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2010年10月11日
「フラメンコな生き方」。
誰かのブログではない。
ふと、そんなのがあるか否かを考えただけだ。
けれど有無はどうでもいい。
人生には、それなりに制約がある。
その中で楽しむ意識を持てるか否か、 だろうか。
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これは同世代の男性マイミク・徳さんの日記の抜粋。
さすがにいいこと云いやがる。
ある意味、確実にフラメンコの本質を射抜いている。
いや、フラメンコのみならず、あらゆる「道」を
包括しているようにも思える。
かつての私がそうであったように、
制約を破る自由がフラメンコだと勘違いする人は多い。
共通認識であるはずの「制約」自体の解釈が、
遺伝子性や時代性・地域性などの環境によって
さまざまだから、それはそれで無理もない。
フラメンコが突出している部分は、
「コンパス」という制約が実に明快であり、
同時にそれが、好ましい自由の姿を浮き彫りにする点だろう。
そういう共通認識を好む人たちが、
フラメンコには自然と集まってくる。
フラメンコは、私のような勘違い人間にも
門戸を開けてくれたのだ。
やがて私たちは、その制約(コンパス)を知る。
人が、他人とどうやらうまくやってゆくための
最小限の制約を知る。
どこまで自分の好きにやっていいのか?
その領域を知る。
そのやり方がほとんど無限であることも知る。
そういうことを自分で考えて、実践してみること。
何万回と失敗しても、めげずに実践し続けること。
自らの失敗の中から、勘違いを修正しようとすること。
自分で自分を信じられる部分を、
毎日0.001mmくらいずつ大きくしようとする人。
楽しめないまでも、そういう日常を楽しもうとする人。
いつかそれを楽しめる日々が訪れることを信じられる人々。
以上が、私の想う「フラメンコな生き方」の一例。
