日刊パセオフラメンコ

2018年04月01日 「タブラオの芽」


タブラオの芽/2018年1月のエスペランサ
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 最近のエスペランサの傾向として、貸し切りや仲間同士のライヴが増えてきているように思える。毎回のブッキングに頭を悩ませている身にしてみれば、とてもありがたい。かといって勝手に何でもいいかというと、そうとも言えないところがあるのだが、よくしたもので今までにその手のことで困ったことはない。上手いとか下手だとか、そうした次元とは異なるお楽しみ満載の発表会が自分は大好きだ。また仲間同士のライヴにはファミリア的なあたたかさ、気心の知れた安心感があったり、一緒に仕上げた作品的な舞台に出会って感激したりで、これもまた楽しい。毎日がこういった催しもので明け暮れてくれればそれはそれで結構なのだが、そうはいかないのが世の常で、そこにフリーの日の出演者ブッキングという役割が回ってくる。ブッキングを中心にやってきたのだから今更何をと、自分に言い聞かせてはみるのだが、この仕事は傍目よりは難しいというか結構厄介な代物で、困り果てることもよくある。
 そんな時「いいですよ」の一言でブッキングを引き受けてくださるお助け人がいる。独特のアイレを感じさせるギタリストの小原正裕さんだ。ご存知バイレの鍜地陽子さんのご主人で、彼がまだ20代前半の頃からの長い付き合いになる。あれだけ自己主張のはっきりしたギターを弾きながら、偏屈極まるわが兄・田代耕一とも気が合い、九州まで出向いて一緒の舞台で弾いてくれるのだから、これはもうありがたく感謝にたえない。個性あふれるギターの弾き手だからこそ、他の人の個性も尊重できるのだろうか。小原節ともいえる独特の音色音圧に魅入られる共演者も多く、彼から話が行くと出演を快諾くださる踊り手さんも多い。うん、だからブッキングができるのだと、勝手に納得。
 3/7、カンタオーラ川島桂子さんの誕生日(3/5)に遅れること2日、第11回目となる『川島祭り』が開催された。この祭りは「川島桂子カンテクラス」主催で、飲み放題・バイキング料理形式での開催が通例で、店のスタッフは大忙しながら実に楽しい会なのである。桂子さんと生徒さんとの師弟の絆は、傍からみて羨ましいほどに深く、強い。カンテという難しいジャンルの発表会に、これ程までの成果を引き出せるのは、卓越した指導力とお互いの信頼関係の強さによるものに違いないと確信する、素晴らしい〝祭り〟であった。深夜26時半お開き、後片付けを済ませると、時計の針は28時にさし掛かかるところだった。

タブラオの芽/2017年12月のエスペランサ
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 かつての若い人、今若い人、適度に若い人、それこそ小学生から古稀を過ぎた高齢者まで、さまざまな年齢層のアーティストたちが出演するエスペランサ。
12/15は旧知の渡邉薫さん、齊藤克己さん、初顔合わせスペイン在住の福原恵理さんのトリオによるライヴ。予定していたギタリストが急に変更になるというアクシデントがあったにも関わらず、初志貫徹のファルーカを踊った薫さんはもちろんのこと、ギターの尾藤大介さんもお見事。一昨年の協会新人公演以来のバイレソロをしかも2曲踊った克己さんはアフターのフォローもお手の物だし、恵理さんの迫力ある踊りにお客様は大拍手。さすがベテランのおふたりと本場で活躍中の実力者だけに、にわか合わせをものともせず、潔いライヴで客席を魅了した。
 年の瀬の12/23~24は、ギターの鈴木尚さんプロデュースのライヴ『ヴァイオリン三木重人さんをゲストにギターソロの会』、そして尚さんと仲間たちによる『魅惑のクワドロフラメンコ」を二日間にわたって開催。二晩ともに尚さんのフラメンコギターソロに引き込まれ、しっかりと心をもって行かれた。素直に「いいなあ」って感じられるギターって本当に素敵だ。昨年までは新春ライヴの常連だったチャリートさんと、実に久しぶりの小池重子さんの名前を見つけて喜んだこの企画には、チャチャ手塚さんと、吉田光一さんが加わり、カンテは石塚隆充さんという万全の布陣で、そりゃあ尚さん嬉しそうだっだわけだね。
 12/1は我が兄・田代耕一、12/14俵英三さん、12/23鈴木尚さん、12/27三澤勝弘さんが登場。戦中から戦後の混沌とした時代を駆け抜けて60代70代となった猛者たちが四人も出演。今でこそ伴奏や演奏の仕事に恵まれるフラメンコギタリストだが、当時は何の保証もないフラメンコギターなる代物に人生と精力を傾けた偉大なる冒険者たちだ。それぞれの生き方、大切にしてきたアルテ、フラメンコに対する考え方、価値観、好みが、自分の"こだわり"となってギターの音色に託して語られるのだから、ひとりひとり違って当然だし、みんなそれぞれに素晴らしくて、どうしたって感動してしまう。近年進境著しい音楽家のフラメンコギター(それはそれで文句なし)とは一線を画しながら、己のギターに誇りを持っている姿は、観ていて聴いていて清々しく、また羨ましく感じられる。それはきっと、そうなれなかった者(自分)のひがみと憧れかもしれない、と自戒しつつ2017年も暮れていくのだった。