、かろうじて残った。
 甘くて酸味のきいた忘れ得ぬ想い出。
 心のひき出しの右手奥にそっと置いてある。
 濃いのもいいけど、淡いのもいい。




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7/3木(その271)

ほほえみ返し





 朝イチのひと仕事を片付け、気分転換とばかりにパセオを飛びだす。
 ご近所をちょいと歩けば、昭和30年代的な懐かしい光景が広がる。



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 父や母との外出はどこへ行くにも都電だった。
 あのころのダダッ子感情がふいによみがえる。


 このまま飛び乗って、終点(三ノ輪)で昼酒でもやるか?
 でも今日はまだ、あとふた仕事ばかり残ってるぜ。
 ありゃ明日でもいーだろよ。
 でも夜はライブと呑み会じゃねーか。
 途中どっかで昼寝でもすりゃ大丈夫だろ。
 また飛鳥山で浮浪者にまちがえられてーのか?
 ありゃたしかに浮浪者の方々に気の毒だったわ。
 ベンチで寝るときゃネクタイぐれえ締めろやっ!
 ベンツで寝るときゃそーしてやるわい。


 生まじめな私とそうでない私のヨタれ話もそこそこに、
 今日のところはこんなもんで勘弁してやるかと結局仕事に戻ることに。

 ………じゃあ、またね。
 苦笑とともに都電を見送る。
 上野のお墓はまた今度だ。




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 父母が ほほえみ返す 三ノ輪行き









6/8日(その268)

紫ソレア





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 逢うことの 叶わぬ夢の 彼方より

 降りしまぼろし 紫ソレア







        【サルでもわかる作品解説】

 毎年恒例、明治神宮の花菖蒲鑑賞会(第28回/発足当初より会員は私1名)にて詠む。
 「ソレア」とは“フラメンコの母”とも称されるフラメンコの代表的曲種のことだが、決して布羅綿子という娘さんの母親ではないことを憶えておいて損はない。

 で、この句の季語はもつろん「ソレア」で夏。
 雨の多い六月あたりに、音楽としてのソレアに親しむことの多い私が勝手に季語化したものだが何か。
 美しいむらさき菖蒲にソレアを連想するところに、この作者の歌人としての傑出したセンスを感じるのは私だけだと云っても過言ではないだろう。


 薄幸孤独なアイレを帯び、紫色のよく似合う、
 青春を共にした、いまはなき佳人への即興オマージュ。










5/2金(その262)

ポル・ソレア





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 アリのように働き
 キリギリスのように遊ぶことで
 アスへの活力は生まれる。

 しかし人生はままならない。
 キリギリスのように働き、アリのように遊ぶ私。



 何かがタラント思う。
 あるいは日常に“詩”が欠如しているのか。




 詩を感じるならギリシャものね、と彼女が歌う。

 シギリシャ、と云いたいのかもしれない。
 だいたいからして単語がわからん。



 私がぱくつくコシ餡とみたらしを欲しがるジェー。

 ワン団子で吠えるバ
 おそらくそんな意図だろう。



 ソレアないなと私はつぶやく。



                    (作者不肖)





 ※mixiやってる人はこちら










5/1木(その261)

ある春の詩





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 ある春の午後。

 あれこれ懐かしい想いに浸るひととき。

 ふと口ずさむあの詩。









     みっちゃんみちみち うんこたれてえ

     紙がないから 手で拭いてえ

     もったいないから ナメちゃったあ

                   (作者不詳)








   作者不肖 ではないかと私は思う。







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3/28金(その258)

桜の哀しみにソレアを感じる場合





 天気がいいうちに、今日もひとまわり桜三昧。
 昨日のブログにずいぶん飛んでもらったみたいなので、調子こいてその前編




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3/27木(その257)

淡き華





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 どーよ、これ。
 パセオから歩いて十数分。
 あなたはもう忘れたかしらの神田川は芭蕉庵あたり。


 本日つい先ほどの絶景でんがな。
 仕事してる場合かあああああ!!!!!
 と叫んどるよーでは経営黒字は出ない。


 ま、しかし、黒字にもいろいろあるでな。



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      されど舞う 散るを恐れぬ あれぐりあ









2/14木(その254)

涙のバレンタイン





 私のバッグにはまだ若干の余裕があるぞ。(TT)






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2/7木(その253)

脱走





 まいど土日を休めるショーバイではないが、四季折々の花を愛でるひと時もないでは生きてる甲斐もない。

 朝も早よからガーッと仕事をかたづけ、これから待望の梅見じゃあ。



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 梅の香りに酔いつつ、まんまフラメンコの先達戦友が集結する高円寺エスペランサ木曜会に直行予定。









2/3日(その251)

白い一日





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 カーテンを開く瞬間の雪の朝のよろこびは、タブラオの扉を開けカンテ・ギター・パルマが飛びこんでくる刹那に似ている。



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 「春もそう遠くないな」。
 そうつぶやいた途端の積雪である。
 私の説の逆を行けば必ず当たる、という伝説は今日も不滅だ。



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 昨日からうっすら風邪気味なのだが、仕事や風邪は明日でもできる。
 女心と雪の空、と云うではないか、云わねーよ。
 ま、しかし、今日は今日とて今日しか出来ないことをしようではないか。



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 とにかく江戸っ子は理屈ぬきで雪が好きだ。
 NHK将棋トーナメントで天才羽生がまさかの大逆転で異才長沼に負かされるのを横目に、連れ合いのリクエストに応える特製鬼才カレーの仕込みを終え、積雪用耐寒タイツ、特殊戦闘用ブーツ(ふつーのももひきと長靴 。TT)という完全装備でさっそうと雪野原へと繰りだす。
 水を得た魚と云うか、雪を得た豚とゆーかは微妙だ。



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 ゆらりハナミズにさすがに遠出はあきらめ、雪化粧にときめくわが家の庭(巷では代々木公園、明治神宮などと呼ばれている)をゆっくりじっくり散歩する。
 今月末にトマティートやホセ・マジャとともにやってくるドランテのピアノフラメンコを耳に、冬の醍醐味を味わい尽くそうとする52歳・男の哀愁とささやかな幸福。



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 遠い昔の、雪の日の想い出が走馬灯のようによみがえる。
 そのほとんどは想い出すのも恥ずかしい悲惨な記憶ばかりだが、いまとなってはそのポジティブな失敗の山々に好感さえ持てるぐらいですってほんとかよっ。

 センチメンタルな風情に、何の脈絡もなく脳裏をかすめる陽水の一節。



   ある日、踏み切りのむこうに君がいて
   通りすぎる汽車を待つ




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1/25金(その249)

人格者の条件





 昭和46年の昔から、フラメンコギターのパコ・デ・ルシアは私にとっての“神”で在り続けている。

 また一方で、平成8年の昔から、御茶ノ水女子大の土屋賢二教授は私にとっての“仏”で在り続けている。
 ある時、その仏さまはこう定義された。


  ハゲ = 毛根に大らかさのある人
  チビ = 垂直方向に謙虚さのある人
  デブ = 水平方向に積極性のある人


 私という人が、大らかで、謙虚で、積極性のある人だとゆーことに、その時はじめて私は気付いた。
 私の神さまが大らかなのも、おそらく同様の理由によるものだろう。




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 【※写真はわが家の神棚と仏壇(パコ・デ・ツチヤ風)】










7/29日その2(その244)

夏休み





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 発作が起きて突如書き出すかもしれんけど、とりあえずこの八月からはブログ(この社長室とフラメンコ超緩色系とmixi)の夏休みをとることに決めた。

 主にビンボーを理由に、16歳の夏より夏休みというものから遠ざかっていたこの私にも、遅ればせながら反抗期がやってきたものとみえる。
 人や火星人(←私)は、反抗しながら成長するのである。

 現在3~5ヶ月くらいの大型バカンスを画策中であるが、私の計画の達成率とゆーのは、宝くじの特等当選率に匹敵するので、冒頭にも書いたように油断は禁物なのだ。

 ま、しかし、みなさま方の夏休みの宿題も盛り沢山なので、極力計画通りに運ぶよう懸命に努力してみるつもりではある。



 ところで……ブログを休んで私は何すんのか?



 もちろん、これまでもヒマさえあればまぢで取り組んでいた私の本業に、迷わず没頭させていただくつもりである。(TT)








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                ヨランダ監督作『しゃちょ物語』より












7/28土(その242)

フラメンコ七転八倒





 久々にいつもの逆パターンで、mixi日記をほぼまんまこちらに転載。
 ワケのわからん部分もあると思うが、どーかご容赦を。




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 (今日のイラストはすべてヨランダ画伯




 「パセオフラメンコ社長室」なるコミュニティの、人気トピックス紹介の最終回。

 その大トリは、『フラメンコ七転八倒』の登場だ。
 「七転び八起き」でないところに迫力がチラつく、フラメンコのお笑い投稿コーナーである。
 私のチョーお気に入りコーナーだけに、今日の日記は「パセオホームページ/社長室」と「フラメンコ超緩色系」にも同時アップするという力の入れようなのだ。


 さて。  公表するのはこれが初めてなのだが、実は………


      じゃ~ん。


 実はこのトピックスには、大いなる私の個人的野望が秘められているのだ。

 何年先になるのかわからんけど、やがてはこのフラメンコお笑いプロジェクトを一冊の本にまとめたいと願っているのだ、まぢで。




 フラメンコに惚れ込んだものの、何らかの事情でファンであることをリタイヤされてしまう方々の比率は意外と高い。
 ありがたいことに現在もフラメンコファンは順調に増えつづけ、しかし一方で、それを若干下回る数のファンがフラメンコから離れてゆく状況がある。
 休眠中のファンの総数は、現役フラメンコファン(約十万人)のおよそ8倍~10倍程度であろうと私は推測している。


 いったい、何故なんだろう?


 フラメンコの巨大さ深遠さに、良くも悪くも、あまりに生まじめに構えすぎてしまう結果なのではなかろうか?


 いよっ!さすがニッポン人!とホメちぎりたくもあるが、私の立場としてはややビミョー。
 ああ、もったいない話だよなあ、という想いが先行してしまう。


 フラメンコはライフワーク。
 巨大にして深遠ではあるが、生活の中で末永く親しみつづけたい等身大のアルテだ。
 なので、上達だけを目標に、慎重に失敗を回避しながら、生まじめに張り詰めているばかりでは、やがてはポキリと折れてしまう可能性が高い。
 車のハンドルみたいなフワッとした遊びがないと、永い道中、苦しいながらも楽しい旅を続けることはむずかしそうだ。

 ならばこの世に、ちょいとユル目な爆笑フラメンコ本の一冊ぐらいは存在してもバチは当たらねえんじゃねーの。と、そんな想いが、冒頭のバカ殿ご乱心発言につながってゆくのであった。


 フラメンコにおける人さまの失敗を、自分の失敗に重ね合わせてゲラゲラ笑うことで、自分の抱える不安や辛さやトラウマさえをも、ド~ンと吹っ飛ばしてしまうカタルシスを持った爆笑本。
 フラメンコがあなたの生涯を通しての伴走者であることを、笑いとともに想起させてくれるよーな。肩は凝らないけど、ハラの底からじんわり元気がこみあげてくるよーな。

 そんなアフィシオナード必携のフラメンコお笑いバイブルを、私の頼れるweb仲間たち(←パセオ社長室特殊工作部隊)とともに創り上げてみたい。

 ま、要はそんなよーな野望なのである。



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 さて、余計な悩みを抱えない動物やコンピューターとは異なり、好んで余計な悩みを抱え込む人間の生には、その痛みを和らげる何かが必要だ。
 人間だけに与えられる神秘の特効薬。
 それが“笑い”とゆーわけだ。

 他人さまの失敗を笑うことは無条件に楽しいし、一歩進んで自分の失敗を笑うことはそれ以上の収穫をもたらすことも多い。
 自分自身を笑う行為は、己の魂の救済のみならず、時にそのポテンシャルの炸裂を準備することもあるからだ。
 他人に向ければ醜悪な毒針と化すあの“嘲笑”でさえ、勇気をもって自分に向ければ飛躍へのエネルギーと転じることも可能だ。

 さらに、「失敗の第一人者」と絶賛されるドクトル小山(←私)の計算によれば、失敗を千回やらかすと、千回分のお笑いネタに加えて、もれなく三回分の成功が付いてくる、という結果が保証されているのだそうーである。
 ただし、失敗や笑いには最初から豊かさ(ペーソスやら安らぎやら発展性やら)が宿っているので、むしろ成功なんぞはおまけにすぎないのである、ってほんとかよ。…で、おゐおゐ、出掛けちゃうのかよ。



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 ま、そうしたベタでヨレヨレな自己弁護はさておき、笑えるチョー迷作・駄作が300作くらい集まったところで、これを単行本として出版するために、あの有名な好男社やら慎重社やら文鯨春秋社やらに売り込みをかけたい。
 まあ最悪の場合、欠陥ぱせお社でもよしとしよーか。社長がハンサムだからな。



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 いい作品がコンスタントに集まり始めたら、とりあえずパセオで連載するのもいーな。
 で、あれだな、お笑い好きのアルティスタに登場してもらうのもありだな。
 でもって、イラストはヨランダに頼もうぜ。単行本にする時には表紙まわりもな。あいつもボランティア続きだから、これはちゃんとギャラ払ってな。
 ただし採用者(300名)のギャラは名誉だけっ!、ではあまりに申し訳ねーなので、現物本1冊とそれ用のオリジナル手ぬぐい一本進呈ね。
 これなら定価を千円以内に押さえても、6千部も売れれば採算はとれるだろう、たぶんな。
 で、もしもうんと儲かったら協力者集めて盛大に呑み会だあ、という魂胆は不滅である。



 なお、皆さま方も筆者も、この時点では「取らぬ狸の皮算用」という有名な法則を、共に認識していないことを前提に筆を進めさせていただくので、どーかご了解いただきたい。



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[07年四月に完成した幻のしゃちょ手ぬぐいヨランダ画伯作



 さて、その肝心な作品の集まり具合である。
 私より威張っているパセオの社員たちを説得するためには、まずは作品の安定供給が必要となる。
 で、現在のところ、私をうならせた入賞作はこの三作だ(↓)。


パセオ社長室/フラメンコ七転八倒



 (↑)ぷっ。な、凄えだろ。



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 もちろん、文句なしの手ぬぐいゲットだったことは云うまでもない。
 これら名作を産み落とした美貌の凄腕作者は、kiyoAOI深山苧環の三名(←推定平均年齢は永遠の17歳)だ。
 そんなこんなの現状は、目標のトータル300作品まで、残りわずか297作品となっている。

 また、ありがてーことに、このトピックスへの投稿数もそこそこ多い。
 さらにネタ自体は素晴らしいものがほとんどで、それらは云ってみれば金の卵状態だ。
 だが惜しいかな、ネタは良くても作品としてのまとまり方がイマイチなので(←私の要望の伝え方がヘボだったので)、笑えるところまでは行けてねーのだ。
 おそらく作者自身も笑えていないと思われる。


 だが例えば、(4)RIE、(6)か るめん、(10)ひぃ、(14)et、(20)小さなMiki、(37)ビューティ、(45)あきら、(46)オラシオン、(47)みるく、(50)chaka、(52)けいこ、(54)きんた33、等々のネタなどは、磨き直せば大ウケ~採用まちがいなしの素材なのである。

 さあ、どーする?
 素材再生の道はあんのか?

 あるんだな、これがっ!

 んじゃまず、試しにそのイマイチの理由を分析してみるからな。
 あっ、ただし、私が書きたいのは一般的に通用する技術論ではなく、あくまで「フラメンコ七転八倒の出版だけに通用する特殊ヘンタイ技術」なので、くれぐれも気を悪くすんなよな。
 では早速そーした前提で、きびしく突っ込んでみよーか。



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)無駄な説明が多すぎる。
)読み手を配慮してない。
   (特に自分という読み手に対して)
)踏み込みが甘い。


 「フラメンコ七転八倒」的には、おそらくこの三点が改善のポイントとなるだろう。

 (………うっ。なぜ、そこで一斉に私を見るのだ? 有能なコーチが必ずしも有能なプレイヤーではないことを諸君らは知らんのかっ!


ヨランダ/だめ!.jpg





 ………ウォッホン。
 では、どーすれば採用したくなるような(みんなが読みたくなるような)作品になるのか?
 プリントアウトして神棚に飾りたいポイントは、以下の四点である。


)徹底的に不要な説明部分をそぎ落として、可能な限りシンプルにまとめる。たとえば、最初30行で書いたものなら10行ぐらいにシェイプアップする。1行になっちゃってもかまわない。この私でさえ、当初100行あった自信満々の文章が、無駄な部分を削ぎまくった結果、0行になっちまうことも稀にあるのだ。まあ、多くても10回のうち8回ぐらいのもんだが。

)書き終えたら、何度も何度も、何日もかけて推敲する。時には音読して文章リズムの快感性を確かめてみるといい。客観的な自分がそれを読んでぷっと吹き出すまで、その作業を延々と繰り返す。かけた労力と時間は、まんま実力(←なんの?)として身につくので安心して没頭していい。それを一年続けりゃ、速度も3~10倍になるしな。

)上記の基礎コンパスの厳守を大前提に、自分らしいアイレを思い切りぶちまけてみる。ぶちまけるのはヴィジョンでもかまわない。自分と完全に同化できるフィクションなら、それもオッケー。そこら辺はフラメンコと同じ。

)書き込むのは「タイトル」と「本文」だけ。「ブレリアをひと振り舞ってスッと退場」する潔さをイメージして、前後に余計な説明コメントは一切入れない。本線以外のコメントを入れたい場合は、別に改めてコメントを立てるといい。タイトルは重要なので、納得ゆくまでじっくり自分で考えよう。


 以上、エラそーなわりに教養の感じられないポイント解説はここまで。


 お笑いと云えども、そのタイトルは名にし負う「フラメンコ七転八倒」。
 その製造過程は、やはりフラメンコなやり方に準ずるのがよろしかろーとも思う。
 ギター、カンテ、バイレの上達にも直結するから無駄もねーしさ。
 フラメンコ休眠中のお方にもバッチリもんのチャレンジだ。
 あ、もちろん同じネタによる再チャレンジは何回でもオッケーだ。



オラ2.jpg



 ――――――――――――――――――――――――



 ………と、
 ここまで読んでこられた方は、すでに貴方ひとりである。
 あるいは私ひとりかもしれない。

 立派な誇大妄想には哀愁がつきものである。
 想い出されるのは、パセオ創刊決意の頃。
 聞こえてくるのは、夕焼け小焼けである。
 きょろきょろ周りを見てもムダである。
 みんなもう帰っちゃったよ。(TT)



 カア、カアー。 (←効果音、無常に響く……)










 ……ん。
 読者からの伝言かい。
 うれしーね、
 どれどれ。

 「長文おつかれさまです。
  でも、この程度の内容なら、
  三行もあれば十分ではないでせうか」


ヨランダ.jpg








※いねーとは思うけど、本日の社長室をお読みになって、投稿されたいと思った方は、こちらのコメント欄までどーぞ!













7/20金(その241)

赤頭巾ちゃん





 フライング情報もひと段落し、「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」にトンズラするのはいつものコースだ。

 で、本日のお題は『赤頭巾ちゃん』。

 私の中では、いっつもフラメンコとかぶってしまう、不思議で巨大な無頼派作家。




坂口安吾/堕落論.jpg









7/09月(その230)

パセオの庭





★パセオの庭1.JPG




 えー、パセオの庭が無料で開放されてることをご存知ですたか?









7/06金(その229)

まったくの偶然





 今日は“偶然性”というものについて、実話をもとに考えてみたい。
 参考テキストは「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『まったくの偶然』である。






「まったくの偶然」.JPG










7/02月(その228)

シュタットフェルト再び





シュタット/070622チラシ.jpg




 さっ爽と駆けぬける剛健なドイツ製ベンツ。
 伝統に支えられるその安定した走りは、むしろ普遍的な輝きを帯びる。

 時に道は曲がりくねり、細くでこぼこだったりするが、車はあくまでも滑らかに、実に心地よい走りをキープする。ゆっくり走ろうと200キロで走ろうと、そのリズムが滞ることはない。
 ガードレールのない崖っぷちを突っ走る時も、わずかな隙間で対抗車とすれ違う時も、その間合いは完璧に見切られており、危さは微塵も感じさせない。

 ちょっと熱いかなと感じるや否やそのドライバーは窓を開けて後部座席に陣取る私にさわやかな風を贈り、ああ喉が渇いたなと感じればよい具合に冷えたクラウスターラーを私に手渡す。
 そしてその車窓には、研ぎ澄まされた美しい情景が広がり続けるのだ。

 何てファンタスティックなドライビングテクニック!!!

 そのドライバー、いやピアニストの名をシュタットフェルトと云う。




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 「スペイン人なのにフラメンコがうまいっ!

 ヒターノ特有のプーロはまた別物としても、フラメンコの国際的な普及発展のスピードに比例して、遅くも今世紀中にはこんな現象が発生することになるだろう。


 「ドイツ人なのにバッハがうまいっ!」という、まるで「日本人なのに横綱だあ!」みてーなシュタットフェルトに、この私がことさら注目するのはこうした妄想が伏線となっている。職業病とも云うべきヤジ馬根性なのである。

 妥協なき審査で知られる(十年以上も優勝者を出さなかった)バッハ国際コンクールで、当時21歳のドイツ人ピアニスト、マルティン・シュタットフェルトが優勝したのは今から五年前のことだ。
 昨年初来日した彼のゴルトベルクのライブについては、面白くもなんともないレポートを長々とブログに書き、読者諸氏の睡眠不足を一挙に解消したことは記憶に新しい。
 すでに彼はバッハ中心に五枚のCDを全世界リリースしており、中でもバッハのキーボード協奏曲の録音は出色である。



シュタット/プレイズバッハ.jpg
 [シュタットフェルト/プレイズ・バッハ]2004年SONY



 他国のアーティストに追い抜かれっ放しだったバッハ演奏について、「やっぱ本場の演奏は格別だよな」という国際的評判を取り戻しつつあるこの本国ドイツ人ピアニストは、一体どのようなアプローチでそれを可能にしたのだろうか?

 シュタットフェルトに再び臨む、今回の私の関心事はそこにあった。




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 当レポート冒頭の寝言は、先々週の金曜に開催されたシュタットフェルトの協奏曲ライブ(↓)についての率直な印象である。

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ザ・シュタットフェルト・ヴァリエーションズ
2007年6月22日/すみだトリフォニーホール
ピアノ独奏:マルティン・シュタットフェルト
指揮:ヴェルナー・アンドレア・アルベルト指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
[曲目]
◆バッハ『ピアノ協奏曲第一番ニ短調』
◆ベートーベン『ピアノ協奏曲第五番/皇帝』
――――――――――――――――――――――


 「バッハ+チョー有名曲」という、ミーハーな私には何ともありがたいプログラミング。さすがは“すみだ方式”である。

 で、当日の客席に大ウケしたのはプログラム後半「皇帝」の方だったわけだが、実際それは見事な快演だった。
 「ピアノ協奏曲の皇帝」と呼ばれるにふさわしい、ベートーベンの壮大にして華麗なこの超難曲を、彼はまるで軽いエクササイズでもこなすかのようにプレイしたのである。
 もちろんそれは技術面の話で、そこで余したエネルギーと集中力の全てを音楽そのものの豊かさに奉仕させるという、そうした至芸を強く印象づける名演だったと思う。
 実演・録音ともに巨匠クラスの大名演が氾濫する「皇帝」だが、シュタットフェルトのそれは「ベートーベンの普遍性を謳う清冽な皇帝」という位置づけになるだろうか。



シュタット協奏曲1.jpg
 [シュタットフェルト/バッハ:ピアノ協奏曲]2006年SONY



 さて、私のお目当てだった前半のバッハである。
 この協奏曲は、高校生の私がはじめての肉体労働によってゲットしたLPレコードに収録されていた、云わば我が青春のバッハなのだ。
 以来36年、大げさに云えば千回ほどは聴き込んだ懐メロなんである。
 おまけに、シュタットフェルトの協奏曲CDにも収録されているため、ライブの十日前から楽譜片手に予習聴きするという念の入れようである。

 チェンバロのために(原曲はヴァイオリンだったかも)書かれたこの協奏曲は、現代ピアノで演奏するには音量・音色等の物理的な(弦楽オケとのバランスやらかみ合いやらの)問題が大きすぎて、特にライブではあまり演奏されることはない。
 現代の高度なミキシング技術をもってしても、ピアノによる録音で音楽的成功を収めた例(カツァリス盤、ペライア盤やこのシュタットフェルト盤など)は10種類を超えていない。

 耳ダコで聴いたCDから予測出来たように、シュタットフェルトの実演は、これまで聴いたこの曲のライブの中でも傑出した名演だった。
 完璧なテクニック、ベートーベンよりも数段骨が折れそうな一音一音を独立させるための粒立ちのよいタッチ、全体の構築性とここぞという場面の歌心、各声部の独立性とその相互協力性などなど、ライブでここまでやるかいっ!と仰天するほどに充実した内容だったのである。

 だが、これもまた過去の経験値から予測出来たように、現実空間におけるピアノと弦楽のバランス・コントロールは困難を極めており、その音色・音量・余韻のかみ合いについては、やはり若干の問題を残したのだった。
 ベートーベンでは理想的に響いたトリフォニーの極上な音響環境が、逆にバッハでは裏目に出た(響き過ぎてかえって濁る)とも云えるし、コンチェルト感を強調するためにあえて厚く布陣したと思われる弦楽奏者の数は、むしろ半数以下に押さえて各声部の透明度を重視した編成で聴いてみたかったような気もする。

 てな贅沢すぎるゴタクは無視し、滅多に聴けないこの大好物コンチェルトのライブを最高のキャストで聴けたチョー大吉を純粋に慶ぶこととしよう。




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 と、ここまで書いて読み返しているうちに、そのあまりのくだらなさから案の定いつの間にやら爆睡しとった。私の文章の安眠性には定評があるのだ。
 さ、日も暮れてきたので、そろそろ本題に戻ろうか。


 バッハ演奏とくれば本場のドイツ人に限る、と当然そう思う。
 フラメンコと云えば本場のスペイン人、というのと同じ理屈だ。
 ところが現状では、オランダ、ベルギー、日本あたりが現代のバッハ演奏の主流なのである。
 ただ、別にドイツ人がバッハを下手になったわけではない。
 ドイツに生まれてたかだか322年とは云え、もはや地球財産としてそびえ立つバッハという芸術ジャンルについて、情報化時代の加速を受けた他国のミュージシャンたちがあまりにも上手くなりすぎちまったという話なのだ。
 地球上で最も人気のあるバッハ弾き、かのグレン・グールドもまたカナダ人なのである。


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 [グレン・グールド/バッハ:ゴルトベルク変奏曲]1981年SONY



 そんな状況の中を彗星のごとく現われ、「やっぱドイツ人のバッハは凄え」という評判を盛り返しつつあるシュタットフェルト。
 このピアニストは果たして、どんなアプローチをもって国際バッハシーンに躍り出たのだろうか?



シュタット/ゴルトベルク.jpg
 [シュタットフェルト/バッハ:ゴルトベルク変奏曲]2004年SONY



 はじめて彼のCDを聴いた時、昨年そのゴルトベルクの実演を確認した時、五枚のCDを改めてつぶさに聴き直した時、そして今回のこの協奏曲ライブ。
 それらに共通する私の感想を要約すると、次の五点が浮上してくるのだが、強く感じた順にそれらを挙げてみよう。


)一聴ドイツ風ではない、クリスタルな躍動感。
)それが超絶技巧であることをほとんど聴き手に悟らせない位にナチュラルな、音楽そのものを語るためのテクニック。
)目先の誘惑には溺れない、インテンポ(一定の速度)のキープによる堂々たる構築性。自然な呼吸感のある鉄のコンパス。
)「私らしさ」を歌うのでなく、その「作品本来の魂」を歌いあげようとするアプローチ。作品の本質と一体化しながら普遍的表現をめざす姿勢。
)おおむね早めの速度をとりながら、全体的に透明かつ硬質な音色で弾き通すスタイリッシュな現代感覚。


(※余談だが、特にバッハにおいて、シュタットフェルトは要所要所で低音部をガツンとド派手に強調することがあるのだが、彼の志向性からすると、それは唯一例外的な違和感を感じさせる部分となっている。
 だが同時にそれは「何てステキな!」とケレン好きな私をハッとさせる瞬間だったりもする。
 それが音楽的な要求上必然的な技なのか、それとも若いシュタットフェルトの遊び心の成せる業なのか?
 いずれにしても、この些細な細部には、実は彼の魅力に直結する何かがあるのではないかと私は直観しているって、単なる勘ちがいだろがあ)


 この他にも特色はたくさんあるのだが、これを読む人類は私を含めせいぜい二、三名であるので今回は割愛させていただく。
 で、さらに番組は続く。


 ()は彼の好み、個性、あるいはヴィジョンと云うべきものだろう。
 ()()()は西欧の本格派・正統派ミュージシャンに顕著に見られる特徴である。
 ()は近年のユニバーサルな傾向の中のひとつの方向性だ。



 う~ん。
 してみるとシュタットフェルトというのは、()()()に流れる血筋と伝統をきっちり継承した上で、()のユニバーサルな現代感覚を取り入れつつ、己の個性()を磨き上げたピアニスト、ということになるのか?
 ……うわっ、こりゃまるで若き日のパコ・デ・ルシアやアントニオ・ガデスにも共通するアプローチではねーか!



パコ/魂.jpg
 [パコ・デ・ルシア/魂]1972年POLYGRAM



 これら要素を融合させるアウフヘーベン(本音でケンカさせることで一段高い結論を導き出す方法)を成功させた結果が、数々の国際コンクール優勝であり、5タイトルのCDの全世界リリースであり、「やっぱドイツ人はバッハうめえ」という評判の復活であったというわけだ。

 どーよ、プロの評論家にぶっ飛ばされそーな分析・暴言ではないか。
 いーか、皆さま方よ(←約三名。犬は含まない)、他言は無用である。


 と、ここまで書いてふと私は、国際的ブレイクは時間の問題とささやかれる、若手ヒターノ“スーパー・バイレ”ホセ・マジャのインタビュー(パセオ7月号)を思い出した。
 誇り高き名門ヒターノが、嬉々として「二年間徹底的にクラシックバレエを学んだ」というあの話である。



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 [ホセ・マジャ/パセオフラメンコ2007年7月号巻頭インタビューより]



 豊かな血統的財産に甘んじることなく、他文化を吸収し血肉化しようとする貪欲かつ謙虚な姿勢。
 善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、って逆じゃんかよ。

 まだ見ぬホセ・マジャと、その三歳だけ年上のドイツ人シュタットフェルトが、ほんの一瞬、私にはダブって見えたのだった。

 はじけろ俺のポテンシャルと念じながら、ホセ・マジャが「クラシックバレエ」に着目したように、きっと修行時代のシュタットフェルトもまた他の何かに着目していたはずである。
 それは一体何だったんだろう?
 そして、みずみずしい魅力に充ちたあの「クリスタルな躍動感」の元素となったものは一体何だったのだろう?

 もし私が彼のインタビュアーだったら、その部分の突っ込みだけは絶対に外せないところだって、おめーの結論は保留かいっ。




シュタット協奏曲2.jpg
[私の名解説にがっくり肩を落とすマルティン・シュタットフェルト、なわけねーだろ]




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 つーことで、今回もまた長いレポートになっちまったな。
 しかも、書いてる本人さえをも居眠りさせちまう驚きの文章力である。

 ラストのあと書きだけしか読んでねえくせに、「あー、あの本読んだわ」とふんぞり返るタイプのあなたよ。
 今日もまた、最初の一行とおしまいのこの部分しか読んじゃいねえことは、すでにチャンチャラお見とーしである。
 ま、タイトルだけ見てクリックもしねえ方々(全体の99.8%)に比べれば遥かに誠実ではあろう。

 だがしかし、もう一度だけきっぱり云っておこうか。




 そんなことでは、ぜんぜん睡眠時間が足らんと思うぞっ!!!(TT)













7/01日(その227)

シュタットフェルト





 「スペイン人なのにフラメンコがうまいっ!

 ヒターノ特有のプーロはまた別物としても、フラメンコの国際的な普及発展のスピードに比例して、今世紀中にはおそらくこんな現象が発生することになるだろう。

 そんなこんなで今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は、「ドイツ人なのにバッハがうまいっ!」という、まるで「日本人なのに横綱だあ!」みたいなピアニスト(シュタットフェルト)のリサイタル実況中継(2006年3月)である。



シュタットフェルト/チラシ.jpg









6/28木(その226)

無敵の番長





「無敵の番長」エル・シガーラ/ウンデベル.jpg



 先週アップしたパセオHPの「社長のとりあえずこれ聴いてみ?」。


 登場するのは、カマロンの後継者のひとりとして、みなさまにはもうお馴染みかもしれない大物カンタオール、エル・シガーラ
 そのルックスやら雰囲気やらが幼い私のあこがれの大先輩そっくりだったことから生じた喧嘩沙汰のてん末を描く、トホホな哀愁ストーリー。









6/26火(その225)

続カマロン





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 本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
 きのうにひき続き、天才カマロン・デ・ラ・イスラの登場である。


 自分で思っているほど優秀ではないこの私が犯した単なる勘違いの話だが、人間誰しも間違いはある。この私とて例外ではないのだ。
 その代わりと云ってはなんだが、スペイン語の学習にはもってこいの好編なんです、と云えるかどーかはビミューというより無謀であります。









6/25月(その224)

カマロン





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  カマロン・デ・ラ・イスラ

 20世紀後半、フラメンコのポテンシャルを爆発させたカリスマ天才シンガーである。

 本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は、そのカマロンが主役だ。
 全四回の連続ものだが、うれしいことに文章がまるでスカスカなので、五分もあれば読破できる。(TT)

 『カマロン慕情』その①その②その③その④



 さて、カンテについて不勉強なあなたよ。

 この大作を読めば、天才カマロンのその魅力のすべてについて、ほとんどわからないまま終わるだろうが、私という人間はよくわかるかもしれない。









6/21木(その223)

手ぬぐいゲット必勝法





 いつもとは逆に、今日はmixiに書いてる日記をこちらに流用する。
 手ぬぐいゲットご希望の方は、コメントをこちらへどーぞ。


             しゃちょjpeg.jpg

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 ひょんなことから、ヨランダとの協同制作で実物化した「幻のしゃちょ手ぬぐい」。


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 この宇宙にわずか300本しか存在しない、ヨランダ画伯直筆シリアルナンバー入りの希少品である。
 自ら主催するイベントの参加賞として配った手ぬぐいの残り本数を、先日ヨランダが皆さまのために寄贈(時価8億円相当)してくれたので、そのチョー高級日用雑貨品(←なんと手ぬぐいとしても使用できる)は、私のデスクの足元にまだ140本ほど現存しているのであった。

 主に当欄や社長コミュなどにおいて、ぷっ、こりゃ面白えーよと、私の独断偏見によって選出されるコメント主の方々に手ぬぐいを進呈するという、この古来から伝わる(←今年四月から)格調高い風習によって、これまでに獲得された方々の総数は、この地球上に約60名といったところである。この数字たるや、実にノーベル賞受賞者よりもはるかに希少な数字であるのだ。


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 さて、手ぬぐいの贈呈基準には、その日の天気や私の気分で決まるという実に厳粛な審査方法が採用されているのだが、このたび私は、その“私の気分”といったものの中身を、自ら客観的に分析整理してみることを思い立ったのだった。

 「よっ、手ぬぐい一本っ!」と私に叫ばれるコメントは、たまたまお笑い系パープリン系である場合が多いが、歯が抜けるよーな私に対する賛美や臨機応変なウンチク、あるいはその場の空気を読みきった高感度コメントだったり、その様相は実に様々である。
 一発ギャグで獲得される場合もあるが、地道な好感度コメントの積み重ねで獲得される場合もある。

 一見そこにはデジタルなシステムは作動していないかのように見える。
 だがしかし、私の中では確固たる基準はあるのだ(←ほんとかよっ)、と云ったら明らかに過言であり、ハタから見るとサッパリわからんとゆーのが実情であろう。

 そこで、そこら辺のブラックボックスに鋭くメスを入れ、その選考基準を明らかにしようとするのが、本日の「手ぬぐいゲット必勝法」のメインテーマなのであります。


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 さて、思わず手ぬぐいを放出したくなる私好みのコメントとは、いってえどんなもんなのか?

 それではいよいよ、「手ぬぐいの贈呈基準」についての統合整理の結果を発表いたしましょう。
 では皆さま方よ、用意はえーですか。
 すでに居眠りこいてる、そこのあなた。
 白目半開きにしてヨダレ垂らしてる場合じゃねーでがす。
 んじゃ、行きますよ、えーですか、その分析結果というのはですね。


 その結果というのはね。(ぷっ)



 その、どーでもいいぐらいに重大な結果というのはな。




 それがどーしたとド突かれそーな結果というのわなあ。(TT)





 そのアホらしい結論とゆーのわなあああ!!!

 それは「フラメンコなアイレ」みてーなコメントなのでありますた。
 云い換えればそれは「日常を豊かにする、なんでもアリの何か」とゆーことにもなりましょうーか。

 コメントを目にする、そのほんの一瞬でもいい。
 異なる個性とのふれあいから生じる、広がりのある実り。
 おお、人生捨てたもんじゃねーよ、と肯けるシンプルな快感。
 おバカで狭い私の視野が、パッと開けるよーな感触のコメント。
 そんなフラメンコ的コメントが私好みなんであります。
 独断偏見による手ぬぐい一本なんであります。

 お笑いやペーソス、下ネタ各種、喜怒哀楽の感情、自慢話やら自虐ネタ、グチにお世辞に真摯な主張などなど、コメントを形成する素材(曲種?)自体は実に何でもアリなんであります。
 要は、コメントの内側から匂い立つアイレそのものなんであります。

 出来不出来に関係なく、そうしたアイレを宿したおざなりではないコメントが私は好きです。……とまあ、こう書くことで私自身にもカツを入れようとしてるわけでもありますが。


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 ギターやカンテのアイレの投げかけがより素敵なバイレを引き出すような、あるいは、バイレのひらめきがより素敵なギター・カンテを引き寄せるような関係とゆーか。
 二度とは訪れない唯一無二の時空間にあって、その場に流れる空気を感じながら己を表現することは、フラメンコ同様に大切なことであるような気はします。持たれ合いではなく、持ちつ持たれつで高め合う関係は、われらフラメンコ派が共有できるヴィジョンかもしれません。



「月とスッポン」パコ・デ・ルシア/熱風.jpg



 いい感じの流れをさらにふくらませるようなコメントはもとより、滞った空気を一新するような勇気ある鋭い切り口なんかがとても好きですね。
 アイレのキャッチボールが互いの潜在能力を引き出し合うみたいな関係ってのがイチバン面白えと、私なんかはそう感じるわけです。

 時には私も面白えコメントを書くことがありますが、よくよく読んでみるとそれは相手のトスが絶妙である場合に限られているんだな、これが。
 現在までの私のコメント成功率が異常に高いのも(←成功率1.3%=TT)皆さま方のまぐれとも云うべきナイス・トスのおかげなわけです。


 つーことで、これにて皆さまは勝ったも同然であります。
 手ぬぐいゲットは時間の問題なんであります。

 いわゆる社会性とはまた異なるところに在る、もっともっと遠大な生き物同士の普遍性。
 それをコンパクトに切りとり自由に表現する、あなただけの独自性。
 とどのつまりは、独創性で切り込む普遍性つーことかもしれません。
 そうした手間や努力を無益なのものと切り捨てるのかどーか?
 失敗を恐れず、そこへズバッと踏み込もうとするのかどーか?


 ………そう、フラメンコとまったくおんなじなんでありますって、どこまで行くんだ正気かよ。


 さて、たかだか手ぬぐい一本で、ここまで大きく出れる私の感性は、あるいは皆さま方の研ぎ澄まされたアイレを呼び込むよいお手本になるかもしれませんね、よかったですねって、おゐおゐ、もう誰も読んじゃいねーよ。(TT)





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6/20水(その222)

故郷





 パセオフラメンコ最新号のちょい見せもひと段落したところで、「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」へとトンズラしたい。

 昨年夏に書いた『故郷』というタイトルの抒情的記述である。
 起伏のない平凡な描写の中に突然現れるどうでもいい真実。
 久しぶりに故郷を訪れた主人公(←私)を襲うチョーゆるめの衝撃とは?




逆井の渡し.JPG









6/6水(その213)

しょうぶの行方





    「勝負は時の運」と云うが (つづく



明治神宮/菖蒲①.JPG









6/5火(その212)

大河ロマン





 昔むかしあるところに(つづく




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6/2土(その211)

ナンパ日和





 お陽さまもひょっこり顔を出し、今朝も早よから元気にナンパだ。




ドッグラン1.JPG




 ご近所代々木公園のドッグランにてみっちり90分、次から次へと女子を口説きまわるジェー(写真右)。
 4歳になるオスの土佐犬だが、一見ヨーキーのようにかわいい風貌は飼い主譲りと云えるだろう。









5/31木(その210)

紗矢香のメンチャイ





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 云うまでもなく、ここ社長室の熱心な読者諸氏は、全員が美女美男である。
 さらに全員が働き者であるために、全体的に睡眠不足気味なのが少々心配だ。

 そこで、心優しい私が皆さまに本日お贈りするのが「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『紗矢香のメンチャイ』である。
 これを三行読むだけで、あらフシギ、三秒で爆睡できるというスグレモノの睡眠誘導文なのだ。素直な心でパジャマに着替え、ベッドの上でお読みいただきたいものである。

 なお、副作用はない。むしろ作用と云ってほしーくらいだ。
 最後まで読破した人間は、人類では今のところ私のみであるため、客観的な評価は確立されていない長編論文だが、その浅くて薄い味わいはなかなかに新鮮である。









5/30水(その209)

成分解析





          ヨランダ夏服.jpg




 決算やら予算やら、エイギョーやら種まきやらで、まったく、とんでもねー忙しさに目がまわりそーである。

 そんなわけで今日は久しぶりに、一部ヘキ地で人気バクハツの「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」をお届けしたい。

 お題は『成分解析』。

 私には珍しい“科学的”なお話である。
 実際のところもの凄くタメになるぞっ、てゆーかダメになるぞお。









5/27日(その208)

オチはねーのか





 彼のゆくところには必ずや新しいシーンが展開し、次の時代を予言する“熱風”が吹く。(つづく





           「月とスッポン」パコ・デ・ルシア/熱風.jpg










5/25金(その207)

東京北部の微笑み(シレンシオ編)





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 東京北部は王子の「名主の滝」である。
 この春、桜のころにぶらりと寄ってみた。

 知る人ぞ知るのマイナー名所なのだが、丘陵のアップダウンをうまく利した深い趣きの日本庭園である。
 パセオから歩いても一時間ほどでありますって、誰がパセオから歩くかっつーの。はい、それは私です。




名主の滝②.JPG




 私は江戸川区の小松川(←小松菜の原産地)という東京東部の生まれなのだが、山の手線の北側、つまり東京北部のたたずまいをこよなく愛すタイプの人間だ。

 かつてはそれなりに栄えた街々を数多く抱する東京の北部。
 そこは現代の都市開発から取り残された気配がむしろ濃厚に漂うエリアなのだが、その「気骨のある寂寥感」みたいな風情を、妙に私は好ましく感じてしまうのである。
 ま、しかし、ここ王子やら尾久、駒込あたりは、幼い私が毎週のように喜び勇んで泊りに行った母方の親類が集中していた懐かしい北部の土地でもあるし、あくまでこれは個人的感傷の域を出ない話だろう。


 さて、生活の中でガンガン前進したり、チャラチャラ浮かれるのはとても楽しいものだけど、しんみりとはかない気分にどっぷり浸るのも同じく人生の醍醐味だ。
 そんな時の方が、かえって物事がよく視えたりもする。
 アレグリアスだってシレンシオがなければ、あの深い味わいは出ないわな。
 私にとっての東京北部は“シレンシオの浪漫”なのかもしれない。




名主の滝③.JPG




 「どーあれパセオを続ける」ことを念じ続けた結果としての現在の私。
 「こーゆー人になりたい」と、不安まじりに将来を夢見た少年時代の僕。

 そんな二人がふんわり会話をはじめる時、彼らがぼんやり眺める風景は、例えばこの「名主の滝」のような東京北部の景色であることが多い。
 そこでの会話の中身のほとんどは、他愛もないセンチメンタルな郷愁だ。ろくでもねえ想い出をほじくり出してきては、二人してだらしなく笑うのが常なのだ。
 だが、この日の少年にはいつもとは似ない、まるで滝のような激しさがあった。
 私の抱える屈託を見抜いたのかどうか、何の脈略もないツッコミで、彼は思いきり私の意表を突く。


 「ねえ、思い込みが強すぎんたんじゃないの?」
 「はりきりすぎて、いっぱい人を傷つけたんじゃないの?」
 「もう少し、うまいやり方があったんじゃないの?」
 「僕がなりたかったのは、もっとちゃんとした大人だよ」


 おいおい、トートツにいってえ何をぬかしやがるんでえ。
 たまの半休に、いきなり正しい生き方講座かよっ。
 そーゆーシチュエーションではなかろーがあああ!!!

 思わぬ展開に、ノスタルジックな感傷気分はイッキに吹っ飛ばされ、代わりに「シックスセンス」の例のシーンみてえなデジャ・ビュに全身を包まれる。
 当然私の方には確固たる云い分があるが、彼の指摘もまた、くやしいぐらいに正確である。
 成り行きに逆らわず、とりあえず私は腹を立てない覚悟を決め、ヘコまされるがままに、少年の声に耳を傾ける。




名主の滝④.JPG




 すると、どーだ。
 彼のツッコミによって、私の中にある、無理やり背伸びしてきたことで生じた歪みの部分が、次第にクッキリと浮き彫りになってくるではないか。
 云われてみれば、そうした欠陥は、現在の私が抱える屈託の原因を成すものかもしれなかった。
 なにも彼は、私が過去に犯した膨大な数の失敗を責めているのではなかった。
 「基本に戻ろうよ」。
 彼の主張は、どうやらその一点のようである。

 少年にしては冷静な現状分析と新たなテーマの提示は、私が抱える数々の課題を解決するかもしれない可能性を感じさせた。
 そして予想どおり、その骨太なテーマは、間髪入れずいくつかの変奏曲に姿を整え、それぞれの解決策をシンプルなメロディで暗示しながら、私の脳裏を素早く走り抜けたのである。




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 そーか。
 わからん場合は原点に戻れ、ってか。
 つまらんこだわりや勝手な思い込みなんぞはみんなエイヤと捨てちまえって、
 要はそーゆーことかい。

 それまで沈黙を守っていた私は、思いもかけぬ収穫に頬がゆるみそうになるのをこらえて、むしろ苦笑交じりを装いながら重くなった口を開く。

 「おめえの云い分ももっともだがな、元はと云やあ俺はおめえなんだから、おのずと限界つーもんがあらーな」

 「それもそーだね。ま、でも、前向きな原点回帰ならあんたにも出来そーだし」

 私の変化に気づいた少年は深追いをやめ、ケラケラ笑いながらこう云う。



 ――――――――――――――――――――――――


 やれやれ、生意気な小僧だ。
 云いたい放題ぬかしやがって、あとの始末は大人任せかよ。
 ま、しかし、いずれはお前がすることだ。
 そのことだけは忘れるなよ。
 だが、ま、今日のお前は、おめえにしては上出来だったかもしれんしよ



 ふと見やれば、「名主の滝」の落ち水が、ほっとしたような微笑みをたたえている。




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5/23水(その206)

薔薇エティ





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 久方ぶりに、東京北区の旧古河庭園へとバラ見に出かけたのは、ある五月晴れの日曜日、昼下がりのことだ。
 元旦以来の休暇をとった連れ合いをお供に、めでたくも約半年ぶりに夫婦そろっての行楽である。
 ご近所代々木公園に近ごろできたドッグランで、朝方からくたくたになるまで遊ばせてあるので、わが家の守護犬ジェーはこの日は留守番担当だ。



―――――――――――  あしたのジェー2.jpg

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 名高いここ旧古河庭園の薔薇は、ヴァリエーションが実に豊かである。
 色や姿が好ましい上に味わいも繊細ときてるからまったく飽きがこない。
 どことなく私と正反対なところが、私を惹きつける真の理由なのだろうがそれがどーした。自覚症状があるだけマシである。




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 さて、その華麗なる薔薇園の奥には、これまた美しい日本庭園がある。
 折りよく、うれしいくらいに新緑がまぶしい。
 ここから歩いて15分ほどのおなじみ駒込・六義園にはスケールの点で及ばぬものの、凛としたその風情はどこまでも細やかであり、しっとり深い陰影をおとす散策道にはノスタルジックな薫りがあふれている。
 心地よくも脳裏に響く幻聴は、アントニオ・マイレーナのティエントである。



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 こうした情景をぶらついていると、それだけですっかり心が和んでしまうのは寄る年波の効用だ。

 ならば、歳を取るのもそれほど悪かねえ。


 そう、歳を喰えば喰ったなりに、新たな楽しみが生じるのだ。
 人生至るところ青山あり。
 諸君らのような、若く美しいお方には理解不能な世界かもしれない。
 ふ、若造どもめ(←50歳未満)、
 どーだ、うらやましーか?
 なんなら、そこの貴方(←できれば30歳未満)、
 特別に私(←52歳)と替わってやってもいーぞ。











5/20日(その205)

幻の原稿料





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 ワールドフォトプレス社が発行する『世界の腕時計』という雑誌から、フラメンコの単発エッセイの執筆依頼を受け、その高額な原稿料に目が眩んだ私が、密かにそれを引き受けたのが先月のことである。

 すぐさま依頼の1600字を書き上げ、先方にメール送信したあと、すっかりそのことを忘れていたのは実にうかつであった。
 『世界の腕時計』の編集部から送信された、その校正ゲラのファックスが社員に見つかってしまい、私は事の次第を問い詰められたのだった。
 その結果、私の稼いだ原稿料が「社員呑み会経費」として全額没収されることが、その場で決定されたことは実に遺憾である。


 尚、私としては、いつものゆるゆるなヤツではなく、私本来の真摯かつ格調高い文章で勝負したことは云うまでもない。
 どーせ信じちゃもらえねえと思うので、証拠としてそのエッセイを以下に掲載することにした。




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 5月25日発売『世界の腕時計』より



      『フラメンコに魅せられて』
                          小山 雄二
           (株式会社パセオ 代表取締役社長)


 『ハケンの品格』というテレビドラマが先ごろ人気を博したが、実はその第一回目の放送にわが月刊パセオフラメンコが特別出演している。
 ミラクル派遣社員の主人公(篠原涼子さん)はフラメンコの踊り手でもあるという設定で、その彼女が愛読する専門誌がパセオだったというわけだ。
 なるほど、パセオ読んでりゃ踊りもうめえはずだよって、いきなり自画自賛かよ、おいおい。






       ………… (私の名誉のために以下カット)









5/10木(その199)

控えよ、頭が高~い!





「ガツンと一喝」フェルナンダ・デ・ウトレーラ/おんなうた.jpg




 パセオフラメンコ公式ホームページ上に燦然と輝く「社長のとりあえずこれ聴いてみ?」が、昨日未明更新されたそーだ。

 まことに遺憾である。
 いったい誰が読むとゆーのだ?
 はい、それは私です。
 毎回1票は堅い人気連載なのである。
 しかし、今回のはやたら長い。
 念のため最後まで読み直そうと思った生まじめな私が、案の定途中で熟睡を喰らってしまったことは云うまでもなかろう。

 最近不眠に悩むここんちの読者のために、わざわざそれを社長室にアップしたのは、心やさしい私の親心以外の何ものでもない。
 どーか、遠慮なく爆睡してほしい。(TT)









5/9水(その198)

蒸発





 この三日ばかり、日記もやらずに目一杯仕事したら、それはそれはとてもはかどったよ……なんてことはまったくなかったのは意外でも何でもない。
 ヘタな労働休むに似たり、とは私のことである。

 ま、しかし、人間コツコツやるのが何よりだ。
 今日も手抜きの「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」だが、ああ懐かしや、衝動的蒸発の想い出である。




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5/6日(その197)

春の徘徊師





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 今日は半日ばかり都内散策の予定だったが、あいにくの雨である。
 夕方からのアニフェリア(日本フラメンコ協会)までは、企画の仕込みでもやるとすっか。
 で、ま、ついでに「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『春の徘徊師』でもどーぞ。









5/4(その196)

ガリガリ君





 先日アップした『社長のとりあえずこれ聴いてみ?』。




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 今回は私の大好きなギタリスト、フアン・マヌエル・カニサーレスが登場する。
 例によって以前どっかで使ったやつだが、すべて水に流し新鮮な気持ちでお読みいただければ新たな発見があるかもしれない、というはかない期待は禁物である。


 ところで、カニサーレスとくれば、どーして『ガリガリ君』なのか?
 それをおわかりになる方は、まちがいなく粋なフラメンコ通である。









5/3木(その195)

朝帰り





 チョー眠い。
 家にたどり着いたのは明け方の四時だった。

 きのうはパセオで早朝会議を二時間。
 そのあとダッシュで事務を片づけ、西麻布に飛んで小島章司師とビックリ大企画の打ち合わせを二時間。
 夕方、高田馬場にUターンして、駅から徒歩一分の新装ラ・ダンサにて小林伴子さんとDVDの打ち合わせを二時間。
 パセオに戻るヒマもなく下北沢に駆けつけ、鍵田真由美、佐藤浩希と合流し、もろもろ打ち合わせを五分。
 それがそのあと延々八時間続く呑み会のプロローグであることに、その時点ではまったく気付いていない。
 生ジョッキを5杯ぐらい空けた頃には、九平次親分(矢野吉峰)、柏麻美子、末木三四郎、工藤朋子らも駆けつけ、宴もたけなわプリンスホテルである。

 ちなみに、この七人の呑み会メンバーの中で、日本フラメンコ協会新人公演の奨励賞を受賞していないのは、意外なことに鍵田真由美と私の二名のみであった。
 さらに意外なことには、この二名の内、文化庁芸術祭の大賞を受賞していないのはこの私のみであったが、それがどーした。
 このきびしい世間の荒波の中で、半世紀以上も生き延びることに成功しているのは、数あるメンバー中この私だけだったのである。

 どーだ、すげーだろ。(TT)


 ――――――――――――――――――――――――


 つーことで、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は昨年ゴールデンウィークの頃に書いた『温泉気分』。


 読み返してみると、なんと云うか、実にゆるい。
 私ではなく、あなたが書いたものだったら、その人間性や文章の稚拙さを思いきり罵倒してたところだ。
 書いた人があなたではなく、この私(←自分にやさしいタイプ)であって、本当によかった。




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4/29日(その194)

天神さまの藤





 やっぱ春はいいなあ。




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 運良く、午後の早い時間にたまりにたまった雑用が片づいたので、そのまんまダッシュで根津権現さんのツツジと、亀戸天神さんの藤をハシゴしてきたところだ。
 なんか書きたいところだが。このあとも予定がびっしり。
 で、これも去年の日記で申し訳ねえが、「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」から『天神さまの藤』をどーぞ。









4/27金(その193)

つつじの根津権現





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 そろそろ観ごろのはずだ。
 私の年中行事である。
 明日かあさって、仕事が片づけばダッシュで駆けつけよう。

 つーことで、去年の日記で申し訳ねーけど、今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『つつじの根津権現』。









4/26木(その192)

天下の嶮





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 久々の上天気である。
 春たけなわプリンスホテルである。


 さて、本日も手抜きの精神を貫き通し「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『箱根山』をお届けしたい。


 昨年今ごろ、あわや遭難かというスリリングな登山日記である、ってどこがだよ。









4/24火(その191)

新築祝い





 本日もほのぼのと「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」から、ほぼ一年前のお話で『新築祝い』を。




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4/23月(その190)

月光仮面





 “社長室”にブレのない一貫性を持たせるために、今週もゆるゆるの緊張感をもって「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」をお届けしたい。
 で早速、本日のお題は『月光仮面』。




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 幼い私が二番目に志した、あこがれの職業である。









4/22日(その189)

マリア・パヘス/美と知性のスーパーバイレ





 先週更新した『社長のとりあえずこれ聴いてみ?』。

 ハンサムなチョー人格者として名高いパセオフラメンコ社長(推定25歳/数字は順不同)が、社長生命を賭けてフラメンコソフトと紹介するという、世にも画期的な人気コーナーである。
 なお、自分でこのよーに書かないことには、誰にもふり向いてもらえないコーナーを連載するこのストイックな私に同情は不用である。


 で、今回は私のイチ押しバイラオーラ、マリア・パヘスの映像作品を紹介する。
 何度読んでも途中で寝てしまうため、書いた本人でさえ、なかなか最後まで読みきれないのが難点だが、そうした欠陥に目をつぶれば名文と云えないこともない。



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 [DVD マリア・パヘス/美と知性のスーパーバイレ



 さて、『美と知性のスーパーバイレ』という異常にステキな邦題は、もちろん熱烈マリアファンたる私の命名である。


 どーだ、まいったか。


 「もっとマシなタイトルなかったですかね?」と、販促担当者は完全にまいっていたことは云うまでもない。









4/14土(その183)

誕生日





 今日は、な、なんとこの私の誕生日である。
 信じられねーことに52歳である。
 25歳のまちがいじゃねーのか、と自分に突っ込んでみたが無駄だった。
 もはや立派なロージンである。

 ま、ショージキ云って、うれしくもあり、哀しくもある。



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 あんなにハチャメチャに生きてきたのに、それでもまだ生かされてるラッキーが単純にうれしい。
 同時に、反省も進歩もせずに、いまだにハチャメチャ生きてる自分が実に哀しい。

 バカは死ななきゃ直らない、というのは他人様のことだと確信していたが、最近になって、そりゃオレのことだと気付いたのは不幸中の幸いである。


 つーことで、それを記念して(?)今日はこれより散歩に出掛けるので、去年の誕生日に書いた「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『誕生日』をどーぞ。









4/11水(その181)

粋な九平次





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 今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『粋な九平次』。

 去年二月に書いたやつだが妙に懐かしい。
 フラメンコ曽根崎心中、悪名高きバイラオール九平次親分の登場である。
 素顔の九平次親分が垣間見れる「フラメンコ曽根崎心中秘話」と云っても過言ではないでしょう、いえ過言でしょう。








4/10火(その180)

黒い輝き





 先週更新したパセオHP「社長のとりあえずこれ聴いてみ?」。
 マイテに続き、いよいよドゥケンデの登場である。
 ドス黒い輝きを放つ、あのカンテフラメンコの超名盤の登場である。



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 今回もまた以前書いた原稿の流用だが、その瑞々しい文章は色あせることなく永遠です。うそではありません。比較的わかりやすい詐欺です。









3/29木(その175)

春よ





 神田川は芭蕉庵あたり。

 本日昼ごろ撮影。

 どーよ、これ。




①07年春.JPG



③07年.JPG



②07年春.JPG









3/25日(その173)

桜の頃は





花は桜木④神田川.JPG




 ふ。
 こんな大ドジも踏んじゃったわけよ。
 それでも人間、どーにかなるもんだ。
 桜に惚れ込むことになった、そもきっかけはこんな事件だった。

 昨日にひき続く「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『桜の頃は』。









3/24土(その172)

花は桜木





 おぼつかな春は心に花にのみ

   いづれの年かうかれそめけむ
 (西行)



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 いよいよこんな季節の到来である。
 仕事やってる場合かあ、と叫びたいところだが、この春は各種プロジェクトでがんじがらめ状態なため、思うようにサボることができんのだ。
 ま、とりあえず今日明日は去年書いた桜もので、気分だけでも盛り上げておこうと思う。

 つーことで、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『花は桜木』。









3/23金(その171)

春の声





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 おとついの午後のこと。

 天啓に打たれるが如く、やりかけの仕事をそのままに、駒込“六義園”へと私は駆けつけた。てゆーか、単なる急性サボりたい症候群である。
 私はこうした不治の病を抱える働き者なのであった。

 つーことで、今月二回目の更新となるフラメンコ超緩色系(その185)。
 ピンボケ写真満載の『春の声』をどーぞ。









3/11日(その163)

代々木公園のフィクサー





 実に打たれ強いと評判の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
 本日の出し物は『代々木公園のフィクサー』であります。


 意外と知られていない代々木公園界隈の黒幕についての衝撃レポート。




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3/7水(その160)

踊る阿呆を、観る阿呆





 私の心の中限定で快進撃をつづける「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
 本日の出し物は『踊る阿呆を、観る阿呆』である。



マリア・パヘス/美と知性のスーパーバイレ.jpg



 マリア・パヘスを語る謎の快人とんがりやま
 確かこれが「人のふんどしで相撲をとるシリーズ」の記念すべき第一弾だったはずだ。









3/6火(その159)

落語





 すっかり開き直って、臆面もなく繰り出す「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」。
 本日のお題は『落語』である。



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 落語鑑賞歴45年を誇る私が、その苦難の歴史を振り返る。









3/2金(その156)

隠れ家





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[イラスト/ヨランダ




 今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『隠れ家①隠れ家②』。


 スキャンダラス?! パセオ社長の隠れ家を一挙公開!









2/28水(その155)

冬ぼたん





 今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『冬ボタン』。



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 芸術祭賞等に輝くスペイン舞踊の佐藤桂子先生も特別出演(?)!








2/27火(その154)

最後の砦





 ごく一部で大好評を博している(犬を含め約三名)リサイクル・シリーズ。
 今日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『最後の砦』。



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 幼馴染みの江戸っ子同士による愛と涙のトホホ話。









2/23金(その153)

リナーレスの薫り





 実は先日、ぶらっと梅見に行ってきた。



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 白梅で名高い湯島天神を今年はパスして、池上線沿線の池上梅園にて梅の芳香を思う存分楽しんできた。
 で、その行楽パターンはほぼ昨年同様だったので、例のリサイクル・シリーズ(フラメンコ超緩色系/チョー駄作選)より『池上の梅園』を引っぱってきますた。


 オチはなぜか、あのカルメン・リナーレスである。
 女はやはり五十からである。



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2/22木(その152)

海賊の秘密





 パセオHPの“社長のとりあえずこれ聴いてみ?”を更新したので、よっほど情けの深い方のみお読みいただきたい。



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 ヘレスの名門ソルデーラの極道息子にして、人気バンド“ケタマ”の中心創設メンバーであるソルデリータの、知る人ぞ知るの名盤(ソロアルバム)なのだが、これを推薦しちまう私はかなり無謀なのかもしれない。









2/12月(その145)

サバイバル





 不評をモノともせず、リサイクル・シリーズは早くもその第五弾。
 で、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『サバイバル①サバイバル②』。




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 欠陥人間どもの生き残りを賭けてのチャレンジ。
 その哀しい生態を暴く涙のドキュメント!









2/10土(その144)

すっぽん屋の車掌





 あまりのチョー多忙に、開き直ってたれ流す廃物利用シリーズ。
 つーことで、本日の「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」は『すっぽん屋の車掌』。




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 私の最高傑作(?)とも称される、涙のドキュメンタリー血族篇である。









2/8木(その143)

三度のバッハ





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 廃物利用シリーズ、その第三弾は「フラメンコ超緩色系/チョー駄作選」より『三度のバッハ』。


 この頃は、まだそれでも比較的まともなことを書いてたことに驚く。
 てゆーかこの文をまともだとジャッジする自分にもっと驚く。









2/6火(その142)

あしたのジェー





 大不評のリサイクル・シリーズ(フラメンコ超緩色系/チョー駄作選)。
 その第二弾は『あしたのジェー』。


 我が家の守護犬ジェー(土佐犬)のデビュー作である。
 最近あまりジェーの出番がないが、こちらの方では常時活躍中だ。




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1/28日(その138)

分裂の効用





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 元旦以来の休暇をとって、久々に文京区は小石川・後楽園を歩く。

 「天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみにれてしむ」

 “後楽園”の名は、中国・宋時代の『岳陽楼記』から採られたのだという。
 何たるストイック!!
 まさしく理想的なリーダー像ではないか。
 すでに読者は、こうした志と私という人が正反対であることに気付かれておられるが、私としてはそれに気付かぬふりをしながら書き進めたい。




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 「週に一度くらいは休んだほうがいいよ。お願いだから」

 互いにバツイチの割れなべに綴じぶた。
 すでに十年を暮らす私の連れ合いは、「ずっとパセオを続けてね」ということ以外に、私に願い事をしたことがこれまでただの一度もない。

 そんな彼女が私にこう云ったのは正月のことだった。
 ある意味私以上に仕事に精を出す九歳下の連れ合いだが、若干くたびれ気味の私は素直にそれを聞き入れ、昨日土曜は朝もはよから大江戸散歩へと繰り出した、というわけだ。

 「休みなんだから、あんまり張り切りすぎないほうがいーよ」

 ちなみに出掛けにこう云われた。
 私の単細胞性格を知り尽くしているのだ。




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 この世にも美しい回遊式日本庭園“後楽園”を完成させたのは、そう、あの有名な水戸の黄門(水戸三圀)さまである。
 現在もちょいちょいテレビに出てくるのでおそらくご存命なのだろう。
 『大日本史』の編纂事業が有名だが、私個人としてはああした考え方には残念ながら昔も今も付いてゆくことは出来ない。

 もの凄くストイックで思い込みの強烈な人物、というのが水戸三圀に対する私の個人的印象で、ここ後楽園を歩いているとその清らかな風景の中に、そんな黄門さまの峻烈さの象徴みたいなものを発見することもままある。




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 [通天橋]



 下界を見おろす高所に架かるあの朱塗りの橋(通天橋)は、黄門さまご自身の崇高な志ではないか。
 三十年ほど前にはじめてここを訪れたときに感じた直観はいまも変わらぬままだ。




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[ブラームス/交響曲第三番]ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1949年ライブ録音)



 さて、本日のBGMは、まさかのブラームスの交響曲第三番、通称ブラ3である。シンフォニーをあまり聴かない、しかもブラームスは年に数回しか聴かない私である。
 ああ、それが何だかわからんが、自分の中に変化が起きているのだな、ということがこれまでの経験から察知できる。その結果が大失敗に終わるであろうことも同時に察知できる。不幸にも、私の予知能力は外れることがないのだ。

 で、このブラ3は、将棋のプロテストに失格して女に走ったころに愛聴した後期ロマン派の傑作だ。特に第三楽章の甘く切ないメロディには、きびしい運命を背負った男女の愛の語らいみたいな美しい哀感があって、あらゆるシンフォニーの中でも私の最もお気に入りの楽章である。

 コンダクターのフルトヴェングラー(1886~1954年)は、いまでもクラシック界の人気ナンバーワン指揮者で、そのむちゃくちゃにスケールの大きいドラマティックで崇高な演奏は、録音の古さをものともせずに、聴くもののハートに直接突き刺さってくるかのようだ。

 乱暴覚悟でフラメンコに例えれば、マイレーナと並ぶカンテの大巨匠マノロ・カラコール(1910~1973年)の衝撃に近いものを私個人は覚える。
 芸風も何もかもがまったく異なるのだが、人の心を直接鷲づかみにするようなインパクトにはまったく同質なものを感じるからだ。



「無所属」フラメンコの大家たち(7)マノロ・カラコール.jpg
マノロ・カラコール/フラメンの大家たち⑦



 そう感じたのはこの時がはじめてだったので、あいにくカラコールのCDを持参しなかった私が次に選んだCDは、マイテ・マルティン『こわれもの』だった。
 プーロもいいが、「サファイアと月(ブレリア)」と「SOS~助けて」のロマンティックな二曲に、上天気の美しい風景の中をさまよう私の心の中には銀の雨が降りそぼった。



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マイテ・マルティン/こわれもの




 あ、あの、おぢさん、ぜ、ぜんぜん曲のつながりが見えないんですけど。

 そう、黄門さんで始まった本日の連想ゲームはマイテ・マルティンまで飛んで行った。その理由は私にもわからない。
 さらに、このあと私は雑用を片付けるために徒歩(約40分)でパセオに向かうのだが、そこで聴くのは橘家円蔵(昔の円鏡さん)の爆笑落語であった。
 円蔵師匠に大笑いしながら、大手を振って新目白通りを闊歩する私を、すれ違う見ず知らずの方々はどう見たろーか?

 こうした分裂ぶりこそが私の休暇の醍醐味なのかもしれんが、私個人としてはこ-ゆー人とはぜったいお友だちにはなりたくない。






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1/20土(その132)

冬枯れ





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 目の醒めるような五月の緑が好きだが、こうした冬枯れの味わいも捨てたもんじゃねえ、と感じるのはやはり歳のせいだろう。


 これっぽっちも周囲に迷惑をかけることもなく、骨格だけでしっかり生きている感じには、むしろ感嘆の念を抱く。
 そこにはこの私の対極の姿が在る。





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 聞こえてくるのはやはり、ラファエル・ロメーロのカンテ・フラメンコか。

 飾ることなど歯牙にもかけない、底知れぬ深さを持った生一本の歌いまわし。

 いかなるブランドも霞んでしまうような、純朴ゆえの力と信頼感。





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 [ラファエル・ロメーロ/フラメンコの大家たち(18)










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1/13(その126)

シンプルな





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 朝陽の明治神宮を歩く。

 聴くのはもちろんパコ・デ・ルシアだ。





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 [パコ・デ・ルシア/熱風 POLYGRAM 1987年]






 不意に涙がこぼれ落ちる。





 コンタクトがズレてた。










1/11木(その125)

一挙公開!自爆アルバム





 今回はたくさんのリクエスト(総計二通)にお応えして、輝かしい私(昭和のキアヌ・リーブス。←本人談)の半生を、当時の写真とともにふり返る。





①神童と呼ばれたその才能を、早くも使い果たした頃
 (大きい方が父)

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②将棋のプロテストに失格した頃
 「敗北行間の虚栄

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③場末のパブの専属ギタリストをクビになった頃
 「青春①青春②青春③

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④創刊まであと三年、暗くハードな賭博師時代

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⑤パセオ創刊10年、最初の結婚に大失敗した頃

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⑥パセオ創刊14年、大失敗覚悟で再婚した頃

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⑦パセオ創刊23年、元旦からスベリまくりで早くも敗色濃厚な51歳の正月
 「朝陽の中で

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⑧とうとう“失敗”を最良の友とするに至ったチョー最近の私
 (撮影:ヨランダ・ピナータス監督
 「しゃちょ物語しゃちょ物語(完結編)

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 どこがキアヌ・リーブスじゃい。


 私でさえこう突っ込みたいところだが、それがどーした。

 表現の自由である。
 我思うゆえに我ありである。
 常に夢は現実を超えるのである。
 稀に現実は夢を打ち破るのである。
 国敗れて山河ありである。
 毛穴リーブ21である。
 チョーどん引きである。
 一挙後悔!である。



 さあ殺せ。










1/2(その120)

朝陽の中で




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 2007年1月1日。
 代々木公園の早朝。



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 昨年まではやはりご近所の代々木八幡や明治神宮に詣でていたのだが、今年からはいつもの散策コースをいつも通りに歩くことを初詣とすることにした。



朝陽③.JPG



 私はお寺や神社や教会などが大好きなタイプなのだが、無神論・無宗教のふとどき者である。
 おそらくは、そうした後ろめたさのためだろう。それらの建造物から神仏の気配を感じとれたことなどただの一度もないバチ当たりもんなのだ。

 ただ、何の変哲もないガランとした風景を歩いている時に、不意に神の気配を感じることは過去にほんの幾度かあった。今日の散策を含めて。



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 ――――――――――――――――――――――――



 昨年は多くのものを失い、同じ程度の何かを得た。

 何かを得ることで何かを失う。
 何かを失うことで何かを得る。

 なるほど人生はよく出来ている。
 時には寂しい後悔が美しい花を咲かせることもある。

 今年もまた、泣いたり笑ったりしながら歩きつづけてゆくのだろう。
 願わくば、自らの両脚で一歩一歩踏みしめる、そのライヴな感触こそをいつも楽しむ自分で在りたい。


 以上は新春の初想い。
 残り少ない人生の、今日はその最初で最後かもしれない記念すべき年の最初の日。




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12/23土(その118)

あふれよ我が涙





 朝からの事務仕事のご褒美に、ぷらっと散歩に出る。
 神田川両岸の冬枯れを楽しみながら、パセオのご近所“新江戸川公園”へと向かう。



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 今日のBGMは、21世紀の吟遊詩人、スティング唄うところのジョン・ダウランド(17世紀英国の吟遊詩人)。
 この秋の新譜だ。その現代的な大胆アプローチには賛否両論雨あられのようだが、私はけっこう好きだな。


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 有名な『あふれよ我が涙』の哀唱には胸が熱くなる。
 リスクを恐れず、敢えて古典中の古典、ジョン・ダウランドにチャレンジしたスティングの心意気が何よりうれしいじゃないか。




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 今年も残すところあと一週間だよ。
 妙に早い一年に感じる。

 まさかのブログに手を出し(三つも)、慣れない文章やコメントを書き始めたことがそれなりに楽しくて、ある種の浦島竜宮城状態を生み出したのかもしれない。

 そこへ持ってきて、いろんな事も重なり、私には激動の一年となった。
 2006年は私にとって忘れ難い年になるのだろうな。
 哀しいことは山ほどあったが、めっちゃうれしいことも幾つかあった。

 差し引きではマイナスかプラスか?

 いや、そういう考え方は違うな。
 永い目でみれば、みんなプラスだ。




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11/28火(その100)

われても末に





 瀬を早み岩にせかるる滝川の
    われても末に逢はむとぞ思ふ

                 崇徳院




 その昔、ビンボーな小山家では百人一首のカルタ取りが盛んだったので、中学に上がる頃には自然と百首をそらんじるようにはなっていた。優勝賞品だった不二家のパイ(三つ)のおかげである。
 もちろん私のことだ、肝心の歌の意味などわかりゃしない。

 そんなんでほとんど忘れちまったが、それでも時々思い出すのが冒頭のダイナミックな恋歌だ。
 この和歌ばかりは、人気落語「崇徳院」のテーマになってることもあって、大の落伍者である私とは切っても切れない縁にあるのだ。



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 [桂枝雀 落語大全(3)/崇徳院、ほか]東芝EMI/2000年



 この烈しい名歌の生まれた歴史的背景から考えると、権力争いに敗れた崇徳院の強烈な“怨念”とみる方が妥当なのかもしれないが、あえて“恋歌”として評価した後世の見識を、私などは好ましく思う。

 テキトーに現代語に訳せばこんな感じか。

 「速い流れの川の瀬。岩にせき止められた急流が二つに割れる。
 今は別れるが、きっといつか、再びひとつに結ばれよう!」


 上の句「瀬を早み岩にせかるる滝川の」におけるスリリングな情景描写。下の句では一転して「われても末に逢はむとぞ思ふ」と決意表明する鮮やかなパッションには思わずのけぞる。



 割れても末に逢わんとぞ思う。


 それにしても、なんて潔いロマンティシズムだろう!
 まるでフラメンコじゃねーかよ。

 
 ……ところで。
 実は今日、まさしくそんな感じなものを観に行くのだ。
 そう、大当たり、『FLAMENCO曽根崎心中』である。
 もう何回観たかわからんが、毎度ググっとやられちまう。

 折りしも、今日のお江戸は涙雨。
 絶好の曽根崎日和かもしれない。








11/21火(その95)

タブー





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 散歩の定番、代々木公園のほど近く。
 ここ原宿は、六本木などと並び、私ら世代の江戸っ子が決して足を踏み入れることのないエリアである。


 地方出身者たちのパラダイスを侵してはならねえという、江戸っ子特有のストイックなテリトリー意識が強烈に作用するからだ。



 若いころは偽名・変装を施して、そうしたパラダイスに足繁く通ったものだが、今でもそのストイックでありながらもフレキシブルな姿勢はまったく不変である。(TT)



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11/16木(その93)

荒野ふたたび




  『青年は荒野をめざす


 その昔、こんなタイトルの大ヒット小説があった。
 五木寛之さん(←フラメンコファン、他にも『青春の門』『鳥の歌』『よこはま・たそがれ←?』など有名作多数)の初期の名作である。
 十代の私も夢中になって読んだクチだ。



 でね、交換誌をやりとりしてるスペイン情報誌『OCS NEWS(239)』に、こんな感じの広告(↓)が載っていた。



       荒野をめざした

     元青年よ

    団塊指圧教室を覗いてみないか






 どーどす。


 郷愁にも似た想いで、私的には手ぬぐい一本!








10/30月(その81)

君はかわいい




 しなやかな肉体、しなやかな動き。
 ブレない芯とフレキシブルな柔軟性。



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 美しい黒猫と会った。

 フラメンコを踊らせたら相当いけそうだ。
 二拍子系、三拍子系のどちらにも対応できそうな身のこなしがある。


 とりあえずは……『黒猫のタンゴス』か。

 おもむろに四拍子を叩くと、すかさず逃げやがった。
 そんなことでは、そんなことではアジの干物はおあずけだぞ。








10/29日(その80)

十二国記




 この三、四日、熱(カゼ)のために酒を呑む気にもならず、寝る前に『十二国記』のアニメ版のつづきを集中的に観る。

 例によって原作(小説)を乗り越えるのは難しいにしても、ここまでやってもらえるのなら拍手喝采ものだ。登場人物のキャラクターや音楽構成が実にしっかりしてる点にも驚かされる。


 小野不由美さんの『十二国記』は、亡くなった半村良さんの『妖星伝』に匹敵する大傑作ではないか、と私などは想う。
 この小説を教えてくれたのはブログ(goo)の読者で、のちに判明するのだが、彼女は高校時代の仲間のひとりだった。


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 荒唐無稽なファンタジーの中に、人間の営みの“アホらしさ”と“気高さ”のその両方が、バランスよく、かつ、どろりとした切実なリアリティ(そこが凄い!)と共に描かれている。

 眼前に突きつけられる人間の哀れな本性・暗闇性。
 同じ人間の内なるプライドが挑む全身全霊の試行錯誤。
 それらの葛藤の狭間からこぼれてくる信頼性の高い“元気”。
 そのカリッとした“元気”の質が、まるでカマロン・デ・ラ・イスラのアルテのように素晴らしい。


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 う~む、おそるべし『十二国記』。
 私の中での“ムイ(とっても)フラメンコ”!








10/27金(その78)

坂道




 休日のある日。
 見知らぬ街を、目的もなくただ歩く。



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 そこに昇りの坂道をみつけると、ついつい気を惹かれてしまう。毎度のことだ。

 この坂の上には何があるのかな。
 昇りきった景色はどんなだろう………。

 ちっぽけな目的が芽生える。
 急ぐ旅でもなし、ほのかな期待を胸に、その昇り坂をゆっくりと踏みしめはじめる。


 ま、結果はどうあれ、昇りはじめる時のその小さくときめく気分が好きなんだ、これが!

 ……年令的にすでに坂道をころげ堕ちてるオレとしては(TT)。









10/22日(その73)

交信曲




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 早朝の代々木公園。
 森の空気がめっぽう旨い。
 わが家の守護犬ジェーとともにいつのもコースをぶらつく。



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 今日のBGMは、久々にバッハのブランデングルク・コンチェルト。
 アメリカのNSAが宇宙人との交信用に選んだ(佐藤浩希がそう云っとった)人類屈指の名曲である。
 全部で六曲あるが、私の好みは三番、五番、二番、六番、四番、一番の順だ。
 その二枚組のディスクを、めしを抜いて買いまくったレコード盤時代を含めば100種類以上は集めたと思う。



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 チョーお気に入りの三番は、弦楽奏者九名(とチェンバロ)のためのシンプルでさっそうとしたアンサンブルだ。
 ジャンルは何でもいいから、優れたダンサー九名に各弦楽パートを振り付け、コンチェルト的群舞をやったら、相当いい線行くのではなかろうかと思う。

 パセオが百万部売れたあかつきには、是非この企画をフラメンコダンサー(低音部は男性舞踊手)で実現させたい。
 第一楽章はエレガントにしかし推進力をもって、第二楽章はシレンシオ風に、最終第三楽章はシャープなサパテアードで華やかに盛り上げたい。
 弦楽のトップパートを踊ってもらうのは、もちろんマリア・パヘスだ。



 もう三十年以上も前に、ギター仲間九名でこのブランデンブルク第三番にチャレンジしたことがある。
 謙虚な私は最も目立たない(しかも誰でも弾ける)ヴィオラの3rdパートを担当したが、その音の大きさとミスの多さで最も目立っていたことは云うまでもない。



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★10/12木(その67)

難点




 まれに午前中からファンタスティックな営業成果を出した時など、そのご褒美の昼食に美味しいうなぎを喰うのは、わたし的には最大の喜びのひとつだ。



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 うなぎ的には、それが「美味しくも喜ばしくもない」であろうことが唯一の難点である。



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9/29金(その57)

元パセオ界隈(湯島天神)





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  安藤広重/名所江戸百景より
  『湯島天神 坂上眺望』(1856年)




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  その150年後のほぼ同じ場所あたり(2006年)




 上野・不忍池を眺める大江戸展望の名所(海抜22メートル)も、今じゃこうだよ。……ま、しゃあねえが。


 本郷のパセオから、石川啄木もよく歩いたといわれる切り通し坂(春日通り)を上野・御徒町方面に十分も歩けば湯島天神だった。

 資金繰りに詰まると、なぜかここにやってきて一服しては、じっと手を見たりした。蟹でもいれば、ともに泣きぬれて戯れたことだろう。ともかく絶好の癒しスペースではあった。


 どうにもならない局面は何度もあったはずだが、いまもこうして無事でいられることを不思議に思う。

 それにしてもああした難関をいかに突破したものか?
 現在よりもはるかに優秀な当時の私(社会平均をやや下回るレベル)の、その心得なりテクニックなりをメモしておかなかったことが悔やまれてならない。




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 [雪の湯島天神。この二月に仕事をフケて撮影]








9/28木(その56)

元パセオ界隈(東大赤門前)





 「パセオはどの辺?」

 「東大赤門の斜め前です」

 「その赤門はどの辺?」

 「パセオの斜め前です」



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 [東京大学の赤門]



 関係者のみなさまと、こんなくだらねえ会話を百ぺんはやった。


 返本の山に埋もれて和田珈琲の上を引き払い、倍くらい広いマンションに引っ越した。
 家賃を払える根拠がまるで無かったことが、営業成績を伸ばした。



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 [年に百ぺんは通ったやきとりの“白糸”は今も健在]








9/27水(その55)

元パセオ界隈(創刊の地)





 丸の内線「本郷三丁目」から徒歩30秒。
 戦前からの実力派老舗で、遠方からの珈琲マニアでごった返した和田珈琲店の、その二階でパセオは誕生した。



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 [和田珈琲ビル。二階は8坪位で当初は住居兼用]



 創刊号はワープロ出力紙を両面コピーし、縦のホチキスで製本して作った。
 B5判わずか16ページで強気の300円。
 高い高いと文句を云いながら、2冊づつ買ってくれたオールドファンたちが当時を支えた。ふと気づけば、他界された変人ナイスガイも多い。




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 [旧・喜之床]



 明治の末に石川啄木が、その二階に暮らしたというアライ理髪店(旧・喜之床)はすぐそばにあった。


 働けど働けど我が暮らし楽にならざり
 じっと手を見る



 毎朝その前を通るたんびに、この有名なグチをなぜか明るく口ずさんだ。








9/26火(その54)

元パセオ界隈(御茶ノ水)




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  安藤広重/名所江戸百景より
  『昌平橋 聖堂 神田川』(1857年)





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  その150年後のほぼ同じ場所あたり(2006年)




 江戸の昔から、文人墨客にその風雅を愛されたここ“御茶ノ水”界隈。

 凉しげに崖下を流れるは神田川。
 つまり、ザブンと飛び込み、上流めがけて一心不乱に泳ぎまくれば高田馬場パセオにはほんの90分足らずで到着するわけだが、あいにくまだやったことはない。



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 御茶ノ水橋から眺める聖橋(ひじりばし)は、東京屈指の名景だと思う。



 御茶ノ水という街が昔から好きだった。
 中学時代は書店街をねり歩き、高校・大学時代は駅前の名曲喫茶“ウィーン”を根城に楽譜レコードその他を漁りまくった。

 二十五、六の時分に、ここらから歩いて十分もかからない“本郷”に最初の事務所を構えたのも(どこも雇ってくれないので)、その好感度が伏線になっているのだろう。

 そう云えば、当時の日本ではまったく無名だったパコ・デ・ルシアのレコードを掘り出したのもこの街だったっけ。



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[パコ・デ・ルシア/霊感]polygram iberia/1971年









 9/21木(その51)

深淵





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 ジェーとの散歩コース上にあるご近所の中華屋さん。


 “人類の孤独”というテーマに真っ向から対峙する、その深遠なるネーミングには好感が持たれる。




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 9/18火(その49)

一家離散




 わが家は現在、一家離散中である。

 これを“危機”と云う。

 ありゃ、変換ミスだ。
 もといっ。
 これを“嬉々”と云う。


 ほぼ年に一度のペースで連れ合いはスペインに行く。
 毎日帰りの遅い私はジェーの面倒をみることができないので、その間ジェーは、彼の祖父母を自負する杉並の福島さん夫婦んちで暮らすことになる。
 かくしてわが家は一年の十日ばかりを、スペイン、渋谷区、杉並区にそれぞれ散らばり、一家離散の憂き目の中を、それぞれ嬉々として自由気ままに暮らすのである。


 連れ合いも私も家事は好きな方なので、どちらもひとりで不自由するということはない。

 若い頃に知り合いのほうぼうを泊まり歩いた私は、仕事のできる人たちのほとんどが、同時に「炊事・洗濯・掃除」の達人であることを知り、それだけはきちんと出来る人になろうと、一時その習得に身を入れた時期がある。
 そのおかげで、家事全般はそこそここなせるようにはなったが、肝心の仕事の方はさっぱりと来たもんで、まったく例外的な人というのはどこにでも居るものだ。


 さて、今回の一家離散期間にじっくり聴きたいCDがあった。
 この春発売となったゲルギエフ指揮ロンドン響によるセルゲイ・プロコフィエフの交響曲全集である。


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[プロコフィエフ/交響曲全集]ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団 ユニバーサル・ミュージック(PHILIPS)2006年(4枚組CD)、と何故かさり気なく置かれたパセオ最新号。



 普段はあまりフル・オーケストラを聴かない私だが、それでも年に何度かは無性にそれが聴きたくなる。それは仕事がひと段落して、次のプロジェクトに向かう直前のタイミングであることが多い。
 シンフォニーだけは、ヘッドフォンではなくステレオのクリアな大音響で聴きたいので(ライブが一番に決まっているが)、同居人たちの不在はもっけの幸いとなる。


 ソビエト共産主義と表面上折り合いつつ、その想像を絶するような屈折をバネに、数々の名作を産み出しつづけたロシアの天才プロコフィエフ(1891~1953年)。
 アストル・ピアソラやパコ・デ・ルシアらとともに二十世紀屈指の作曲家だと私は独断したい。

 ブチ切れた知性と意表を突く純粋美のメビウスの輪。
 空虚なきれい事を一切拒絶したヤケクソ音楽にも聴こえるが、耳に残るのは凄艶なまでに美しい抒情だ。
 ヒリつくような現代の孤独を時に鋭く冷笑しながらも、その切実なリアリティは最終的に聴く者を癒やす。


 ところで……。
 カンテ(歌)ならばディエゴ・カラスコにドゥケンデ、ギターならばフアン・マヌエル・カニサーレス、バイレ(踊り)ならばイスラエル・ガルバン。

 彼らのアルテの深淵に、つねりの効いたプロコフィエフ的ユーモアがほんの一瞬光るとき、私の背筋を電気ショックが走り抜ける。
 ………って、さすがに強引に持ってき過ぎた鴨。








 9/10日(その42)

はっとトリック





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                  ふ。……ま、こんな日もある。









 9/1金(その36)

語源




 街並み全体を江戸風にリニューアルしたことが功を奏したのか、以前より活気が出てきたように見える浅草は浅草寺左脇の伝法院通り。


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 伝法(でんぼう、又はでんぽう)とは乱暴な言動のことだが、さっき辞書を引いたら語源的には、

「江戸浅草の伝法院の下男が、寺の威光をかさに着て乱暴を働いたことから」

 なのだそうだ。ちーとも知らなかった。



「東京高田馬場のパセオの社長が、フラメンコの威光をかさに着てヘボなブログを書きまくったことから」⇒「ぱせおしゃちょ=低脳サイトのこと」と云われるようになった……という風にならないよう、今はただ祈るばかりだ。








 8/31木(その35)

昔も今も




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  安藤広重/名所江戸百景より『浅草金龍山』(1856年)




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 その150年後のほぼ同じ場所(雷門)あたり(2006年)



 好ましいコントラストが、いかにも “昔も今も” といった風情だ。
 それぞれに味わい深い情景。



 ま、私的には、マノロ・カラコールとミゲル・ポベーダぐらいのコントラストかな。




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 [フラメンコの大家たち/マノロ・カラコール
  LE CHANT DU MONDE




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 [ミゲル・ポベーダ/フラメンコがきこえる]
  HARMONIA MUNDI/1998年











 8/30水(その34)

幸運




 気ばかりが焦り、良い分別が出来ないことでしょう。
 月蝕のように次第と曇り、暗闇立ち込めるような状態となりましょう。
 車がありながら行く先が定まらぬように、良い事が目の前にありながらも、手が届かぬ状態でしょう。
 魚が水にあわないと死んでしまうように、周囲と心が通じなければ何事も成立しません。常に世に順応する落ちついた姿勢が大切。

 願望、叶いにくいでしょう。
 病気、危いでしょう。
 失物、出にくいでしょう。
 待ち人、現れないでしょう。
 新築・引越、見合わせましょう。
 結婚・付合、悪い結果となるでしょう。



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 全戦全敗ボロ負けの“凶”。

 浅草・金龍山浅草寺のおみくじは、当たりすぎるのが難点である。これではまるで、私の半生をまんま描く走馬灯ではないか?


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 つい魔がさして引いちまったおみくじだが、凶をつかんだのは不幸中の幸いだった。
 うっかり“大吉”なんぞを引き当てた日にゃあ、残り僅かな私の持ち運を残らず持っていかれちまうところだったぜ、やれやれ、ラッキー!








8/22火(その28)

オチ次第




 意外なことに、フラメンコ好きとロシアの大作曲家プロコフィエフとの相性は悪くない。
 てゆーか統計的にはかなり良い。
 感情のスパークと知性のスパークは、意外な接点を持っているのかも知れない。


 そのプロコフィエフが、ある晩唐突に家の中を鳴り響く。
 幸いにも幻聴ではなく、テレビから流れるCMだった。

 見ればボーダフォン~ソフトバンクのドラマ仕立てのコマーシャルである。
 流れる曲は、プロコの名作『ロメオとジュリエット』の中から、グロテスクな付点音符が不吉なエンディングを想起させる『モンターギュ家とキャビレット家』。



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[セルゲイ・プロコフィエフ/ロメオとジュリエット]
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
DEUTSCHE GRAMMOPHON 1997年




 ふつうテレビCMでは考えられないようなハイセンスな選曲なのだが………この場合、ちょっとヤバいのではねえか?

 ロメオとジュリエットの美しい出逢いと、あの哀しい結末……。
 ボーダフォンとソフトバンクの関係をそれに見立ててしまうことにはなりゃしないか?
 おいおい破滅じゃねーかよ、というそのとっさの連想は正しい。

 だが、よく考えてみればそんなドジを踏むわきゃないわけで、そうした布石を打ちながら、逆に私たちにギャフンと云わせる周到な大ドンデン返しを用意していることは、まず間違いのないところだろう。

 妙に気を惹くあの連続ドラマ風CMはしばらく続くのだろうが、そのオチのクオリティ次第では、ご褒美に私もボーダフォンに切り替えたろうか、などと思い始めている。








8/18金(その24)

パセオ界隈(芭蕉庵)




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  安藤広重/名所江戸百景より『関口・芭蕉庵』(1857年)




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  その150年後のほぼ同じ場所あたり(2006年)




 パセオを右に出て、神田川沿いをずずっと東に歩けば、15分で関口“芭蕉庵”だ。
 名人松尾芭蕉は、プロ入り前の四年間(34~37歳)をここで暮らしたと云われる。


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 ここら辺りは、私的には東京随一の桜の名所である。


花は桜木①芭蕉庵・遠景.JPG

 [今春三月、対岸斜めから芭蕉庵(ピンクのしだれ桜の下)を眺める]




 年に三日ほど、この光景を眺めたいがために、パセオフラメンコは高田馬場を動けずに居る。

 どーせ引越し代がねえんだろ、みてーなマトを射た憶測は余計なお世話である。








8/17木(その23)

パセオ界隈(面影橋)




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  安藤広重/名所江戸百景より『おもかげの橋』(1857年)





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  その150年後のほぼ同じ場所あたり(2006年)




 150年の歳月は、“おもかげの橋”を何の変哲もないコンクリート小橋に変えたが、辛くもその美しい名は残った。

 橋の向こう右手には、落語『道灌』でもおなじみの“山吹の里”の碑がひっそりとその姿をとどめる。
 橋の手前には、東京で唯一のちんちん電車(都営荒川線)の停車場“面影橋”がある。


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 目を閉じれば、広重の描いた光景が視えないこともない。


 パセオから歩けばほんの五分。
 仕事のアイデアに行き詰まるとブラッと出掛ける散歩コースの中ほどに面影橋はある。

 てゆーか、年がら年中アイデアはどん詰まりなので、いっそのこと橋のたもとに座机でも置いて仕事した方が、まだしも効率はいーかもしれない。




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  [面影橋から眺める神田川]









8/16水(その22)

パセオ界隈(高田の馬場)





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  安藤広重/名所江戸百景より『高田の馬場』(1857年)




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  その150年後のほぼ同じ場所あたり(2006年)




 JR高田馬場駅から早稲田通りを東に、ひたすら15分ほど歩いた西早稲田のバス停あたり。パセオからなら約10分。
 堀部安兵衛の決闘で有名な“本家・高田の馬場”はここだ。


 たかだか150年でここまで変わるのか。

 まるで違うようにも見えるが、元は同じ場所である。
 ふたつの風景を注意深く見比べてみるとあることに気づく。

 やっぱぜんぜん似てねーよ、ということに。








8/12土(その19)

リニューアル




 ご覧のとおりである。
 思いきり文字を大きくした。

 近ごろは開店休業が続く ホームグランド 読者からの苦情メールが十通を超え、急遽そのリクエストにお応えすることにしたのだ。


 正月から始めたgooブログの常連読者は二、三百名ぐらい。そのほとんどがお情けでこっちにも寄って下さるようだ。
 云うまでもなく、もちろん全員が極めつきの美女美男の人格者である。
 しかもかれらは全員若い。この私よりも。
 推定平均年令四十歳ちょいという超ヤング層なのだが、さすがに寄る年波には勝てんということだろうか。

 私としては、スタイリッシュに小さい文字で決めたかったところもあるが、書いてる本人さえ読むのがかったるくなってる状況だったので丁度よかった。
 PCの上のバーで、「表示」⇒「文字のサイズ」⇒「小」を選ぶと読み易いかもしれない。


 さて、字を大きくすると内容まで豊かになる。

 ということは有り得ず、むしろアラが目立ってその逆となるところだけ除けば、このリニューアルは大成功と云えるかもしれない。



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8/9水(その16)

忘るるべからず




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 朝の九時。

 降りつづく小雨にしっとりと、普段よりさらに穏やかな表情をみせる明治神宮の森々。



 ここでのBGMはパコ・デ・ルシア 『熱風/SIROCO』 か、バッハのキーボードソロがお約束だが、めずらしくも今日は高校時代の愛聴盤が選ばれる。


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[パコ・デ・ルシア/魂] POLYGRAM/1972年



 パコにも私にもこんなにもフサフサな時代があったことを、当時めばえ始めた“初心”とともに苦笑交じりに想い出す。





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8/4金(その13)

チリも積もれば




 毎月必ず立ち寄る渋谷タワーレコードで、バッハの無伴奏チェロ組曲の輸入盤新譜を2種類ゲット。


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[MORTEN ZEUTHEN/バッハ:無伴奏チェロ組曲]


 さて、その一方のバッハ。
 MORTEN ZEUTHEN(←よ、読めない)なる、初めて目にする名のチェリストだ。
 おまけに極端な安価(二枚組で1500円位)なためやや期待薄だったのだが、聴いてびっくり、フレッシュで惚れぼれするようなアルテの快盤だ。
 こういううれしいことに時おり出くわすので月イチ巡回は欠かせない。


 CDの制作費や価格が安くなって、新人アーティストがデビューしやすくなったり、私たち買い手も助かるという大メリットが生じたが、当のアーティストに入る印税の少なさを考えると喜んでばかりもいられない。
 売れるアーティストはほんのひと握りで、埋もらせてはならないアーティストは少なくないのである。


 音楽業界冬の時代は続く。
 一般ファンもダビング自滅(オゾン層破壊みたい)の道を歩み続ける。
 レコード会社にアーティストを守ってもらう時代はとっくに終わっているというのに。

 ま、そういう時代だからこそ、まじな音楽ファンはせっせとCD買って愛聴し、次の時代へのささやかな先行投資をじみーに継続してゆくのだ。








8/1火(その10)

あしたのジェー




 先週金曜に載せた写真が飲み仲間に好評だったので、彼らのアドバイスに従い、今日も写真中心でいってみたい。
 ただし、「文章がないともっといい」という彼らの親切なアドバイスについては、聞こえなかったものとさせていただく。

 さて、こないだの写真はグリーン系だったので、今日は茶系だ。



あしたのジェー2.jpg


 この写真を見た瞬間に「これが筆者か?」と思われた方は本質を見抜く感性を持っておられるが、コンタクトの度数は合ってない。
 これは私ではなく、私のもうひとつのブログにたびたび登場するわが家の守護犬ジェー(秋田犬)である。



「まったくの偶然」.JPG


 この写真はやたらと評判がいい。
 フラメンコブログの女王ヨランダなどは、

 「すっごいすっごいすっごいすっごい可愛いです。次号のパセオの表紙にしてください」
 などとぬかしよった。

 私の連れ合いもヨランダの意見にまったく同感だそうである。
 だがしかし、私としてはそのような意見を編集部にお伝えできるほどの度胸や実力を持ち合わせていないことだけは、この際はっきり云わせてもらおうじゃないか。



立つんだ、ジェー!.JPG


 ところでジェー的には、仕事は何でもやるが、も少しギャラは何とかならんのか、と云いたげな表情ではある。



   最後の原稿チェックに没頭するジェー.jpg
 んで、いつものように自分が登場する記事を最終チェック。








7/28金(その8)

散歩




代々木公園ー1.JPG


 “パセオ”とはスペイン語で「散歩」のことだ。


 だからということもあって、散歩は私の最大の道楽となっている。
 雨とか暑さなどはモノともしないのだが、ここしばらくは仕事三昧の日々が続いて、さすがに朝晩そのヒマがなかった。


 幸いにして今日は、11時に新宿の現場直行というユルい午前なので、早めに起きて二時間ほどご近所をぶらつく。


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 くもり空の代々木公園だが、緑が多くて空気もうまい。
 年中なにかしらの花が咲いてくれるのも目にありがたい。
 ぶらつきながら呑みこむ音楽が胸にしみる。


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 モーツァルト(バレンボイムでピアノ協奏曲)とバッハ(ビスマットで無伴奏ヴァイオリン)でゆっくりテンションを温めたあとの、本日のトドメはこれだっ!


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[ドゥケンデ/サマルーコ]UNIVERSAL MUSIC/2000年


 そう、今日の現場は要テンションだったので、少しばかりドゥケンデの力を借りる必要があったのだ。
 それにしても、このアルバムはほんとに頼りになるよな。



 そんなこんなで月曜からのヤマもどうやら片付いて、夕方からは広告関連の新しいプロジェクトに着手。
 めずらしくも一発で戦術が決まり、そのまま一気にプランを仕上げてから、ようやくここ無責任社長室へ。

 このあと何も事件が起こらなければ(起こっても知らなければ)、明日はほぼ三ヶ月ぶりの休暇だ。
 すべてを忘れて(って、いつもそーじゃん)、行き先も定めず(定めても忘れるし)、ひさびさに丸々一日、お気に入りの大江戸スポットを歩きまわりたい(徘徊だし)と思うので、さらばじゃ御免(って、どーせ呑みに行くし)。








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