日刊パセオフラメンコ

2017年03月02日 パセオ日記

2017年2月19日(日)
本能の発露

カナリア諸島の火山島、ランサローテ島の映像が白い壁に浮かび上がる。
赤い岩肌をさらす、無機質な大地。
無音の中から鼓動が生まれるように、斎藤徹を中心とした3台のコントラバスが、
生命の混沌と躍動を、うごめくようにかき鳴らしていく。
森田志保が静かに現れる。
孤独の闇から目覚め、世界に問いかけるように、
そして何かを渇望するように新たな一歩を踏み出していく。
不協和音のカオスからメロディが形成され、
秩序が生まれてくる。音が澄んでいく。
森川拓哉の、艶やかで激しいヴァイオリンには、官能的なパッションが宿る。
今枝友加の、徹底したノンビブラートのどこまでも伸びる声は、
堂々とした生命力を持つ。この人のまっすぐな深化は計り知れない。
無調から生まれた音楽は、旅をするように、
セファルディ、古典的フラメンコと移りゆく。
ラストは再び、コントラバスによるエキゾチズム濃厚な現代音楽となり、
解体され、開放されていく。
そこからまたいくつもの別世界が生まれていく余韻を残す。
それは激しい切望を込めた音楽だった。
プリミティブなものと前衛とは、永遠につながり、繰り返していくのだろう。
人間の一番原始的な感情は「恐怖」だという。
それは生き抜くための本能。
生身ではたったひとりでは生きられない。不安と孤独との闘い。
そこに何ものかが現れたら、敵か味方かを判別し、味方ならば受け入れて、
ともに心強い仲間として結びつきを深めていこうとするだろう。
そこに初めて得難い喜びも生まれてくる。
人間の声と体、そのパフォーマンスは、誰かと結びつくために(つまり生きるために)、
人間の自覚よりも、もっと根源的で重要な衝動によって磨かれてきたのではないか。
原始の頃から絶え間なく。
それが言葉となり、歌となり、音楽となる。
それらに共鳴した肉体が踊りはじめていく。
だから私たちは、美しく呼応し合う「音楽と舞踊」を求めて止まないのだろう。
そんな本能の発露を生々しく見せてくれるがゆえに、
私たちは、フラメンコに引き込まれてしまうのだ。
森田志保はそれを鮮やかに体現してくれた。
3年前に見た鮮烈な映像パフォーマンス『GRAVITACIÓN』が
より洗練され、濃厚となり、重ねた年月以上に、感動は深まった。
それは森田志保をはじめとする、
この舞台を創り上げたアーティストたちのとどまることを知らない進化の深さと速さを物語っている。
自らの感性を信じ、徹底して追求したところから生まれる
アートの繊細さ、そして潔さ。
神聖なフラメンコだった。

森田志保(踊り)
今枝友加(歌)
齋藤徹/田嶋真佐雄/田辺和弘(コントラバス)
森川拓哉(バイオリン)
Emilio Maya(ギター)

高木由利子(映像)
市村隼人(編集)

2/19(日)14:00 ~
『GRAVITACIÓN』
Sonorium(ソノリウム)
森田志保 引力.jpg

2016年10月18日(火)
漆黒の今枝友加さん

時間の経過とともにパワフルに際限なく伸びていく、
今枝友加さんの声。
雑味も雑念も見事に取り払われた、
まさに研ぎ澄まされた漆黒のフラメンコだった。
現在フラメンコは、他ジャンル、または多国籍的な融合を、
様々なアーティストが試み、フラメンコの在り方を模索している時代であり、
もちろん真剣に開拓していく姿そのものが
すべてフラメンコであるといえるのだが、
その中にあって今枝さんは、躊躇なくフラメンコの源流に踏み込み、
挑み続けている孤高のアーティストだ。
孤高ではない、と映るかも知れない。
今枝さんのライヴでは常に多くの実力派アーティストが共演し、
ファミリーのように親しく賑やかな盛り上がりの中で、
彼女は、そこに生まれ来るフラメンコの空気を大切にする人であり、
その中でひときわ輝くカリスマ性を持っている人だからだ。
けれど、今回実現したカンテソロライヴで確信した。フラメンコのカリスマは、闇の中で爪を砥ぎ続けるがごとく、
孤独の中で黒いフラメンコを磨き続ける強さを持っているからこそ、
カリスマの輝きを持ち得るのだと。
もしフラメンコを求めながらもフラメンコの核心を見失いそうになったなら、
今枝友加さんのカンテを聴けばいい。
そして、今枝さんの一振りの踊りの中にもそれを感じた。しなやかでありながら、
虚飾を排除した、揺るぎないフラメンコのフォルム。
これがフラメンコの"粋"なんだ。

パセオフラメンコライヴVol.034
今枝友加 カンテソロライヴ
カンテ:今枝友加
ギター:俵英三
パルマ:井山直子
2016年10月13日 高円寺エスペランサ
今枝パセオライヴ.jpg
(写真撮影:編集部 小倉泉弥)


2016年10月11日(火)
ダビ・ラゴス、ヘレスの遺伝子

ダビ・ラゴス カンテコンサート、素晴らしい体験だった。
日本にいながらにしてこれを聴けるとは・・・!
シギリージャは魂の状態を表現するものであり、
シギリージャを歌ったあとは何も出来ない。何も残らない。
そのように、カンタオールは全身全霊で歌わねばならないのが
シギリージャであると、
ダビ・ラゴスは語り、まさにそのとおりに歌い切った。
出し切るとはこういうことなのだ。
そして、ダビ・ラゴスの全身全霊を包み込むようにして
すべてを引き出させたのが、エンリケ坂井さんのギターだった。
ヘレスの遺伝子に寄り添い、そしてそれを震わせた。
アルバロの追悼の想いを含めた、
根深い郷愁とともに湧き起こる喜怒哀楽を吐露せずにはいられなかった。
魂を出し尽くすことこそが歓びだと感じさせるギターだった。

ダビ・ラゴスとエンリケ坂井さんの互いのルーツへの深い敬意。
ふたりの視線と音楽との循環。
そこに生まれていたものこそが混じり気のないフラメンコだった。
眼には見えなくとも、胸に浸透した高純度のフラメンコは細胞の中に残り続けるだろう。

そして、今日10/11は、高円寺エスペランサで、
ダビ・ラゴスとともにアルバロを偲ぶ会。ダビのアイレを渇望している自分に気付く。

10/10(月) 19:00~
スタジオ・カスコーロ
ダビ・ラゴス(カンテ)
エンリケ坂井(ギター)

ダビ・ラゴス (1).jpg

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2016年10月2日(日)
支えてくれる人がいるから

9/30は、8回目となる「カディスの赤い星」ギターコンサートでした。
フラメンコギターの良いものを残していきたいという、
逢坂剛さん、そしてプロデューサーの太田修平さんの想い、
というよりも"祈り"が伝わってくるコンサート。
そして実際にこの場所でギターの名曲に耳を傾け、
それを弾く名手たちの人柄に触れるにつけ、
胸の底からほろ苦いような懐かしさが込み上げて来て、
こんなにも人の心に響く音楽を忘れてはいけないという気持ちに駆られてしまう。
逢坂剛さんが、「このコンサートに初めて来た方は?」と客席に問うと、
手を挙げる人の方がうんと少なかったことからも、
ここに一度でも来た人はギター音楽に対するそんな想いを同じくして、
何度も通って来られるのでしょう。
フラメンコギターに限らずとも、原点となる美しさ、それを支える人々がいるからこそ、
そのアートは残ることが出来る。
けっして自然に残っていくものではないのですね。

クラシックギター界を代表する荘村清志さんは、
グラナドスやアルベニス、そして『アルハンブラ宮殿の想い出』『歌と踊り』など、
クラシックギターの名曲をじっくりと聴かせてくれる。
瞑想するような音楽。
「静寂」に浸り、見えない傷が癒えていくような感覚が心地よかった。
松村哲志さん、そしてフラメンコロイドのはじけるようなフラメンコは、
ポジティブに感情が掻き立てられる。
沖仁さんのギターは想像以上に素晴らしかった。
これまで何度も聴いていて、日本のフラメンコギター界の
トップに立つギタリストであることは疑うべくもないけれど、
そのイメージをさらに覆すものだった。
超絶技巧を超絶技巧に感じさせない包容力。
音符ですべてを埋めようとしない暖かさがあり、
そこには、その瞬間に訪れる柔らかな静けさを
聴く人と共に味わおうとする優しさがあった。
言葉にも動作にも表れていた風格。
これこそが、日々自分自身を磨き続けている人の熟成。

この日は会場販売を担当させていただいたのですが、
お客様との対話からも、フラメンコギターについての認識が
深まっていることが感じられました。
沖仁さんのものはもちろん、パコ・デ・ルシア、サビーカス、ニーニョ・リカルドなど
オールドファンを魅了してきた名手たちのCDも用意していたのですが、
様々な方、ギターをやっているという方でないようなお客様も、
音楽として興味を示してくださって、お買い求めくださいました。

3年続けてこの「カディスの赤い星」コンサート会場で販売しながら、
アートはこうやって広がっていくのだなと実感しています。

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2016年9月23日(金)
エミリオのギター

エミリオ・マジャ ギターソロ・パセオライヴ、
昂揚がまだおさまりません・・・!

血の如くエミリオの身体を構成し、
止むことなく体内を駆け巡っている音楽が、
よどみなく外に流れて出て来たような、生きているフラメンコ!

楽譜を持たずに継承されてきたフラメンコの、
楽譜を持たないからこそ、歴史の根っ子を保ちながら、
伝えていく人々と共に成長してきた音楽の宇宙を、
今更ながら感じました。
それは漆黒の色彩なのに透明で限りないのです。
その感覚はめまいのするような歓びでもありました。

その瞬間ごとにエミリオから生まれたばかりの音楽に、
共演者は、即、反応して、一体となり、会場を沸かしていました。
エミリオのフラメンコの血がエスペランサ中を廻っているようでした。

平松加奈さんのヴァイオリンが絶品。
エミリオが放つ音楽を、リズムやメロディまでも鮮やかな反射神経で捉え、
互いに刺激しながら渡り合い、高め合い、
想像もつかないところに連れて行ってくれる。
なんてしなやかな瞬発力!

塩谷経さんは細やかなギターでエミリオに寄り添う。
朱雀はるなさんは太陽のようなアイレで観る人の心を照らす。
三枝雄輔さんはワイルドかつエレガントなパルマとハレオで
音楽に厚みをもたらす。

フラメンコは、音楽の引き出しを持っていて当たり前、
それを惜しみなくさらけ出し合い、互いに掛け合わせていく過程で、
創造していく、その瞬間でしか感じることができない至高の芸術なんだと、
あらためて感じた、胸いっぱいの秋の夜。

パセオフラメンコライヴ Vol.033
エミリオ・マジャ ギターソロライヴ
9/22(木) 
高円寺エスペランサ

エミリオ・マジャ(ギター)
塩谷経(ギター)
朱雀はるな(パーカッション)
平松加奈(ヴァイオリン)
三枝雄輔(バイレ/パルマ)

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2016年9月20日(火)
アントニオ・ガデス舞踊団『血の婚礼』

ロルカの、実話をもとにした戯曲を
極限まで削ぎ落とし、
その魂を抽出したような舞踊劇。
ロルカの紡ぎ出した言葉を
難しく解釈しようとする必要などない。
美しい緊迫に満ちた、わずか40分間のスペイン舞踊の世界に
心を委ね、ただ感じるだけでいい。
アントニオ・ガデスは
なんという舞台を遺していってくれたのだろう!

官能の悦楽、渇望、誘惑、
生む性の抑圧、束縛、道徳、
刹那の歓喜と保守の枷の狭間で、
女は永遠に苦悩を抱え、
男は翻弄されるのだろう。

刹那の快楽は不安に命を縮め、
安定にすがろうとすれば、
心は生きながら死ぬだろう。
両方を追い求めようとしたら
破滅である。

時代がいかに進化しようと、否、進化すればするほど、
根本的な人間のサガが原始のままである限り、
この矛盾はいっそう深く浮き彫りになっていくだけ。

だから、行き場のない葛藤の悲劇を捉えたロルカの世界は、
いつの時代も新鮮で在り得る。

87年の、ガデスが主演した『血の婚礼』日本初演は
忘れられないが、
それから約30年を経て、私自身も齢を重ねたいま、
新生ガデス舞踊団による『血の婚礼』の悲劇からは、
あの時以上に、ロルカの思想が痛いほど伝わって来て
仕方がないのだ。

アントニオ・ガデスが、
このロルカの戯曲を、言葉を通してではなく、
感性に訴えかける舞台芸術に創り上げることができたのは、
ガデス自身がこの思想を単に言葉で学んだのではなく、
貧しさゆえに、子供のころから世間と闘い、その中で、
心身に叩き込んで来たからだろう。

その哲学と美学を継承する、アントニオ・ガデス舞踊団の
存在意義は大きい。
彼らの果てしない挑戦に、心からの拍手を!

アントニオ・ガデス舞踊団2016
9/17(土)17:00 Bunkamura オーチャードホール
Aプログラム「血の婚礼」「フラメンコ組曲」

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2016年9月13日(火)
優しさと哀しみ

ディエゴ・ゴメスのソロライヴ、
詩を編むようなカンテを堪能しました。

息の長い声、確かな音程、豊かな節回しで
歌い紡いでいく世界は、誠実なフラメンコ愛に満ちていた。
ほどよいユーモア、滲みでるペーソス、
大きな身体を響かせながらも、力みのないフラメンコは
どこまでもエレガント。

クライマックスとなったティエント・タンゴスには
暖かな包容力があり、自然と心を解放させて陶酔していた。

繊細な優しさは、たくさんの哀しみで出来ている。
そんなことに気付かせてくれるディエゴ・ゴメスの歌声。

パセオフラメンコライヴVol.032
ディエゴ・ゴメス カンテソロライヴ
ディエゴ・ゴメス(カンテ)
尾藤大介(ギター)
齊藤綾子(パルマ)
松橋早苗(パルマ)

2016年9月8日(木)
高円寺エスペランサ

(撮影:小倉泉弥)
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2016年9月11日(日)
狂気を見る

アルテイソレラ「一炊ノ夢」、
無意識の狂気を自覚せずにはいられない、
そんな心情を引き摺りだされた。
暮らしの中では誰もが、狂気と正気の振り幅の間を
何とかバランスを取って生きている。
眠りの中で自我の地平を独り彷徨う鍵田真由美さんは
やがて、無意識の中に抑え込まれていた幻想に
踏み込んでいく。
そして、彼女の経験と憧憬が入り交じった、
無国籍で極彩色の絵巻が展開されていく。

そのシュールな光景は、一場面ごとに、観客の潜在意識に入り込み、
それをかき混ぜ、いやおうなく何かを捉え、結びつき、
見たかったものも見たくなかったものも、引き出してしまう。

金襴緞子の和服の衣裳に身を包んだ鍵田さんは、花嫁だろうか。
(鍵田さんの着物姿は、本当に博多人形のようで美しくて哀しい)
憂いに満ちた瞳で佇む鍵田さんを、
群舞の男たちはさらおうとする。
群舞の鮮やかな朱色の衣裳を着けた女たちは、
金魚の尾のように付きまとい、突然、笑い声を上げる。
狂気に振りきった声。女たちの笑い声は止まらない。
いかなる感情も、極まった先は笑いとなってしまうのではなかったか。
その笑いは、花嫁の自我の不安なのか、哀しみなのか、
または初夜の悦楽なのか、
他者の祝福なのか、羨望なのか、嫉妬なのか、
または何も知らない花嫁への嘲笑なのか。
かつて、白無垢と打掛を羽織った、遠い頃の記憶が引き起こされる。
鍵田さんの表情は、美しい能面の陰翳を宿したままで、
それゆえにいっそう心情が際立っていく。

わずか1シーンでここまで内側の領域に踏み込んでくる
佐藤浩希さんのイマジネーションは、
これからどこに向かっていくのだろう。

観た人たち、かかわった人たち、
すべての人の深層心理に迫る舞台だった。

多彩なジャンルのアートとのインスピレーションで
舞台を創り上げて来たアルテイソレラの、ひとつの集大成であり、またここからそれぞれに何かを生み出していく起点となる
新たな始まりの舞台となった。

アルテイソレラ
鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団
「一炊ノ夢」
日本橋公会堂 
2016年9月9日 19時の部

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2016年9月1日(木)
カンテの地図を描く

9/25(日)のパセオ講座は、
エンリケ坂井さんの「カンテ~奥の細道②」ソレア・デ・カディス編です。
エンリケさんの長年のフラメンコの経験、研究に基づき、カンテの原点について語ってくれる、
しみじみ味わい深い散歩道のようなレクチャーです。

前回は、ソレア・デ・アルカラでした。
「ソレア・デ・アルカラはソレアの王様といえます。それはこの雄大さにあるんです」
そしてその魅力を、名アルティスタ往年の名唱が録音された貴重なCDで一緒に聴き、
またエンリケさん自らギターを弾きながら、語ってくださいます。

ひとことでソレアといっても、地方ごとに特色や歴史があり、
その音楽にかかわり伝えていくファミリーがあり、
フラメンコとは本当に奥が深く、
どこまでも底なしに味わえる芸術なんだなと気付かされます。

たとえば同じ日本でも、自分の故郷のお国自慢というのは何だかうれしいもので、
そんな懐かしさも感じられます。

次回のソレア・デ・カディスにはどんな歌心の発見があるでしょうか。
まったくおぼろげだったカンテの地図を、
自分なりに描いていけそうな気がします。
そして、このような知識や情感を知ることは、
今自分がやっているフラメンコに深みを与えてくれるような気がします。

エンリケ坂井さんのフラメンコへの深い敬愛そのものに触れられることもうれしい。
フラメンコがなぜ人の心を捉えて離さないのかを実感できる講座です。

秋にふさわしいフラメンコ散歩、ぜひご一緒に!
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2016年8月30日(火)
内圧の追悼

稲田進さんのソロライヴは
お母様への追悼の舞台となりました。
"内圧"の中には哀しみの圧力が渦巻いていて
それが滲み出るほどのエネルギーに
包まれている身体の存在感は
怖いくらいの凄みがありました。
暗い客席の間を
重い足取りでゆっくりと舞台に向かう姿は
闇の中に生きる深海魚のようでした。
200メートルよりももっと深い海の水圧に
耐える内圧の底知れぬ力。
そしてふと、その生を育むのは
母なる海なのだと気付く。

松谷冬太さんの力みのない不思議な歌声は
どこか懐かしく
生まれたばかりの赤ん坊が
自分の発した声に驚き
身体を響かせる面白さを知るような
原始の歓びに満ちていました。

ラストのマルティネーテ・イ・セビジャーナス。
鎮魂歌のようなマルティネーテに続いて
稲田さんがひとりで舞った鬼気迫るセビジャーナス。
そのとき向き合っていた人は誰だったのかを想い、
目頭が熱くなるのを抑えられませんでした。

生を受けた者の歓びと哀しみの営み
その重みを感じさせる
得難い舞台。

ライブの後のフエルガがまた凄かった。
客席にいたアルティスタたちが
稲田さんの想いに寄り添い、ひとつになって
踊り、歌い、祈る。
小島慶子さんが恐れずに先陣を切って突入。
追悼の想いを一気に加速する。
川島桂子さんが艶のある声で空間を包む。
有田圭輔さんが踊る。
三枝雄輔さんが全身全霊で煽る。
斉藤克己さんは浴衣の裾をひるがえし自ら華となる・・・
何の制約も無いところで
自分の持つ最善のものを惜しみなく捧げていました。
最後は、稲田さんが遺影に向かい手を差し伸べ、
そこにすべての人の気持ちが注がれていく。
ドラマを超えたドラマがありました。

【パセオフラメンコライヴ Vol.031】
稲田進 ソロライヴ

稲田進(バイレ)
阿部真(カンテ)
尾藤大介(ギター)
山室弘美(パルマ)
容昌(パーカッション)
松谷冬太(歌)

8/25(木)高円寺エスペランサ

写真撮影:小倉泉弥

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2016年8月29日(月)
全身フラメンコ!

パセオ講座「三枝雄輔とフラメンコ!」初回終了しました。
言葉と実践によって、
こんなにもフラメンコの面白さを実感したことはなかったような気がします。
まず雄輔さんがシンプルな1拍子のパルマを叩き続けながら、
そこに雄輔さん自身の想いを、全身を使ったいろんなやり方で乗せていきます。
ハレオ、口拍子、足拍子の意味が際立っていく。
1拍子の連続の中に音楽が生まれ、その波に引き込まれました。
そして、受講者の方ひとりひとり順番にパルマを叩いてもらう。
自由に気持ちを込めてそれを発信させながら。
雄輔さんは裏拍子やハレオを自在に入れながら、
ひとりひとりの発信に応えていきます。
初心者、経験者、それぞれテクニックは違っていても、
何よりも想いが入っているかどうかを大切にして進めていきます。
雄輔さんとの1対1のパルマに、その人ならではのフラメンコの空気が生まれてくる。
自分のパルマだけに気を取られてしまいがちな人には、
「自分ひとりに閉じこもらないで、共有しよう!と考えて」
緊張している人には、
「音を楽しまなければ、楽しくさせなければ、音楽ではないんです」
ムズカシク考え込んでしまった人には、
「子供に戻ろう」
ひとりひとりの注意点は、皆にフィードバックされ、
その解放感で場がひとつとなる。
散りばめられた雄輔さんのフラメンコ語録は、
単に言葉として浮いてしまうことなく、
すべてが、フラメンコって楽しい!という実感に結びつく。
CDの聴き方も目からウロコでした。
「自分も参加している気持ちで、いっしょにやってみる」ということ。
ブレリア(ランカピーノ)を聴きながら、
雄輔さんがパルマを叩き、12拍子のうねりを全身で表してくれることで、
ワクワクのツボを感じることができた嬉しさ! 
ああ、こうやって聴くのかと。

「五感を大事に」
雄輔さんが何度も口にしたこの言葉の意味を
全身で体験できた、フラメンコにもっと近づけるヒント満載の講座でした!

次回は未定ですが、決まり次第、お知らせしてまいります。

三枝雄輔さん、参加された皆さま、どうもありがとうございます!

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2016年8月23日(火)
三枝雄輔さんのフラメンコ講座

8/28(日)のパセオ講座は、
三枝雄輔さんの「三枝雄輔とフラメンコ! ~自らコンパス感を発信するために」
を開講します。

つい先日のパセオライヴ、ヒターノそのものの存在感で自由自在に踊った
三枝雄輔さんのフラメンコは凄かった。

少年時代からスペインに渡り、暮らしの中でヒターノたちと親交を深めて来た三枝さんは、
フラメンコという芸術がいかにヒターノの生活と密接しているものかを肌で知っています。
それこそ「食ったり寝たりするのと同じくらい、彼らの生活そのもの」であると。

そして気付いたことは、フラメンコは受身じゃダメということ。
上手いもヘタもまったく関係なく、伝える思いがあるかどうか。
自分の気持ちをまず自ら発信して初めて、フラメンコが始まる。

三枝雄輔さんが、ヒターノたちとの濃厚な交流から培った多彩な、ワクワクするような引き出し、
テクニカ、セオリー、コンパス、そしてスペイン語会話に至るまでを、
受講者の皆さんとのやり取りの中で、自在に開けて、
自らフラメンコを発信する仕方をお伝えする講座です。

その場の対話と雰囲気から生まれるレクチャー、
その空気感そのものがまさにフラメンコなのかも知れません。

まだまだお申込受付中です! 

日時◆8月28日 13:00~14:30(開場12:30)
会場◆スタジオ・アルソル 東京都中野区中野3-3-6 セルバビル
   (丸の内線「東高円寺」徒歩6分、JR・東西線「中野駅」徒歩10分)
   社団法人日本フラメンコ協会とパセオ編集部のあるセルバビル1階スタジオです。
受講料◆90分/3,000円(当日受付にてお支払いください)
お申込◆Tel/03-6382-4611  Fax/03-6382-4613 
    メール/paseshop@paseo-flamenco.com
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2016年8月22日(月)
ロサリオ・ロペス

東京フラメンコ倶楽部事務局の山田裕子さんからパセオにメールがありました。
日本でもなじみ深いカンタオーラ、ロサリオ・ロペスの訃報でした。

「東京フラメンコ倶楽部の我々の親しい友人、素晴らしいカンタオーラのロサリオ・ロペスが
18日ハエンにて亡くなりました。               
濱田先生、エンリケ坂井氏との親交も深く、何度か日本を訪れ、
その清らかな魂とカンテへの真摯なアフィシォンが我々の心を捕らえました。
この何年かは歌うことなどかなわず、病気に苦しんでいた彼女です。
今は安らかに眠り、師ラファエル・ロメーロ翁と天国で再会していることでしょう」
(以上、メールより) 

いま、ロサリオ・ロペスのCDを聴いています。

息の長い、力みのないまっすぐな声。
心との対話が自然に歌の抑揚となって流れている。
その心そのものが、温かく誠実であることが伝わってくるのです。

何度も日本を訪れ、その機会に行われたリサイタルから、
とくに忘れがたい歌を選りすぐってレコーディングされたもの。

伴奏はエンリケ坂井さん。ロサリオの心のに耳をかたむけ、
そっと背中を押し出すように支えるような、信愛に満ちたギターです。

歌う前のちょっとした対話、そして聴衆の温かな拍手が聞こえます。

人との信頼で結ばれてこそ、そこに美しいフラメンコが生まれるということを、
強くそして限りなく優しい存在で体現してくれた女性だったと感じています。

ご冥福をお祈りいたします。

『ロサリオ・ロペス&エンリケ坂井/フラメンコの深い炎Ⅱ』
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(パセオ・オンラインショップでお取扱いしています。)


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2016年8月17日(水)
ダビ・ラゴスとともに・・・

現在最高峰のカンタオールのひとり、ダビ・ラゴス氏がこの秋来日。
長年交友を深めてこられたエンリケ坂井氏との共演、協力による
カンテコンサートとクルシージョが実現することになりました。

そして、11月で一周忌を迎える、
ダビ氏の伯父、故アギラール・デ・ヘレス氏(アルバロ)の
オメナヘとなる「偲ぶ会」も行われることとなりました。

長きに渡り日本で活躍したアルバロ。
フラメンコを通して温かなつながりを持った方々が、
全国からエスペランサに足を運んでくださった、
あの雨の日の「お別れ会」を思い出します。

ダビ・ラゴス氏は、アルバロと親交のあった方々に、
彼の写真や、歌っている録画、録音データを提供していただき、
アルバロを記念するアルバムをスペインで制作する意向だということです。

ダビ・ラゴス氏と共に、フラメンコの核心にあるものに触れられるような、
思い出深い秋になりそうです。

◇ダビ・ラゴス カンテクルシージョ
 10月10日(月・祝)15時開講 スタジオ・カスコーロ〔要町〕)
◇ダビ・ラゴス カンテコンサート
 10月10日(月・祝)19時開演 スタジオ・カスコーロ〔要町〕
◇ダビ・ラゴスとともにアギちゃんを偲ぶ会
 10月11日(火)19時~21時終了予定 エスペランサ〔高円寺〕
 
※ メール受付を、8月20日(土)より開始いたします。
paseshop@paseo-flamenco.com

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2016年8月10日(水)
ノスタルジー

「ノスタルジーを壊してはならない。
 けれど、
 ノスタルジーにつぶされてしまうこともある」

タブラオの老舗『エル・フラメンコ』を引き継ぐことを決められた
ソニア・ジョーンズ代表の村松尚之氏が、
パセオにその報告をされるために来られたときに
語られていた言葉が印象に残りました。

フラメンコを愛する人の胸の内にある郷愁に寄り添い、大切にしつつ、
フラメンコの未来へ踏み込んでいく、
勇気ある潔さが伝わってきました。

『エル・フラメンコ』が築いてきた歴史の重みを継承しながら、
新たな「フラメンコの聖地」が生まれる、
希望に満ちた予感に胸躍ります!

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(撮影:編集部 小倉泉弥)


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2016年8月8日(月)
ガデスについてのテレビ取材

編集長の小倉が、この秋来日する『アントニオ・ガデス舞踊団』についての
テレビ取材を受け、見どころを語りました。
その中で、今は亡きアントニオ・ガデスの魅力について、
「身体のラインがほんとうに美しい」と語っているのを聞き、
もう30年も前に生の舞台で見たアントニオ・ガデスの姿が
鮮やかに脳裏によみがえりました。
思い出すだけで、今もときめいてしまいます。

スペイン内戦が勃発した1936年に生まれたガデス。
父親は志願兵となり、身重だった母親を残して出兵し、重傷を負います。
貧しさの中で食べるためにガデスは11歳のころからあらゆる職に就き、
15歳の時、ナイトクラブで踊っていた時に、
フラメンコ舞踊家ピラール・ロペスにその才能を見出されることになります。

彼にとって踊ることは、生涯、労働でした。
才能に甘んじることなく、舞踊、文学、美術を学び続けます。
ロルカを読み、ミロやピカソなど多くの芸術家たちとの親交を深め、
インスピレーションを受けながら、
生きるとは?という強烈な問い掛けを、舞台に反映し続けました。
だから、ガデスの舞台には研ぎ澄まされた緊張感が漲っている。
ストイックに哲学を追求する孤高の姿に虚構を排除した芯のある色気が滲む。

その美学を受け継いだ、新生『アントニオ・ガデス舞踊団』の舞台が待ち遠しい。
ガデスが美しい立ち姿で、真に伝えたかった想いに、
あらためて触れてみたい。

今日の収録は、9/6(火)TBS『アカデミーナイトG』で放送予定だそうです。
編集長の言葉と映像が、どんな風に編集されているでしょうか。楽しみです。

そして『アントニオ・ガデス舞踊団』公演は、 
9/17(土)~9/19(月・祝)BUNKAMURAオーチャードホールです!

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2016年8月5日(金)
三枝雄輔&三枝麻衣デュオライヴ

三枝雄輔さんの重量感のある踊りは、
フラメンコと共に育ってきた人だけが踊れるフラメンコだ。

気持ちがそのままストレートに動きに顕れる。
小学校を卒業してすぐにスペインに渡り生活してきた彼は、
フラメンコがどれほどヒターノの暮らしに密接しているかを肌で感じ、
それを純粋に血肉化したのだと思う。
いわゆるバレエや歌の基礎というフィルター無しに、
心も身体も直接フラメンコの洗礼を受けたのではないだろうか。
三枝さんのフラメンコからは、
気安さの笑顔の中にさえ、濃厚な黒いもの放たれ、
怖いような魅力に引き込まれてしまう。
それは共演者にも伝播する。
パルマとカンテのみで三枝雄輔さんを囲むブレリア。
雄輔さんのピトの乾いた音が降り注ぐように響く。小気味良いのに重量感がある。
エスペランサの舞台に雄輔さんの小宇宙が形成され、
フラメンコのコンパスの中で、
存在感のある身体で渦を巻くように自由自在に空間に挑み、
共演者全員を引き込んでいく。
スペインで修行を積んできた大ベテランである瀧本正信さん、川島桂子さん、
その奥深くにあるフラメンコ魂をあおり、火をつける。
三枝さんに引き出され解放されたフラメンコが、パルマにハレオに露出し、
バイレの三枝麻衣さんもギターの長谷川暖さんもひとつとなり、
舞台上の5人は恍惚となってブレリアのリズムに没頭していく。
老舗タブラオはいつのまにか次元を超え、
かの地のゾクゾクするようなヒターノの熱い溜り場を映し出していた。

三枝雄輔さんと麻衣さん兄妹のパレハは、
兄妹でありながら、火花が散らすような緊張感がある。
互いに引き付け合いながらけん制する緊迫した距離は近親憎悪ともいえる気迫を感じた。
バイラオーラの鈴木眞澄さんを母に持ち、祖母もカンタオーラ、
子供たちもフラメンコの舞台を踏むという四代に渡る、
日本では稀有のフラメンコ・ファミリー。
家族の血はどこまでも重く、
支え合える得難い愛情でもあり鬱陶しいしがらみにもなり得る。
その逃げることの出来ない濃厚な想いを
互いが螺旋状に積み上げていき、そして何か不動のものが形成されていくのだろう。
最後に雄輔さんが目で誘い、
母親の鈴木眞澄さんが客席から踊りの輪に飛び込み、一振り踊った。
優しい包容力が舞台を柔らかくひとつにしていた。
三枝雄輔さんは「プーロの旗手」であることを独走していく
唯一無二の存在であり続けるだろう。

パセオフラメンコライヴVol.30
三枝雄輔&三枝麻衣デュオライヴ

8月4日(木)高円寺エスペランサ
三枝雄輔(バイレ)
三枝麻衣(バイレ)
瀧本正信(カンテ)
川島桂子(カンテ)
長谷川暖(ギター)


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2016年8月4日(木)
ワイルドでシャイ

大きくてワイルドで、どっしりとした存在感が近寄り難かった。
でもパセオでの打ち合わせのときお話を少し伺って、
実はちょっぴりシャイで、
そして真剣にフラメンコのことを思っている方、ということが伝わってきました。
それが丸ごと、魅力になっているバイラオール。
今日、パセオライヴに登場する三枝雄輔さんです。

三枝雄輔さんは、8月28日のパセオ講座でも講師を務めてくださいます。
少年時代からスペインで暮らし、
生活の中でヒターノとの親交を深めて来た三枝さんは、
フラメンコの在り方を肌で知っている方。

フラメンコはただ受身で習うものではなく、
「自ら発信するもの」であり、そこから「その人自身のフラメンコが生まれる」と。
三枝さんが、ヒターノとの濃厚な交流から培ってきた、
フラメンコの発信の仕方(テクニカ、セオリー、コンパス、会話など)の多彩な引き出しを、
受講者の方と対話しながら、その場で自在に開けて、伝えていく講座です。
フラメンコの即興と通じるものがある。

今日のライヴ会場でもお申込をお受けしていますので、
ぜひお声掛けください♪
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2016年8月3日(水)
明日は三枝雄輔さんと三枝麻衣のデュオライブ!

明日8/4(木)のパセオライヴは、
三枝雄輔さん&三枝麻衣さん兄妹のデュオライヴ。

小学校卒業と同時にスペインに渡り、
暮らしの中でヒターノと親交を深めて来た雄輔さん。
同じく渡西を重ね、長期留学時に家族的なヒターノのフラメンコに惹かれ
コンチャ・バルガス氏に師事してきた麻衣さん。

生き方��