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日刊パセオフラメンコ

2009年07月21日
愛しのヌメロ

21 愛しのヌメロ j.JPG


 愛しのヌメロ。

 はじめて発表会で踊ったあのヌメロ。
 はじめてのライブに花束を抱え駆けつけてくれた彼に、心をこめて踊ったあのヌメロ。
 ソレアを踊ったのに、「よかったわあ、あのガロティン」と云われた想い出……。

 ここでは、フラメンコのヌメロ(曲種)にまつわる大切な想い出を、
 フラメンコを愛するもの同士で、互いに分かち合いたい。
 懐かしく想い出す話。元気の出る話。しんみり泣ける話。みなして笑える話……。
 その切り口はなんでもアリで、字数制限はなし。写真も自由。
 あっ、タイトルは例えば『アレグリアス/フラメンコはライフワーク』みたいに、
 そのヌメロだけはタイトルに入れてね。
 場合によっては、それ用のイラストをヨランダ画伯に依頼するかもしれない。
 実は「パセオ本誌の人気コーナー」を狙っていたりもするのだ。

 イケてる投稿は、このコーナーにアップし、そこからさらに厳選した作品を、
 パセオフラメンコ本誌『バル de ぱせお』(2010年新年号以降)に掲載します。
 で、本誌に載っかった段階で「ヨランダ手ぬぐい1本ゲット!」なので、ふるって投稿大歓迎!
 投稿はこちら、またはmixiの同トピまでよろしく!


――――――――――――――――――――――――2009年7月21日更新
MALENA(東京都)/小悪魔カンティーニャス
 明るい曲がちょいと苦手でコラヘ全開のアタシ(ソレア馬鹿)が
 師匠の太陽のようなカンティーニャスを観て踊りたくなってしまい
 只今格闘中。
 笑ったり、泣いたり、怒ったり、澄ましたりコロコロ変わる展開に
 男捕り(踊り)の楽しさに目覚め
 「たまには彼方を振り回したい」そんなヌメロです。

――――――――――――――――――――――――2009年7月18日更新
トシ・フラメンコ (愛知県)/愛しのファルーカ

 入門した頃、男性的な舞踊としてファルーカを知って、いつか踊れるようになりたいと思ってましたが、フラメンコを始めて2年目、初参加の発表会において、その機会は訪れました。
 もちろん、今も好んでソロで踊るヌメロですが、その時は、恋人とペアで踊って好評を博したのを覚えています。
 二人で自主練習を重ねて本番に臨んだだけに、とても素晴らしい体験でした。
 時は流れて、私たちは別れてしまいましたが、今もファルーカを踊る時はその頃の事を切なく思い出してしまいます。

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さらこ(北海道)/ソレアあの時から始まった

 一昔前、セビジャーナスしかまだ知らない頃、お教室のみんなで敬老会に出ました。
 先輩フラメンカが初ソロでソレアを踊りました。
 見事踊りきり、舞台袖に引っ込むや否や先生と抱き合い、お互い涙を流しながら喜んでおられました。
 周りにいた生徒たちみんなで感動しました。
 それ以来、憧れであり一番愛するヌメロになりました。

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PASTORA (神奈川県)/四回転半アレグリアス
 初めて新人公演に出たとき、師匠やいろんな人と相談して決めたのがアレグリアスでした。
 しかしこのアレグリアス、半端ではなく高い技巧を随所に散りばめており、サリーダなど音程が突然上がる超難所。
 私はひそかにフィギュアスケートの安藤美姫の代表ワザである「四回転半ジャンプ」と呼んでおりました。
 そして迎えた本番。
 過度の緊張のあまり、サリーダの音程は見事に外れ、トリノ五輪の安藤美姫ちゃんの如くに四回転半を「転んだ」私(涙)。
 友人は私を「カンテフラメンコ界のミキティ」と名付けてビールを奢ってくれましたが…
 美姫ちゃんほど可愛いくはないわ、私(涙)。

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shekere(福岡県)/ファンダンゴ/de.初ソロ
 2005年に 初めて人前でソロで踊ったのが ファンダンゴ。
 マントンを使った振り付けで 元々は群舞用だったのを 先生にソロ用に変えて頂きました。
 当時は構成を自分で考えるなんて事も出来ず 先生に言われた通りにやるだけで一杯いっぱい。
 なのに本番で振りが吹っ飛んでしまい、2コンパスほど怪しげなマルカールをやって冷汗かいた思い出があります。
 自分の成長のきっかけになってくれた 大切なヌメロです。

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かるめん-Lindo♪(北海道)/タラント~命のコンパス~
 約、8ヶ月
 お腹の中の命を大事に育むために、
 心ではフラメンコを聴いても、
 身体を使うのは、一時休止した。

 いよいよ、
 その命を生み出す波が押し寄せてきた日、
 あたしにフラメンコを魅せてくれた友のメールを思い出した、
 『陣痛きたら、知らせてね!仕事中でも地下の倉庫でかるめんのためにタラント踊るから!』
 とある育児書の一ページも思い出す、
 『一番、痛みが強いときに、好きなことを考えていると、脳内で痛みを逃すホルモンが大量に~~うんぬんかんぬん』

 まだまだ、これは、本当の痛みじゃないしなー、
 三人目なので、そんなことを考えながら
 呼吸の合間にやってくる痛みの時、
 頭の中で、彼女が本当に地下の倉庫で、あたしの大好きなブルーの衣装でタラントを踊っているのを想像した。

 まだまだ。
 生まれない、
 まだまだ、痛くない、

 次は、東京の町田でスタジオを持つ大好きな先生のライブをまた思い出した。
 タラントがあんなに激しく命の鼓動と重なるのは、あの人ならでは、だよなぁ、などと考えているうちに、心の中の一曲も終わった。

 まだ、生まれない。
 生んだら、筋トレをして、あのファルダのホックが閉まったら、
 レッスンにも行こう、
 師匠は、
 『赤ちゃん連れてきてー!』と言ってくれた、
 その師匠の笑顔と、山吹色の衣装を思い出した。
 師匠もタラントを踊ってくれた

 三人、心の中でライブが終わったあたりに、
 次の出番はこの小さな命だ!
 そう感じた瞬間から、
 痛みは希望に変わって、
 助産師さんに、
 『もう生まれます!』と叫んだ。
 下がってきたお腹にしっかりあててもらった彼女の鼓動の音が大きく早くなり
 必死にコントラをとる。
 パルマは苦手だが、心で打つコントラは正確だ(笑)

 結局、
 5回ほどの大きな波で、上手に生まれてくれた。
 フラメンコを知ってからの出産は痛みもなく、喜びとコントラでいっぱいだった。

 090718かるめん.jpg

 フラメンコを知る産科医も、
 『1ヶ月したら、また踊っていいから』と
 お墨付きを頂くほど
 コンパスを正確に刻みながら、
 我が子は生まれてくれた。

 ありがとう!
 フラメンコの神様!
 タラントを聴くたびに、幸せな気持ちでいっぱいになる。

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