「人間も犬のようになんのてらいもなく、 素直に死ねるといいと思うが、 そうは問屋がおろさないのは、 われわれが精神という厄介なものを背負いこんでいるせいだろう」 「だが、それを嘆いて犬のほうが幸せだと言ってみてもはじまらない。 人間には人間の死にかたがあるのであり、 その本質はただ一つでありながら、 その現れかたは千差万別であることが、 われわれの世界を豊かなものにしている
彼はますます彼になる。 当日記にも時おり登場するフラメンコ犬 “あしたのジェー” の、 そのメインキャラを、どれにしよーか? mixiのアンケート機能を使って、 こんな人気投票をやってるのだが、 現在までの途中経過(計40票)はこんな感じ。 ◆いちばん上(黄色ジ
野心や恋愛のように激しい情熱ばかりが、 ほかの情熱に打ち克てると思うのは誤りである。 なまけ心は、どんなにだらしなくはあっても、 しばしば情熱の覇者たらずにはいない。 それは、人生のあらゆる企図とあらゆる行為を蚕食し、 人間の情熱と美徳とを、 知らずしらずのうちに破壊し、絶滅する。 [ラ・ロシュフコオ/箴言と考察]より
デスヌード(desnudo)その3『小島章司/魂の贈り物』。 今回は、世界でもめずらしい男ばかりのフラメンコである。 よって女王・鍵田真由美は、な、なんと受付係である。 佐藤浩希を筆頭に5名の若手バイラオールが、 小島章司を迎え、4名のミュージシャンのとともに 生サパテアードのフラメンコを炸裂させた。 [B]小島章司/佐藤浩希/矢野吉峰/末木三四郎
「キアヌ・リーブスと私はウリ二つである」 いくぶん形而上学的とも云えるこの命題に対し、 初対面の私のウェブ友数名は、 フラメンコ新人公演ロビーのパセオ・ブースにおいて、 目を固く閉じながら、 心の眼で私を観ることによって、こう断言した。 「まぢキアヌそっくりじゃ~ん」 まあ、たしかに、キアヌと私では、 演技力、ルックス、銀行残高、髪の毛の本数などに 雲泥の差はあること
昨日書いた食い物の好き嫌いはさておき、 おおむね有言実行タイプで、 決めたことはほとんど実現した母であった、という評価は不変である。 あれはたしかTBSラジオの素人民謡選手権みたいな番組だったと思うが、 日本民謡を習いはじめて1~2年の母が 「勝ってくるからさ」とにっこり笑ってひょいと出かけて、 ほんとに優勝をかっさらってきたことがある。 さあ、これにはご家族もご近所も親戚
働くことが大好きで、 家族や親戚やご近所との団らんを何より愛した母だったが、 彼女は断じて私に食い物の好き嫌いを許さない人だった。 ま、そのおかげで、今の私はなんでも食えるわけなのだが……。 実家を離れそれなりに稼ぐようになったハタチ頃の私が、 外で母にメシをおごる機会が増えた頃、 その衝撃の真実は発覚する。 財布をパンパンにして、何でも来いで旨いものをご馳走したろうという
大阪府・たこ (←た、たぶん人間)より、日刊パセオの 「こんな衣裳で踊ってみました」への投稿 どーよ、これ!(汗) ウェブ友“たこ”の、ファルーカである。 アスリート系の色気に、イチコロ状態である。 私が独身なら、顔も見ねーでプロポーズしてたところである。 ふり向かないで~♪ 大阪のた~こ~♪ 懺悔
ビューティフル・サマー。 フラメンコ新人公演も本日が最終日! 今日もロビー・パセオブースで呼び込みのおっさんをやる。 夏もあとわずかだ。 猛暑の中を汗水たらしてがんばった方々を、 こう私はねぎらいたい。 おつかれサマー♪
今日はフラメンコ新人公演の二日目。 「奨励賞受賞者は?」が話題になるのは普通のことだとは思うが、 私などの最大の楽しみは、賞の行方ではなくステージそのものにあり、 また、その白熱のステージに現れるヴィジョンから、 10年後、20年後の彼もしくは彼女のステージ姿を想像することにある。 賞取りそのものがヴィジョンになっているフラメンコが、受賞することはあっても、 その逞しい未来
フラメンコ・ルネサンス21。 いまをときめく超人気作家、佐伯泰英さんの命名である。 フラメンコ界最大のイベント、日本フラメンコ協会主催・新人公演が、 今日から三日間、東京・中野ZEROホールで開催される。 その変わらぬ運営のきびしさの中、 その人気やステータスは年々ヒートアップする一方だ。 協会の大きな功績からは、 とてつもなく巨大で強固な組織と勘ちがいされる方も多いだ
「金を出せっ!」 信用金庫に侵入し女子行員に包丁を突きつける強盗。 身体を張ってその行員を救出した支店長は代わりに腕を刺され、 犯人は逃走した。 その朝刊記事を読みアワを食って奴のケータイに電話すると、 俺がドジ踏むわけねーだろ!、と杉田支店長は大見得を切った。 おめーのドジはもう千回は観てる!という言葉を呑み込みながら、 私は胸をなでおろした。 十数年前に東京・東部で起きた
何をやっても中途ハンパで、結局どこにも就職できない25歳の私が、 文京区の本郷に音楽関連のオフィスを構えることができたのは、 よくよく考えてみると、実は姉のバックアップによるところも大きい。 飛び切りのチョー美人とは云い難い八歳上の姉だが、 その気さくで真摯な性格から男どもにはよくモテた。 「将を射んとすればまずその馬を射よ」とばかりに、 その末弟である私は中学生の頃から、
先月の大相撲・名古屋場所。 幕内の熱い闘いをテレビ観戦しながら、 弁当を食っていたら、 デザートに桃が二切ればかり入っている。 スモウもモモも幕の内、とはこのことかい。 「そんなワケねーだろ」的な各種苦情はこつらまで。
高田馬場駅前の銀行で借り入れの本契約をすませ、 やれやれとばかり、パセオ近くのルノアールで遅いモーニングをとる。 「やれやれ」と云うのは、 早朝からの自宅デスクでの仕事に熱中しすぎて、 その日午前10時の契約のことを、すっかり忘れていたからだ。 朝風呂にも入らず、メシも食わず、短い足のダッシュで駆けつけ、 ギリギリのところで約束の時間に間に合った。 この25年、締切を落とし
晴天のきのう土曜日。 午前中に雑用をかたづけ、入院中の友を見舞いに。 それは彼からのリクエストだった。 いつだって自分の方から駆けつける、 アクティブでド根性の塊のような彼の性質からすると、 それはあり得ないリクエストだった。 いくら鈍感な私でも予測せざるを得ない内容の話だった。 それが何時のことなのかはわからないが、 私だって、いつか周
「何をやっても一生は一生」 その昔、プロ棋士を志すきっかけになった警句。 それまでは、何物かに流されている感じが強かったのだが、 将棋の月刊専門誌の文中に黒光りしていたこのアフォリズムには、 きっぱりとしたワクワク感があった。 そうかっ! 自分の人生は自分で選んでいいのかあ! 昭和40年代半ば。 すでに世の中は、あまりにも過保護になりすぎている時代だったから、 流されや
闘う人間たちの喚声が響いている。 方々に火の手が上がっている。 どうやら戦闘の最中のようだ。 「手はず通り、女子供は抜け穴から脱出させました」 白いターバンを巻き、立派なヒゲを生やした私の家臣らしき精悍な男が、 私に向かってそう叫ぶ。 どうやら私は戦闘員ではなく、高い地位の人間らしい。 時代は中世のようだ。 見覚えのある回教風の建物がいくつも並んでいる。 あのアルハムブ
「以前よりも、話の論理が明快になったね」 論客として鳴らすSが、珍しくこの私を褒めた。 「習うより慣れろ」。 または、「闘いながら闘い方を覚えろ」。 この三年半あまりの最大の収穫は、 毎日のブログ更新やコメントのやりとりによって、 自分のしでかしたことや考えたことを、 ダイレクトに文章で伝達できるようになったことだろう。 こーゆード素人の駄文を他人さまに読んでいただくには
『ドゥケンデ/サマルーコ』 POLYDOR/2000年 恐いほどに切れ味鋭いテクニック、 憑依した如くにデーモニッシュなまでの表現。 次はいったいどんなことになるんだろう? その張りつめた緊張感に思わず息を呑みながらも、 最後まで持っていかれてしまう。 どどっと疲れるが、それは最高の充実感をともなう疲労だ。 太陽を反射してキラキラと光り輝く美しい水面。 そして、その水面
人生と料理の達人・秀の一周忌が近づき、 いまも活況を呈する代々木上原“秀”にて、 秀を愛する老若男女による 肩の凝らない呑み会をやることになった。 “肩の凝らない”という秀好みのコンセプトが肝心なところで、 遠方のお仲間たちにも郵送するそのお知らせの文面は、 売れっ子コピーライターのヒデノリに書いてもらいたい。 一行でウン百万を稼いだりもするヒデノリだが、 私の食いかけ
「きれいに焼けちゃったなあ、はっは」 焼け跡を静かに見つめる兄は、駆けつけた弟をふり返りながらこう云う。 二十数年前、隣家からのもらい火で生まれ育った実家が全焼した。 悲劇を喜劇に転じようとする、その爽やかな笑い声がいまも心に響く。 「便所まで丸焼けで、あれがほんとのヤケクソだったよなあ」。 そんな昔話に、何度ハラを抱えて笑い合ったことだろう。 「長男は堅気に、できれ
法事で訪れたお寺で、男が用を足していると、 不ウンにも紙がない。 援軍頼みに小窓から顔を出してみると、 ウンよくひとりの僧が歩いてくる。 「あんた、この寺の坊さんかいっ?」 「そー(僧)です」 「紙がねーんだ、持ってねーかい?」 「何枚だあ? なむまいだあ」 結局、あまりに横柄な男の態度に、僧は去ってしまう。 こーゆー奴は、ホットケということなのだろう。 男は仏にも見
「とにかくパセオを続けること」 舞踊団を率いて来日するたびに、フラメンコの帝王、 アントニオ・ガデスは、若い私にこのことだけを求めた。 ガデスは聡明で優しい人だった。 私を見た瞬間に彼は、 「この男が憶えられるアドバイスはひとつだけだろう」と、 とっさに判断したに違いない。 アントニオ・ガデスは完璧主義者だったが、同時に 相手のレベルに合わせた要求も出来る人だった。
母に手を引かれながら、荒川の上を歩いている。 対岸の土手同士を結ぶように、 なぜか川面に直接、あまりにも唐突に 3メーターの幅もない狭い砂利道が続いており、 それを東側から西側の小松川方面に向かって、 私たちは歩いているようだ。 川向こうで何か用事をすませてきたようだが、 それが何であったかはわからない。 やはり手をつないで、私たちの後をついてくる 姉と兄の姿からすると
ヨランダ画伯の約4コマ・シリーズの、しょの2。 ぷっ。 おれも観たよっ。 テーマが「闘牛」だったから、いやな予感はしてたんだよね。 でも、さすがは村上ショージ先生、 まったく予想どーりだもんな(涙) んで、やけくそ3コマへのご感想は、こつら。
[カプージョ・デ・ヘレス/これが俺] ALIA 2000年 知る人ぞ知るヘレスの名カンタオール(男性歌手)、 カプージョ・デ・へレスの何が飛び出すかわからない、 素朴なんだがワクワクするようなアルテ。 そんな芸風を連想させる私の大好きな落語家、 昔昔亭桃太郎さんの得意ネタはコレ(↓)。 「気象庁の運動会が、雨で中止になったそーです」 4枚リリースするCDの内2枚に入
「フラメンコライブはどう創られる?」 こんなテーマで複数から執筆依頼が来ていたので、 よく自宅でも顔を合わせるバイラオーラに無理やり頼み込んで、 きのうの午後、ちょうど今週末のライブを控えた彼女の、 その制作現場を取材させてもらった。 さまざまなジャンルから集結したミュージシャンたちの、 その即座のアンサンブルと会話のレベルの高さに舌を巻きつつ、 時(3時間)の経つのも
君の言葉に歌を聴き 君のしぐさに舞を見る 業界の内外から毎日のようにかかるバブル期のお座敷は、 こんなサビで泣かせるフォーク歌謡調の持ち歌一本で乗り切った。 そんな短詩が当時の心情にピッタリだったこともあって、 私の爆唱カラオケに対する反応はそれなりで、 見知らぬ姐さんグループからバランタイン17年を丸ごとプレゼントされたことは、 私の生涯における最大にして最後の栄光である
ヨランダ画伯による「フラメンコ川柳」プロモーション4コマ。 「フラメンコ 10年やっても 17さい」 実に、実に、うらやましー話である。 もっとも、こんなの(↓hiro)もあるんで、要は気の持ちようか。 「フラメンコ 何年やっても まだハタチ」 それはさておき、 天災美形歌人、北海道・マールの本格乱入で、 現在すごいこ
ギター修行僧すかるのあんちょこ 身体にたたき込まれたはずなのに なぜか頻繁にトチ狂うコンパス、 左手指先マメ、 飛び散るブエルタ汗シャワー、 愛のツッコミでむせび泣きはらした 嬉し涙と悲しみの涙、 500mlは使ったかと思われる瞬間接着剤、、、 媚びへつらいながらも伴奏修行の難関超大旅路に 敢然と立ち向かう、 超ドマゾチックすかるの実体験に基づく表技、 裏技、