日刊パセオフラメンコ

2018年11月18日 しゃちょ日記/パロマのソロライヴ!

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2018年11月19日(月)その3393◆パロマのソロライヴ!

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2018年11月21日(水)20時
パセオフラメンコライヴVol.104
小島慶子ソロライヴ

小島 慶子(バイレ)
川島 桂⼦(カンテ)
⻄井 つよし(ギター)
尾藤 ⼤介 (ギター)

 2017年、年の瀬のパセオ編集部。私はぎりぎりと奥歯が軋むほど、その年最大の後悔に苛まれていた。執筆陣が今年一番だと思うフラメンコを熱く語り合う恒例のマイ・ベスト座談会。多くのアルティスタの名前が挙がるなか、小島慶子のパセオライヴがいかによかったか、とりわけ熱弁が振るわれた。曰く、とにかく期待を上回るすごさ! 倒れてしまうんじゃないかというほどの烈しいフラメンコ、120%の力を出し切って踊っていた、等々。あーあ、不覚にも見逃していた。しかもぺテネーラを踊ったなんて本当に観たかった。さらに追い打ちをかけたのが、小山社長のことばだった。「踊ったあと、抜け殻になってエスペランサの階段を這うように登っていくんだよ。『そんな生き方してたら死んじゃうよ』と言ったら『アートの世界でセーブして生きて何の意味があるの!』と言い返されたよ」                             
 痺れた。そして打ちのめされた。ドラマのセリフでもなんでもない。リアルでこんなカッコイイセリフを言えちゃうなんて。リラクゼーションとか癒やしに血道を上げ、少しでも楽に生きようとしていた己に喝! 私もマネして自分に言ってみる。「そんなにすごいソロライヴ、観ずに生きてて何の意味があるの?」
 2018年のパセオライヴのトリを飾る小島慶子。それまでおあずけとは長すぎる。ぬかりなく、申し込み開始日をスマホのアラームに保存した。クリスマスを待つ子供のように、指折り数えて小島慶子のパセオライヴを待ちわびている。 
(月刊パセオフラメンコ2018年11月号より~さとう みちこ)

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2018年11月18日(日)その3392◆まわし者

日曜朝のインフラ買い出しをすませ、現在ジェーとNHK将棋観戦中。
午後からはパセオで、急ぎの仕事を三つばかり。
晩めしはチーズ祭りにバケットとサラダ、メインはカルボナーラ。
意外なキーマンはよつ葉バター。
激安スパークリングワインがきんきんに冷えている。

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※よつ葉バターのまわし者歴:厨房時代より約四十四年

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2018年11月17日(土)その3391◆森川シンドローム

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十五年くらい前のジェー。
弾きもしないギターの前で日向ぼっこ。
まだおれも四十代だったんだな。

ひと仕事片づき、のんびり過ごす土曜の午後。
寝っころがってスーパーの買い出しメニューを書いてると、
ぴたり寄り添うジェー。
あれ(肉やらプリンやら)を頼むぜ!と顔に書いてある。
連れ合いが風邪気味なので、今晩は鶏系ちゃんこ風うどんすき。
  
買い物前にとっ散らかった書斎の整理。
衣服と文庫とCDの衣替えだ。        
ステレオからはずっとバッハの無伴奏ヴァイオリン。
木曜パセオライヴの端正にしてシャープな森川くんの
ヴァイオリンにどうやら触発されたようで、
ハイフェッツ、シェリング、シャハムなどを次々に聴いてる。

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2018年11月16日(金)その3390◆森田志保/はな9

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今宵は森田志保『はな9』。
協演はダビ・ラゴスとアルフレッド・ラゴス。
何かが起こらない訳がない。

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2018年11月15日(木)その3389◆この一枚!

11/20発売のパセオ最新号。
数千枚に及ぶ、大森有起撮影の新人公演全プログラム
渾身ショットの中から、この一枚!をセレクト!

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2018年11月13日(火)その3388◆即日重版

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発売日当日に、重版が決まったという。
おそるべし鳴神響一!!!
今週末のお楽しみはこれに決定!

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2018年11月12日(月)その3387◆友繁健人ライヴ

2018年11月14日(水)20時/高円寺エスペランサ
パセオフラメンコライヴVol.103
友繁健人&マリア デュオライヴ
      
【出演】        
友繁健人(ギター)
マリア・ホセ・カデーナス(カンテ)
森川拓哉(ヴァイオリン)
容昌(パーカッション)
荒濱早絵(バイレ)
        
『ソロ・コンパス』。
フラメンコを習う人なら誰もが持っている、教則CDの決定版を開発したその人、友繁健人さんの登場!
 1954年兵庫生まれ。15歳でギターに触れ、伊藤日出夫氏にラスゲアード、三澤勝弘氏にリカルドの手ほどきを受けた。1980年にはスペイン政府の招聘で、フラメンコギタリストとしては初の名誉留学生として渡西。マノロ・マリンに認められ、専属ギタリストとして国内外の劇場、ライヴに出演。現地での受賞多数。
 1994年セビージャにOFS社を設立、『ソロ・コンパス』リリース。大物アルティスタたちのコンパスを伝える音源は海外の需要も多い。筋金入りのフラメンコ人生だ。僅かな帰国の折には、熱烈なアフィシオナードたちに囲まれ、長くパートナーを務めるマリアさんとのデュオライヴも続けて来た。そういった中で記憶に刻まれているのは、実のところ、パセオへのCD納品に当たっての、友繁さんとの素朴なメールのやりとりだ。欠品が生じた時の少ない注文にも、親切に応じてくれたことが有り難かった。

「フラメンコは音楽ではないと思って弾いています。それは魂の叫び、嘆き節、喜び節。馬蹄を作る鉄を叩くリズムがマルティネーテとなるように、民衆の生活の匂いがするものです」

 セビージャの地に根を張る友繁さんに訊いてみたい。なぜスペインに暮らすのか、それでもなぜ日本のアフィシオナードに『ソロ・コンパス』を届け続けるのか。その答えを聞くべく、彼のギターの音色に静かに耳を傾けたい。
     (月刊パセオフラメンコ2018年11月号~井口 由美子) 

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2018年11月11日(日)その3386◆この世の歓び

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二年前の秋には百死に一生を得、
この夏と季節の替わり目には九死に一生を得た。
この日は来ないと心得ていたが、
11月11日、本日ジェー満16歳。
中野北口の犬も人もオッケーなバルで誕生会。
二度目となる旨店だが、皆で出掛ける彼の歓びが尋常ではない。
お前も俺もやがては逝くのだから、まあせいぜい、
苦難とともにこの世の歓びを味わい尽くしておこーや!

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2018年11月10日(土)その3385◆ロゴスの市

寄る年波でバッハや文学や落語で呑める友人が年々減ってゆくのは寂しいが、
フラメンコや将棋で呑める友人が年々増してゆくことで、
どーやらバランスしているのだろう。
           
久々に呑んだ文学仲間から、乙川優三郎の現代物の新刊文庫を二冊もらった。
心の通うプレゼントには、私の払う呑み代の十倍以上の価値がある。
短編集と長編、いずれ劣らぬ名作である。
特に『ロゴスの市』は、マエストロ乙川が海外でも高い評価を得る
きっかけとなるであろう長編。
あと十年から二十年でノーベル賞候補に推されることを確信した一冊だった。

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2018年11月9日(金)その3384◆修行僧

何だかんだの五連チャン呑み会。
くたびれ果てた徘徊じじい。
ほんとに懲りねえ奴だわ。
明日こそは修行僧のように仕事がしたい。

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2018年11月6日(水)その3383◆愛しのマレーネ

パセオフラメンコライヴVol.102
チャチャ手塚ソロライヴ
2018年11月8日(木)20時/高円寺エスペランサ

【出演】
チャチャ 手塚(ルンベーラ)
山﨑 まさし(ギター)
永潟 三貴生(カンテ)
三枝 麻衣(ゲスト)
【問合】http://www.paseo-flamenco.com/daily/2018/11/2018118.php...

 マレーネ・ディートリッヒ演じる女が、酒場の客たちの間を歌いながら毅然と歩く。チャチャ手塚さんの舞台を観るたび、私は映画『モロッコ』の名シーンを想い出す。観客ひとりひとりと視線を交わし、気持ちを惹き付け、余裕の微笑みで男たちをさらりとあしらい、女たちの恋心をつかむ。人の胸を射る眼差しは、ウイットと色気と、そして包容力の深さを湛えている。粋な佇まいに惚れ惚れする。

 ルンベーラがパセオソロライヴに初めて登場する。もちろん、チャチャ手塚さんだ。歌うこと踊ることが大好きだった少女時代を経て、舞踊家の草分けである河上鈴子氏に師事。クラシックバレエを習得していく中でフラメンコに出会い、渡西。そして名ルンベーラ、アンヘラ・ドラードの愛弟子となり、日本における第一人者としてこのジャンルを牽引して来た。好きなものに対して迷いなく挑戦してきたからこそ、王道を歩む険しさを感じさせない。歌い踊れる歓びが全身を貫いているのが気持ちいい。

「お客さま方がそれぞれの過去、現在、未来を感じ、未知を体験してくれたら嬉しい。その風景、匂い、人の表情や言葉を思い描いていただけたらと願いつつ、いつも舞台に立っています」

 そんなイマジネーションの豊かさが女優の貫録を滲ませる。チャチャ手塚さんのグラマラスなスタイルとその脊髄から響き渡るようなドラマティックな歌声に包まれて、ルンベーラの華を味わい尽くしたい。       
(月刊パセオフラメンコ2018年11月号~文/井口由美子 撮影/大森有起)

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2018年11月5日(月)その3382◆追いかける理由

光栄なる依頼にひと晩で書き上げたプログラム寄稿。
ほんの僅かながら、あの満開の本番にリンクできたかもしれない。
  
 『追いかける理由』
           小山 雄二(パセオフラメンコ編集長)

「ほら、これだけで充分じゃない?」
 なんて便利!などと油断している間に、魂を抜き去ろうとする現代文明の悪魔性。そうした便利さの向こう岸に、ブレない存在感で人本来の素朴で逞しい生命力を呼び醒ます預言者。ステージで踊る大沼由紀は、生きる源点をフラメンコ経由でしなやかに差し出す。

 ひと昔前、凄い凄いと玄人筋がこぞって太鼓判を押す謎のカリスマバイラオーラの舞台に初めて触れた衝撃はいまも忘れ難い。多くのプロ舞踊手たちが詰め掛けギラリ静まりかえる開演待ちの客席上空には、何かを予感させる黒いテンションが充満していた。そして大沼由紀登場と同時に魔はやって来た。鋭い痛みをともなうカタルシスを客席に残し、やがて魔は去った。

 以来私は大沼由紀の追っかけとなった。だから例えばスペインの超一流どころの公演と彼女の舞台が重なる場合なども、迷わず由紀さんの舞台に駆けつける。なぜ私は彼女を追いかけ続けるのだろう? そのこととフラメンコの専門誌を毎月出し続ける理由が、多く重複することに気づくのはずっと後のことだ。

 好き嫌いを超え、真理を予感させる魅力的なエネルギーには強烈無比な引力がある。誰しもそんな存在を心に抱くものだが、私の心にもグレン・グールドのピアノバッハや、将棋の羽生善治永世七冠のアルテと同様な位置づけで大沼由紀のフラメンコは棲んでいる。

 すでに国際舞台で活躍できるクオリティの舞踊家だが、だからと云って彼女のすべての舞台に歓んで共鳴するわけではない。彼女がフラメンコから大きく離れて独創表現に走る時、頼むからフラメンコに戻ってくれよと叫びたくなることもある。彼女に出演を乞うパセオ主催ライヴの反省会で長々と討論するのが毎年恒例だが、由紀さんはいつも実直に誠実に想いを語り、少しずつこの鬼才に対する理解は深まりつつある。

 愛するフラメンコを踊ること、他方には敢えてフラメンコから離脱する独創表現。二律背反とも云い切れないこの二大ベクトルは彼女の中で互いに反発し合いながら共存している。両者は互いにせめぎ合いながら高め合っていて、それらはエロス(生の欲動)とタナトス(死の欲動)の関係によく似ている。そういう真摯な葛藤の危ういバランスの上にこそ、唯一にして人並み外れた深化を追い求めることが出来るのだろう。

 安易な近道を頑固に拒むそうした難行苦行の先に、いよいよ大沼由紀の独創表現が花開く可能性、あるいはフラメンコそのものと一体化してゆく可能性、さらにその両方を実現する可能性もある。だが彼女は、そうした結果を予め確定しようとはしない。なぜなら大沼由紀の本望は常に、手抜きをせずに今現在を丁寧に生きるプロセスそのものにあるのだから。

 さて。人々の日常に大きな変化をもたらすであろうAI時代はすぐそこまで来ている。格差社会のひずみとともに、うっかり安易に生きれば人類は滅びる。そういう悲観に陥るとき、思わず渇望するのが大沼由紀のフラメンコだ。人は何のために生きるのだろう?

 彼女のステージにはその明快な回答がある。それらは底なしの苦悩に充ちているが、同じ分だけ底なしの歓びに充ちている。その痛烈なコントラスト自体に甘くはない生きる充実の確かさが宿る。大沼由紀の踊りに、この先もずっと喜怒哀楽を背負う人類の、決して暗くはない未来像が視えてくる。由紀さんはこう云う。

「その時に生まれたもの、嘘じゃないこと、
 自然なこと。それが最も素晴らしいし、
 実は最も難しいってわかってる」

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2018年11月2日(金)その3381◆がっぷり四つ

リスペクトとは、
がっぷり四つで闘うことなり。
大喝采に抱擁された大沼由紀舞踊公演、
休憩なし75分のフラメンコ協奏詩。
やったな由紀ちゃん。
いまだ醒めやらぬ余韻酒。

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