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2010年10月11日

その469◇フラメンコな生き方


 「フラメンコな生き方」。
 誰かのブログではない。
 ふと、そんなのがあるか否かを考えただけだ。
 けれど有無はどうでもいい。
 人生には、それなりに制約がある。
 その中で楽しむ意識を持てるか否か、 だろうか。

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 これは同世代の男性マイミク・徳さんの日記の抜粋。
 さすがにいいこと云いやがる。
 ある意味、確実にフラメンコの本質を射抜いている。
 いや、フラメンコのみならず、あらゆる「道」を
 包括しているようにも思える。

 かつての私がそうであったように、 
 制約を破る自由がフラメンコだと勘違いする人は多い。
 共通認識であるはずの「制約」自体の解釈が、
 遺伝子性や時代性・地域性などの環境によって
 さまざまだから、それはそれで無理もない。

 フラメンコが突出している部分は、
 「コンパス」という制約が実に明快であり、
 同時にそれが、好ましい自由の姿を浮き彫りにする点だろう。
 そういう共通認識を好む人たちが、
 フラメンコには自然と集まってくる。
 フラメンコは、私のような勘違い人間にも
 門戸を開けてくれたのだ。

 やがて私たちは、その制約(コンパス)を知る。
 人が、他人とどうやらうまくやってゆくための
 最小限の制約を知る。
 どこまで自分の好きにやっていいのか?
 その領域を知る。
 そのやり方がほとんど無限であることも知る。

 そういうことを自分で考えて、実践してみること。
 何万回と失敗しても、めげずに実践し続けること。
 自らの失敗の中から、勘違いを修正しようとすること。
 自分で自分を信じられる部分を、
 毎日0.001mmくらいずつ大きくしようとする人。
 楽しめないまでも、そういう日常を楽しもうとする人。
 いつかそれを楽しめる日々が訪れることを信じられる人々。

 以上が、私の想う「フラメンコな生き方」の一例。

 
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